小説探偵

夕凪ヨウ

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Case72.血まみれのお茶会②

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「お久しぶりです。皆さん、お元気でしたか?」
「ああ。お前は少し痩せたか?」
「そうですね。まあ、元々少食の上、運動もあまりしていなかったので」
 海里はそう言いながら席に着いた。かろうじて笑みを浮かべてはいたが、どこか引き攣っている。小夜は挨拶を交わしたものの、一向に海里と目を合わせようとせず、海里も彼女の方を見なかった。
 1つ席を残して全員が腰掛けると、小夜は一也に尋ねた。
「それにしても・・・お茶会とは? 言葉通りのものと思いますが、昔からやって来られたのですか?」
「はい。月1回の恒例行事でして。きっかけはーー大したことではありません。
 子供たちが成人していく中で、家族で集まる場が欲しかったんです」
 一也の答えに対し、小夜は頷いたものの、どこか訝しげな視線を送っていた。その時、扉をノックする音がして、燕尾服に身を包んだ初老の執事が入ってくる。
じん様が到着されました」
「おお、そうか! あいつと会うのも久しぶりだな。呼んできてくれ」
 一也の言葉を受け、初老の執事は一礼して退出した。少しして、先ほどの執事と大柄な男が入ってくる。風が吹いていたのか、服と髪がわずかに乱れていた。全体的な顔立ちは一也と似ており、しかし彼より鋭い瞳をしていた。
 男が入室するなり、一也は椅子から立ち上がり、握手を交わした。
「久しぶりだな、仁。元気そうじゃないか」
「兄さんもな。義姉さんたちも、久しぶり」
 仁が愛華たちに顔を向けて挨拶を交わした。そして、龍たちに向き直った瞬間、刹那と呼ぶにも満たない時間、“彼ら”にしか分からぬ戦慄が走った。
 龍はその刹那にも満たない時を目撃した。歪んだ玲央と小夜の表情は、驚愕、憤怒、悲哀ーー様々な感情が入り乱れていた。
「兄貴?」
 声をかけると、2人は同時に我に返り、玲央が口を開いた。
「ああ・・・ごめん、何でもないよ。
 初めまして、江本仁さん。東堂玲央です。こちらは弟の龍、彼女は泉龍寺小夜といいます」
「初めまして。まあ、そう固くならないでくれ。以前から、海里君の友人に興味があったんだ。子供の頃から、彼はお茶会に友人を招いたことがなかったから」
 仁は穏やかに笑った。一也と同じ明るい笑顔である。すると、葵が立ち上がり、彼の元へ駆け寄った。
「叔父さん、お久しぶりです。事業は順調ですか?」
「おかげさまでな。葵君も、仕事で実績を積んでるらしいじゃないか。これからも頑張りたまえ」
「はい」
 葵は花が咲くような笑顔を浮かべた。随分と仲が良いな、と龍たちは感じる。海里は席に座ったまま軽く頭を下げただけで、口を開かなかった。
 一也と仁が腰掛けると、初老の執事が咳払いをして口を開く。
「では、皆様お揃いになりましたので、お食事をお出しします。お口に合うとよいのですが」
 初老の執事の言葉を合図に、使用人が複数入ってきた。テーブルに次々と菓子や紅茶が置かれ、花瓶に生けられた花が飾られる。やはり、言葉通りのお茶会だった。
 一通りテーブルのセッティングが終わると、一也が笑って言った。
「本日は、お集まり頂きありがとうございます。心ばかりの感謝の印に、ささやかですが、食事をお楽しみください」


 しばらくの間、菓子の咀嚼音やティーカップをソーサーに置く音、小さな談笑だけが響いた。そして、30分は経っていないだろうと思われた時、愛華が改めて龍たちの方を見て、口を開く。
「そういえば、皆さんは何のお仕事を? 海里ったら、名前と住所だけ言って、何にも話さないものですから」
「私は大学の職員をしています。2人は公務員です」
 小夜は、敢えて公務員とだけ告げ、警察官とは言わなかった。2人もその意味を理解しており、彼女の言葉に頷いた。愛華は「そうなんですね」と言って笑う。人当たりのいい、明るい笑みだった。
「海里。あなた、皆さんとどこでお知り合いになったの?」
 そう尋ねたのは長女の知華だった。母の愛華にはあまり似ていないものの、一目で美人と分かる顔立ちである。メイクは薄く、ファンデーションと眉毛を少し描いているだけだった。リップクリームくらいは塗っているようだったが、口紅は差していなかった。足が悪いのか、車椅子に乗っているが、姿勢や作法は洗練された美しさがあった。
 海里は心なしか緊張した様子で、義姉あねの質問に答える。
「探偵として事件に関わった時です。皆さんとは、それぞれ違う事件で出会いました」
「まあ、そっちで知り合ったのね。
 皆さん、弟は迷惑をおかけしていませんか? 優しい子なんですが、周りが見えなくなる時があるので」
 心配げな知華に対し、龍は穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「確かに、そんなことはありましたね。でも、迷惑じゃありませんよ。寧ろ、彼にはいつも助けられています」
 驚くほど優しい口調だった。玲央は、龍の言葉に驚きつつも頷く。知華は「良かった」と言って嬉しそうに笑い、紅茶を啜る。
「迷惑かけてないなら良かったけど、海里は優しすぎるところがあるからなあ。もう少し我儘言っても、良いと思うけど」
 続けてそう言ったのは、次女であり知華の双子の妹の流華だった。彼女は落ち着いた雰囲気のある知華とは違い、明るく、朗らかな女性だった。一卵性らしく顔立ちは本当に瓜二つだったが、表情から滲み出る性格は正反対だった。薄茶色のアイシャドウには光が入り混じり、真っ赤な口紅は明るいながらも蠱惑的な趣が感じられた。
 流華の言葉を聞いた海里は、思わず苦笑いを浮かべる。
「大袈裟ですよ、流華義姉ねえさん。私は優しすぎるなんてことはありません。知華義姉さんの言う通り、周りが見えなくなるだけです」
「別に、それも悪いこととは思わないけどね。行きすぎたら怒られるかもだけど、それだけ一生懸命ってことじゃないの? 前に、探偵は真実を追い求める人だって言っていたじゃない」
 真っ直ぐな言葉だった。隣にいる知華も、同意するように微笑む。
 誰も気づかないほど一瞬だけ、小夜の眉が動き、海里と目が合った。海里は気まずそうに目を逸らし、話題を変えようと明るい声音を出した。
「そういえば、明日から明後日にかけて大雨が降るそうですね。台風が来るなんて話もありますけど、この辺りは大丈夫でしょうか。今朝から風は強いみたいですけど」
「大丈夫じゃないか? 警報は出ていないし、避難勧告もない。雨が降るのは明日のようだから、今日は大丈夫だろう。仁も問題なく来られたんだろう?」
「ああ。風は確かに強かったけど、運転に支障はなかったよ。
 ですので、東堂さんたちも帰れなくなるようなことはありませんよ。ご心配なく」
「・・・・はい、ありがとうございます」
 仁の言葉に同意した玲央は、心なしか青い顔をしていた。龍が訝しげな視線を送ったが、玲央は気づいていなかった。
「しかし、海里坊っちゃまのお言葉も一理あります」
 初老の執事の一言に、東堂兄弟と小夜は吹き出しそうになった。海里は少し顔を赤くし、「もう坊っちゃまなんて歳じゃありませんよ」と繕う。しかし家族は全員面白がるように海里を見ており、執事も「わたくしにとっては、まだ坊っちゃまです」と答えた。
 未だ抵抗を試みる海里に対し、初老の執事は顔色を変えずに続ける。
「念のため外の様子を見て参ります。皆様は、どうぞお食事を引き続き楽しんでください」
 初老の執事はそう言って一礼し、退出した。海里はまだ恥ずかしさが消えていないのか、ほんのり顔が赤い。始めに限界を迎えたのは玲央で、彼は思わず吹き出した。
「ちょ・・・玲央さん!」
「いや、ごめん。悪いとは思ってるんだけど、あまりに唐突すぎて・・・・」
 続いて龍と小夜も耐えきれずに笑った。家族はいつまで恥ずかしがっているんだと言わんばかりの表情を浮かべている。
 ひとしきり笑うと、食堂の柱時計の針が正午を指し、低い音が響いた。


 食堂の明かりが消えたのは、柱時計の音が終わったのと同時だった。日差しが強いという理由でカーテンを閉めていた食堂は、一瞬にして夜かと見紛うほどの闇に満ちた。
 停電の2文字が全員の頭に浮かんだ直後、食器が割れる音や悲鳴が飛んだ。使用人の忙しない足音が周囲で響く。先ほど出て行った初老の執事が食堂に駆け込んできたのか、動揺の混じる心配げな声も聞こえた。
「ん?」
「兄貴、どうした?」
「いや、何か液体がーー」
 玲央がそう言い換えた時、再び明かりがついた。全員が互いの無事を確認しようと視線を巡らせた。同時に、全員が目の前の惨状に言葉を失う。小夜を除く女性3人は悲鳴を上げた。
 海里は思わず息を飲み、震えながら、その名を口にした。
「・・・・仁・・叔父さん?」
 真白い大理石のテーブルに、仁は突っ伏していた。首元から夥しい血が流れ、留まるところを知らない。側には血のついたナイフがあった。その時、玲央は自身の右手についた液体が、彼の血であると理解した。
 仁は、頸動脈をナイフで切られ、死んでいた。左斜め前に座っている葵は、震える手で彼に触れようとする。
「動くな‼︎」
 場を制したのは龍の怒鳴り声だった。彼は玲央と目を合わせて微かに頷き、胸ポケットから警察手帳を取り出す。
 龍は続けた。
「全員動かないでください。遺体にも触らないで。検分した後、現場を保存しますから」
「あ・・あなたたち、警察だったの⁉︎」
 悲鳴にも似た愛華の声に、玲央は頷いて落ち着いた声を出した。
「はい。黙っていて申し訳ありませんでした。しかし、今は非常事態。我々の指示に従ってください」
 一也たちは目の前の光景と、2人の正体に驚きを隠せなかった。玲央はゆったりと仁に近づき、綺麗な紙ナプキン越しに彼の腕の脈を取った。しかし、すぐに首を横に振り、手遅れだと示した。
 そして、少し躊躇いながら、玲央は答えを口にした。
「これは殺人事件です。犯人は停電が起こった一瞬の間に、仁さんを殺害した。
 そんなことができるのは、この部屋にいる人間以外あり得ない」
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