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Case73.血まみれのお茶会③
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「犯人がこの中に? 外部犯の可能性はないんですか⁉︎」
知華が叫んだ。車椅子が揺れ、流華が慌てて抑える。
玲央は一連の動作を見てから答えた。
「ゼロと断言するのは早いかもしれません。しかし、あの短い停電の間に、扉もしくは窓から侵入し、仁さんを殺害して姿を消したなんて、現実的な話ではないでしょう。
加えて、仁さんの叫び声が全く聞こえなかった。ナイフを突きつけられた時点で、何かしらの声が漏れるのは普通のことです。睡眠薬が混ざっていた可能性を考えても構いませんが、停電の瞬間に合わせて眠らせることは困難ですし、家族以外の人間がいる前で行うのはリスクが高い。
そして何より、抵抗した痕跡がない。仁さんは油断していたーーすなわち、家族に殺害されたと考えるべきなんです」
玲央は早口かつ的確に、ほぼ確信に近い推測を語った。龍は現場を一回りしてから海里を見て、口を開く。
「江本、協力してくれ。ここから本庁は遠い。応援を呼ぶのにも時間がかかるだろう。その間だけでも、お前の知恵を借りたい」
「・・・私の・・・・?」
虚ろな目をした海里は、それが信じ難いことであるかのようにつぶやいた。龍は頷く。
「ああ。身内の死であることは、もちろん理解している。だが、殺人者がいる以上、野放しにはできないだろ。だからいつも通りーー」
「嫌です」
龍の声に被せて海里はそう言った。彼は踵を返して食堂を後にしようとする。小夜は慌てて立ち上がり、腕を掴んだ。
「待って、江本さん。あなた以外に、誰が謎を解くというの? 苦しいかもしれないけれど、あなたのご家族の間で起きたことなんだから、きちんと向き合うべきでしょう」
小夜の言葉に、海里はすかさず答えた。
「家族を嵌めたあなたに、そんなこと言われたくありません」
「何ですって?」
小夜が海里を睨んだ。海里は振り返り、虚ろな瞳のまま、力のない笑みを浮かべる。
「あなたも“探偵”だったのでしょう? そうである以上、私が解こうがあなたが解こうが同じこと。東堂さんと玲央さんもいることですし、お任せしますよ」
「馬鹿なこと言わないで。私は何度も謎を解くことを拒否したわ。マリーゴールド号の時だって、家族や大勢の人を守るためにやっただけ。でも、今は違う」
「関係ないから、解かないと?」
海里は強調して言った。しかし、小夜は怯むことなく頷く。
「そうね。それもある。でもそれ以上に、あなたに向き合って欲しいのよ。私は、家族と向き合うことを諦めたから」
海里の嫌味に、小夜は堂々とした口調で返した。しかし、海里は一向に首を縦に振らない。それどころか、強引に掴まれた腕を振り払った。
「あなたに似合わない綺麗事ですね。
とにかく、私は部屋に戻ります。義父さん、後はよろしくお願いします」
「海里、待ちなさい! 海里!」
事件に向き合わない息子に、一也は驚きを隠せなかった。愛華たちも、あまりの息子、弟の無気力さに言葉を失っている。
苛ついた小夜は、早足で立ち去ろうとする海里の背中に言葉をぶつけた。
「また私から逃げるつもり? そもそも、私と話をするために客人として呼んだのでしょう? それなのに、事件からも逃げるなんて。曲がりなりにも探偵も呼ばれているのに、その態度は何?」
諌めていたはずが、今や立派な口喧嘩になっていた。やや沈黙した後、海里は振り返らずに答える。
「・・・・逃げているのは小夜さん、あなたも同じでしょう。あなたは、謎を解き明かす力がありながら、謎を解くことから逃げ続けてきた。逃げずに進めば、救える命があったはずです。
あなたが逃げなければ、真人さんもあんな死に方はーー」
「江本‼︎」 「江本君‼︎」
龍と玲央が同時に怒鳴った。その声でようやく我に返ったのか、海里は口を押さえている。海里はすぐ小夜に向き直った。
「小夜さん・・私は・・・・」
「言い訳なんて聞きたくないわ」
小夜は素早くそう返した。鋭い視線で海里を睨みつけ、侮蔑にも似た笑みを浮かべて続ける。
「逃げたいんでしょう? 向き合いたくないんでしょう? だったら、そうしたらいいじゃない。
江本さん。あなたは私を自分と同じ“探偵”だと言ったけれど、私からしたら全然違う。あなたに私のことなんて分かるはずがない。大切な誰かを失った悲しみも、苦しみも、痛みも。
だから私は、あなたが嫌いなの。何も知らずに謎を解けだの何だの言って、それが探偵とあるべき姿だなんて顔をして、信頼できる人が側にいてーー本当、羨ましいわ」
小夜は鼻を鳴らした。勢いよく体ごと振り返り、玲央を見る。
「捜査を始めましょう。本庁の応援が到着するまでの間だけ手伝うわ。嵐が来るかもしれないし、急がないと」
「・・・・そうだね、ありがとう」
「頸動脈を迷わず切られている。犯人は相当仁さんに殺意を抱いていたと見ていい。あの暗闇の中で殺害したことを踏まえても、事前によく計画を練ったんだろう」
「だろうな。停電も仕組まれたものかもしれないし、その点を踏まえると内部犯と断定するべきか?」
玲央は分からないという風に首を振った。小夜はテーブルに近づき、遺体を観察している。屈んで床を見たり、別の椅子に腰掛けたりして、テーブル周りを歩いた。
「・・・・なるほどね。だから・・・」
「小夜、何か分かったの?」
「ええ。犯人は、仁さんから見て左側に座っていた人物よ」
あっさりとした告白に、2人はすぐさま席順を思い返した。
上座には一也がおり、彼の正面ーーすなわち下座ーーに仁は座っていた。そして、仁から見て左側に江本家の面々、右側に龍たち3人が並んでいた。仁の近くから見て、左側が葵、海里、流華、知華、愛華。右側が小夜、龍、玲央である。
「ちょっと待って、それって・・・・」
「江本家の誰か。面倒だから今は海里と呼ぶけれど、海里さん、愛華さん、知華さん、流華さん、葵さんの5人が候補者。正面の一也さんは除外して構わないけれど、事情聴取は必要だと思うわ。一先ず、1人ずつ話を聞いた方がいい」
小夜は淡々とそう言った。2人は感心したように頷き、事情聴取をしようと動き出す。すると、小夜が「待って」と言って2人を止めた。
「彼らに話を聞くの、警視庁でできない? 嵐が来るって話もあるし、きちんとした捜査だって必要でしょう」
「そうだな。取り敢えず本庁に連絡してーー」
龍がスマートフォンを手に取った瞬間、3人のスマートフォンがけたたましく鳴った。
鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの大きな音は、食堂だけでなく家中で鳴っていた。そのおかげで、不具合でも何でもなく、何かしらの緊急速報だと理解できた。
3人は同時にスマートフォンを取り出し、通知を確認した。
『大雨洪水警報発令。以下の地域は避難の準備を進めてください。東京都T区、N町・・・・』
同時に「え」とつぶやきが漏れた。
「N町ってここだよね? しかも、T区は本庁の住所だ」
龍は勢いよくカーテンを開けた。外はいつの間にか大雨が降っていた。窓ガラスは岩でも落ちてきたのかと思うほどの音を出し、風は信号機や標識を揺らしてその強さを誇示している。龍はすぐに本庁へ電話をかけたが、既に電波が悪くなっており、繋がらなかった。
「ダメだ。車は車庫に入れさせてもらったから大丈夫だが、連絡はできないし帰れる状況じゃない」
「じゃあ、残ってできる限り捜査を進めるしかないね」
2人の言葉を聞くなり、小夜の顔に影がかかった。玲央は心配そうに見つめたが、彼女は大丈夫だと答えるように首を横に振った。
「私が海里さんたちに話を聞くわ。2人は現場検証を続けて」
「私たちが・・・犯人?」
「はい。それ以外、考えられません」
遺体の検分と現場の保存を龍と玲央に任せた小夜は、食堂と同じほどの別室に集まった江本家の面々にそう告げた。海里も呼んだが、彼は部屋から出て来ようとはしなかった。
「お1人ずつ話を伺います。まずは一也さん。その後は愛華さん、葵さん、知華さん、流華さんの順です」
「海里は?」
愛華が尋ねると、小夜は暗い表情を浮かべて答えた。
「流華さんが終わり次第、聞きに行きます。部屋から出て頂けるとありがたいですが、最悪扉越しでも問題はありません」
江本家の人間が多いため、事情聴取が長くなるのは必然だった。誰かが話をしている間、他の家族は非常食の確認や予備電源の確保、バスタブに水を張るなど台風対策に勤しんだ。使用人たちも皆帰れなくなったため、主人を手伝う形で共に作業を開始した。
1人目、一也との事情聴取で、小夜は彼が容疑者から外れていることは話さず、停電の時の行動など定型的なことを尋ねるに留めた。また、殺害された仁についても、詳しく聞いた。
一通りのことを聞き終えると、一也の方から質問をした。
「話を戻して申し訳ありませんが、なぜ私たちが犯人だと?
確かに、普通に考えれば家族の中に犯人がいると思うでしょう。しかし、私は家族内での不和を感じたことなどないし、月に1度は家族で集まっている。それなのに家族の中に弟を殺害した人間がいるとは、とても思えない。実際、誰もが弟の死に打ちのめされている」
綺麗事だと思いつつ、小夜は答えた。
「確かに、家族の中に殺人事件の被害者と加害者がいるなんて納得できないでしょう。ですが、私の意見は変わりません。
そもそも、私たちと仁さんは初対面です。いいえ、海里さんを除いた全員、初対面です。その点から殺害する理由なんてないと私は考えていますが、納得頂けないでしょうね」
「ええ・・・説得力に欠けます」
小夜は笑った。彼女は、初めから彼らが自分たちを疑うことは分かりきっていたのだ。明らかに人当たりのいい一也にとって、家族への疑念など考えたくもないのだろう、と。
笑みを崩さぬまま、小夜は続ける。
「血痕です」
「血痕?」
一也は不思議そうに首を傾げた。頸動脈から流れ出た血は食堂のあちこちに飛んでいたため、特別な意味を持っているとは思えなかった。
「ええ。
仁さんは左側の頸動脈を切られて殺害されていました。そして、頸動脈から流れた血は、ほとんど彼の背後に飛んでいた。つまり、犯人は正面から彼の頸動脈を切ったことになります。ーーここまではよろしいですか?」
一也が頷くと、小夜はすかさず続けた。
「もし仁さんから見て右側にいる人間、すなわち私たちが左の頸動脈を切った場合、わざわざ背後を通って左側に回り、殺害したことになります。
その場合、血を浴びることはなくても、背後を通って戻る必要がありますから、必ず血痕を踏み、足跡が残ってしまうんです。停電した際に殺害されていますから、血痕の範囲はわかりませんし、拭くこともできない。スマートフォンのライトをつけることは論外です。
しかし左側の人間であれば、正面から殺害に及んで倒れる前に自席に戻ることができる上、血痕を踏むことはない。仮に血を浴びたとしても、倒れた時に飛んできたと言い張れば疑うのは難しいんです」
小夜の言葉を受け、一也は双方の状況を想像しているのか、やがて苦い表情を浮かべた。
「納得して頂けましたか?」
念を押すように小夜が尋ねた。一也はぎこちなく頷く。
「ええ。しかし例え、万が一、家族の中に犯人がいたとしても、きっと何か理由があるはずです。だから、私は家族を信じます」
その言葉に、小夜は小さく「そうですか」と言って頷いた。
「どう思うかはご自由ですが、真実はあなたのご家族が握っている。そのことを、どうかお忘れなく」
知華が叫んだ。車椅子が揺れ、流華が慌てて抑える。
玲央は一連の動作を見てから答えた。
「ゼロと断言するのは早いかもしれません。しかし、あの短い停電の間に、扉もしくは窓から侵入し、仁さんを殺害して姿を消したなんて、現実的な話ではないでしょう。
加えて、仁さんの叫び声が全く聞こえなかった。ナイフを突きつけられた時点で、何かしらの声が漏れるのは普通のことです。睡眠薬が混ざっていた可能性を考えても構いませんが、停電の瞬間に合わせて眠らせることは困難ですし、家族以外の人間がいる前で行うのはリスクが高い。
そして何より、抵抗した痕跡がない。仁さんは油断していたーーすなわち、家族に殺害されたと考えるべきなんです」
玲央は早口かつ的確に、ほぼ確信に近い推測を語った。龍は現場を一回りしてから海里を見て、口を開く。
「江本、協力してくれ。ここから本庁は遠い。応援を呼ぶのにも時間がかかるだろう。その間だけでも、お前の知恵を借りたい」
「・・・私の・・・・?」
虚ろな目をした海里は、それが信じ難いことであるかのようにつぶやいた。龍は頷く。
「ああ。身内の死であることは、もちろん理解している。だが、殺人者がいる以上、野放しにはできないだろ。だからいつも通りーー」
「嫌です」
龍の声に被せて海里はそう言った。彼は踵を返して食堂を後にしようとする。小夜は慌てて立ち上がり、腕を掴んだ。
「待って、江本さん。あなた以外に、誰が謎を解くというの? 苦しいかもしれないけれど、あなたのご家族の間で起きたことなんだから、きちんと向き合うべきでしょう」
小夜の言葉に、海里はすかさず答えた。
「家族を嵌めたあなたに、そんなこと言われたくありません」
「何ですって?」
小夜が海里を睨んだ。海里は振り返り、虚ろな瞳のまま、力のない笑みを浮かべる。
「あなたも“探偵”だったのでしょう? そうである以上、私が解こうがあなたが解こうが同じこと。東堂さんと玲央さんもいることですし、お任せしますよ」
「馬鹿なこと言わないで。私は何度も謎を解くことを拒否したわ。マリーゴールド号の時だって、家族や大勢の人を守るためにやっただけ。でも、今は違う」
「関係ないから、解かないと?」
海里は強調して言った。しかし、小夜は怯むことなく頷く。
「そうね。それもある。でもそれ以上に、あなたに向き合って欲しいのよ。私は、家族と向き合うことを諦めたから」
海里の嫌味に、小夜は堂々とした口調で返した。しかし、海里は一向に首を縦に振らない。それどころか、強引に掴まれた腕を振り払った。
「あなたに似合わない綺麗事ですね。
とにかく、私は部屋に戻ります。義父さん、後はよろしくお願いします」
「海里、待ちなさい! 海里!」
事件に向き合わない息子に、一也は驚きを隠せなかった。愛華たちも、あまりの息子、弟の無気力さに言葉を失っている。
苛ついた小夜は、早足で立ち去ろうとする海里の背中に言葉をぶつけた。
「また私から逃げるつもり? そもそも、私と話をするために客人として呼んだのでしょう? それなのに、事件からも逃げるなんて。曲がりなりにも探偵も呼ばれているのに、その態度は何?」
諌めていたはずが、今や立派な口喧嘩になっていた。やや沈黙した後、海里は振り返らずに答える。
「・・・・逃げているのは小夜さん、あなたも同じでしょう。あなたは、謎を解き明かす力がありながら、謎を解くことから逃げ続けてきた。逃げずに進めば、救える命があったはずです。
あなたが逃げなければ、真人さんもあんな死に方はーー」
「江本‼︎」 「江本君‼︎」
龍と玲央が同時に怒鳴った。その声でようやく我に返ったのか、海里は口を押さえている。海里はすぐ小夜に向き直った。
「小夜さん・・私は・・・・」
「言い訳なんて聞きたくないわ」
小夜は素早くそう返した。鋭い視線で海里を睨みつけ、侮蔑にも似た笑みを浮かべて続ける。
「逃げたいんでしょう? 向き合いたくないんでしょう? だったら、そうしたらいいじゃない。
江本さん。あなたは私を自分と同じ“探偵”だと言ったけれど、私からしたら全然違う。あなたに私のことなんて分かるはずがない。大切な誰かを失った悲しみも、苦しみも、痛みも。
だから私は、あなたが嫌いなの。何も知らずに謎を解けだの何だの言って、それが探偵とあるべき姿だなんて顔をして、信頼できる人が側にいてーー本当、羨ましいわ」
小夜は鼻を鳴らした。勢いよく体ごと振り返り、玲央を見る。
「捜査を始めましょう。本庁の応援が到着するまでの間だけ手伝うわ。嵐が来るかもしれないし、急がないと」
「・・・・そうだね、ありがとう」
「頸動脈を迷わず切られている。犯人は相当仁さんに殺意を抱いていたと見ていい。あの暗闇の中で殺害したことを踏まえても、事前によく計画を練ったんだろう」
「だろうな。停電も仕組まれたものかもしれないし、その点を踏まえると内部犯と断定するべきか?」
玲央は分からないという風に首を振った。小夜はテーブルに近づき、遺体を観察している。屈んで床を見たり、別の椅子に腰掛けたりして、テーブル周りを歩いた。
「・・・・なるほどね。だから・・・」
「小夜、何か分かったの?」
「ええ。犯人は、仁さんから見て左側に座っていた人物よ」
あっさりとした告白に、2人はすぐさま席順を思い返した。
上座には一也がおり、彼の正面ーーすなわち下座ーーに仁は座っていた。そして、仁から見て左側に江本家の面々、右側に龍たち3人が並んでいた。仁の近くから見て、左側が葵、海里、流華、知華、愛華。右側が小夜、龍、玲央である。
「ちょっと待って、それって・・・・」
「江本家の誰か。面倒だから今は海里と呼ぶけれど、海里さん、愛華さん、知華さん、流華さん、葵さんの5人が候補者。正面の一也さんは除外して構わないけれど、事情聴取は必要だと思うわ。一先ず、1人ずつ話を聞いた方がいい」
小夜は淡々とそう言った。2人は感心したように頷き、事情聴取をしようと動き出す。すると、小夜が「待って」と言って2人を止めた。
「彼らに話を聞くの、警視庁でできない? 嵐が来るって話もあるし、きちんとした捜査だって必要でしょう」
「そうだな。取り敢えず本庁に連絡してーー」
龍がスマートフォンを手に取った瞬間、3人のスマートフォンがけたたましく鳴った。
鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの大きな音は、食堂だけでなく家中で鳴っていた。そのおかげで、不具合でも何でもなく、何かしらの緊急速報だと理解できた。
3人は同時にスマートフォンを取り出し、通知を確認した。
『大雨洪水警報発令。以下の地域は避難の準備を進めてください。東京都T区、N町・・・・』
同時に「え」とつぶやきが漏れた。
「N町ってここだよね? しかも、T区は本庁の住所だ」
龍は勢いよくカーテンを開けた。外はいつの間にか大雨が降っていた。窓ガラスは岩でも落ちてきたのかと思うほどの音を出し、風は信号機や標識を揺らしてその強さを誇示している。龍はすぐに本庁へ電話をかけたが、既に電波が悪くなっており、繋がらなかった。
「ダメだ。車は車庫に入れさせてもらったから大丈夫だが、連絡はできないし帰れる状況じゃない」
「じゃあ、残ってできる限り捜査を進めるしかないね」
2人の言葉を聞くなり、小夜の顔に影がかかった。玲央は心配そうに見つめたが、彼女は大丈夫だと答えるように首を横に振った。
「私が海里さんたちに話を聞くわ。2人は現場検証を続けて」
「私たちが・・・犯人?」
「はい。それ以外、考えられません」
遺体の検分と現場の保存を龍と玲央に任せた小夜は、食堂と同じほどの別室に集まった江本家の面々にそう告げた。海里も呼んだが、彼は部屋から出て来ようとはしなかった。
「お1人ずつ話を伺います。まずは一也さん。その後は愛華さん、葵さん、知華さん、流華さんの順です」
「海里は?」
愛華が尋ねると、小夜は暗い表情を浮かべて答えた。
「流華さんが終わり次第、聞きに行きます。部屋から出て頂けるとありがたいですが、最悪扉越しでも問題はありません」
江本家の人間が多いため、事情聴取が長くなるのは必然だった。誰かが話をしている間、他の家族は非常食の確認や予備電源の確保、バスタブに水を張るなど台風対策に勤しんだ。使用人たちも皆帰れなくなったため、主人を手伝う形で共に作業を開始した。
1人目、一也との事情聴取で、小夜は彼が容疑者から外れていることは話さず、停電の時の行動など定型的なことを尋ねるに留めた。また、殺害された仁についても、詳しく聞いた。
一通りのことを聞き終えると、一也の方から質問をした。
「話を戻して申し訳ありませんが、なぜ私たちが犯人だと?
確かに、普通に考えれば家族の中に犯人がいると思うでしょう。しかし、私は家族内での不和を感じたことなどないし、月に1度は家族で集まっている。それなのに家族の中に弟を殺害した人間がいるとは、とても思えない。実際、誰もが弟の死に打ちのめされている」
綺麗事だと思いつつ、小夜は答えた。
「確かに、家族の中に殺人事件の被害者と加害者がいるなんて納得できないでしょう。ですが、私の意見は変わりません。
そもそも、私たちと仁さんは初対面です。いいえ、海里さんを除いた全員、初対面です。その点から殺害する理由なんてないと私は考えていますが、納得頂けないでしょうね」
「ええ・・・説得力に欠けます」
小夜は笑った。彼女は、初めから彼らが自分たちを疑うことは分かりきっていたのだ。明らかに人当たりのいい一也にとって、家族への疑念など考えたくもないのだろう、と。
笑みを崩さぬまま、小夜は続ける。
「血痕です」
「血痕?」
一也は不思議そうに首を傾げた。頸動脈から流れ出た血は食堂のあちこちに飛んでいたため、特別な意味を持っているとは思えなかった。
「ええ。
仁さんは左側の頸動脈を切られて殺害されていました。そして、頸動脈から流れた血は、ほとんど彼の背後に飛んでいた。つまり、犯人は正面から彼の頸動脈を切ったことになります。ーーここまではよろしいですか?」
一也が頷くと、小夜はすかさず続けた。
「もし仁さんから見て右側にいる人間、すなわち私たちが左の頸動脈を切った場合、わざわざ背後を通って左側に回り、殺害したことになります。
その場合、血を浴びることはなくても、背後を通って戻る必要がありますから、必ず血痕を踏み、足跡が残ってしまうんです。停電した際に殺害されていますから、血痕の範囲はわかりませんし、拭くこともできない。スマートフォンのライトをつけることは論外です。
しかし左側の人間であれば、正面から殺害に及んで倒れる前に自席に戻ることができる上、血痕を踏むことはない。仮に血を浴びたとしても、倒れた時に飛んできたと言い張れば疑うのは難しいんです」
小夜の言葉を受け、一也は双方の状況を想像しているのか、やがて苦い表情を浮かべた。
「納得して頂けましたか?」
念を押すように小夜が尋ねた。一也はぎこちなく頷く。
「ええ。しかし例え、万が一、家族の中に犯人がいたとしても、きっと何か理由があるはずです。だから、私は家族を信じます」
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