小説探偵

夕凪ヨウ

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Case109.仮想世界の頭脳対決⑤

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「ここで25人目の脱落者が出ました‼︎名前は・・・西園寺アサヒさん‼︎」
「アサヒ・・・‼︎」

 犯人の報告を受けた海里たちは愕然とした。同時に煙が舞い上がり、目を開けると既に次の道があった。

「行くぞ、兄貴。あいつは現実世界に戻ったんだ。何らかの手段は用意してくれる。」
「・・・・そうだね。行こう。」
                    
            ※

「あ~・・・本当に戻ってきたんだ。何か、変な感じ。」

 アサヒは体を起こした。周囲には、まだ眠ったままの海里たちと、既に起きている人々がいる。アサヒは海里たちを見ながら、

「ブッサイクな寝顔。」

と笑った。ゆっくりと立ち上がり、側にいる人々に呼びかける。

「皆さん。電波は通じますか?通じるのであれば、まずご家族に連絡を取ってください。私が警察に連絡をします。ご家族への連絡が済んだら、病院に連絡をお願いします。他の方々をこのまま寝かせておくわけには行きませんから。」

 アサヒの指示で、人々が一斉に動き始めた。彼女もスマートフォンを取り出し、浩史へ電話をかける。

『アサヒか?』
「ええ、私です。ご心配なく。無事ですから。」
『そうか・・・龍たちは?』
「まだ仮想世界の中にいます。取り敢えずまだ眠っている人のために病院へ連絡してもらっていますから、そちらは鑑識を派遣してくれませんか?」
『構わないが、どうするつもりだ?』

 浩史の質問に、アサヒは満足げに笑った。彼女はスマートフォンを握る手に力を込める。

「ゲームを壊すんです。犯人が呼ぶはずの“もう1人”は小夜さんでしょ?東堂警視総監ならもう動いているはず。犯人確定と確保はそっちに任せます。だから、こっちのことは私がやる。くだらない犯人の思惑、叩き潰してあげますよ。」

 アサヒの言葉に浩史は笑った。かつて捜査一課にいた時の彼女を思い出させた。

『頼もしい。分かった、すぐに手配しよう。』
「ありがとうございます。」

 電話を切ったアサヒは、息を吐いた。ポケットからピンを取りし、前髪を止める。

「さてと・・・始めましょうか。」
                    
            ※

 海里たちは、しばらくトラップに合わず、少し急足で進んでいた。

「アサヒさんの判断は正しかったでしょう。彼女の腕なら“外”からこの世界を破壊できる。」
「うん・・・彼女に賭けるしかない。俺たちは先に進もう。」

 圭介は2人の会話を聞いて、躊躇いがちにゆっくりと口を開いた。

「なあ。あんたたち警察ってさ、何で人のために自分の命が賭けられるんだ?確かにこの世界じゃ死にはしないけど・・・嫌にならないのかよ?自分の命を失ってまで他人を守って死んだら、自分の行いを後悔しないのか?俺には、あんたたちの気持ちが分からない。」

 顔を歪める圭介に対して、玲央は笑って答えた。

「・・・・俺からすると君のこともよく分からないけど・・・後悔なんてしないよ。自分が死んでも大勢の命が救われるなら、俺はそれでいいと思っている。守りたい人を守れて死ねるなんて、幸せな人生じゃないか。・・・・どうしてそんなことを?」
「知りたくなったんだよ。その理屈って、家族にも通用すんのか?」

 その瞬間、玲央の顔から笑顔が消えた。海里は首を傾げる。

「どうかな。俺は家族がほとんど警察官だから、一般人より守る必要はないと思っているよ。まあ・・・家族であろうとなかろうと、守ろうとしたところで、本人の心が自分に向いていなかったら、何の意味もないんだけどね。」
「玲央さん・・・?」
「何でもないよ、江本君。行こう。」

 しばらく進むと、目の前にマグマが現れた。海里は思わず溜息をつく。

「懲りませんね。まあその辺に仕掛けを解除する方法が埋まっているでしょう。探して来ますよ。」
「ありがとう。気をつけてね。」

 海里が圭介と走り去ると、龍が玲央の隣に来た。

「変なこと言ってないだろうな。」
「まさか。他人に話すことじゃないし。」
「ならいい。」

 少し間が開き、玲央が苦笑いを浮かべて言った。

「・・・それにしても、呆れちゃうよね。色んな人を守ろうとして来たのに、側にいる存在のことは何も分かっていなかったなんてさ。」
「それ以上言うな。昔の話だ。」
「昔の話・・・ね。」

 その時だった。背後で悲鳴が聞こえた。2人が振り向くと、そこには、

「ライ・・オン・・・?冗談だろ・・⁉︎」
「全員逃げろ!ただしマグマには落ちるな‼︎」
「東堂さん⁉︎」
「お前たちも退け!」

 その場が一気に大混乱に陥った。今までは、頭を使って何とかくぐり抜けて来たはずのトラップが、物理的にしか解決できないなど無茶苦茶だ。

「江本、解除方法は?」
「まだ分かりません。ただ、左斜め後ろに変に出っ張った岩がありました。恐らく、あれが突破口かと。」
「岩・・か。確かに、1人乗れるくらいの大きさだな。江本・・・お前ジャンプ力はどのくらいある?」
「多分・・人並みより高いくらいですけど・・・本気ですか?」
「それしかないだろ。前に行けば食われ、後ろに行けば落ちる。どちらか1つだけでも解除して、先に進む以外に方法なんてねえよ。」

 海里は息を呑んだ。人の手を使えば確かに飛べるが、落ちればゲームオーバになる。龍たちとしても“探偵”である海里がいなくなるのは困るが、そこに存在するであろう暗号を解けるのは、海里以外にいないのだ。

「じゃあ、海里の代わりに俺が行こうか?」
「神道さん⁉︎いけませんよ、死んだらどうするんです!」
「まあそうだけど・・・お前は“探偵”だろ?ここに残って、この先も導かなきゃならない。そのために、ここでゲームオーバなんてことはあり得ない。」

 海里は不安げに圭介を見た。彼は歯を見せて笑い、恐怖など微塵も感じられない。海里は龍、玲央と顔を見合わせた後、頷いた。

「ではお願いします。暗号があれば、解読を。」
「おう!絶対何とかしてみせるぜ!」
                    
            ※

 一方、小夜は自宅に戻り、個人で調査を進めていた。

「あった・・・!8年前の・・大量解雇・・・・でも、どうしてーーーーー」

 資料を見た瞬間、小夜は全てを思い出した。8年前、親友を失って塞ぎ込んでいた自分に、新しい商品の意見を持って来た、1人の新入社員のことを。

「そうだわ・・・私は彼に相談された・・・。でも、当時の私はまだ高校生で経営に関わってなんていなかったから、父に相談した方がいい・・・って。でも、結局・・・・」


『ーー・・・はクビにした。お前にも変な話を持ちかけて来たらしいが、まさか受けていないだろうな?』
『そんなわけないでしょう。私は今自分のことで精一杯なんですから。』


「・・・・馬鹿だわ。私はあの時、自分の苦しみを最優先にして、他人のことを見ようとしなかった。そしてそれが・・・このザマ。最悪ね。」

 小夜はスマートフォンを取り出した。急いで画面を操作し、浩史に電話をかける。

「私です。はい・・犯人が分かりました。動機も、大方想像できます。」
『ありがとう。こちらも犯人の居場所を特定できた。今から言う場所に来てくれ。』
「分かりました。すぐに。」

(どうしてだろう。あんなに嫌だったのに、今私は謎を解くことを目的にしている。きっとこれは、彼に対する贖罪のため・・・私の気持ちが逸っているのね。きっと、そうだわ。)
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