小説探偵

夕凪ヨウ

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Case77.血まみれのお茶会⑦

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「返事がない?それは、眠っているわけではなく?」
「かなり強い力で扉を叩いていますが・・・一向返事がありません。とても眠っているとは思えない。」

 小夜は葵の呼びかけで龍と玲央を起こし、目的の部屋に向かった。もう1度、葵が扉を叩いて呼びかけるが、返事はない。すると、龍が扉の前に屈んだ。その瞬間、龍は顔を顰める。

「・・・まずいな。葵さん、扉を破っても構いませんか?鍵がない以上、道具を取りに行って開ける時間がありません。」
「は・・はい。お願いします。」

 龍は少し扉から離れると、勢いよく扉を蹴った。すると、鈍い音が聞こえ、扉が壊れた。小夜たちは急いで中に入り、そして、絶句した。

「知・・華・・・嘘だ。こんなの、信じない。」

 葵は何度も首を振っていた。玲央は思わずその顔を背け、龍は舌打ちをした。
 彼らの前にあったのは、知華の遺体だった。それも、心臓と顔の下半分が撃ち抜かれた、無残な遺体だった。

「どうして・・・・。」

 そう呟いた小夜の顔は、真っ青だった。だが同時に、龍と玲央は違和感を覚えた。“どうして”、などと言わずとも、彼女に犯人の魔の手が伸びた。ただそれだけなのだ。小夜のショックの受け方は、尋常ではなかった。

「何かあったんですか?」
「父さん・・母さん・・流華・・・・」

 一也たちは、知華の遺体を見るなり、言葉を失っていた。流華は震え、壁に手を付く。

「嘘・・嘘よ!知華姉が死ぬはずない‼︎何で・・・何でよ・・・・⁉︎嫌、嫌だ!」

 流華はその場に崩れ落ちた。大粒の涙が床を濡らし、細い肩が震えていた。

「知華姉さん?」
「海里・・・!」

 海里は、知華を見るなり、動かなかった。微かに体が震え、唇を噛み締めている。彼は勢いよく遺体から目を逸らし、踵を返した。

「海里、待ちなさい!」
「嫌です‼︎もう・・もう見たくない!」

 葵の腕を振り払い、海里は自分の部屋へ走り去った。その瞬間、小夜はハッとし、自分の口元を押さえた。遺体をまじまじと見つめ、髪に触れる。

「流華さん。昨夜、知華さんは外に出ましたか?」
「・・・・出てないと思う。知華姉は足が悪いし、台風が来てるこの状況で、危険なことなんてしない。」

 小夜は龍と玲央を手招きした。2人は、彼女と同じように髪に触れ、遺体を見て、目を見開く。3人は顔を見合わせ、軽く頷いた。

「後で、皆さんに昨夜の知華さんの行動を教えて頂きます。彼女は、“昨夜家の外に出ている”。殺された場所も、この部屋ではない。」
「馬鹿な!この嵐の中、なぜ外に‼︎」
「それは分かりません。とにかく今はーーーー」

 小夜は遺体の近くに落ちてある猟銃を見た。玲央がハンカチで包んで拾い上げ、残弾の確認をする。

「2発、使われていますね。知華さんを殺した凶器はこれで間違いないでしょう。これは誰の物ですか?」
「・・・・私です。」

 一也が答えると、玲央はすぐに彼へ視線を移した。一也は玲央の言いたいことに気が付いたのか、早口で付け加える。

「免許は取ってあります。ただ、最近は使わなくなっていましたから、倉庫にしまっていたはずです。」
「・・・・使っていないことは事実ですね。埃が残っている。この部屋は整頓されていますし、埃はつかないでしょう。・・・倉庫に案内してください。確かめたいことがあります。」

 玲央は猟銃を龍に預け、一也と共に倉庫へ向かった。小夜は愛華たちに1度部屋へ戻って休むよう言った。

「そういえば・・・東堂さん。鍵はありませんか?」
「鍵?」
「はい。昨日、江本さんにお聞きしたんです。江本家の4人の子供たちは、全員自分の部屋の鍵を持っていて、持ち手のデザインがそれぞれ違うと。知華さんはハートでした。そこら辺に落ちていませんか?もしくは、彼女の衣服の中とか。」

 龍は手早く遺体を探った後、部屋を見渡し、物を退けたり、鍵が落ちていないか調べた。小夜も手伝ったが、なぜか、鍵は見つからない。

「知華さんはこの部屋とは別の場所で殺害されていますから、鍵を持っているのは犯人以外あり得ない。そして犯人は内部の人間。」
「・・・つまり、さっきの“5人”の中にいるってことか。」
「5人・・・?」

 龍の言葉に、小夜は思わず首を傾げた。龍はすかさず口を開く。

「捜査に私情は挟まないからな。」
「・・・・ああ、なるほど。」

 小夜は少し笑ったが、すぐに真顔になった。視線の先にある微かに空いている机の引き出しを見つけたからだ。彼女は不思議に思いながら、引き出しの中にある小さな箱を取り出す。

「それは?」
「分かりません。ただ、この引き出しだけ、“入った時から少し開いていた”。部屋の掃除ぶりを見る限り、知華さんは綺麗好きでしょうし、そこら辺も見ているはずですから、閉め忘れは考えにくい。何か、私たちに見つけて欲しかったのだと思います。」

 龍は、海里と同等、もしくはそれ以上の観察力と推理力に溜息をついた。天宮家で重宝されていたことも、今ならよく分かる。
 小夜は首を傾げながら箱の蓋を開け、中身を見た。中には、黒い物体が入っていた。

「東堂さん、これ、もしかして・・・」
「・・・・盗聴器、だな。しかも、かなり高度な・・・・そういえば、一也さんの事業は電子機器・・こんな物も製造しているのか。」
「犯罪にならないんですか?」
「ならないな。自分の部屋にあるということは、家の中で仕掛けていたということ。住居侵入罪にも問われないし、何かを破壊して作った形跡はない。盗聴という行為自体は、何かを間違えたりしなければ、別に犯罪にはならないんだ。」

 小夜は感心したように頷いた。
 しかし、なぜ家の中に盗聴器を?知るためには、ここに残されているであろう内容を聞くしかなかった。

「ただいま。何見てるの?」

 龍は無言で玲央に盗聴器を見せた。その瞬間、玲央の顔色が変わる。

「家の中にあった?」
「多分な。で?そっちはどうだった?」
「良くも悪くも、当たりってとこかな。倉庫に行ったら、血痕だの何だのって、事件の証拠がどっさり。調べなくて助かったけど、知華さんがあそこで亡くなったことは間違いない。」
「・・・玲央、現場の写真はある?」
「もちろん。」

 玲央は自分のスマートフォンを飛び出し、2人に写真を見せた。血痕は拭いたのだろうが、所々残っており、長年放置していたせいで溜まった、床の埃が荒れていた。

「犯人と争ったのかもしれないね。車椅子のタイヤの後もあったし、知華さんがここにいたことは確定した。」
「ああ。問題は、遺体を運んだ理由だ。倉庫で殺したなら、そのまま放置すれば良かったはず。なぜわざわざ部屋に移動させた?ここは3階、倉庫は1階。エレベーターがあるとはいえ、運ぶのは苦労するはずだ。」
「うーん・・・外に晒したくなかった、とか?」

 玲央は、自分で言った言葉がくだらないと思ったのか、首を振った。だが、小夜は違った。

「それだわ。犯人は、知華さんの遺体を倉庫に放置したくなかった。知華さんに対する“愛情”があったからこそ、この部屋に遺体を運んだのよ。」
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