小説探偵

夕凪ヨウ

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Case76.血まみれのお茶会⑥

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「罪と隠しごと? 何を根拠にそんなこと・・・・」
 海里は苦笑した。だが、小夜は決して彼から目を逸らさなかった。彼女は至って冷静な声で続ける。
「仁さんが素晴らしい人だった・・・それは一部の人間から見て、本当にそうだったかもしれない。でも、本当に誰からも素晴らしいと言われる人間が、あんな明確な殺意の元、殺されることなどあり得ないんです。そうでしょう?」
 海里は黙った。額に汗が滲んでいる。
「現時点で2つ、罪が発覚している。どちらも確信のないことだけど・・・1つは、一也さんの不倫です。江本さんもご存知?」
「・・・一応、話には聞いています。でも、深い話は知りません。父も母も仲が良いので、そんなことをした理由は、今となっては分かりませんが」
「今となっては? 一体、何年前の話なの?」
「そんなことまで聞く必要があるんですか?」
「あるから聞いてるのよ。時間がないから、早くして」
 海里は顔を背けたまま、ぽつりとつぶやく。
「27、8年前・・・義姉さんたちが生まれる頃だと聞いています。葵義兄さんも幼児でしたし、10年後くらいに、母から聞いたと言っていました」
「27、8年? 確か、葵さんはあなたの二つ上ですよね? 結婚してすぐに彼が生まれたと聞いているのに、そんな時期から不倫を?」
 問い詰めるような口調に、海里は大きく首を横に振って答えた。
「ですから、深いことは知りませんよ。当時、私はまだ養子じゃなかった。詳しく聞きたければ、父に聞いてはどうですか?」
、とっくの昔に聞いてるわ」
 その言葉に海里は眉を潜めた。一体、小夜は何を思って今の言葉を言ったのだろうかと訝しむ。しかし、彼女はすぐに次へ移った。
「まあいいわ。不倫の話はここまでにしましょう。次に私が聞きたいのは、一也さんの不正疑惑ーー横領の件です」
「あなた、どこまで知ってるんですか」
 海里が呆れと怒りを含んだ声で言った。対抗するように、小夜は大きな溜息をつく。
「勘違いしないでください。葵さんからの情報です。私が調べたわけじゃない。私が聞きたいのは、本当かどうかということです。どっちなんですか?」
 海里は諦めたように溜息を返し、口を開いた。
「・・・・正直、不倫の件より曖昧な話です。父は仮にも社長ですから、金銭を横領する理由がない。経営が上手くいっていないわけでもありませんし、信じ難い話ですね」
 小夜は腕を組み、少し俯いた。一体、何を思ってその言葉を受け止めたのか、海里には分からなかった。
「なるほど・・・どちらも曖昧な話・・真実を聞くのは本人に限りますね」
 本人に聞いていいか分からないと言ったくせに、本人に聞くと断言する小夜に、海里は驚きを隠せなかった。
「なっ・・・⁉︎ 待ってください! そもそも、なぜそんなことを明らかにする必要があるんですか⁉︎ 今は殺人事件の謎解きをしているのでしょう? 過去の罪を持ち出して何になるというんですか!」
 海里は勢いよく椅子から立ち上がった。はずみで椅子が倒れて大きな音がするが、小夜は全く動じなかった。
「ちゃんと意味のあることになりますよ。そうでなければ、こんなことはしません」
 小夜は断言した。海里は意味が分からないという風に首を振り、椅子を起こして、再び座った。
 その動きを見た瞬間、すると、小夜がハッとしてつぶやいた。
「あの人・・・・」
「え?」
「何でもありません。最後の質問に移りますね」
「まだ何かーー」
「江本家の方々は、本当に仁さんを快く思っていたんですか?」
 沈黙が流れた。しばらくして、海里が作り笑いを浮かべる。明らかに動揺しているが、彼はそれを無理に隠そうと口を開いた。
「質問の意味が分かりませんね。家族全員、素晴らしい人だと思っているからあなたにそう伝えたんです。今更、それが覆ることなどあり得ない」
「そうかしら? 私は話を聞いている中で、誰が嘘をついているのかはもう分かっているつもりよ。あなたも、知っているんじゃないの?」
 まずい。小夜さんがため口になっている。マリーゴールド号事件の時と同じだ。彼女は、嘘も真相も、既に見抜いているのかもしれないーー。
 海里は唾を飲み、おもむろに口を開いた。
「確かに、嘘をついている人に心当たりはあります。でも、嘘をつく理由は分からない。あくまで、私見ですから」
「私見で結構よ。むしろ、私はそれを聞きたいの。他人に作り上げられたくだらない発言より、己の意思で作り上げた発言の方が信頼できる。言って。あなたが嘘をついていると思う人間は誰?」
 海里はしばらく小夜と睨み合っていたが、現時点で自分に勝ち目はないと思い、深い溜息をついた。
「正直、まだ半信半疑です。しかし、話を振った時の反応が他と違う。小夜さんも、同じ方法で突き止められましたよね?」
「ええ。人間は情報の塊。YesかNoで答えられる質問をすれば、自然と嘘は見つけやすくなる」
 海里は思わず失笑した。小夜が初めから、江本家にいる全員を疑ってかかっていたことが明らかだったからだ。
「抜け目のない人ですね」
「どうも。それで?」
 何の感情もこもっていない小夜の発言の後、沈黙が落ち、やがて海里はつぶやいた。
「・・・・。それが私の答えです」
 海里の言葉に、小夜は満足そうに笑った。持たれていた壁から体を起こし、ドアノブに手をかける。
「ありがとうございました、江本さん。やっぱり、あなたの頭脳に間違いはない。今、それを確認できましたよ」
 海里は何も言わなかった。嘘をつき続ける自分の家族に不信感を抱きながら、恐怖からそこに踏み込めない己を弱いと思い、嘘をしろうとも止まることのない小夜を強いと感じた。
                    

「あらかた解決した?」
 小夜は2人と1階の廊下で落ち合った。玲央の質問に小夜は頷く。
「ええ。後は全員に話すだけ・・・なんだけど」
 小夜はちらりと廊下の柱時計を見た。いつの間にか、夜の8時を回っている。
「明日にしましょう。東堂さんも、1日ありがとうございました」
「仕事をしただけだ、気にするな」
 そう言いながら、龍は2人に鍵を渡す。持ち手が丸い、シンプルな金の鍵である。
「一也さんからもらった。2階の空き部屋の鍵だ。片付いているのがふた部屋しかないらしいから、俺と兄貴が同室でいいだろ?」
「ああ。龍はもう少し調べるの?」
「現場を一回りしてから寝る。浴室もトイレも各部屋についてるから自由に使ってくれと。」
「分かった。じゃあ行こうか、小夜」
 2人が2階に上がるのを見送ると、龍は現場の食堂に向かった。鍵は一也から預かっており、誰も入らないように念を押していた。
 龍はホールの扉を開けて中に入り、思わず鼻を押さえた。部屋の中は血の臭いが充満しており、嵐で窓も開けないないせいか、湿気がこもっていた。龍は仕方なく窓を数センチほど開け、外の空気を流し込んだ。
 雨が入ってこないことを確認すると、遺体に近づく。ブルーシートがかけられた遺体に触れられた形跡はなく、事件発生当時のままである。安堵したその時、背後で物音がした。
「誰だ?」
 鋭い声を上げて振り返ると、食堂の入口に一也が立っていた。まだ着替えておらず、風呂に入った様子もない。
「あ・・・すみません。音がして、気になってしまって」
「一也さん・・・。いえ、こちらこそ失礼しました。神経質になっているようで」
「はは・・仕方ありませんよ。こんなことがあれば、誰だって・・・・」
 一也は悲しげな瞳で仁の遺体を見た。龍は捲れかけているブルーシートをかけ直す。
「無理されないでください。弟さんなんですから」
「そうですね・・・・」
 俯きかけた一也の瞳に、深い悲しみが浮かんだ。だが、それだけではなかった。龍はもう1つの感情の正体に気がつき、腑に落ちる。しかしそれを顔に出すことなく、龍は言った。
「こんな時にすみませんが、消臭剤か何かを頂けませんかこのままだと、血の臭いが取れなくなると思いますので」
「ああ、確か倉庫にあったはずです。取ってきますね」
「ありがとうございます」
 その後、龍は一也から受け取った消臭剤を軽く部屋に撒き、窓は閉めずに放置した。一也が部屋に戻るのを見届けると、龍も食堂の鍵をかけ、用意された部屋へ戻った。
 玲央は軽くシャワーを浴びたのか、濡れた髪を拭いているところだった。彼は龍から一連の話を聞き、興味深そうに目の色を変える。
「へえ、一也さんが? 事件現場の確認なんて物好きだね」
「言い方・・・。まあ、今更だとは思ったけどな。
 とにかく、明日には全て終わるんだ。心配ごとは何もない」
                    

 翌日、小夜の部屋の扉を叩く音がした。音で目を覚ました小夜は、明瞭になる意識の中で、切羽詰まった声を聞いた。
「泉龍寺さん、今すぐ来てください! 知華に声をかけても返事がないんです‼︎ お願いします‼︎」
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