小説探偵

夕凪ヨウ

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Case76.血まみれのお茶会⑥

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「罪と隠し事?何を根拠にそんなこと・・・・」

 海里は苦笑した。だが、小夜は決して彼から目を逸らさなかった。彼女は、至って冷静な声で続ける。

「仁さんが素晴らしい人だった・・・それは一部の人間から見て、本当にそうだったかもしれない。でも、本当に誰からも素晴らしいと言われる人間が、あんな明確な殺意の元、殺されることなどあり得ないんです。そうでしょう?」

 海里は黙った。額に汗が滲んでいる。

「現時点で1つだけ、罪が発覚している。一也さんの不倫です。江本さんもご存知?」
「・・・一応、話には聞いています。でも、深い話は知りません。父も母も仲が良いので、そんなことをした理由は、今となっては分かりませんが。」
「今となっては?一体、何年前の話なの?」
「そんなことまで聞く必要があるんですか?」
「あるから聞いてるのよ。時間がないから、早くして。」

 海里は顔を背けたまま、ぽつりと呟く。

「26年前・・・姉さんたちが生まれる頃だと聞いています。葵兄さんも幼児でしたし、10年後くらいに、母から聞いたと言っていました。」
「26年?確か、葵さんは27しょう?結婚してすぐに彼が生まれたと聞いているのに、そんな時期から不倫を?」
「ですから深いことは知りませんよ。当時、私はまだ養子じゃなかった。詳しく聞きたければ父に聞いてはどうですか?」
「“本当に聞いていいなら”、とっくの昔に聞いてるわ。」

 その言葉に、海里は眉を潜めた。一体、小夜は何を思って今の言葉を言ったのだろうか。

「まあいいわ。不倫の話はここまでにしましょう。次に私が聞きたいのは、一也さんの不正疑惑・・横領の件です。」
「あなた、どこまで知ってるんですか。」

 海里が呆れと怒りを含んだ声で言った。

「勘違いしないでください。葵さんからの情報です。私が調べたわけじゃない。私が聞きたいのは、本当かどうかということです。どっちなんですか?」

 海里は諦めたように溜息をつき、口を開いた。

「・・・・正直、不倫の件より曖昧な話です。父は仮にも社長ですから、金銭を横領する理由がない。経営が上手くいっていないわけでもありませんし、信じ難い話ですね。」

 小夜は腕を組み、少し俯いた。一体、何を思ってその言葉を受け止めたのか、海里は分からなかった。

「なるほど・・・どちらも曖昧な話・・真実を聞くのは本人に限りますね。」
「なっ・・・⁉︎待ってください!そもそも、なぜそんなことを明らかにする必要があるんですか⁉︎今は殺人事件の謎解きをしているのでしょう?過去の罪を持ち出して何になるというんですか!」

 海里は勢いよく椅子から立ち上がった。はずみで椅子が倒れる。しかし、小夜は全く動じなかった。

「ちゃんと意味のあることになりますよ。そうでなければ、こんなことはしません。」

 小夜は断言した。海里は意味が分からないという風に首を振り、椅子を起こして、再び座った。すると、海里の動きを見て、小夜が一瞬、ハッとした。

「そうか・・あの人・・・・」
「小夜さん?」
「何でもありません。最後の質問に移りますね。」
「まだ何か・・・」
「江本家の方々は、本当に仁さんをよく思っていたんですか?」

 沈黙が流れた。しばらくして、海里が作り笑いを浮かべた。明らかに動揺しているが、彼はそれを無理に隠そうと口を開いた。

「質問の意味が分かりませんね。家族全員、素晴らしい人だと思っているからあなたにそう伝えたんです。今更、それが覆ることなどあり得ない。」
「そうかしら?私は話を聞いている中で、誰が嘘をついているのかはもう分かっているつもりよ。あなたも、知っているんじゃないの?」

 “まずい”。海里は、直感でそう感じた。普段口調が丁寧な彼女から敬語が消えれば、その頭がずっと回転しており、既に真相を見抜いている可能性がある・・・・そう思ったのだ。

「確かに、嘘をついている人物に心当たりはあります。でも、嘘をつく理由は分からない。あくまで、私見ですから。」
「私見で結構よ。むしろ、私はそれを聞きたいの。他人に作り上げられたくだらない発言より、己の意思で作り上げた発言の方が信頼できる。言って。あなたが嘘をついていると思う人間は誰?」

 海里はしばらく小夜と睨み合っていたが、現時点で自分に勝ち目はないと思い、深い溜息をついた。海里は、ゆっくりと口を開く。

「正直、まだ半信半疑です。しかし、話を振った時の“反応”が他と違う。小夜さんも、同じ方法で突き止められましたよね?」
「ええ。人間は情報の塊。YesかNoで答えられる質問をすれば、自然と嘘は見つけやすくなる。」
「本当・・・抜け目のない人ですね。」
「どうも。それで?」

 沈黙が流れ、海里はポツリと呟いた。

「・・・・“ほぼ全員”。それが私の答えです。」

 海里の言葉に、小夜は満足そうに笑った。椅子から立ち上がり、ドアノブに手をかける。

「ありがとうございました、江本さん。やっぱり、あなたの頭脳に間違いはない。今、それを確認できましたよ。」

 海里は何も言わなかった。嘘をつき続ける自分の家族に不信感を抱きながら、美しい小夜の背中を見送っていた。
                    
            ※

「問題は解けた?」
「ええ。後は全員に話すだけ・・・なんだけど。」

 小夜はちらりと時計を見た。いつの間にか、夜の8時になっている。

「明日にしましょう。東堂さんも、1日ありがとうございました。」
「仕事をしただけだって。」

 そう言いながら、龍は2人に鍵を渡した。

「一也さんからもらった。2階の空き部屋だそうだ。丁度2つしか部屋が空いているらしくてな。俺と兄貴が同室でいいだろ?」
「ああ。君はまだ仕事?」
「現場を一回りしてから寝る。浴室もトイレも部屋についてるらしいから、自由に使って構わないそうだ。」
「分かったよ。行こうか、小夜。」

 2人が2階に上がるのを見送ると、龍は現場のホールに向かった。鍵は一也から預かっており、誰も入れないようにしていた。

 龍はホールの扉を開けて中に入り、思わず鼻を押さえた。部屋の中は血の臭いが充満しており、嵐で窓も開けないないせいか、湿気がこもっていた。龍は仕方なく窓を数センチほど開け、遺体に近づいた。触れられた形跡はなく、事件発生当時のままである。安堵したその時、背後で物音がした。

「誰だ?」
「あ・・・すみません、どうも。」
「一也さん・・・。いえ、こちらこそ失礼しました。神経質になっているようで。」
「はは・・仕方ありませんよ。こんなことがあれば、誰だって・・・・」

 一也は悲しげな瞳で仁の遺体を見た。龍は捲れかけているブルーシートをかける。

「無理をしないでください。弟さんなんですから。」
「そうですね・・・・。」
「・・・こんな時にすみませんが、消臭剤か何かを頂けませんか?このままだと、血の臭いが取れなくなると思いますので。」
「ああ、確か倉庫にあったはずです。取ってきますね。」
「ありがとうございます。」

 その後、龍は一也から受け取った消臭剤を軽く部屋に撒き、窓は閉めずに放置した。一也が眠るのを見送ると、龍もホールの鍵をかけ、部屋へ戻った。

「へえ、一也さんが?事件現場の確認なんて物好きだね。」
「言い方・・・。とにかく、明日には全て終わるんだ。心配事は何もない。」
                    
            ※

 翌日、小夜の部屋の扉を叩く音がした。目を開けた小夜は、ぼんやりとその声を聞いた。

「泉龍寺さん、今すぐ来てください!知華に声をかけても返事がないんです‼︎お願いします‼︎」
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