小説探偵

夕凪ヨウ

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Case109.仮想世界の頭脳対決⑤

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「じゃあ、俺が代わりに行くよ」
 ギョッとして振り返ると、健一さんは笑顔を浮かべていた。私は思わず声を上げる。
「そんなのダメです! 私は犯人に招待された側で、健一さんを巻き込んだんですから!」
「別に気にしてねえよ。それに、お前がもしゲームオーバーになったらどうする? 暗号のある無しは置いておいて、それは避けるべき事態だろ?」
 最もな言葉だった。私は咄嗟に東さんと零さんと目を合わせる。少しして、2人が軽く頷いたので、私も合わせて頷く。
「わかりました。お願いします、健一さん」
 恐怖も何も感じない笑顔が、真っ直ぐに私の瞳に映った。

   ーカイリ『仮想世界の頭脳対決』第5章ー

            ※

 突然サイレンが鳴り響き、犯人の声が海里たちの耳にこだました。
「ここで25人目の脱落者が出ました! 名前は・・・・西園寺アサヒさん!」
 その名を聞いた瞬間、海里たちは言葉を失った。微かな舌打ちが龍から聞こえ、玲央は小さくため息をつく。
 この先どうすればいいのかと海里が視線を巡らせると、白煙が噴き出てアサヒが入った部屋が消え、道が現れていた。
「なるほど。誰かが爆発でゲームオーバーになることで、次の道が開く仕掛けってことか」
 圭介は鷹揚に頷きながら、そう言った。海里は同意を示すために軽く頷き、次の一歩を踏み出す。
「行こう、兄貴。あいつか現実世界に戻ったかどうかはわからないが、もし戻った場合、ここから出る何らかの手段は用意してくれるはずだ」
 龍の言葉には確固たる意志があった。玲央は「そうだね」と言って頷き、足早に歩みを進めた。
                    
            ※

「何だ、戻れるじゃないの。涼しい顔で嘘つくなんて大した犯人ね」
 そうぼやきながら体を起こし、アサヒは周囲を見渡した。そこには、眠ったままの海里たちと、既にゲームオーバーになった中で、幾人か目を覚ました人々がいる。不思議なことに、彼らは先ほどゲームオーバーになった彼女と同時に目を覚ましたらしく、頭を押さえたり頬をつねったりして、現実であることを確かめていた。
 なるほどね。犯人に招待されなかった人間は、招待された側の人間がゲームオーバーになった時、一緒に目覚める仕組み。だからこそ、私より先にゲームオーバーになったはずの人たちが、今目覚めた状況にある。よくできたゲームだわ。
 アサヒは土埃を払って立ち上がり、目を覚ました人々に呼びかけた。
「皆さん。電波は通じますか? 通じるのであれば、まずご家族に連絡を取ってください。警察には私が連絡をします。
 ご家族への連絡が済んだら、救急車を呼んでください。皆さん睡眠ガスを吸っていますから、精密検査が必要になるでしょう。他の皆さんも、このまま寝かせておくわけにもいきませんから」
 的確な指示に、人々はきびきびと動き始めた。電話をかけ始めるのを横目に見つつ、アサヒもスマートフォンを取り出し、110を押しかけたものの、面倒に思い、浩史の電話番号を押した。
『アサヒ? 無事なのか?』
 浩史は突然の電話に驚きつつ、勤めて冷静な声で尋ねた。アサヒは間髪入れずに頷く。
「ええ。怪我はしていません。睡眠ガスを吸ったくらいです」
『くらい、で済ませていいのかはわからないが・・・・まあいい。龍たちは?』
「眠っています。
 私たちは、犯人が作った巨大な仮想世界・・言い換えればVRゲームの中に閉じ込められていたんです。犯人曰く、現実世界に戻るにはゴールのスイッチを押せてとのことですが、私が目覚めると同時にゲームオーバーになった人は目を覚ましています」
『招待された側の人間に合わせて目が覚めるということか。恐らく、1人目だけが適用される』
 素早い理解にアサヒは相槌を打った。
「はい。取り敢えず、目を覚ました人たちも検査は必要ですから、救急車を呼んでもらっています。お手数をおかけしますが、こちらには鑑識を派遣していただけませんか? こちらには犯人が使用していたはずのパソコンがあるはずですから、それに触る許可もください」
『構わないが、どうするつもりだ?』
 浩史の質問に、アサヒは不適な笑みを浮かべて答えた。
「ゲームを。九重警視長の反応からして、犯人が呼ぶはずのもう1人は小夜さんだったのでしょう? そう考えた場合、警視総監は既に動いているはず。犯人の確定と確保はお任せしますから、こちらは私に任せてください」
 アサヒの言葉には強い自信が込められていた。浩史は電話越しに笑いを漏らす。
『頼もしいな。すぐに手配するから、少し待っていてくれ』
「ありがとうございます」
 通話を終えたアサヒは、上着のポケットから星の飾りがついている、使い古されたヘアピンを取り出した。垂れてくる右の前髪を止め、長い息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
「さてと・・・・始めましょうか」
                    
            ※

 海里たちは、しばらくトラップに合わなかったものの、急足で進んでいた。
「アサヒさんが目を覚ましていることを祈ります。あの人なら、きっと外からこの世界を壊すことができる」
「ああ、彼女に賭けるしかない。俺たちは、とにかく先に進もう」
 すると、2人の会話を聞いていと圭介が、躊躇いがちに口を開いた。
「・・・・あんたたち警察ってさ、何で人のために自分の命が賭けられるんだ? 確かにこの世界じゃ死にはしないけど、だからこそ、そこまで必死こいて守る必要あるか? 現実世界でも同じことして、疲れたり嫌になったりしないのかよ? 
 自分の命を失ってまで他人を守って死でも、警察官らしく生きた、みたいなことを思うのか? 俺には、あんたたちの気持ちがよくわからねえんだけど」
 心底不思議だと言わんばかりの圭介に対して、玲央は笑って答えた。
「俺からすると、君もよくわからないけど、まあ今はいいや。
 結論だけ言うとね、後悔はしないよ。自分が死んでも大勢の命が救われるなら、俺はそれでいいと思っている。守りたい人を守れて死ねるなんて、悪くない最期だとすら思う。・・・・どうして急にそんなことを?」
「単純に知りたくなったんだよ。つーか、その理屈って、家族にも通用すんのか?」
 その瞬間、玲央の顔から笑顔が消えかかり、ぎこちなく戻った。海里が首を傾げると、玲央は誤魔化すように言う。
「どうかな。俺は家族がほとんど警察官だから、民間人より守る必要はないと思っているよ。
 まあ・・・・家族であろうとなかろうと、守ろうとしたところで、本人の心が自分に向いていなかったら、何の意味もないんだけどね」
 消え入るようにつぶやいた玲央は、悲しげに顔を歪めていた。海里は思わず彼の瞳を覗く。
「何でもないよ、江本君。行こう」


 しばらく進むと、目の前にマグマが現れた。海里は思わずため息をつき、圭介は「熱くねえんだな」と感心したようなつぶやきを漏らす。
「周辺に解除する方法があるでしょうね。あ、玲央さんはそのままいてください。他の方々に何かあってはいけませんから」
「1人で行くなら俺が付き合うわ」
「ありがとうございます、圭介さん」
 海里が圭介と走り去ると、最後尾にいた龍が早足で玲央の隣に立ち、囁くような声を上げる。
「変なこと言ってないだろうな」
「まさか。他人に話すことじゃないし」
「ならいい」
 沈黙が落ちた後、玲央は苦笑いを浮かべて続けた。
「今考えても、呆れる話だよね。大勢のことを理解して守ろうとしていたのに、側にいるはずの存在のことは、何一つわかっていなかったなんて」
 その言葉に、龍は眉を顰めて言った。
「・・・・親父の前で言うなよ」
 玲央は苦笑いを崩さず「そこまで親不孝じゃないよ」とだけ言った。
 その時だった。背後で大勢の悲鳴が聞こえ、2人は驚いて振り返った。そこにはーー
「ライオン? ついに動物も入れてきたみたいだね」
「ああ。全員逃げろ! ただし、絶対にマグマには落ちるな!」
 よく通る龍の声が聞こえたのか、海里と圭介も騒ぎを気にして振り返った。
 海里は声を張って龍の名前を呼ぶ。
「東堂さん! 何があったんですか!」
「ライオンだ! 新しいトラップだろうから、とにかく逃げろ!」
 混乱と悲嘆が一斉に広がった。人々は何とかして逃げようとするが、マグマに阻まれて先に進むことができない。
 龍と玲央は他の人々を非難させた後、海里と圭介に合流して尋ねた。
「江本、解除方法は?」
「確信はありませんが、あそこ・・変に出っ張った足場があるでしょう。恐らく、あそこに解除方法が何らかの形で記されているのではないかと思います」
 海里が指し示したのは、左斜め前にある、人一人がかろうじて立てそうな足場だった。脆くは無さそうだが位置が高く、生半可な跳躍では届かない。
「江本、お前ジャンプ力はある方か?」
「無くは無い・・・・ですけど、できると思いますか?」
「不安になるのはわかるが、それしか方法はないぞ。片方だけでもトラップを解除しなけりゃ、俺たちは何もできない」
 その言葉に、海里は納得せざるを得なかった。解除方法が如何なるものであれ、頭を使うものである可能性は、非常に高い。例え危険だとしても、海里が行くのが理に適っていた。
 それでも海里が迷いを見せていると、圭介は彼の肩に手を置いて言った。
「じゃあ、海里の代わりに俺が行くぜ」
「圭介さん⁉︎ そんな、いけませんよ! 巻き込んだのは私の方・・・・ゲームオーバーになる可能性だってあるんですから!」
「それはそうだけど・・・・探偵の海里がいなくなるよりかは、いいんじゃねえの? ここでゲームオーバーになって、後々大変なことになっても困るしさ。
 それにら俺に解けないって決まったわけでも無いだろ?」
 圭介は恐怖を微塵も感じさせない、明るい笑顔を浮かべていた。海里が咄嗟に龍と玲央を見ると、彼らはそろって頷く。それに応じて、海里も深く頷いた。
「わかりました、お願いします」
「任せろ。絶対帰ってくるからさ!」
                    
            ※

 その頃、小夜は1度自宅に戻り、個人で事件の犯人について調査を進めていた。“マジシャン”という名をどこかで聞いたと思った彼女は、自分が生まれてからの天宮家の出来事を振り返っていたのである。
「あった、これだわ! 9年前の・・大量解雇・・・・。でも、どうしてーー」
 画面をスクロールして資料を見た瞬間、小夜は全てを思い出した。
 9年前、親友を失って塞ぎ込んでいた自分に、新しい商品の意見を持って来た、1人の社員のこと。優秀なその社員の、あだ名も。
「そうだわ・・・・私は彼に相談された・・・・。でも、当時の私はまだ高校生で経営に関わっていなかったから、父に相談した方がいいと言った。でも、結局父はーー」


『・・・・はクビにした。お前にも変な話を持ちかけて来たらしいが、まさか受けていないだろうな?』
『そんなわけないでしょう。私は今、自分のことで精一杯なんですから』


「・・・・馬鹿だわ。私はあの時、自分の苦しみを最優先にして、他人のことを見ようとも、考えようともしなかった。それが・・・・今回の事件を引き起こした」
 小夜は小さくつぶやくなり、スマートフォンを取り出した。急いで電話帳を開き、浩史に電話をかける。
「犯人がわかりました。やはり、天宮家と関わりがあった人物です。動機も、大方想像がつきます」
『ありがとう。恐らく、こちらで突き止めた犯人と一致しているだろう。居場所の特定ができたから、今から言う場所に来てくれ』
「すぐに行きます」
 住所を聞くなり、小夜は家を飛び出して呼び止めたタクシーに乗る混んでいた。窓の外の景色を見ながら、彼女は物思いに耽る。
 不思議だわ。謎そのものに相対することすら嫌だったのに、今私は、謎を解かなければならないという、一種の使命感に狩られている。
 でもこれは、江本さんの心とは違うもの・・・・。に対する贖罪の気持ちがそうさせているだけ。きっと、そうだわ。
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