小説探偵

夕凪ヨウ

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Case108.仮想世界の頭脳対決④

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 彼女は全てわかっていたのだ。だからこそ、最適解を選んだ。自分1人を犠牲にし、残る全員を助けるという答えを。
「麻美! 何があった! 返事をしろ!」
 東さんの声が普段より揺らいでいる。仮想世界であっても、彼は麻美さんを危険に晒す気なんてなかった。でも、本人がその気持ちを見透かして、一歩先を行ってしまった以上、どうにもできない。
 声は聞こえているのだろうか。いや、例え聞こえていたとしても、麻美さんは返事をしない。もし返事をしてしまえば、きっと消えてしまう。ーー答えという名の、強固な意志が。

   ーカイリ『仮想世界の頭脳対決』第4章ー

            ※

「除霊師? ああ、月山神社ね」
 龍から事情を聞くなり、アサヒはなんてことないようにそう言った。龍は思わず目を丸くする。
「何で知ってるんだ? アサヒお前、幽霊とか妖怪とか、非科学的なもの微塵も信じないだろ」
 龍が思わず指摘すると、アサヒは余計なことを言ったと言わんばかりに顔を歪めた。誤魔化すように「聞いたことがあるだけよ」と言って落ちて来た髪を耳にかける。
「除霊師だの何だの言ったって、神職のついでにやってるとか、そんなんでしょ? このご時世、除霊師だけで食っていけないわよ」
 明らかに無理のある誤魔化し方だったが、龍は深入りせずに「相変わらず現実的だな」と返す。
「当然よ。殺人事件が幽霊のせいなんです、とか言われたらたまらないじゃない」
「それはそうだな」
 そう言いながら、龍は前方に視線を移した。圭介は海里、玲央と並んで歩き、とても緊張や恐怖など感じさせぬまま、先ほどと変わらぬ笑顔を浮かべていた。
「いや~でも本当、びっくりしたぜ。呼ばれた場所に行ったら急に眠くなって、仮想世界だのゲームだのって言われて・・・・挙げ句の果てに海里たちがいるんだしさ」
「私も驚きましたよ。声をかけてくだされば良かったのに」
「クイズとかトラップが連続したせいで、中々暇がなかったんだよ。それにしても、犯人はご苦労なことだよなあ。わざわざ大人数集めて仮想世界に連れてくるとか、どんだけ時間費やしてんだよって話」
 圭介の言葉に海里は苦笑いを浮かべた。
「圭介さん・・・・楽観的というか、随分と肩の力が抜けていますね。
 もうお気づきかもしれませんが、このゲーム・・いえ、犯人の目的は私たちに死の恐怖を植え付けること。だからこそ、ここに至るまで大多数がトラップに命を奪われ、擬似的な死を体験した・・・・。怖くはありませんか? 私は小説探偵と呼ばれて数年経ちますが、死に対して恐怖がないと言えば嘘になります」
「んー・・・・いや、別に・・怖くはねえかなあ。生きるとか死ぬとか、考えるのも疲れちまったしさ」
「え?」
 不思議な発言に、海里は思わず怪訝な顔をした。圭介は失言だったと思ったとのか、顔の前で右手を大袈裟に振りながら言う。
「ああ、違う違う。別に自殺したいとか、人生に意味を見出しないとか、そんなんじゃなくて・・・・“生”に対する執着が薄いっていうか・・・・。
 普段から霊に触れてるせいかな。理不尽に奪われる命とそうじゃない命って、命が尽きる過程に違いはあれど、命が尽きること自体は同じだろ? 生きてればいいことがあるとか言うのも、まあそうかもしれないとは思うけど、どうしようもないことだってある。そんな時はさ、正直、綺麗ごとだけじゃ生きていけねえよ。
 だから、死ぬ権利だって、誰もが持ってるんじゃねえのかな。・・・・って、悪い悪い。何の話してんだよって感じだよな」
 作り笑いを浮かべる圭介は、普段の明るさからかけ離れていた。海里はその言動に驚きつつ、何となく彼の言いたいことを理解する。
「・・・・誰もが生きる権利を持っているけれど、同時に死ぬ権利も持っている、ということですか?」
「まあ、そんな感じ。でも結局・・・・それだけじゃないんだろうけど」
 圭介の顔に影がかかった。引き攣った笑顔は脆い硝子のように見える。
 しかし、圭介は何かしらの不安を払拭するためか、勤めて明るい声を出した。
「それより、犯人って多分若い男だよな。声にハリがあったし、手や首に皺も寄ってなかった。10代ほどじゃねえけど、若さを感じた。少なく見積もっても20代後半だろうな。あーでも、アバターなら実年齢より若いとかあるか・・・・」
 圭介の言葉に、海里は「ちょっと待ってください」と言った。
「・・・・犯人の首や手が、はっきり見えたんですか? 犯人は私たちに明確な姿を悟らさないため、スクリーンに全身が映る距離に立っていて、決して近くありませんでしたけど」
「ああ、そうだな。でもゲームスタートって文字が出る寸前、顔がアップになったろ? 仮面にかかって髪を払ってるところだった。その時に見えたんだよ」
 その言葉に、海里だけでなく、彼の隣にいる玲央も驚いていた。犯人は、確かに圭介の言う通り一度顔がアップになった。しかし、それは本当に一瞬なのだ。そんな一瞬を正確に見たなど、とても普通とは言えなかった。
「目がいいんですね。剣道をやられているからですか?」
「そうかもなあ」
 いや・・・・目がいいで済む話じゃないでしょ。江本君は軽く流してるけど、首と手の皺だって? 誰もが犯人の異様さと言葉に気を取られている中、彼は1人犯人を観察していたって言うのか? そんな芸当、簡単にできるわけがない。この男、本当にただの除霊師?
 玲央の疑念をよそに、圭介は続けた。
「どのみち、ここじゃ謎解きっていうか、犯人の特定は無理じゃね? 現実世界で解いてもらうしかねえよ」
「それはそうですが・・・・簡単にできますかね」
「いや、細かいことは俺はわかんねえけど。でも、1人くらいはいるんじゃねえの? 海里と同じくらい頭が良いやつ」
 海里は一瞬小夜を思い浮かべたが、顔に出さないよう笑って言った。
「心当たりがないわけではありませんけど、何せ連絡が取れませんから」
「だよなあ」
 和やかに談笑する海里とは反対に、玲央は圭介を警戒していた。彼の言動はあまりにも謎めいており、とても簡単に受け入れられなかった。
 海里を挟んで玲央の視線があからさまだったのか、圭介は苦笑いを浮かべる。
「そんなに警戒しないでくれよ。俺は、ただの一神社の神職だ。警察でも探偵でもない」
「それはそうだけど、だからって一民間人で片付けるのは無理があるよ。ご両親、本当に神社の関係者?」
「疑り深いなあ。そんな手の込んだ嘘なんてつかねえよ」


 言語化できぬ疑念を振り払えぬまま、玲央は2人と並んで歩いた。しかし、海里は不思議と圭介のことに関して気にしておらず、友人と会話するような気軽さで談笑を続けた。
 しばらくして、海里は前方に視線を移し、口を開いた。
「あ・・・・またトラップ・・いや、クイズですかね。暗号を解読しろ、ですから」
 指示は扉に書かれており、鍵は開いていた。そっと開けて中を見るが、暗くてよく見えない。横から圭介が覗き、「パソコンがあるみてえだな」と言う。
「夜目もきくの?」
 玲央は呆れながらそう言い、アサヒを呼んだ。彼女は面倒くさそうな視線を扉はへ向け、続けて部屋の中を見る。
 その時だった。部屋の中にある“何か”を見た瞬間、アサヒの顔色が変わったのだ。彼女は薄い笑みを浮かべ、まだ闇に包まれている部屋の中を見つめている。
「なるほどね・・・・。随分と無茶苦茶なことしてくれるじゃない」
 不思議な発言に海里たちが首を傾げると、アサヒは振り返らずに続けた。
「・・・・扉から離れて待ってて。時間かかりそうだし、暇なら寝ててもいいわ」
「・・・・そう? わかった」
 アサヒは「また後でね」と言いながら扉を開け、部屋に入った。
 室内は防音になっており、扉を閉めると同時に鍵がかかり、明かりがついた。天井を見上げると、巨大なタイマーがある。赤字で15分きっかりの表示がされており、目の前の横長の机には、数台のパソコンが置かれていた。
「全く。停止できないように作られた爆弾の解除なんてできるわけないじゃない。爆発物処理班とかだったら、難なくできたのかしら」
 ため息をつきながらキャスターつきの椅子に腰掛け、適当にエンターキーを押した。同時にタイマーが動き出し、少しずつ残り時間を減らしていく。アサヒはタイマーを見ずにキーボードを叩き、爆弾の構造を確認した。
「なるほど。爆弾は解除できないけど、威力を弱めることはできる。もしできなければ、全員、もしくはほとんどがゲームオーバー・・・・。最前列には玲央も江本さんもいるし、ゲームオーバーになってどうなるのかわからない以上はーー仕方ないわね」
                    

「行かせて良かったのか?」
 他のトラップがないと判断した龍は、一旦海里たちと合流していた。一連の流れを見た上で話を聞いた彼は、あまりいい顔をせずに、そう尋ねた。
 玲央は思わず苦笑いを浮かべて答える。
「俺たちの得意分野じゃないし、専門でもないからね」
「アサヒも違うだろ」
「まあね。でも、俺たちよりはできるだろ? 彼女自身がやると言ったことを否定するのも気が引けるし、その場その時に適切な力を対応させないと」
 玲央の言葉に龍はつぶやくように応じた。
「・・・・そういうところ、本当に親父と似てるな」
「逆にどこが似てないんだろうね」
 玲央は苦笑いを崩さぬまま扉を見つめ、言葉を続ける。
「アサヒはさ・・・・いつも自分の本心を見せないよね。捜一にいた時からそうだったから深入りしなかったけど、今考えると、俺たちは彼女のことを知らなすぎる。家族の話すら聞いたことがない」
「無理して聞き出すようなことでもないだろ。アサヒが嫌だと言うなら、必要以上に干渉するべきじゃない。アサヒだって、そう思っているから、俺たちのことに深入りしなかった」
「それはそうなんだけど・・・・偶に寂しくなるんだ。5年前だって、異動したいの一言だけ言って、他のことは何も語らなかった」
 その一言に、龍は思わず顔を歪めた。
「・・・・に関しては・・1人で背負うことじゃない、いなくなる必要もないって、説得はしたよ。だが、アサヒの意志は固かったし、アサヒ自身が納得できないと思うのも無理はなかった。
 もちろん、今だっていなくなったことに後悔はしているが、今更どうにもならないだろ」
 2人が謎めいた会話をしている側で、海里は無言で扉を見つめていた。不安げな色を宿す瞳を見て、圭介は尋ねる。
「心配か?」
「はい。そんなに付き合いが長いわけではないのですが、東堂さんたちにとって大切な人ですし、私も色々と助けられていますから。無事に戻って来てほしい、と思います」
「・・・・優しいな。俺には真似できねえけど・・・・」
 圭介が消え入るような声でそう言った時、サイレンのようなけたたましい音が鳴り響いた。アサヒのいる部屋でも同様の音が鳴っているのかはわからなかったが、部屋の中で何かが起こっていることは間違いなかった。
 龍と玲央は顔を見合わせ、拳で扉を叩く。
「おい、何かあったのか! アサヒ、返事をしろ!」
 アサヒは2人の声を聞きながら笑っていた。顔を上げてタイマーを見ると、30秒を切っている。扉の内側に鍵はなく、壊すこともできなければ防音のため、助けを求めることもできなかった。ただ、彼女はそのどれも選ぶつもりはなかった。
 ーー全てわかった上で、この部屋に入ったから。
 アサヒは再びパソコンの画面を見つめ、わずかに壊すことのできた爆弾の威力に関するメーターを見る。
「これなら室内の爆発で済むはず・・・・。専門家じゃないってことを考えたら、十分すぎる成果でしょ」
 ため息にも似た息を吐きながら、アサヒは椅子の背に体を預けた。
 そもそも、仮想世界に自分たちが招待された以上、犯人は誰かを欠けさせるつもりだったずなのだ。ここまで欠けなかったことが、奇跡と言えるほどに。そうでなければ、解除できない仕掛けがあるわけがない。誰かが必ず犠牲になるーーなのである。
「現実世界に戻れるかどうか、一か八かってところね」
 ゲームオーバーになりたかったわけじゃない。でも、誰かが欠けなければ、先には進めず、この仕掛けに対応できるのは私しかいない。わかっていたくせに口に出さないなんて、揃いも揃って甘すぎるのよ。
 タイマーは残り3秒だった。アサヒは再びため息をつき、そっと目を閉じた。


 0がタイマーを埋め尽くした瞬間、凄まじい爆発が室内で起こった。
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