小説探偵

夕凪ヨウ

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Case107.仮想世界の頭脳対決③

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 その人影が行き過ぎるのを、私は見ていなかった。私は、戻れと叫ぶ麻美さんの声で振り返り、その姿をーー正確には、その攻撃をーー目撃した。
 人影は細長い棒を持っていた。かなりの距離があったため、初めは何なのかわからなかった。だが、人影が棒を筒から抜き取り、白銀の光が現れた瞬間、日本刀という単語が浮かんだ。
 驚く私たちを背にして、人影は日本刀を振り下ろし、目先の大岩を切断した。

   ーカイリ『仮想世界の頭脳対決』第3章ー

            ※

「意外に早かったね」
「早く来いっていう口調だったじゃないですか」
 小夜の愚痴に、武虎は浩史を見て肩をすくめた。浩史も悪びれる様子のない上司に思わず苦笑する。小夜はため息をつきながら勧められた椅子に腰掛け、改めて武虎を見た。
「それで、話って?」
「昨日、君の携帯にとあるメールが届いたはずなんだよ。送り主が“M”っていう、招待状みたいなやつ」
「メール? ああ・・・・実は昨日、スマホを買い替えたんです。その際、不必要だと思った古いメールは全部消去したから、多分その中に入っていたかと」
「なるほど、強運だね。ちなみに、届くはずだったメールはーーこれ」
 武虎が見せたパソコンの画面には、小夜に送られるはずだったメールと共に、海里たちへ送られたメールも映っていた。文章が同じのため、目を通すのに時間はかからず、小夜は間をおかずに顔を顰めた。
「玲央たちはこの住所に行ったと?」
「ああ。そして連絡が取れなくなった。民間人が多く巻き込まれているところまではわかったけれど、刑事たちを出動させられない」
「・・・・危険な場所に容易に連れて行けるほど経験がないのと、指揮を取る人間が足りないから」
「その通り。話が早くて助かるよ」
 小夜は腕を組んだ。メールを見返し、差出人は“マジシャン”だと言った武虎の発言に目を細める。
「マジシャン・・・・。ありふれた言葉だけど、何か引っかかるわ」
「え?」
「私・・・・マジシャンと名乗る犯人を、知っている気がする」
 浩史と武虎の顔色が変わった。小夜は視線を落として俯き、長い間考えていたが、やがて諦めたように額を抑え、詰めていた息を吐いた。
「・・・・ごめんなさい。何かは、あったはずなんだけど・・・・どうしても思い出せない。でもきっと、私と犯人は過去に会っているわ。わからないことだらけだけど、それだけはわかる」
「会っているということは、君を狙った刺客ではなく、学校生活や父親の会社で関わった人物だってことだね」
「恐らく」
 武虎は顎に手を当てながら天井を見上げた。その動作は、玲央がよくやるものだった。
「過去に天宮家と関わりがある・・・・か。ーー多いな」
「やはり、そう思いますか」
 間髪入れずに浩史が同意を示した。武虎は「ああ」と言いながら頷く。彼は天井を見上げていた視線を小夜に戻し、言葉を続ける。
「なぜこうも天宮家に関わる事件が出てくる? 立石家の事件といい、マリーゴルド号の事件といい・・・・偶然にしては出来すぎている。ーー浩史」
「調べろ、ですね?」
「うん。どうにも無視できないんだよね。立て続けに天宮家関係の事件が出てくる・・・・。まるで、君の頭脳を試しているみたいだ」
 武虎の言葉に小夜は怪訝な表情を浮かべた。
「試す? でも、早乙女は私を殺す気で・・・・」
「それが早乙女1人の意思の場合がある。もちろん現時点ではテロ組織の正体と全貌も不明だけど、少なくとも彼はあくまでテロ組織の構成員に過ぎず、幹部もしくは首領から命令を受けていることは確実だ。
 そして、3年前は玲央に限らず龍と浩史にも牙が向いた。言い換えるなら、警察官でない人間が死んだんだ。以前江本君が警察官連続殺人事件との繋がりを疑っていたけれど、もし3年前の一件が早乙女や彼に心酔する人間の仕業であった場合、標的が警察官である必要はない。
 まあ、その場合、江本君や君はもちろんのこと、警察官ではあっても玲央と関わりが深いとして、俺やアサヒを標的にするかもしれない」
 苦笑いを浮かべつつ武虎はそう言ったが、すぐに「だけど」と言ってため息をつく。
「俺はともかく、アサヒを殺されるのは困る。彼女は捜一に所属していた時も、鑑識課に異動した今も、変わらず優秀だ。玲央や龍が度々助力を乞うほどにね。そんな彼女にいなくなられるのは痛い」
 その言葉を受け、小夜は間を開けて尋ねた。
「・・・・テロリストに立ち向かう“力”として?」
 武虎は苦い顔をすることなく、微笑みを浮かべて答えた。
「意地の悪い聞き方をするね。まあ、否定はしないよ。息子たちも含め、真っ直ぐな力が揃うのはありがたいと昔から思っているよ。
 それに、わかっているとは思うけど、君も江本君もその一員だ。俺が江本君に会ったのだって、彼の人間性を知って、テロ組織に立ち向かうための力として加えたかったからなんだから」
 言葉の節々に自信と強い意志がみなぎっていた。だからこそ、武虎の言葉はその場しのぎの建前ではなく、本心だと理解せざるを得なかった。
 小夜は思わずため息をつき、呆れたように首を振った。
「人の上に立つ人間には、そのくらいの残酷さは必要ってことね」
「その通り。わかってくれて助かるよ。江本君には、あまり正面切って言えないから」
「お礼は結構。私も少し調べてみます」
「ああ、よろしく」
                    
            ※

 突如消える床。扉開閉直後の爆発。前触れなく壁から放たれる毒矢。触手の如く這う荊棘ーー。海里たちは、数多くのトラップやクイズを乗り越えたものの、既に十数人がゲームオーバーになっていた。
 海里たちは、可能な限り自分たち以外の人間を助けたが、彼らだけで30人はいるであろう人々を守り切ることなど、不可能だった。
「クイズに正解してもトラップが出てきますし、難易度が上がってきてます。このまま進むと、より危険なものが待ち構えているのは目に見えています」
 海里の言葉に、玲央はため息混じりに答えた。
「そうだね。トラップのほとんどが瞬発力を問うようなものばかりだし、クイズだって専門的なものが多い。俺たちだけじゃ限界があるよ」
「全くです。それに私も・・・・犯人の目星がつけられません。外界からの情報が本当に遮断されていますし、仮面を被っているから顔はわかりませんし、声も本物という確信もない・・・・」
「機械さえあれば声紋称号して、本庁のデータベース登録の有無がわかるんだけどね。そもそも仮想世界にいる時点で、ゲームの攻略に全力を注ぐしかない」
 重々しく頷きつつ、海里は先ほどよりも明るい声を上げた。
「ですが、クイズやトラップを経たことで、犯人の狙いがわかりました」
「狙い? 仮想世界に閉じ込めることじゃないの?」
 玲央の指摘は間違っているとは言えなかったが、海里は静かに首を振って否定を示した。
「そもそも、犯人はこれだけの人数を捕獲・・拉致と言えるかもしれませんが、目的の場所に集わせながら、直接的に命を奪わず、仮想世界に誘いました。初めは殺人に対して臆病な心があるからだと思っていましたが、仮想世界でトラップに当たらせるとなれば話は別です。
 もちろん、仮想世界はあくまで仮の世界であって、ゲームオーバーは本当の死ではない。ただ、。すなわち犯人は、
 例え私たちの誰かがゴールして現実世界に戻ったとしても、恐怖は残り続ける。数年などで落ち着けば幸いですが、最悪一生乗り越えられないこともあるはずなんです」
「なるほど・・・・偽物であっても“死”は恐ろしい。その心を刻みつけるために、こんな七面倒くさいことを」
「はい。普通の殺人よりタチが悪いですよ」
「辛辣だねえ」
 玲央は笑っていたが、その視線は周囲を警戒していた。彼は前後左右を一瞥し、上下に視線を動かし、再び前を見た。
「うーん・・・・犯人の言い分を信じるなら、ゲームオーバーになるわけにはいかないよね。でも、犯人の言葉を全て信じるのは悪手だ。いっそのこと俺たちの誰かがゲームオーバーになって、本当に戻れないのか試してみた方がいいような気もするんだよね。
 ほら、もし犯人の言う通りじゃなかったら、本庁と連絡は取れるしさ」
「それはそうですけど・・・・私や他の人からしたら困りますよ。私はあくまで警察の協力者であって、警察官ではない。東堂さんたちとは頼られる度合いが違います。いくら頭脳を駆使してクイズに正解したところで、トラップに対応できなければ守ることはできないんですから」
「まあ、それもそうか。だけど、江本君の考えは犯人も読んでる節があるし、ただゲーム感覚で俺たちを引っ掻き回したいってだけじゃなさそうだね」
 海里が頷き、再び思案を巡らせようとすると、突如背後から叫び声が聞こえた。ギョッとして2人は振り返り、ほぼ同時に玲央が声を上げる。頷い
「2人とも、何があったの⁉︎」
「説明は後だ! 取り敢えず走れ!」
「はあ⁉︎」
「いいから走りなさい!」
 アサヒの怒鳴り声が飛び、海里と玲央も両足を素早く動かした。そして、前方へ視線を戻した瞬間、突如坂道になった道を、凄まじい速度で転がる大岩が目に留まる。それを見て、玲央は思わずため息を漏らした。
「急に子供じみた仕掛けだな・・・・。ん? あの人影、もしかしてーー」


 最後尾にいるアサヒは、前にいる人々を誘導して走り、苛立ちを抑えられないというように叫んだ。
「次から次へと何なのよ! 犯人は私たちをゲームのキャラクターとでも思ってるわけ?」
 こんな状況で文句が出るアサヒに感心しつつ、龍は叫び返す。
「仮想世界をわざわざ作って招待する人間の気持ちなんか知るか! とにかく走れって!」
 龍も、今や本当に子供じみたゲームのような仕掛けに心底呆れていた。アサヒさ負けじと声を張る。
「うるさい! 私は面倒ごとが嫌いなの! こんなくだらないゲーム内を疾走するくらいなら、馬鹿みたいな量の書類仕事やってる方がマシよ!」
「そんなの俺だって同じだ!」
 全力疾走しながら口喧嘩をする2人の声は、海里と玲央にも聞こえていた。しかし、2人は呆れている様子には気にも留めず、代わりに、なぜか自分たちの間を通り過ぎて大岩へ向かっていく人影に驚き、思わず足を止めた。
「ちょっと、あなた! 何やってるの! 危ないからこっち来て!」
 人影は男だった。年齢はわからないが、海里とさほど変わらない慎重である。よく見ると、男は日本刀を持っていた。柄は黒と黄で、夜空と月を思わせる。そして、日本刀を見た瞬間、龍はハッとして目を見開いた。
「まさか・・・・!」
 大岩の前に躍り出た男は、真っ直ぐに飛び上がって鯉口を切り、刀を抜き放った。そして、流れるように鞘から左手を離し、両手で刀を持った後、真っ逆さまに刀を振り下ろした。大岩は見事と言うほど真っ二つになり、その動きを止めた。
 男の一撃は、一目で剣道をやっている人間だとわかる動きだった。男は切断と同時に地面に着地し、落とした鞘を拾って納刀した。全ての動きが美しく、かつ無駄がなく、その場にいる全員が目を奪われた。
 男は納刀すると安心したように息を吐き、ゆっくりと振り返った。
「よお。あの時の刑事じゃねえか。東堂、だったよな?」
 龍は驚きながら「お前」と声を漏らした。しかし、彼の発言が続けられるより前に、龍とアサヒの元に駆けつけた海里の声が飛ぶ。
圭介けいすけさん・・・・」
 大岩を切ったのは、以前立石家の事件で除霊師と名乗った青年、神道しんどう圭介だった。彼は海里の声を聞くなり、子供のように無邪気な笑顔を浮かべて言う。
「久しぶりだな、海里。相変わらず面倒なことに巻き込まれてんじゃん。探偵ってのは大変だねえ」
「ええ、まあ・・・・・。ところで、その刀は?」
「除霊用の刀だよ。特定のもの以外は切れないはずなんだけど・・・・ゲーム補正ってやつじゃね?」
 圭介は楽しげに笑った。いくら仮想世界とは言え、大勢の人間が死の恐怖を味わう中で、彼は太陽のように明るい。そんな彼の様子に、龍たちは呆れを通り越して感心した。
「まっ。話は歩きながらだ。早く行こうぜ、俺もとっとと戻りたいしな」
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