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Case68.2人の探偵④
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翌朝は、比較的穏やかな朝だった。
天気は快晴。雲1つない晴天が広がり、波の荒れも少し収まっていた。
「姉さん、早いな。」
「あなたも早いじゃない、秋平。眠れなかった?」
「うん・・あんまり。」
小夜は朝早くから起き、甲板で海を眺めていた。秋平は姉の隣に立ち、甲板の手すりに肘をつく。
「江本さんと喧嘩したの?」
「喧嘩だなんて。私の意見を言っただけよ。彼はあまり周りが見えていないようだから、忠告に近いかしら。」
「大人気ないなあ。」
「あら、あの人の方が歳上よ。その言葉は彼に言って頂戴。」
秋平は苦笑した。小夜は穏やかな人物だが、1度気に触ることがあると、中々機嫌が治らないのだ。小夜は秋平を睨みながら、
「何よ。ニヤけて。」
と言った。秋平は何でもないと言いながら、再び海を見つめた。
「ごめんないさいね。私のせいで・・・こんなところまで連れてきちゃって。あなたも春菜も受験生だから、じっくり勉強したい時期でしょうに。」
「気にすんなよ。俺たちも気晴らしに行きたかった。天宮家にいる時は、家族旅行なんてしなかったからな。新鮮だ。」
「それなら良かった。それにしても・・困ったことになったわ。まさか、“本当に事件が起きる”なんて。」
小夜の言葉に、秋平は眉を顰めた。小夜は海を見つめたまま続ける。
「警察が来られない場所での事件・・・計画的ね。私たちが止められないことを知っていながら犯行に及ぶ・・・。全く、いい迷惑よ。」
「姉さん、聞こえるぞ。」
「いいわよ、別に。今は、犯人も何もしてこないでしょう。それに、事件が再び起きるとも限らないから・・・・。」
その時だった。船内で、何かが割れた音がした。同時に、甲高い悲鳴が聞こえる。
「なっ・・・⁉︎」
「秋平は部屋に戻っていなさい。」
小夜は言い終わらぬうちに歩き出していた。秋平はその後ろ姿を見ながら、どこか苦しげな顔をしていたが、小夜がそれに気づくことはなかった。
「何かあったんですか?」
「小夜さん。」
悲鳴が聞こえたのはロビーだった。現場には既に海里がおり、遺体はロビーの中央にあった。小夜は、遺体を見て思わず目を細めた。
「ひどい・・・。」
遺体は、内臓がくり抜かれていた。くり抜かれた内臓は遺体の周囲に置かれており、あたり一面血の海だった。小夜は躊躇しながらゴム手袋を嵌め、血溜まりに足を浸した。
「・・・・指先まで死後硬直が回ってる・・・死後10時間は経っていますね。」
「はい。となると・・・現在の時刻が午前7時。亡くなったのは昨夜の午後8時~午後9時ということになります。」
小夜は額を抑えた。こうなっては、事故などという言い訳は通用しない。海里の視線を感じながら、彼女は勢いよく顔を上げた。
「六条船長。ロビーを封鎖してください。それと、調査をするので、ここへは誰も入れないでください。」
※
「・・・・あなたの勝ち、でしたね。江本さん。」
「勝ち負けではないでしょう。」
小夜はロビーの壁にもたれかかっていた。海里は小夜を心配そうに見つめる。
「気分が優れないのであれば、お休みになって構いませんよ。謎を解きたくないと仰っていましたよね?」
「そうね。でも、1度始めてしまったら、逃げられないのが探偵。あなたも、始めた事件から逃げる事は出来ないでしょう?それと一緒なんです。」
「・・・そうですね・・・・。」
(ああ・・・強い。強い人ですね、小夜さん。あなたは、探偵という生き方を否定しながらも、その信念ゆえに苦しむ道を選ぶ。それを強要する私も、あなたを苦しめているのでしょうが・・・。あなたは決してそれを認めず、強くあろうとする。)
「・・・・玲央さんが、なぜあなたを守ろうとしているのか、少し分かった気がします。」
「あら、勝手な推測がお好きですね。」
小夜は壁に預けていた体を起こした。遺体を凝視し、ロビーを見渡す。すると、片付けられた食器が置かれたテーブルの下に、何か光るものがあった。海里もそれに気づくと、ゆっくりとテーブルに近づき、床に落ちた何かを拾い上げる。
「これは・・・ガラス?いや、ナイフの欠片・・ですね。」
「ナイフの欠片?なぜそんな物が・・」
2人は疑問を口にしながら、視線を遺体に向けた。海里が遺体に近づき、躊躇いながら内臓がくり抜かれた体を探る。すると、
「・・・・ありました。ここにも・・・ナイフの欠片、です。」
「・・・どうして?何かのカモフラージュ?」
「分かりません。ただ、“1度目”と比べて、ここまで残虐に殺す理由が見当たらない。」
「・・・自己顕示欲。」
小夜が呟いたその言葉は、残酷だったが、的を射ていた。海里は遺体を見ながら険しい顔をする。
「あり得る話ですが、考えたくはありませんね。犯人は、私たちに殺人を見せつけているとでも?」
「あくまで可能性です。1度目と2度目でここまで違えば、疑いたくもなります。」
「1度目が殺人だったとお認めになるのですね?」
「認めてはいましたよ。口に出さなかっただけ。」
物は言いようだと海里は思った。溜息をつき、ゆっくりと立ち上がる。
「写真は一応、納めてあります。何か他に気になる事は?」
海里の質問に小夜は少し考えてから答えた。
「被害者の身元ですね。男性である事は分かりますが、服が乗組員ではない。乗客の中に行方知れずの人がいないか、探してみましょう。」
その後、六条の協力を経て、2人は第2の殺人の被害者が、1人でこの旅に来ていた、中嶋篤典だと分かった。職業は自営業。年齢は40歳。
警視庁と協力して情報収集したものの、これと言った問題点は見つからなかった。
「1人目の犠牲者・安藤唄さんと同じく、妙な経歴なし・・・。これ、信じていいの?」
『失礼だね、小夜。情報収集に長けた仲間が調べた物だよ。信じてくれない?まあ被害者は一般人だから、捜査が難航するのも納得がいくけど。』
「まあね。それで?警察はどうして出動しないの?もう海は荒ぶっていない。船が適当な位置に上陸できれば、警視庁でなくとも動けるはず。」
電話越しに、玲央の溜息が聞こえた。彼は頭を掻きながら笑う。
『よくご存知で。君の言う通り、出動できないことはない。ただ、そこにいる一部の乗客のせいで、俺たちは動けない。君なら、どういう意味か分かるだろう?』
玲央の言葉に小夜は顔を顰めた。
「・・・・警察まで彼らを恐れる必要なんてないのに。」
『それは同意見。でも、たかが警部にすぎない俺が、上の決定を無視して動くのは非常に困難だ。九重警視長に掛け合ったけど、彼より上の人間が邪魔をしている。』
小夜はしばらく黙った。彼女は、小さな声で続ける。
「じゃあ、その一部の乗客の問題が解決したら、あなたたちも動けるってことね。」
『・・・変なこと考えてない?無茶はしないでと釘は刺したはずだよ。』
「無茶じゃないわ。自分にできる範囲のことよ。私は、謎を解きたいわけじゃない。どんな形であれ、事件が解決すればそれでいいんだから・・・・」
その言葉を聞くと、玲央は溜息混じりに口を開いた。
『はあ・・・本当、変わらないな。分かったけど、絶対に無茶はしないでよ。』
その言葉に返事をする前に、小夜は静かに電話を切った。
長い溜息が、部屋に響いた。
天気は快晴。雲1つない晴天が広がり、波の荒れも少し収まっていた。
「姉さん、早いな。」
「あなたも早いじゃない、秋平。眠れなかった?」
「うん・・あんまり。」
小夜は朝早くから起き、甲板で海を眺めていた。秋平は姉の隣に立ち、甲板の手すりに肘をつく。
「江本さんと喧嘩したの?」
「喧嘩だなんて。私の意見を言っただけよ。彼はあまり周りが見えていないようだから、忠告に近いかしら。」
「大人気ないなあ。」
「あら、あの人の方が歳上よ。その言葉は彼に言って頂戴。」
秋平は苦笑した。小夜は穏やかな人物だが、1度気に触ることがあると、中々機嫌が治らないのだ。小夜は秋平を睨みながら、
「何よ。ニヤけて。」
と言った。秋平は何でもないと言いながら、再び海を見つめた。
「ごめんないさいね。私のせいで・・・こんなところまで連れてきちゃって。あなたも春菜も受験生だから、じっくり勉強したい時期でしょうに。」
「気にすんなよ。俺たちも気晴らしに行きたかった。天宮家にいる時は、家族旅行なんてしなかったからな。新鮮だ。」
「それなら良かった。それにしても・・困ったことになったわ。まさか、“本当に事件が起きる”なんて。」
小夜の言葉に、秋平は眉を顰めた。小夜は海を見つめたまま続ける。
「警察が来られない場所での事件・・・計画的ね。私たちが止められないことを知っていながら犯行に及ぶ・・・。全く、いい迷惑よ。」
「姉さん、聞こえるぞ。」
「いいわよ、別に。今は、犯人も何もしてこないでしょう。それに、事件が再び起きるとも限らないから・・・・。」
その時だった。船内で、何かが割れた音がした。同時に、甲高い悲鳴が聞こえる。
「なっ・・・⁉︎」
「秋平は部屋に戻っていなさい。」
小夜は言い終わらぬうちに歩き出していた。秋平はその後ろ姿を見ながら、どこか苦しげな顔をしていたが、小夜がそれに気づくことはなかった。
「何かあったんですか?」
「小夜さん。」
悲鳴が聞こえたのはロビーだった。現場には既に海里がおり、遺体はロビーの中央にあった。小夜は、遺体を見て思わず目を細めた。
「ひどい・・・。」
遺体は、内臓がくり抜かれていた。くり抜かれた内臓は遺体の周囲に置かれており、あたり一面血の海だった。小夜は躊躇しながらゴム手袋を嵌め、血溜まりに足を浸した。
「・・・・指先まで死後硬直が回ってる・・・死後10時間は経っていますね。」
「はい。となると・・・現在の時刻が午前7時。亡くなったのは昨夜の午後8時~午後9時ということになります。」
小夜は額を抑えた。こうなっては、事故などという言い訳は通用しない。海里の視線を感じながら、彼女は勢いよく顔を上げた。
「六条船長。ロビーを封鎖してください。それと、調査をするので、ここへは誰も入れないでください。」
※
「・・・・あなたの勝ち、でしたね。江本さん。」
「勝ち負けではないでしょう。」
小夜はロビーの壁にもたれかかっていた。海里は小夜を心配そうに見つめる。
「気分が優れないのであれば、お休みになって構いませんよ。謎を解きたくないと仰っていましたよね?」
「そうね。でも、1度始めてしまったら、逃げられないのが探偵。あなたも、始めた事件から逃げる事は出来ないでしょう?それと一緒なんです。」
「・・・そうですね・・・・。」
(ああ・・・強い。強い人ですね、小夜さん。あなたは、探偵という生き方を否定しながらも、その信念ゆえに苦しむ道を選ぶ。それを強要する私も、あなたを苦しめているのでしょうが・・・。あなたは決してそれを認めず、強くあろうとする。)
「・・・・玲央さんが、なぜあなたを守ろうとしているのか、少し分かった気がします。」
「あら、勝手な推測がお好きですね。」
小夜は壁に預けていた体を起こした。遺体を凝視し、ロビーを見渡す。すると、片付けられた食器が置かれたテーブルの下に、何か光るものがあった。海里もそれに気づくと、ゆっくりとテーブルに近づき、床に落ちた何かを拾い上げる。
「これは・・・ガラス?いや、ナイフの欠片・・ですね。」
「ナイフの欠片?なぜそんな物が・・」
2人は疑問を口にしながら、視線を遺体に向けた。海里が遺体に近づき、躊躇いながら内臓がくり抜かれた体を探る。すると、
「・・・・ありました。ここにも・・・ナイフの欠片、です。」
「・・・どうして?何かのカモフラージュ?」
「分かりません。ただ、“1度目”と比べて、ここまで残虐に殺す理由が見当たらない。」
「・・・自己顕示欲。」
小夜が呟いたその言葉は、残酷だったが、的を射ていた。海里は遺体を見ながら険しい顔をする。
「あり得る話ですが、考えたくはありませんね。犯人は、私たちに殺人を見せつけているとでも?」
「あくまで可能性です。1度目と2度目でここまで違えば、疑いたくもなります。」
「1度目が殺人だったとお認めになるのですね?」
「認めてはいましたよ。口に出さなかっただけ。」
物は言いようだと海里は思った。溜息をつき、ゆっくりと立ち上がる。
「写真は一応、納めてあります。何か他に気になる事は?」
海里の質問に小夜は少し考えてから答えた。
「被害者の身元ですね。男性である事は分かりますが、服が乗組員ではない。乗客の中に行方知れずの人がいないか、探してみましょう。」
その後、六条の協力を経て、2人は第2の殺人の被害者が、1人でこの旅に来ていた、中嶋篤典だと分かった。職業は自営業。年齢は40歳。
警視庁と協力して情報収集したものの、これと言った問題点は見つからなかった。
「1人目の犠牲者・安藤唄さんと同じく、妙な経歴なし・・・。これ、信じていいの?」
『失礼だね、小夜。情報収集に長けた仲間が調べた物だよ。信じてくれない?まあ被害者は一般人だから、捜査が難航するのも納得がいくけど。』
「まあね。それで?警察はどうして出動しないの?もう海は荒ぶっていない。船が適当な位置に上陸できれば、警視庁でなくとも動けるはず。」
電話越しに、玲央の溜息が聞こえた。彼は頭を掻きながら笑う。
『よくご存知で。君の言う通り、出動できないことはない。ただ、そこにいる一部の乗客のせいで、俺たちは動けない。君なら、どういう意味か分かるだろう?』
玲央の言葉に小夜は顔を顰めた。
「・・・・警察まで彼らを恐れる必要なんてないのに。」
『それは同意見。でも、たかが警部にすぎない俺が、上の決定を無視して動くのは非常に困難だ。九重警視長に掛け合ったけど、彼より上の人間が邪魔をしている。』
小夜はしばらく黙った。彼女は、小さな声で続ける。
「じゃあ、その一部の乗客の問題が解決したら、あなたたちも動けるってことね。」
『・・・変なこと考えてない?無茶はしないでと釘は刺したはずだよ。』
「無茶じゃないわ。自分にできる範囲のことよ。私は、謎を解きたいわけじゃない。どんな形であれ、事件が解決すればそれでいいんだから・・・・」
その言葉を聞くと、玲央は溜息混じりに口を開いた。
『はあ・・・本当、変わらないな。分かったけど、絶対に無茶はしないでよ。』
その言葉に返事をする前に、小夜は静かに電話を切った。
長い溜息が、部屋に響いた。
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