小説探偵

夕凪ヨウ

文字の大きさ
上 下
74 / 234

Case69.2人の探偵⑤

しおりを挟む
「秋平。私のパソコン、どこ?」
「ロッカーに入れたけど・・・何かやんの?」
「調査。」

 小夜はパソコンをロッカーから取り出すとすぐに画面を開き、何かを調べ始めた。春菜が驚きながら小夜を見る。

「調査って・・・今回は江本さんに任せるんでしょ?」
「そのつもりだったわ。でも、犯人の行動が読み切れずに第2の殺人を起こしてしまった。これ以上、面倒ごとは起こしたくないの。警察に情報さえ回れば、江本さんは探偵として犯人を突き止めてくれる。そうすれば、私はそれ以上のことをしなくて済むわ。」

 小夜はそこで言葉を切り、パソコンに集中した。秋平と春菜が覗き込み、画面を見てギョッとする。

「お姉様、その情報・・・!」
「問題ないわ。私たちにはこれを見る権利がある。」
「だからってここまでやるか?」
「非常事態よ。周囲にどう思われるかなんて気にしてる場合じゃない。」

 すると、扉をノックする音が聞こえた。秋平が扉に近づき、誰だと尋ねた。

「私です。六条ですよ、天宮様。」

 六条の声が聞こえた瞬間、小夜はパソコンを閉じ、ロッカーに仕舞った。机に散らしていた資料を片付け、スマートフォンを鞄に放り込み、扉の方に向き直る。

「どうぞ。」
「いやあ、すみません。」

 六条は頼りない笑顔を浮かべて部屋に入ってきた。小夜は彼に椅子を進め、春菜が机に水を置いた。

「急にどうされました?また事故でも起きましたか?」
「そうではないんですが、天宮様の意見を伺いたく。」
「・・・というと?」

 六条は机に置かれた水を一口飲み、ゆっくりと口を開いた。顔からはいつのまにか笑顔が消え、無表情になっている。

「この事件の犯人ですよ。内臓をくり抜くなんて残酷なこと・・・普通の人間にはできない。かと言って、化け物がいるわけでもない。天宮様は、どうお考えで?」
「・・・・少なくとも、化け物がいないという表現は否定します。だって、殺人を犯す時点で、既に化け物でしょう?」

 小夜は笑ってそう言った。六条は頭を掻く。

「なるほど。そういう意見もありますね。しかし、被害者はなぜ殺されたのです?」
「六条船長・・・私は探偵ではありません。そういったことは、探偵である江本さんにお尋ねになった方がよろしいのでは?」
「江本・・・・ええ、まあ、そうなんですけどね。」

 六条は視線を逸らし、頰を掻きながら言った。小夜は少し迷った後、続ける。

「・・・・あまり他人にはお伝えしたくないのですが、私と江本さんで出した結論に、“動機”はありません。ただ“自己顕示欲”・・・と。」

 その言葉に、六条が感心したように目を見開いた。秋平と春菜はその行動に違和感を覚えながら、愛想笑いを浮かべる。しかし、小夜は気にせず続けた。

「ああ・・・ごめんなさい。電話が。まだ何かお話がありますか?六条船長。」
「いえいえ。少しでも聞いて頂き、感謝しています。では!」

 六条が部屋を出ていくと、小夜は電話がかかってもいないスマートフォンを取り出した。電話帳の海里の名前を押し、電話をかける。

「私です。ええ・・・接触しました。やはり間違ってはいないでしょう。この事件の犯人は、“彼”です。」
『そうですか。では、急ぎましょう。次の犠牲者が出る前に。』
「ええ。じゃあ明日、船内放送で。」

 電話はそれだけだった。春菜が驚き、尋ねる。

「どうして電話を?同じ船内にいるのに・・・・。」
「犯人に気付かれたら困るでしょう?犯人にとって、1番のターゲットは私たちなのだから。」
「は⁉︎どういう意味だよ、姉さん。それに“彼”って・・・・」
「明日、全て分かるわ。今日はもう休みなさい。」

 小夜はそれだけ言うと、2人をベッドに寝かせ、部屋の電気を消した。

「・・・・本当・・・どこまでも面倒だわ。探偵は。」

 闇に消えるような彼女の声が、部屋の中に小さく響き渡った。
                     
            ※

 翌日、2人は乗組員たちに頼み込み、船内放送機器がある部屋に行く許可をもらった。しかし、今回は第一の事件とは違って乗客と乗組員を部屋に待機させ、2人は船内放送を始めた。

「朝早くからありがとうございます。今日、私たちが皆さんに放送を聞くよう伝えたのは、今回の事件の全貌をお話しするためです。」

 海里は落ち着いた口調でそう言った。小夜は放送室の扉の側に座り、静かに彼の言葉を聞いている。

「皆さん、一刻も早く犯人を知りたいかも知れませんが、一先ず、その話は置いておきます。手始めに、犯人の犯行手順を説明しましょう。」

 海里は少し間を開け、ゆっくりと言葉を続けた。

「まず第1の事件・・・安藤唄さんが殺害された話についてです。」

 客室がざわついた。あれは事故ではなかったのか、という疑問を口にしている。小夜はこめかみを抑え、深い溜息をついた。彼女は、海里に第一の事件に触れないよう頼んでいたのだ。こうも簡単に約束を破られては、呆れるしかない。

「あれは事故ーーーー確かに、その結論は間違いではない。むしろ正しいのです。ただよく見れば、“事故に至る過程”が存在していることが分かります。そしてそれは、人為的なものです。」

 海里の言葉は曖昧だった。彼らは、小夜が語った推理を信じており、今更殺人だと言われても、全く納得できないのだ。海里は構わず続ける。

「皆さん、よく思い出してください。第一の事件の推理の際、ロビーに映し出されたあの写真を。1枚目・・・水槽が置いてあったと思われる場所の側にあった水道管を。」

 船長室にいる六条は、その言葉を聞いてハッとした。なぜか、穴の空いていた水道管。少しだけしか写っていなかったが、あれは人為的に作為されたものだった。

「答えは水道管です。あの水道管は、変に穴が空いていました。綺麗に円形に切り取られており、とても偶然の形状ではなかった。あれは、犯人が仕組んだものです。」

 海里は小夜に視線を移した。小夜はどこか気怠げな目をしながら、椅子から立ち上がる。海里が椅子に座るのを見届けると、小夜はマイクに近づいた。

「話を続けます。犯人は、ナイフか何か・・・鋭利な刃物で水道管を切った。当然、時間はかかる作業だったでしょうが、夜中に行えば大したことはありません。加えて、あの場所への行き方を知っているのは乗組員・従業員のみ。今回の事件の犯人は、乗客ではありません。」

 小夜ははっきりとそう言った。しかし、海里と違って、その表情に高揚感はない。あるのは、どうしようもない苦しさだけだった。

「あの床は、料理を運ぶ時・下げる時の両方通ります。つまり、油などの調味料が溢れていても何ら不思議はないんです。ですから、被害者・・・安藤さんは、水で滑ったのではなく、油で滑った。わざわざ水道管を破壊したのは、油を洗い流すためだった。でも、」

 小夜は1度言葉を止めた。その先を言っていいのか、まだ迷いがあるらしい。海里が立ち上がろうとしたが、彼女はそれを無視するかのように首を振った。

「水道管の破壊という“手間”が、殺人であることを裏付けてしまった。もし水道管を破壊していなければ、これは“事故”で済んだ事件でした。」

 一気に言い切った言葉に、全員が驚いた。事故とも殺人とも取れる事件。2人の探偵の言い分は、決して間違いではなかったのだ。小夜は、溜息をついてから言葉を続ける。

「第1の事件の話はここまでにしましょう。本番はここから・・・第2の事件の話です。」
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...