小説探偵

夕凪ヨウ

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Case107.仮想世界の頭脳対決③

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「以外に早かったね。」
「早く来いっていう口調だったじゃない。」

 小夜の言葉に武虎は浩史を見て肩をすくめた。浩史も苦笑し、小夜はソファーに腰掛け、息を吐いた。

「それで・・・話って?」
「昨日、君の携帯にこんなメールが届いたはずなんだけど、見てない?」
「メール?ああ・・・実は昨日、スマホを買い替えたのよ。不必要だと思った古いメールは全部消去したの。だからそのメールも見てないわ。」
「なるほど、強運だね。届くはずだったメールは、これ。」

 武虎が見せたメールを見て、小夜は顔を顰めた。

「残りの4人はこの住所に行ったのね?」
「ああ。そして連絡が取れなくなった。一般人が多く巻き込まれているところまでは分かったけれど、刑事たちを出動させられない。」
「・・・・危険な場所に容易に連れて行けるほど経験がないのと、指揮する2人がいないからね。」
「そう。」

 小夜は腕を組んだ。メールを見返し、差出人の“マジシャン”を凝視する。

「マジシャン・・・・何だか、引っかかるわ。」
「え?」
「私は・・この犯人を・・・知っている気がするの。」

 浩史と武虎の顔色が変わった。小夜はずっと考えていたが、急に頭を押さえ、呻き声を上げた。

「・・・・ごめんなさい。何か、あったはずなんだけど・・・思い出せない。きっと、私とその犯人は過去に会っているわ。分からないことだらけだけど、それだけは分かる。」
「会っているということは、君を狙った刺客ではなく、学校生活や父親の会社で関わった人物だってことだね。」
「ええ、多分。」

 武虎は顎に手を当てながら天井を見上げた。考える仕草も2人にそっくりだ。

「過去に天宮家と関わりがある・・・多いな。」
「やはりそう思いますか。」

 浩史が同意した。武虎は頷く。

「ああ。」

 武虎の表情は真剣だった。彼は小夜に向き合い、続ける。

「なぜこうも天宮家に関わる事件が出てくる?立石家の事件といい、マリーゴルド号の事件といい・・・・偶然とは思えない。浩史。」
「調べろ、ですね?」
「うん。どうにも無視できないんだよね。立て続けに天宮家関係の事件が出てくる・・・まるで、君を引き込もうとしているみたいだ。」
「引き込む?でも、早乙女は私を殺す気で・・・・」
「それが彼1人の意思の場合がある。彼はあくまでテロ組織の構成員で、上から命令を受けていることは確実なんだ。そして、3年前は玲央に限らず龍と浩史にも牙が向いた。ここから分かることは、早乙女たちの目的は“自分たちにとっての邪魔者を消すこと”なんだ。そのうち、俺やアサヒも標的になるかもね。」

 武虎は苦笑した。彼はだが、と言って溜息をつく。

「俺はともかく、アサヒを殺されるのは困る。彼女は元刑事部の捜査一課で現在は鑑識課で1番優秀。頭脳も力もある彼女がいなくなるのは困る。」
「・・・テロリストに立ち向かう“力”として?」

 小夜の言葉に武虎は笑って答えた。

「君は意地の悪い聞き方をするね。まあ、否定はしないよ。それに、君もその一員だ。そもそも、俺は正体不明のテロリストに立ち向かうために江本君に会った。彼の頭脳は、これから必ず役に立つ。」

 小夜は溜息をついた。呆れながら首を横に振り、彼女は言う。

「人の上に立つ人間って、少しくらい残酷じゃないとやってられないのね。嫌になるわ。」
「分かってくれて助かるよ。君を呼んで正解だった。」
「お礼は結構。私も少し調べてくるわ。」
「よろしく頼むよ。」
                    
            ※

 海里たちは、多くのトラップを潜り抜けたものの、既に10数人がゲームオーバーになっていた。海里たち4人で50人以上の一般人を守ることなど、そう簡単にできなかった。

「まずいですね。トラップの難易度が上がっている。」
「ああ。急に床が消えたり、扉を開けた途端に爆発したり矢が飛んできたり・・・咄嗟に反応できても、この人数を守りきれない。」
「それに私も・・・犯人の目星がつけられません。仮面を被って顔は分からず、声も・・・・」
「声紋照合でもできたらいいんだけどね。」
「ええ。しかし、ようやく犯人の狙いが分かりました。」
「狙い?」

 海里は頷いた。彼は真面目な顔で続ける。

「犯人はこれだけの人数を捕獲しながら、直接的に命を絶つ行動には出ていません。以前と同じく臆病か何かだと思ったのですが、仮想世界であれば話は別・・・・。犯人は、“死の恐怖”を私たちに焼き付けたいんですよ。例えゲーム内とはいえ、壮絶なやり方でしかゲームオーバーができないここでは、必ず自分の死に方が頭に残る。現実世界に戻っても、ずっと。」
「なるほど・・・偽物であっても“死”は恐ろしい・・その心理を利用した犯罪か。」
「はい。普通の殺人よりタチが悪いかもしれませんね。」
「言うねえ。」

 玲央は笑っていたが、その視線は周囲を警戒していた。彼は前を、後ろを、横を見て、再び前を見た。

「しかしどうしようか。正直俺たちもいつリタイアするか分からない。でも、リタイアした方が警視庁に連絡は取れる。」
「そうでしょうけど・・・私や他の人からしたら困りますよ。犯人が東堂さんたちを持ち上げたことで、完全に頼りにされてしまったんですから。」
「そうだね。これも、策略のうち・・・かな。今回の犯人、そこまで頭は悪くないかもね。」

 海里は頷いた。すると、背後から悲鳴が聞こえる。2人は驚いて振り向いた。

「龍!アサヒ!何があった⁉︎」
「説明は後だ、兄貴‼︎取り敢えず走れ‼︎」
「はあ⁉︎」
「いいから早くしろ!」

 走り始めた瞬間、海里は背後に巨大な岩を見た。玲央は呆れる。

「もう何でもありだな。ん・・・?あれは・・・・」

 最後尾にいるアサヒは、走りながら大声で文句を言っていた。

「もう何なのよ!犯人は私たちをゲームのキャラクターとでも思ってるわけ?」
「知らねえよ!文句言わずに走れ!」
「うるさい!私は面倒ごとが嫌いなの‼︎知ってるでしょ⁉︎」

 走りながら口喧嘩をする2人の間を、誰かが通り過ぎた。2人は思わず足を止める。

「ちょっと・・あなた何やってるの!危ないからこっち来て‼︎」

 その男は、刀を持っていた。真剣ではないだろうが、日本刀だ。その時、龍は何かを思い出してハッとした。

「あいつ・・・!まさか・・あの時の・・⁉︎」

 岩の前に立った瞬間、男は刀を抜き放ち、岩を切った。仮想世界だから色々あるのだろうが、それでも、見事な斬撃だった。剣道を習っていると一眼で分かる、洗練された動き。抜刀から納刀まで、誰もがその姿に目を奪われた。
 男は軽く息を吐き、背後にいる龍を見た。

「よお。あの時の警官じゃん。」
「お前、確か・・・」
「神道さん・・・ですよね?」

 騒ぎを聞きつけた海里が、龍とアサヒの背後にいた。
 そう・・岩を切ったのは、以前立石家の事件で“除霊師”と名乗って現場にいた青年、神道圭介だったのだ。

「久しぶりだな、海里。相変わらず面倒なことに巻き込まれてんじゃん。探偵ってのは大変だねえ。」
「なぜ・・・ここに?その刀は?」
「除霊用の刀さ。幽霊以外は切れないけど、ゲーム補正ってやつじゃね?」

 圭介は笑った。こんな状況でも笑えるのかと、龍たちは呆れている。

「まっ。話は歩きながらだ。早く行こうぜ、俺もとっとと戻りたいしな。」
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