小説探偵

夕凪ヨウ

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Case74.血まみれのお茶会④

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「どうぞ、お座りください。立ったままでは話しにくいでしょうから」
「ありがとうございます」
 愛華に礼を述べ、小夜は勧められた椅子に腰掛けた。
 小夜は各自の部屋で聞き込みを行っていた。愛華は、殺人事件や台風など心労がたたることが多いはずだが、朗らかは笑顔で小夜を出迎えた。彼女は自分と小夜の間にある小さなテーブルに2人分の紅茶を置き、自分も正面の椅子に腰掛けた。
「さて、何からお聞きしましょうかね。実際、私は探偵でも警察でもありませんから、このような捜査をする立場にもないんですけど」
「大学の職員と仰っていましたものね」
 愛華は海里との口論には触れず、そう言った。小夜はその心遣いに感謝しつつ、頷く。
「ええ。でも、非常事態ですから仕方ありません。
 では、愛華さん」
「はい」
 小夜は萎縮させないよう、優しげな口調で続けた。
「仁さんのことを教えてください。彼の性格や、家族との関係。彼が何の仕事をしていて、どこに住んでいるのか。殺さられる理由に心当たりはあるかーー一也さんにも同じような話を伺ったのですが、人物像の差異なども考えたいので同じことを答えて頂きたいんです」
「えっ? 事件発生時の私の行動などではなく?」
 愛華は目を見開いた。小夜は笑う。
「確かに聞いた方がいいかもしれませんね。でも、自分の行動は簡単に嘘で塗り替えられます。逆に言えば、他人の行動に対して嘘をつく意味はない。ですから、仁さんのことを教えて欲しいのです。何せ、初対面ですから」
 小夜は笑った。愛華は腑に落ちないという顔をしながらも、ゆっくりと口を開いた。
「仁さんは、人当たりのいい、優しい人です。子供たちもよく懐いていて・・・子供たちが幼い頃は、忙しい私たちの代わりに、子供たちの面倒を見てくれていました」
 そう話す愛華の顔には笑みが浮かんでいた。小夜は頷く。
「なるほど。いつから会社経営を?」
「16年前です。丁度、葵が小学校を卒業した頃になりますね」
 愛華は続けて、知華と流華は海里の1つ上、葵は2つ上だと話した。小夜は礼を言って尋ねる。
「事業の失敗の話などは?」
「聞いていません。夫も、何度か会社に行って、繁盛していると言っていましたし」
「つまり、愛華さん自身が直接見たわけではないんですね?」
「ええ。1度だけ・・・仁さんの会社見学に行った葵の迎えで訪ねたことがあります。その日以来は、1度も」
「それはいつの話ですか?」
「5年前です。就職活動中でしたから、叔父さんの会社を見たいと言って。夫の会社を見学するのは社長の息子として見られて落ち着かないからと、仁さんの会社に」
 小夜は眉を潜めた。
 愛華は葵の意思だから仁の会社に行ったと言ったが、彼の会社であっても、葵は社長の甥である。息子と甥。血縁上の立場は違えど、周囲が抱く感情はさして変わらないように思えた。
 また、一也の表情からして、仁は家族と長らく会っておらず、会社経営の話を聞くほど会社同士で物理的にも事業的にも距離がある。一方、一也の会社は自宅の近くにあり、子供たち3人も自宅に住んでいる。正式な就職活動のイベントでもない以上、どう見られようと父の会社に行った方が、様々な手間が省ける気がした。
 少し思案した後、小夜は続ける。
「葵さんは随分と仁さんをお好きのようでしたね。昔からですか?」
「え? ええ・・・私も理由は知らないんですが、昔から仁さんに懐いていて」
「面倒を見てくれていたから、ですか?」
「ああ、そうかもしれませんね」
 嘘だわ。この人、葵さんが仁さんに懐いていた理由を知っている。私の質問に対して、なぜか気まずそうに目を背けた。どうして?
「泉龍寺さん?」
 愛華に呼びかけられ、小夜は我に返った。
「・・・ああ、ごめんなさい。お時間を頂きありがとうございます。葵さんの部屋に案内して頂けませんか?」
 そう言うと、愛華は小夜たちを迎え入れた時と同じ、朗らかな笑顔に戻って頷いた。小夜は椅子から立ち上がり、愛華に続いて葵の部屋へ行く。
「葵。泉龍寺さんがお話を聞きたいそうよ」
 室内で何か動く音がした後、鍵が開いた。小夜は思わず目を丸くする。いくら外部の人間が来ているとはいえ、家族が暮らすこの場所で、一々部屋の鍵をかける必要があるのか、分からなかった。
「じゃあ、私はこれで」
「ええ、ありがとうございました」
 愛華が去っていくと、小夜は部屋の中に入った。家具が少なくシンプルだが、よく整理されている。彼の第一印象にピッタリだった。
 葵は椅子に座ってパソコンをいじっており、キーボードを叩きながら、口を開けた。
「好きにおかけください。それと急な仕事が入ったので、少しお待ちいただけませんか?」
「ええ、どうぞ」
 数分後、パソコンの蓋が閉じる音がした。小夜は改めて葵を見る。彼は1度眼鏡を拭き、かけ直すなり溜息をついた。
「叔父さんが殺害されたこと、泉龍寺さんはどうお考えですか? 母に会社の話を伺ったりは?」
「一応。でも、温厚で実直な方だと聞きました。殺される理由は思い当たりませんね」
「当然です。叔父さんが、人から恨まれるわけがない。恨む人間は嫉妬しているだけです」
 葵は、強い口調でそう言った。小夜は笑みを浮かべながら、葵に尋ねる。
「葵さんは、どうして仁さんがお好きなんですか? 愛華さんから幼い頃に面倒を見てくれていたとは聞きましたが、それだけでは理由として乏しい。父の一也さんと、折り合いが悪いわけでもないでしょう?」
「ええ。父は私を大切にしてくれますよ。ただ、人として信用するに値しません」
 突然の暴言に小夜は驚いた。葵は続ける。
「不正疑惑があるんです。社員の給料を横領して、娯楽のために使っている、と。もちろん父は否定しましたが、私は完全に否定できません」
「しかし、仮にも父親でしょう?どうしてそこまで」
 小夜は内心、父を嵌めた自分のことを思い、馬鹿馬鹿しい言葉だと思った。しかし、葵がそんなことを知るはずもなく、彼は冷静に答える。
「父には愛人がいたんです。そんな人間を、信用することはできません。母がいながら、そんなこと・・・汚らわしい。
 叔父さんを通して、父に関係を切るよう言いました。その時はそれで聞き入れましたが、今は知りません」
「なるほど。だからこそ、仁さんを信用しているんですね。父を諌め、母を安心させた存在として」
「はい」
 躊躇うことなく葵は頷いた。小夜は、先程の愛華の嘘と葵の言葉が繋がり、深く頷いた。そして同時に、落胆した。
 どれだけ“いい人”に見える人間でも、一皮剥けば悪事は山のように出てくるのだ。小夜はそれをとうの昔に知っていたが、いざ向き合うと、吐き気がした。
「となると・・・余計に仁さんが殺害される理由が亡くなりますね。この狭い中で間違い殺人など、まずあり得ないでしょうし」
 小夜は、一先ず仁に殺害される理由がないという建前を掲げて言った。葵は頷く。
「そうですね。家族の座る位置は犯人も把握していたはず。寧ろ、父が叔父を殺害したかもしれません。今回の客人の話は、父から急に言われたものでしたから」
「急に・・・・それは、海里さんを慰めるために?」
「恐らく」
「では、海里さんの友人を呼ぶとなった時、家族の中で嫌がったり不満を示したりした人はいましたか?」
 葵は静かに首を横に振った。小夜は「そうですか」と言って一礼し、立ち上がる。
 部屋を出て行こうとする小夜に、葵が尋ねた。
「泉龍寺さんは海里と同じ探偵ではありませんよね? それなのに、なぜここまでしてくださるのですか? 私たちは身内の死に何もできないというのに、なぜ?」
 真っ直ぐな姿勢が海里と重なった。小夜はわずかに目を逸らしつつ答える。
「・・・・人が殺害されたという事実を、放っておくことができないからですよ。本当に、それだけです」
「そうですか・・・でも、ありがとうございます」
「いえ」
 そう、嘘はついていない。私の本心。私の本心は、別にもう1つある。ただ、それを彼らの前では言えないから、黙っておいた方がいい。そうしなければ、私たちが信頼を失ってしまう。
 小夜は葵に知華の部屋を尋ね、彼女の部屋に入った。
「知華さん。お話よろしいですか?」
「はい。あ・・椅子・・・」
 知華は小夜の近くにある椅子を手繰り寄せようと、車椅子のストッパーをはずした。小夜は軽く右手を上げて制止する。
「そのままで大丈夫ですよ」
 小夜は自分で椅子を引き寄せ、知華と向き合った。改めて彼女を見ると、表情や服装こそ違うものの、本当に流華と似ている。髪の長さもほとんど変わらないので、流華同じ格好や派手な化粧をしたら、見分けがつかないだろう。
 尋ねるのが憚られると思いつつ、小夜は初めから気になっていたことを尋ねな。
「その足は生まれつきですか?」
「いいえ。数年前に事故で。足の神経を痛めてしまって・・・リハビリを重ねても、歩けるようになるか分からないと言われました」
 小夜が思わず表情を固くすると、知華は笑った。
「そんな顔をなさらないでください。あれは、私の不注意だったんですから」
 そうつぶやいた知華の顔は、心なしか怒りを帯びていた。小夜はそれに気がつきながらも、何も言わずに笑みを返した。
 知華は、笑みを浮かべたまま続ける。
「暗い話をしてごめんなさい。どうぞ、話を始めてください」
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