小説探偵

夕凪ヨウ

文字の大きさ
上 下
83 / 234

Case78.血まみれのお茶会⑧

しおりを挟む
「愛情?」

 龍と玲央は、意味が分からないという顔をした。愛があるならば、なぜ殺す必要がある?初めから殺さなければいい話だ。

「ええ。犯人は知華さんに“愛情”があった。だから、遺体を外に放置して、惨めな姿にすることができなかったのよ。」
「ちょっと待って。それじゃあ話が矛盾してる。なぜ犯人は知華さんを殺したんだ?愛情があるっていうなら、そんなーーーー」

 玲央はそこで言葉を止めた。横で聞いていた龍も、同じ結論に辿り着いたらしい。

「そうよ。犯人は、“初めから知華さんを殺す気はなかった”。これは、“事故”とも言える不遇な殺人。仁さんの時とは違う。」
「犯人にとって、予定外の殺人・・・」
「だからこんな面倒なことをしてまで、遺体を運んだのか。だが、ある意味墓穴を掘ったかもな。もし倉庫に遺体を放置していれば、“内部の人間”という線が薄まった可能性がある。だが部屋の中・・鍵を持ち去ってまで殺したことで、内部犯の疑いが強くなった。」
「そうだね。おそらく、予定外の殺人をして焦っていたんだろう。」

 3人は手早く推理を展開した。小夜は軽く窓を開け、洗面所にあった消臭剤を巻く。もう検分が終わったかと思いきや、彼女はもう1度遺体を見つめ、軽く頷いた。

「行きましょう。これ以上、ここにいても得られるものはない。ただ、その盗聴器の内容は、“私が知りたかった真実”を知らせてくれるかも・・・・。」

 小夜は謎の言葉を呟きながら、部屋を出て行った。2人は立ち入らないよう入り口にバリケードを作り、彼女の後を追った。
                    
            ※

「盗聴器の話は、一也さんたちに言わなくていいの?」
「ええ。変に疑われても困るし、全ては謎解きの時に・・ね。とりあえず、聞いてみましょう。何かのヒントになるかもしれないから。」

 3人は龍と玲央の部屋に行き、盗聴器の内容を聞くための準備をした。龍が盗聴器をパコソンに接続し、音声を再生する。


『あの話、本当なんですか?仁叔父さん。』
『あの話?何のことだ、知華。兄さんたちが待っているから、早く食堂に行こう。』
『話を逸らさないでください!もしあの話が真実なら、あなたは犯罪者です!』


 “犯罪者”という言葉に、3人の顔が曇った。仁は知華を無視しようとするが、知華は止まらなかった。


『あなたがやったことを、父が知らないはずがない!一体、どんな気持ちでこの家に戻ってきて母を見ているの⁉︎』
『失礼な。義姉以外に答えなどない。』
『嘘ばっかり!あなたは、不倫をした父を責めたけど、あなたにそんな資格はないわ‼︎だって、あなたはそれ以上のことをしたんだから!』


 そこで音声は終わっていた。知華が電源を切ったのだろう。小夜はなるほどね、と呟き、椅子から立ち上がった。部屋の扉を開け、吹き抜けから1階の広間にいる江本家の面々を見た。海里は気が進まない様子で家族と話をしている。

「1つ、謎が解けた。でも、まだ足りない・・・まだ、明らかになっていない罪がある。」
「罪?もう十分暴いたじゃないか。これ以上、何かあるの?」
「あるのよ。正直・・・気は進まないけど、知ってしまった以上、戻れないわ。」

 2人は首を傾げた。小夜は壁にもたれかかり、2人にこう言い放った。

「私は探偵の真似事はしたくなかった。でも、今回限りその意思を曲げるわ。」
「どういうこと・・・?」

 玲央が眉を顰めながら尋ねた。小夜は堂々とした声で言う。

「私は、この家に隠された全ての罪と嘘を暴く。でも、そのためのまだピースが足りない。この家に、“何もない”という言葉は存在しないから・・・明らかにするしかないの。」
「意味が分からないな。真実を解くことに集中して先が見えてない・・・そう江本に言っていたはずだろ。」
「ええ。でも、心配しないでください。私は、真実を明らかにした後の未来に予想がついています。だから、解いても問題ありません。」
「・・・・断言できるのか?」

 龍の質問に、小夜は迷わず頷いた。玲央はやれやれと言ったように首を振る。

「分かった。君の判断を信じよう。ただし、無茶はしないで。君は自分のことを軽んじる癖がある。」
「自覚はないけど、分かったわ。ありがとう。」

 その時だった。悲鳴が聞こえた。甲高い、女性の悲鳴。愛華や流華ではない。使用人だろう。龍は勢いよく階段を駆け下り、悲鳴が聞こえた仁の殺害現場へ向かった。

「どうしました?」
「あ・・東堂さん!葵兄が・・・‼︎」

 部屋の中央に、葵が倒れていた。頭部から出血している。龍は服の袖を破り、彼に駆け寄った。頭に布を当てながら、龍は尋ねる。

「大丈夫ですか?」
「・・・う・・・・東堂・・さん・・」

 龍は意識があることに安堵したように息を吐いた。小夜と玲央が駆けつけ、扉の前で足を止める。龍は流華に早口で告げた。

「救急箱はありますか?あるなら今すぐここへ。一也さんたちには一時部屋で待機をお願いします。流華さんも救急箱を兄に渡したら、すぐに部屋へ。」
「は・・はい!」

 葵を部屋に運んだ後、3人は事件現場に留まり、緊急会議を始めた。

「あれは事故じゃない。明らかに何かで殴られた後があった。運良く重傷にはならなかったが、危険すぎる。」
「でも台風はまだ治ってない。俺たちがここから出ることはできないよ。殺人犯がいたとしてもね。」
「だったら早く謎解きを始めるべきだ。兄貴だって“もう全部分かってる”だろ。」
「そうだけど、全ての真相を明らかにするためには、まだ足りないんじゃないかな。」
「今それにこだわるのか?次また誰かが襲われるかもしれないのに?」
「それはそうだけど・・・・」

 小夜は腕を組み、2人の会話を静かに聞いていた。葵の垂らした血と、ホールの床を見る。

「これは事故よ。正確に言えば、“予定外の殺人未遂”。犯人は葵さんが犯人に行きつきかけたことを知り、咄嗟に殴りつけた。」

 そう言いながら、小夜はテーブルにあるランプを取った。そこには、血がベッタリと付着している。

「犯人はこの2件でミスを犯しすぎている。特に今回は、取り返しのつかない過ちを犯した。今回の犯人の行動は、自分が犯人だと私たちに宣言したも同じ。」

 小夜は息を吐き、龍の腰あたりに視線を移した。そこには、このホールの鍵がある。

「東堂さん。その鍵・・・昨夜からずっとお持ちですよね?」
「ああ。誰にも渡していない。」
「であれば、もう謎は解けた。でも、もう1つだけ、知りたいことがある。2人はここで待ってて。」

 小夜はそう言い残すと、早足でホールを出た。彼女が向かったのは、流華の部屋だった。

「今よろしいですか?」

 彼女の顔色は悪かった。小夜は気遣う言葉をかけた後、部屋を捜索させてほしいと言った。

「何で私がそんなことを⁉︎この部屋には、何もない!仁叔父さんが殺されたとしても、何も証拠品なんてないんだから!だから、やめてっ‼︎」
「あら、私は別に、“今回の殺人事件の証拠を探しに来た”とは言ってませんよ?」
「えっ・・・?」
「私が探しているのは別の物です。流華さんなら、お分かりになりますよね?」

 流華はぽかんと口を開けていた。小夜はそれ以上何も言わず、無言で部屋を探り始める。

「ちょ・・やめてください!警察でもないあなたが勝手に・・・‼︎」
「緊急事態ですから、見逃してください。」

 数分後、小夜は引き出しの奥に大事そうにしまってあった袋を見つけ、笑った。

「流華さん。ご家族を集めてください。この一連の殺人事件、解き明かしましょう。」
しおりを挟む

処理中です...