小説探偵

夕凪ヨウ

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Case66.2人の探偵②

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 翌朝は、快晴だった。しかし、海里の耳に入って来た音は、酷く不吉で、不快な音だった。

「悲鳴・・・⁉︎」

 海里は飛び起きた。急いで身支度を整え、悲鳴が聞こえた部屋ーーーー厨房へ向かう。

「どうしました⁉︎」
「あ・・あ・・・・」

 厨房には、10数人のコックがいた。彼らは皆、竈の前で立ち尽くし、震え、尻餅をついていた。海里はコックたちを掻き分け、竈を覗き込み、言葉を失った。

「これは・・・‼︎」

 竈の中に、死体があった。全身が焼け爛れ、顔は原型を留めていない。海里は凄惨な死体に動揺しながらも、いつの間にか小夜たちの部屋を六条に尋ね、彼女たちの部屋に向かっていた。

「小夜さん!起きていらっしゃいますか?私です‼︎江本です‼︎」

(ああ・・・やっぱり、来てしまうのね、江本さん。あなたは、事件に遭遇したら、絶対にそれを見逃せない。いいえ、見逃そうとしない。だから会いたくなかった。でも、仕方ないわ。こうなった以上、逃げられない。)

「・・・・何か?」
「厨房でどなたかが亡くなっています。共に調査してくださいませんか。」
「私に謎を解けと仰るの?警察に連絡すればいいでしょう。」
「それは承知の上です。しかし、少しでも調査しないと・・・亡くなった方が哀れです。」

 小夜は溜息をつき、秋平たちに決して部屋から出ないよう言いつけてから、扉を開けた。海里の顔を見た彼女は、目を細める。

「とにかく、案内してください。話はそれからです。」

 小夜が厨房に来ると、大勢の乗客と乗組員が騒ついた。小夜はコックたちを押しのけて竈の中を覗き込む。

「なるほど・・・乗組員のようね。」

 小夜は、遺体の胸元に付けられたネームプレートを見て、そう言った。慌ただしく到着した六条の方を振り向き、言う。

「担架か何か・・・遺体を運び出せる物を持っていてください。いつまでも中に入れておくのは気が引けます。」
「し、しかし・・・遺体をどこに置くのですか?そのうち腐っていくのでは?」
「それは後々考えます。今重要なのは検分すること。早く。」

 彼女の行動は素早かった。取り敢えず人目のつかない倉庫に遺体を運び出し、海里と共に検分を始めた。

「しかしひどいですね・・・一体、どれほどの時間竈の中に・・?」
「それはまだ分かりませんよ。問題は、なぜ竈の中に入っていたのかということ。」

 小夜はそう言いながらゴム手袋をはめ、海里に予備を手渡した。海里はその行動に違和感を覚えたが、彼女が淡々と作業を続けるので、海里も従った。

「確かにあの竈は大きかった。これだけの乗客の食事を用意するためなら当然と言えますが・・・人が入れるでしょうか?」
「正面から入ったとは限りませんよ、江本さん。」

 小夜の言葉に海里はハッとした。

「・・・あ・・!上?」
「はい。あの竈は正面と上、2つの口があった。そして、正面はどう考えても人が入れる大きさじゃない。被害者は上から竈に入った。入れられたと言うべきかは分かりませんが。」
「そうですね。これは殺人とも、事故とも考えられる。厨房は吹き抜けになっていて足元がおぼつかない場所もある。仕事中にそこから転落して竈へ・・・というケースも考えられなくはない。」
「ええ・・・確かにその通り。でもそれは、“本当に竈の中で焼死した場合”でしょう?」

 小夜の言葉に、海里は一瞬驚いたが、すぐに笑顔を見せた。

「どういうことですか?被害者が亡くなったのは竈の中ではないと?」
「あくまで可能性ですが・・・被害者の焼け爛れていない顔のあたりをご覧になってください。あなたならそれでお分かりになると思います。」

 海里は言われた通りに被害者の顔を見て目を丸くした。被害者の口と鼻から、泡が溢れていたのだ。幸い、まだ焼けていない。

「溺死・・・⁉︎」
「そうじゃないと辻褄が合わないわ。少なくとも・・・竈に入った状態で口と鼻から泡なんて出ない。寧ろ竈の熱によって肉が落ち、骨だけになった方が納得が行く。被害者は、水の中で溺死してから竈に入った。体の火傷はひどいものだけれど、焼死するには足りない。だとすれば、この口と鼻の泡から見て、溺死と考えた方が辻褄が合いませんか?」

(確かに・・・辻褄は合う!溺死した後なら水が体に染み込んで簡単には焼死しない‼︎でも・・・!)

「溺死してから竈へ・・・?なぜそんなことになるのですか?被害者がなぜ竈の中に入っていたか。その説明ができていません。」
「・・・・そうですね。では、確かめにいきましょうか。」

 厨房に戻った2人は、コックたちに厨房を封鎖するよう言った。すると、料理長の常島秀が声を荒げた。

「そんなことできませよ!お客様にお料理をお出ししなければならないんです・・・!封鎖だなんて‼︎」
「勝手に立ち入られては困ります。殺人が事故か、判別のつかない事件を野放しにすることもできない。ここは私たちの指示に従ってください。」
「そんな!警察に連絡はしたんですか⁉︎」
「既に完了しています。ただ、波が荒れ、嵐になる可能性があり、出動が遅れるとだけ返事が来ました。」

 常島は苦しそうに俯いた。小夜は終始冷静であり、その冷静さが返って不気味に思えた。

「常島さん。厨房の上・・従業員が行き来するあの道への行き方を教えてくれませんか?」
「構いませんが・・・なぜあのような所に?」
「確かめたいことがあるので。」

 2人は、常島の案内のもと、従業員専用のエレベーターに乗った。海里は乗りながらぽつりと呟く。

「随分と簡単にいけるんですね。乗客が乗ってしまうことはないのですか?」
「はは・・・子供たちはよく乗りますよ。あの歳の子らには、秘密の場所は珍しいようですから。」

 小夜はエレベーター内を一瞥して尋ねた。

「それにしても、広いエレベーター・・食事を運ぶために?」
「はい。階段も非常用にございますが、何せ手間がかかりまして。従業員は皆、このエレベーターを使っています。」

 小夜は話半分で常島の言葉に頷いていた。彼女は、常島の胸元を凝視しており、海里はエレベーター内を見渡していた。

「着きました。」
「・・・・広いですね。」

 厨房の2階・・・従業員たちの仕事場は、事件のことなど知らないように多くの人が行き交っていた。
 料理長である常島に挨拶をしながら通り過ぎる者、小夜の姿を見て深く頭を下げる者・・・・海里はあたりを見渡し、竈の真上にあたる場所へ走った。

「この水道管・・・穴が・・・・」
「うわ、本当だ。直してもらわなきゃいけませんね・・・。しっかしおかしいなあ。定期点検してるんですけど。」
「定期点検をしているのに、穴が?」

 海里は顎に手を当てた。すると、1人の従業員が小夜の元へ走ってくる。息を切らしながら走ってきた従業員は、小夜にこう告げた。

「当たりです・・・昨夜の夜中1時頃、ここには清掃途中の水槽が置いてありました。1階にある熱帯魚の水槽です。」
「その掃除をしていたのは誰?」
「今朝、亡くなっていた従業員の安藤唄です!彼女は水槽の掃除をすると言ってここにきた後、誰も姿を見ておらず、言葉も交わしていないと!」

 小夜が笑った。それはもう、満足そうに。

「ありがとう。これで全てが解決したわ。」
「小夜さん・・・⁉︎」
「行きましょう。謎解きの時間です。」
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