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Case66.2人の探偵②
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明かすべきことと、そうでないことはある。この場合は、後者。
「ありがとうございます。これで全てが解決しました」
驚いているわね、江本さん。そうでしょうとも。何も解決なんてしていないのだから。でも、解決する必要はない。それは今以上の危険を呼ぶ。
だから、嘘をつく。誰もが納得できる嘘を。
※
翌朝は雨は降っていないものの、曇っていた。寝起きの海里が聞いた音は酷く不吉で、不快な音だった。
「悲鳴・・・⁉︎」
海里は飛び起きた。急いで身支度を整えて部屋を出ると、人の騒めきが聞こえる方向へ走る。やがて、悲鳴が聞こえた部屋は、厨房だと分かった。扉の鍵が空いていたので、海里は勢いよく扉を開けた。
「どうしました⁉︎」
厨房には十数人のコックがいて、朝食の準備に取り掛かっているところだった。しかし、彼らは皆、大窯の前で立ち尽くし、震えていた。荒い呼吸は、耳を澄ます必要がないほど大きい。
海里は「失礼します」と前置きしてコックたちの中を進み、大窯を覗いた。
「これは・・・‼︎」
大窯の中には死体があった。全身が焼け爛れ、顔の原型を留めていない死体である。焼死には間違いないが、炭と見間違えるほど黒い方が、まだマシだったのでは、と思うほどだった。
海里は凄惨な死体に動揺しながらも、コックたちに死体へ触らないよう告げ、六条の部屋に赴いた。驚く彼を気にせず小夜たちが泊まっている部屋を尋ね、部屋の扉をできる限り大きな音でノックした。
「小夜さん! 起きていらっしゃいますか? 江本です‼︎」
ああ、本当に起こってしまったのね。何もなければいいと思っていたのに、やっぱりダメだった。
それに、江本さんは既に現場を見た。こうなった以上、彼は事件から目を逸らさない。真実を、真相を探して、それがどんなものであろうと、解き明かすために奔走する。
だから会いたくなかった。私がやりたくないことを、あなたはやってしまうから。だけど、いつまでも文句を言っていられないし、狸寝入りはできない。やるしかない。
「・・・・何か?」
小夜はか細い声で尋ねた。聞こえるかと不安になったが、扉越しだったことが幸いし、海里はすぐに返事をした。
「厨房でどなたかが亡くなっています。共に捜査をしてくれませんか?」
なんて真っ直ぐな申し出。私たちは警察でも何でもないのに。
「私に謎を解けと仰るの? 警察に通報すればいいでしょう。船長に事情を話せば、適当な場所に停泊して事件を警察に引き渡すことができる。それが普通じゃないかしら」
「承知の上です。しかし、少しでも早く捜査して、情報を集めないと、真実を知る瞬間が遠のいてしまいます。亡くなった方のためにも、急ぐべきです」
こんな時に限って一理あることを言わないでほしい。無意識だろうけど、断りづらくなってしまった。
小夜は溜息をつき、秋平たちに部屋から出ないよう言いつけてから、扉を開けた。海里の表情を見た彼女は、いよいよ逃げられないと悟った。
「とにかく案内してください。話はそれからです」
小夜が海里と共に厨房へ来ると、大勢の乗客と乗組員が騒ついた。彼女は煩わしそうにコックたちを押しのけ、大窯の中を覗き込む。
数秒にも満たない時間、死体を見つめ、小夜は一言つぶやく。
「スタッフのようね」
遺体の胸元には、かろうじて焼け残ったネームプレートがあった。名前の所は焼失しているが、スタッフの名簿と照らし合わせれば、すぐに身元が判明することは明らかだった。
小夜は、乗組員に事情を聞いて駆けつけて来た六条の方を振り向き、続ける。
「担架か何か、死体を運び出せる物を持って来てください。このままにしておくのは気が引けます」
六条は頷きつつ、動揺した様子で口を開く。
「し、しかし・・・遺体をどこに置くのですか? 腐っていくでしょう?」
「それは後で考えます。今重要なのは死体を検分すること。早く」
小夜の行動は素早かった。スタッフたちの助力を得て死体を人目のつかない倉庫へ運び出し、誰も来ないよう頼んでから、海里と共に検分を始めた。
海里は改めて全身が焼け爛れた死体を見つめ、眉を顰める。
「しかし本当にひどいですね・・・。どれほどの時間、窯の中にいたんでしょうか」
「それはまだ分かりません。問題は、なぜ窯の中に入っていたのかということです」
小夜はそう言いながらジャケットのポケットからゴム手袋を取り出して嵌め、海里に同じ物を手渡した。海里はその行動に違和感を覚えたが、彼女が何も言わずに検分を始めたので、海里も従った。
海里は死体を見つめながら疑問を口にする。
「死体が入っていた窯はかなり大きいですよね。これだけの乗客や乗組員、スタッフの食事を用意するためなら当然と言えますが、人が入れるでしょうか? 窯の口はあくまで、調理道具を入れるために空いています。子供ならともかく、大人では・・・・」
「確かにそうですね。でも、正面から入ったとは限りませんよ」
小夜の言葉に、海里は厨房の光景を思い浮かべてハッとした。
「・・・あ! 上?」
「はい。あの窯は正面だけでなく上にもと口があります。しかし、正面はどう考えても人が入れる大きさじゃない。江本さんのおっしゃる通り、子供でも入れるかどうか、というほどです。そう考えると、被害者は上から窯に入ったーーもしくは入れられたーーということになる」
「そうですね。これは殺人とも、事故とも考えられる。厨房は吹き抜けになっていて足元がおぼつかない場所もありますから、仕事中にそこから転落して窯へ、という状況も考えられなくはない」
海里の言葉に、小夜は頷きながら口を開いた。
「ええ、確かにその通り。でもそれは、本当に竈の中で焼死した場合の話です」
海里は驚き、すぐに疑問を口にした。
「どういうことですか? この方が亡くなったのは竈の中ではないと?」
「あくまで可能性ですがーー取り敢えず、この方の焼け爛れていない顔のあたりをご覧になってください。あなたならそれでお分かりになると思います」
海里は言われた通りに死体の顔を再度見て、目を丸くした。よく見なければ分からないが、被害者の鼻と口から泡が溢れていたのだ。
「溺死・・・⁉︎」
「そうじゃないと辻褄が合わないわ。少なくとも・・・窯に入った状態で鼻口から泡なんて出ない。寧ろ、窯の熱によって肉が落ち、骨だけになった方が納得が行く。
つまり、この方は溺死してから窯に入った、もしくは入れられた。体の火傷はひどいものだけれど、焼死するには小規模なもの。だとすれば、鼻口の泡を根拠に、溺死と考えた方が辻褄が合いませんか?」
確かに辻褄は合う。溺死した後なら、水が体に染み込んで膨張した皮膚が焼かれたことになるから、火傷が大規模になることがない。でもーー
「溺死してから窯へ入ったーーなぜそんなことになるのでしょう。この方が、なぜ窯の中に入っていたか。その説明ができない以上、理解できないことが残っています」
「・・・・そうですね。では、確かめにいきましょうか」
厨房に戻った2人は、コックたちに厨房を封鎖するよう言った。すると、料理長の常島秀が声を荒げる。
「そんなことできませよ! お客様にお料理をお出ししなければならないんです・・・! 封鎖だなんて‼︎」
「お気持ちは分かりますが、勝手に立ち入られても困ります。料理ができる状況ではありませんし、殺人が事故か判別のつかない事件を野放しにすることもできない。ここは私たちの指示に従ってください」
小夜の発言は彼女らしくなかったが、堂島はそんなことを知らなかった。
「そんな! 警察に通報はしたんですか⁉︎」
「既に完了しています。ただ、波が荒れ始めていて次期に嵐となる可能性があり、出動が遅れると言われました」
常島は苦しそうに俯いた。小夜は終始冷静であり、その冷静さが不気味に思えた。
海里はそんな小夜を不審に思いつつ、堂島に再度頼んで許可をもらった後、口を開く。
「常島さん。厨房の上にある、従業員が行き来する道へ案内してくださいませんか?」
吹き抜けの四方に位置する道を指し示しながら、海里は言った。堂島は不思議そうに海里と道を交互に見る。
「構いませんが・・・なぜあのような所に?」
「確かめたいことがあるんです」
2人は常島の案内のもと、従業員専用のエレベーターに乗った。海里は厨房至る道もエレベーターまでの道も、乗客の目につきやすい場所にあることに気がつき、尋ねる。
「エレベーターは厨房からさほど離れていませんでしたが、乗客が乗ってしまうことはないのですか?」
堂島は苦笑いを浮かべて答えた。
「はは・・・子供たちはよく乗ってしまいますよ。子供たちは、立ち入れないと分かっている場所が好きですから」
2人の会話を聞きながら、小夜はエレベーター内を見渡して尋ねる。
「それにしても、広いエレベーターですね。お食事を運ぶために?」
「はい。階段もございますが、手間がかかる上、基本カートに乗せてお食事を運びますから。従業員は皆、このエレベーターを使っています」
小夜は話半分で常島の言葉に頷いていた。彼女は常島の胸元を凝視して死体となったスタッフと同じネームプレートであることを確認し、海里はエレベーター内を見渡して何か事件に関係するものがないか目を光らせていた。
しばらくすると、エレベーターがわずかな振動と共に停止した。堂島は「着きました」と言って開閉ボタンを押す。
「・・・・広いですね」
海里は素直な感想を口にした。窯がある1階部分も十分広かったが、2階に当たる目の前の場所も、相応のスペースが確保されていた。
厨房の2階では、1階の厨房が使えなくなったため、普段は予備となっているらしい調理場でコックたちが朝食の準備をしていた。既に大幅に遅れているので、かなり忙しない。
しかし、そんな中でも料理長である常島に挨拶をしながら通り過ぎる者はおり、また、小夜の姿を見て深く頭を下げる者もいた。後者は年配が多かった。
海里は敢えてそれらを気に留めずあたりを見渡し、窯真上にあたる場所へ走った。到着するなり、水音がして靴が濡れる。不思議に思った海里はその場に屈んだ。
「この水道管・・・穴が空いているみたいですよ」
海里は側にある水道管に、ぽっかりと空いた穴を指し示して言った。堂島は言われて中腰になり、苦い表情を浮かべる。
「うわ、本当だ。直してもらわなきゃいけませんね・・・。しっかしおかしいなあ。定期点検してるんですけど」
「定期点検をしているのに穴が?」
海里は顎に手を当て、首を傾げた。すると、再びエレベーターの扉が開き、1人のスタッフが海里たちの元へ走ってくる。息を切らしながら走ってきたスタッフは、小夜の顔を見て言った。
「当たりです・・・昨夜の夜中1時頃、ここには清掃途中の水槽が置いてありました。予備の水を入れておくための水槽で、昨日調理中に足りなくなって使ったので、水を入れ替えて清掃することになったそうです」
「その掃除をしていたのは誰?」
「今朝、遺体で見つかった清掃スタッフの安藤唄です! 彼女は水槽の掃除をすると言ってここへ行くことを同僚に伝えたんですが、その後、誰も姿を見ておらず、部屋にも戻っていないことが分かりました!」
その言葉を聞いた瞬間、小夜は笑った。満足そうに。
「ありがとうございます。これで全てが解決しました」
海里は驚いて立ち上がった。その瞬間、なぜか小夜は海里ではなく、彼の側の床を見ていた。
「行きましょう。謎解きの時間です」
「ありがとうございます。これで全てが解決しました」
驚いているわね、江本さん。そうでしょうとも。何も解決なんてしていないのだから。でも、解決する必要はない。それは今以上の危険を呼ぶ。
だから、嘘をつく。誰もが納得できる嘘を。
※
翌朝は雨は降っていないものの、曇っていた。寝起きの海里が聞いた音は酷く不吉で、不快な音だった。
「悲鳴・・・⁉︎」
海里は飛び起きた。急いで身支度を整えて部屋を出ると、人の騒めきが聞こえる方向へ走る。やがて、悲鳴が聞こえた部屋は、厨房だと分かった。扉の鍵が空いていたので、海里は勢いよく扉を開けた。
「どうしました⁉︎」
厨房には十数人のコックがいて、朝食の準備に取り掛かっているところだった。しかし、彼らは皆、大窯の前で立ち尽くし、震えていた。荒い呼吸は、耳を澄ます必要がないほど大きい。
海里は「失礼します」と前置きしてコックたちの中を進み、大窯を覗いた。
「これは・・・‼︎」
大窯の中には死体があった。全身が焼け爛れ、顔の原型を留めていない死体である。焼死には間違いないが、炭と見間違えるほど黒い方が、まだマシだったのでは、と思うほどだった。
海里は凄惨な死体に動揺しながらも、コックたちに死体へ触らないよう告げ、六条の部屋に赴いた。驚く彼を気にせず小夜たちが泊まっている部屋を尋ね、部屋の扉をできる限り大きな音でノックした。
「小夜さん! 起きていらっしゃいますか? 江本です‼︎」
ああ、本当に起こってしまったのね。何もなければいいと思っていたのに、やっぱりダメだった。
それに、江本さんは既に現場を見た。こうなった以上、彼は事件から目を逸らさない。真実を、真相を探して、それがどんなものであろうと、解き明かすために奔走する。
だから会いたくなかった。私がやりたくないことを、あなたはやってしまうから。だけど、いつまでも文句を言っていられないし、狸寝入りはできない。やるしかない。
「・・・・何か?」
小夜はか細い声で尋ねた。聞こえるかと不安になったが、扉越しだったことが幸いし、海里はすぐに返事をした。
「厨房でどなたかが亡くなっています。共に捜査をしてくれませんか?」
なんて真っ直ぐな申し出。私たちは警察でも何でもないのに。
「私に謎を解けと仰るの? 警察に通報すればいいでしょう。船長に事情を話せば、適当な場所に停泊して事件を警察に引き渡すことができる。それが普通じゃないかしら」
「承知の上です。しかし、少しでも早く捜査して、情報を集めないと、真実を知る瞬間が遠のいてしまいます。亡くなった方のためにも、急ぐべきです」
こんな時に限って一理あることを言わないでほしい。無意識だろうけど、断りづらくなってしまった。
小夜は溜息をつき、秋平たちに部屋から出ないよう言いつけてから、扉を開けた。海里の表情を見た彼女は、いよいよ逃げられないと悟った。
「とにかく案内してください。話はそれからです」
小夜が海里と共に厨房へ来ると、大勢の乗客と乗組員が騒ついた。彼女は煩わしそうにコックたちを押しのけ、大窯の中を覗き込む。
数秒にも満たない時間、死体を見つめ、小夜は一言つぶやく。
「スタッフのようね」
遺体の胸元には、かろうじて焼け残ったネームプレートがあった。名前の所は焼失しているが、スタッフの名簿と照らし合わせれば、すぐに身元が判明することは明らかだった。
小夜は、乗組員に事情を聞いて駆けつけて来た六条の方を振り向き、続ける。
「担架か何か、死体を運び出せる物を持って来てください。このままにしておくのは気が引けます」
六条は頷きつつ、動揺した様子で口を開く。
「し、しかし・・・遺体をどこに置くのですか? 腐っていくでしょう?」
「それは後で考えます。今重要なのは死体を検分すること。早く」
小夜の行動は素早かった。スタッフたちの助力を得て死体を人目のつかない倉庫へ運び出し、誰も来ないよう頼んでから、海里と共に検分を始めた。
海里は改めて全身が焼け爛れた死体を見つめ、眉を顰める。
「しかし本当にひどいですね・・・。どれほどの時間、窯の中にいたんでしょうか」
「それはまだ分かりません。問題は、なぜ窯の中に入っていたのかということです」
小夜はそう言いながらジャケットのポケットからゴム手袋を取り出して嵌め、海里に同じ物を手渡した。海里はその行動に違和感を覚えたが、彼女が何も言わずに検分を始めたので、海里も従った。
海里は死体を見つめながら疑問を口にする。
「死体が入っていた窯はかなり大きいですよね。これだけの乗客や乗組員、スタッフの食事を用意するためなら当然と言えますが、人が入れるでしょうか? 窯の口はあくまで、調理道具を入れるために空いています。子供ならともかく、大人では・・・・」
「確かにそうですね。でも、正面から入ったとは限りませんよ」
小夜の言葉に、海里は厨房の光景を思い浮かべてハッとした。
「・・・あ! 上?」
「はい。あの窯は正面だけでなく上にもと口があります。しかし、正面はどう考えても人が入れる大きさじゃない。江本さんのおっしゃる通り、子供でも入れるかどうか、というほどです。そう考えると、被害者は上から窯に入ったーーもしくは入れられたーーということになる」
「そうですね。これは殺人とも、事故とも考えられる。厨房は吹き抜けになっていて足元がおぼつかない場所もありますから、仕事中にそこから転落して窯へ、という状況も考えられなくはない」
海里の言葉に、小夜は頷きながら口を開いた。
「ええ、確かにその通り。でもそれは、本当に竈の中で焼死した場合の話です」
海里は驚き、すぐに疑問を口にした。
「どういうことですか? この方が亡くなったのは竈の中ではないと?」
「あくまで可能性ですがーー取り敢えず、この方の焼け爛れていない顔のあたりをご覧になってください。あなたならそれでお分かりになると思います」
海里は言われた通りに死体の顔を再度見て、目を丸くした。よく見なければ分からないが、被害者の鼻と口から泡が溢れていたのだ。
「溺死・・・⁉︎」
「そうじゃないと辻褄が合わないわ。少なくとも・・・窯に入った状態で鼻口から泡なんて出ない。寧ろ、窯の熱によって肉が落ち、骨だけになった方が納得が行く。
つまり、この方は溺死してから窯に入った、もしくは入れられた。体の火傷はひどいものだけれど、焼死するには小規模なもの。だとすれば、鼻口の泡を根拠に、溺死と考えた方が辻褄が合いませんか?」
確かに辻褄は合う。溺死した後なら、水が体に染み込んで膨張した皮膚が焼かれたことになるから、火傷が大規模になることがない。でもーー
「溺死してから窯へ入ったーーなぜそんなことになるのでしょう。この方が、なぜ窯の中に入っていたか。その説明ができない以上、理解できないことが残っています」
「・・・・そうですね。では、確かめにいきましょうか」
厨房に戻った2人は、コックたちに厨房を封鎖するよう言った。すると、料理長の常島秀が声を荒げる。
「そんなことできませよ! お客様にお料理をお出ししなければならないんです・・・! 封鎖だなんて‼︎」
「お気持ちは分かりますが、勝手に立ち入られても困ります。料理ができる状況ではありませんし、殺人が事故か判別のつかない事件を野放しにすることもできない。ここは私たちの指示に従ってください」
小夜の発言は彼女らしくなかったが、堂島はそんなことを知らなかった。
「そんな! 警察に通報はしたんですか⁉︎」
「既に完了しています。ただ、波が荒れ始めていて次期に嵐となる可能性があり、出動が遅れると言われました」
常島は苦しそうに俯いた。小夜は終始冷静であり、その冷静さが不気味に思えた。
海里はそんな小夜を不審に思いつつ、堂島に再度頼んで許可をもらった後、口を開く。
「常島さん。厨房の上にある、従業員が行き来する道へ案内してくださいませんか?」
吹き抜けの四方に位置する道を指し示しながら、海里は言った。堂島は不思議そうに海里と道を交互に見る。
「構いませんが・・・なぜあのような所に?」
「確かめたいことがあるんです」
2人は常島の案内のもと、従業員専用のエレベーターに乗った。海里は厨房至る道もエレベーターまでの道も、乗客の目につきやすい場所にあることに気がつき、尋ねる。
「エレベーターは厨房からさほど離れていませんでしたが、乗客が乗ってしまうことはないのですか?」
堂島は苦笑いを浮かべて答えた。
「はは・・・子供たちはよく乗ってしまいますよ。子供たちは、立ち入れないと分かっている場所が好きですから」
2人の会話を聞きながら、小夜はエレベーター内を見渡して尋ねる。
「それにしても、広いエレベーターですね。お食事を運ぶために?」
「はい。階段もございますが、手間がかかる上、基本カートに乗せてお食事を運びますから。従業員は皆、このエレベーターを使っています」
小夜は話半分で常島の言葉に頷いていた。彼女は常島の胸元を凝視して死体となったスタッフと同じネームプレートであることを確認し、海里はエレベーター内を見渡して何か事件に関係するものがないか目を光らせていた。
しばらくすると、エレベーターがわずかな振動と共に停止した。堂島は「着きました」と言って開閉ボタンを押す。
「・・・・広いですね」
海里は素直な感想を口にした。窯がある1階部分も十分広かったが、2階に当たる目の前の場所も、相応のスペースが確保されていた。
厨房の2階では、1階の厨房が使えなくなったため、普段は予備となっているらしい調理場でコックたちが朝食の準備をしていた。既に大幅に遅れているので、かなり忙しない。
しかし、そんな中でも料理長である常島に挨拶をしながら通り過ぎる者はおり、また、小夜の姿を見て深く頭を下げる者もいた。後者は年配が多かった。
海里は敢えてそれらを気に留めずあたりを見渡し、窯真上にあたる場所へ走った。到着するなり、水音がして靴が濡れる。不思議に思った海里はその場に屈んだ。
「この水道管・・・穴が空いているみたいですよ」
海里は側にある水道管に、ぽっかりと空いた穴を指し示して言った。堂島は言われて中腰になり、苦い表情を浮かべる。
「うわ、本当だ。直してもらわなきゃいけませんね・・・。しっかしおかしいなあ。定期点検してるんですけど」
「定期点検をしているのに穴が?」
海里は顎に手を当て、首を傾げた。すると、再びエレベーターの扉が開き、1人のスタッフが海里たちの元へ走ってくる。息を切らしながら走ってきたスタッフは、小夜の顔を見て言った。
「当たりです・・・昨夜の夜中1時頃、ここには清掃途中の水槽が置いてありました。予備の水を入れておくための水槽で、昨日調理中に足りなくなって使ったので、水を入れ替えて清掃することになったそうです」
「その掃除をしていたのは誰?」
「今朝、遺体で見つかった清掃スタッフの安藤唄です! 彼女は水槽の掃除をすると言ってここへ行くことを同僚に伝えたんですが、その後、誰も姿を見ておらず、部屋にも戻っていないことが分かりました!」
その言葉を聞いた瞬間、小夜は笑った。満足そうに。
「ありがとうございます。これで全てが解決しました」
海里は驚いて立ち上がった。その瞬間、なぜか小夜は海里ではなく、彼の側の床を見ていた。
「行きましょう。謎解きの時間です」
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