小説探偵

夕凪ヨウ

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Case106.仮想世界の頭脳対決②

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 步けども步けども、何も現れることはなかった。
 洞窟にはぼんやりと明かりが灯り、足元くらいは照っているが、危険なことに変わりはない。一歩一歩、石橋を叩いて渡るように、私たちは歩みを進めた。
「分かれ道だね」
 零さんの声が聞こえて、私は我に返った。確かに、目の前にはY字路のような分かれ道がある。どちらの道もよく似ていて、別段、違いは見受けられなかった。
「見ただけじゃわからないね」
 そう言いながら、零さんは胸ポケットを探った。意味があるのだろうかと訝しんだが、ライターと煙草が出てきて、私は目を瞬かせた。どうやら、職業に縛られない持ち物は所持できるらしい。
「どうするんですか?」
「ん? 物は試しってやつだよ」
 言い終わるなり、零さんは手にしていたライターを左の道に、煙草を右の道に投げ捨てた。

   ーカイリ『仮想世界の頭脳対決』第2章ー
 
            ※

「説明するだけして消えるなんて・・・・ゲームとやらは全部俺たち任せってことか」
「迷惑な犯人ね。でも、私たちが招かれたってことは、何かの事件で警察に対する恨みを募らせたとか?」
「さあな。恨みなんて思わぬところで買ってることもあるし、特定は無理だろう。ただ、江本が招かれた側である以上、探偵を始めてからってことになるだろうから、随分最近だけどな」
 海里は龍たち3人の言葉を聞きながら、先ほど、男ーーマジシャンが言った“5人”、“1人足りない”という言葉を考えていた。マジシャンの言葉を信じるなら、彼は、もう1人自ら招く人間を用意していたことになる。
「どちらだと思いますか?」
 出し抜けに尋ねられ、龍たち3人は不思議そうに海里を見た。彼は気にせず続ける。
「犯人が言った“5人目”のことです。私たち4人がーー言い換えるなら私がいる以上、九重さんか、小夜さんだと思うのですが・・・・」
「どっちでもありうる話だが・・・・警察に関係している可能性が高いから、九重警視長じゃないのか? まあ、確証はないけどな」
「・・・・そう、ですね」
 海里はどこか納得が行かないようだったが、他の人々が自分たちを見ていることに気がつき、推理を一度やめることにした。
「あの・・・・あなた方は、さっきの仮面の男について何かご存知なんですか?」
 多数の人々のうち1人が、恐る恐るというように尋ねた。誰もが同じ疑問を抱いていることは確かだった。
「申し訳ありませんが、私たちも何も知りません。ですが、警察官としてやれるだけのことはやります」
 龍の言葉に、玲央とアサヒも頷いた。同時に空間の明かりが少しばかり明度を上げ、大きな穴が左側に現れた。穴をよく見ると左右がまだらに明るく、道を示しているのだとわかった。
「ここでたむろしていても仕方ないから、とにかく進もう。俺と江本君が前を行くから、間に他の人を挟んで、後ろに龍とアサヒがついてくれ」
                    
            ※

『おかけになった電話は、電波の届かない場所にいらっしゃるかーー』
 武虎はため息をついて電話を切った。椅子の背もたれに体を預け、目の前に立つ浩史を見る。彼もまた、自分のスマートフォンを見つめながら首を横に振った。
「やっぱりダメだね。繋がらない」
「ええ。やはり、昨日のメールですか」
「だろうね」
 少し苛つきながら、武虎は自分のパソコンを見せた。そこには、“天宮小夜様”と書き出された、海里たちと同じメールがあった。
「なぜ天宮宛のメールが総監の所に?」
「俺も不思議だったんだけど、確認したら、残り4人のメールも来ていたんだよ。つまり、犯人は俺1人に全員分のメールを送ったってこと。玲央たちのメールの時間と照らし合わせたら、俺が一番遅かったから、個人に送った後、俺にまとめて送ったってことになる。まあ、わざわざ新規メールとして送るなんて手間をかけてるけどね」
「手間というよりも効率が悪いようにも思いますが・・・・いずれにせよ、警察に自分の存在を知らしめていると考えてよさそうですね。面倒な犯人です」
「全くだよ。それにしても・・・・3人全員いないのは困るな。通報された事件には他の刑事が出てくれたけど、新人が多いから心配だ」
 武虎は重苦しい息を吐いた。浩史も考え込みつつ、口を開く。
「しかし、どうしますか? 場所は分かっているから出動できますが、巻き込まれない可能性はゼロではありません」
 浩史の言葉に鷹揚に頷きつつ、武虎は答えた。
「そうだね。それに、玲央たちは仕事じゃなくて個人で指定された場所に行ったから、刑事たちに現場に急行しろって言うのも難しい。ただ、何も動かないままで命に関わることが起きても困るだろう?
 だから、警察じゃない人間を呼呼ぼう呼ぼうかと思って」
「は? 何を言って、」
「携帯貸してくれない?」
 浩史はハッとし、思わず顔を歪めた。
「お待ちください。それは・・・・」
「非常識だし、無茶苦茶? もちろんわかってる。でも、俺たちは最前線で動ける立場じゃないし、課長クラスだって引っ張れないだろう? だったら、それ以外で力を貸してくれるであろう人間に頼むしかない。運の良いことに、は招待された側だしね」
 浩史はしばらく躊躇ったが、根負けしてスマートフォンを渡した。武虎は手早く電話帳を開き、小夜の電話番号に指を沈める。
 数回のコールの後、小夜は気怠げな声で応じた。
『九重さん? 申し訳ないけど、今仕事中・・・・』
「急ぎ片付けたい事件がある。天宮君、警視庁に来てくれないかな?」
 挨拶もなしに切り出した武虎に、小夜は驚愕の声を漏らした。しかし、すぐに普段よりも声のトーンを低くして言う。
『・・・・私はあなたの部下じゃない。勝手な理由で呼び出さないで』
 呆れと苛立ちの混じる声に変わっていた。しかし、武虎は冷静に頷く。
「そうだね。でも、今回の件で君に話さなきゃいけないこともあるし、何より民間人が巻き込まれている可能性が高い」
『私は警察でも探偵でもない。関わる理由がどこにあるの?』
 小夜の言葉は正しかった。だが、武虎は引かない。
「君が自分の頭脳を嫌って事件に関わりたくないことはよく知ってるよ。でも、今回は力を貸してほしいんだ」
『・・・・それは・・・・一警察官としての言葉? それとも、父親としての言葉?』
「もちろん両方」
 迷いなくそう答えた武虎に、浩史も驚いていた。彼は、場所が場所であるだけに、警察官としての主張しかしないと思っていたのだ。しかし、武虎が誰よりも子を想う父であることは、彼もよく知っていた。
『・・・・2人も、同じ立場になったら、迷うことなく同じことを言うんでしょうね。あまりに似ていて、嫌になる』
「褒め言葉と受け取っておくよ。」
『食えない人。ーーわかりました、1時間だけ待ってください。何とか話を通して、そちらに向かいますから』
「ありがとう、よろしく頼むよ」
                     
            ※

「分かれ道だ」
 玲央の言葉に導かれるように顔を上げると、目の前にはY字路のように二手に分かれた道があった。恐らく片方が正解なのだろうが、こんな場所である以上、容易に答えを入れ替えられるのではないかと思った。
「どうしましょうか?」
「うーん・・・・どちらの道も似たり寄ったりで、これと言った違いがないからなあ」
 そう言いながら、玲央は胸ポケットを探り始めた。海里が不思議そうに見つめていると、彼はライターと煙草を取り出した。海里は思わず目を丸くする。
「なるほど。警察手帳や拳銃、手錠はないけど、それ以外で普段持ち歩いているものはあるってことか。もしくは、犯人が普段持ち歩いている物だけ、反映されているのかも」
「確かにその可能性はあるでしょうけれど、どうするんです?」
「ちょっと試したいことがあって」
 言い終わるより前に、玲央は左の道にライター、右の道に煙草を投げた。2つは弧を描いて宙を舞い、同時に床に落ちる。
 その瞬間、警報のような甲高い音が鳴り響き、道の四方八方から赤外線センサーが現れ、数秒と経たずに爆発を起こした。
「うわ、面倒くさっ。どっちを選んでも全滅じゃないか」
「しかし、ゴールに辿り着かなければ現実世界に戻れないと言っていましたよね?」
「本当かわからないよ? 素顔の見えない犯人の言葉なんて、信用できないし」
 玲央はため息混じりにそう言い、ちらりと背後を伺った。海里がつられて視線を動かすと、玲央のものよりも深いため息が聞こえる。
「私のこと、便利屋か何かだと思ってるんじゃないでしょうね」
「まさか。何とかなりそう?」
 アサヒは欠伸をしながら人混みを掻き分け、二手に分かれた道に近づいた。彼女は左右の道を見つめ、赤外線の発生地点や爆発時の破損状況などをざっと見渡す。
「多分だけど、解除できないように作られてるわよ。そもそも、犯人は私を呼んだ以上、この手の仕掛けで生半可なものは用意していないはず。解除されたら意味ないわ」
「じゃあ、どうやって通りますか? 壁を壊すとか?」
「道具も無しにそれは無理。でも、答えは簡単。壁を壊さずに通ればいい」
 そう言いながら、アサヒは目の前の壁をノックした。彼女の言葉に、全員が首を傾げる。
「解除と壁の破壊が不可能な以上、さっきの赤外線センサーにヒントがあるはず。
 龍、念のために聞くけど、?」
 少し離れたところから、ああ、という声が返ってきた。海里と玲央は目を丸くして顔を見合わせ、同時に「ヒント?」と声を上げる。
「ええ。数字が浮かび上がっていたわ。多分、それが答え」
「答えって・・・・」
「取り敢えず、もう1回何か投げて。外の時間がわからない以上、急ぐべき」
 玲央はアサヒに言われた通り、煙草を2本抜き取って左右に投げた。煙草が床に落ちると同時に、先ほどと同じことーー赤外線センサーが四方八方から現れてすぐに爆発するーーが起こる。
 直後、「23ね」とアサヒはつぶやいて再び背後を見た。彼女はわずかに龍が頷くのを見ると、さらに壁に近づいて、再び壁をノックをする。
「やっぱり中央だけ空間がある」
 アサヒは壁の中央に手を滑らせ、やがて窓を開けるように岩を左へスライドさせた。そこには暗証番号の入力機器があり、そこに仕掛けは見えなかった。
 手早く暗証番号を入力すると、今度は壁そのものが左へスライドした。壁が開き終えると、地下へと続く長い階段が現れる。ここまでと同様、左右にはまばらに明かりが点っていた。
「流石。衰えてないね」
 玲央は笑って自分の瞳を指し示した。アサヒは当然でしょ、と言いながら踵を返す。
「まあ、この先に生やさしいトラップは多分ないわ。冒険とやらが本格化するんじゃない?」
「怖いこと言わないでよ」
 呆れた玲央に対し、アサヒはすかさず続けた。
「当然予測できることでしょ? 何にせよ、勝手にゲームオーバにならないでね。あなたたちの代わりに誘導なんて嫌だから」
 普段通りの気怠げな言葉には、どこか心配する感情が込められていた。
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