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Case110.仮想世界の頭脳対決⑥
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世界が崩壊する瞬間というのは、意外にも呆気なく、しかし迫力のあるものだった。
『2人とも、聞こえてる?』
目が覚めるような声が届き、私たちは揃って顔を上げた。
「麻美か? 今どこにいるんだ?」
東さんの声に、麻美さんは間髪入れずに答えた。
『私たちが犯人に呼び出された場所よ。思った通り、仮想世界を作ったパソコンがあったから、世界そのものを壊しているところ。何か目立った反応はない?』
「空間の歪みや亀裂のこと? それならさっきから起こってるよ」
今度は零さんが答え、麻美さんはそれが反応だと応じた。
『それなら良かった。もう少し早く済ませたかったんだけど、プログラム自体を壊すのに時間がかかったのよ。今どこにいるか教えて。ゴールまでの距離を計るから』
世界が壊れ始めているからか、東さんが口を開く動作は、酷く緩慢に感じた。
ーカイリ『仮想世界の頭脳対決』最終章ー
※
「準備は?」
「いつでも!」
圭介が笑うと、龍は少し屈み、自身の両手を重ねた。体勢が整ったと判断するなり、圭介は駆け出し、龍の両手に右足を乗せる。龍が腕を上げるに従って可能な限り全身の力を抜き、飛び上がって足場を掴んだ。そして、間髪入れずに懸垂をするように両腕に力を入れ、軽々と足場に着地した。その一連の動作を見て、人々は思わず感嘆の声を漏らす。
海里は安堵の息を吐き、少し声を大きく外尋ねる。
「どうですか?」
「予想通り、暗号があるぜ。取り敢えずやってみるから待っててくれ。わからなかったら聞いていいか?」
「もちろんです」
海里が答えると、龍と玲央は彼を含む人々を自分たちの背後に立たせ、改めてライオンと向き合った。
「こっちはどうしようか。暗号が解けたとしても、マグマとライオンのどちらの解除に当たるのかわからない以上、対応するしか無いよね」
「ああ。だが、拳銃も警棒も持ってないからな。ライターや煙草じゃ何の意味もないぞ、これ」
「素手でやり合うのは、ゲームとは言っても、ちょっと・・ねえ・・・・」
そんなことを話している間、圭介はパスワード画面とヒントらしき暗号の紙を交互に見て首を捻っていた。海里は正面のライオンと圭介を交互に見つめつつ、何か突破口はないかと考える。しかし、何も思い浮かばなかった。
その時、ライオンがけたたましい唸り声を上げ、龍と玲央に飛びかかった。2人は後ずさることができず、体をほとんど動かさずに、かろうじてライオンの爪を交わした。仮想世界である以上、怪我という過程が存在するかはわからなかったが、擬似的な死がある以上、ないとは思えなかった。
「こんなこと、いつまでも続けてられないぞ。いつかは当たる」
「そうだけど、だからと言って避ける以外に方法なくない?」
龍と玲央が顔を見合わせ、いっそ体当たりでもするかと考えた時だった。
突然、自分たちが立っている当たりを含む地面が揺れーー正確には、空間が歪みーー地面や壁、天井に亀裂が入った。そしてなぜか、ライオンの姿が薄れる。
ことなきを得たが、マグマはーーと考えた瞬間、圭介の声が飛んでくる。
「できた!」
声とほぼ同時に、海里たちの背後にあるマグマが消え、広々とした荒野が現れた。崖のように急な坂となだらかな坂が混在しており、草木はおろか、トラップも見当たらなかった。
歓声に応じて圭介は躊躇なく足場から飛び降りて地面に着地したが、空間の歪みや亀裂は止まっていなかった。その様子は、仮想世界が崩壊しているようにしか見えなかった。
「トラップが解除できたのはいいが、これは何だ? 犯人の仕業か?」
「恐らく違うと思います。犯人は自分が作り上げた世界を酷く愛しているように見えましたから、こんな乱暴なやり方で壊そうとするなんて考えられません。もしかするとーー」
海里の声に応えるように、今はもう、仮想世界にいない人間の声が飛んだ。
『龍! 玲央! 聞こえてる?』
それは紛れもなくアサヒの声だった。すぐさま龍が応じる。
「アサヒ! 無事だったのか? 今どこだ?」
『私たちが呼び出されたビルにいるわ。私が目覚めたと同時に、ゲームオーバーになった人は目を覚ましたから、あなたたちを含めた全員、取り敢えず病院に搬送した。
私は、他の鑑識課員と一緒にいるんだけど、犯人が作った仮想世界のプログラムを発見したから、壊している最中。そっちに何らかの反応はない?』
アサヒの問いに、今度は玲央が答えた。
「空間の歪みや地面の亀裂のこと? 犯人らしくない行動だとは思ったけど」
『ええ。色々と仕掛けを壊すのが面倒で、時間がかかったのよ。
取り敢えず、今どこにいて何が起こっているのか教えて』
龍は改めて前方を見つめた後、おもむろに口を開きた。
「目の前にあったマグマが暗号の入力で解除されて、今はマグマのあった場所に荒野が広がっている。草木のない、急な坂となだらかな坂が点在している荒野だ」
龍の言葉に、アサヒは決して明るくないトーンで「なるほど」とつぶやいた。
『ゴールはまだ先ね』
「そうなんですか?」
海里が不安げな声を上げたが、アサヒは打って変わって明るい調子で答えた。
『安心して。九重警視長たちが犯人確保に向かったから、私はこの世界を壊すだけ。すぐに現実世界に戻すから、取り敢えず進んで頂戴』
「わかった、後で会おう!」
そこで通信は途切れた。改めて荒野を見ると、本当に何もなく、進むしか選択肢が用意されていない道だった。玲央はなだらかな坂から他の人々を降ろし、自たちは急な坂から飛び降りた。
「先を急ぎましょう。恐らく、アサヒさんはここより前のプログラムを破壊している。巻き込まれないよう、走った方がいい」
「そうだな。行こう」
※
東京都内。とあるホテルの一室。
「警察だ! 動くな!」
部屋にいた1人の男は、突然現れた警察に驚き、慌てふためいた。
「な、何なんですか⁉︎ 僕が何をしたと・・・・!」
焦る男に対し、刑事は堂々とした声で答える。
「不正指令電磁的記録に関する罪及び、逮捕・監禁罪で逮捕令状が出ている。
佐倉昂。お前は本庁のパソコンを乗っ取って個人情報を奪い、特定の人間にメールを送った。そして、あろうことか警視総監のパソコンにまで同じことをした。ーーこれは重罪だ」
「ちっ・・違う! 僕は何も悪く・・・・」
佐倉が弁解しようとすると、刑事たちの中から進み出てきた小夜が声を上げる。
「言い逃れなんてできないわ、佐倉さん。もう証拠は出て裏取りも済んで、令状だって出ているんだから」
「あなたは・・・・!」
小夜の姿を見た佐倉は、一瞬驚いたものの、すぐに怒りの表情に変わった。両の拳を握りしめ、痙攣しているかのように体を震わせる。その様子を見た小夜は目を細め、つぶやくように言う。
「ごめんなさい。・・・・今更謝っても仕方がないけれど、あなたに会ったら、まず謝りたかった」
謝罪を聞いた佐倉は、顔を歪め、声を震わせた。
「・・・・どうして・・あの時、何も言ってくれなかったんですか? あなたが何も言ってくださらなかったから、僕たちは解雇された! あなたが力を貸してくれたら、何も起こらなかったかもしれないのに!」
「・・・・ええ、その通りね。私が間違えた。当時、父は何を思ったのか、私の我儘をある程度聞いてくれたから、もしかしたらーーがあったはず」
小夜は何の躊躇いもなく過去を悔いた。ため息にも似た息を吐き、真っ直ぐに佐倉を見据える。
「でも、今のあなたの行動が正しいとは思わない。あなた自身も、正しいと思っていないはずよ。・・・・違う?」
佐倉は何も言わなかったが、それは肯定を示していた。
「あなたは自分の作る世界がいかに素晴らしいものかを証明するために、今回の一件を企てた。元々、ゲームの“参加者”は天宮家だけだったはずだけれど、父たちが逮捕され、秋平たちが死んだことで、計画を変更せざるをえなくなった」
小夜の言葉は推測ではなく、確信だった。観念したのか、佐倉もおもむろに頷く。
「・・・・そうです。でも、あなた1人だけに何かしても、僕の心は静まらない。だから、あなたの人間関係を調べました」
頷きつつ、小夜は言葉を継いだ。
「そして調査の結果、あなたは江本さんたちに行き着いた。しかも、偶然にも彼らは探偵と警察で、突然いなくなれば困る人間。都合が良いと考えたあなたは、警視庁のパソコンを乗っ取って連絡先を含む個人情報を調べ、それぞれにメールを送りつけ、警視総監にも同じことをした。まあ、あなたが1番招待したいと思っていたはずの私は、携帯の買い替えと重なって、メールが届かなかったけれど」
小夜は苦笑いを浮かべ、言葉を続けた。
「私の不在を知り、あなたは計画が狂ったことを知った。すぐに戻そうとしたけれど、仮想世界から抜け出す方法はゲーム内でボタンを押すか、外からゲームを破壊するの2択。自分の作った世界を壊したくなかったあなたは、前者を選び、人々をゲームに導いたーーこんな感じで合ってる?」
佐倉は弱々しい笑みを浮かべ、口を開いた。
「流石ですね。でも、だから何だというんですか? 彼らは今も、僕が作り出した世界を彷徨っている。ボタンを押すか、ゲームを破壊するしか道はない。後者はまず無理だ」
「そうかしら? 本当にそう思っているなら、あなたは調査不足だわ」
小夜はそう言いながらスマートフォンを取り出し、開いていたアサヒの電話番号を押した。コール音が2度も鳴らないうちに、アサヒの声が響く。
『終わったわ、小夜さん』
「ありがとうございます。流石ですね」
『どうも。まあ、個人的には時間がかかりすぎたと思うけどね。あなたの方は、どう?』
「一応、上手く行ってます」
『良かった。じゃあまたね』
短い電話を切った後、小夜は緩慢な動作で振り返った。部屋の扉の側には、微かに息を切らした龍と玲央がいる。彼らは誰よりも早く目覚め、すぐさま部下に聞いたホテルへ駆け付けたのだった。
「佐倉さん。私は間違えた。自分の苦しみだけを考えて、他の人の気持ちを全く分かろうとしなかった。そして、そのせいで今回の事件が起こった。だからこそ、私は同じ失敗を繰り返したくないの」
「・・・・だから大人しく捕まれと?」
小夜は答える代わりに後ろに下がり、入れ替わるように龍と玲央が前に出た。
「僕も・・・・天宮家と同じです。多くの人を巻き込んで、消えない傷を残した。自分の復讐のために・・僕は・・・・」
そうつぶやくと、佐倉はポケットからナイフを出し、自分の首に突きつけた。刑事たちが顔色を変えるが、龍はすかさず声を上げる。
「勝手なことはするな。人はいつか死ぬが、自分でその命を絶つ権利も、他人に奪われる権利もない」
言い終わる前に龍は近づき、腕を掴んでナイフを叩き落とした。暴れようとする佐倉の足を払って床に捻じ伏せ、すぐさま手錠をかける。
一連の動作を見届けると、小夜は佐倉の前に屈み、泣きそうな顔で言った。
「生きてください、佐倉さん。私にはそれしか言えないけれど・・・・それだけが願いなんです。生きて、罪を償って、あなたの作る素晴らしい世界を、多くの人に見せてください」
一筋の涙が、佐倉の頬を伝った。沈みつつあ夕日が、小さな一室を赤く染めていた。
※
東京都内の病院では、次々と仮想世界にいた人々が目を覚ましていた。1時間も経たずして圭介含む大半の人々が目覚めたが、海里は依然、眠っていた。
一定の検査を終えた圭介は、どこか苦しげな顔をして眠る海里を見つめる。
「海里・・・・?」
暗い部屋には私と真衣がいた。声を上げて泣く真衣を宥めながら、私は息がしづらいことに遅れて気がつく。
おもむろに周囲を見渡すと、黒煙が立ち込めている。ーー火事だ、と思うのに、声は出ない。それどころか、真衣につられて涙が出て、自分たちの前に立っている誰かに、縋るような視線を向けた。でも、顔は見えない。どうやら、私たちは幼い子供のようだった。
「2人とも、本当にごめんなさい。私たちを許さなくていい。そんな必要はない。だから、せめて・・・・幸せになって」
女性の声は震えていて、涙が頬を伝っていた。
不思議だ。謝っている理由は何一つわからないのに、胸が潰れるほどに痛む。
「ーー・・・・、行きましょう。この先、私たちに“情”は不要。持っていてはいけないものなんですから」
男性の声は凛々しいように思ったけれど、女性と同様、どこか震えていた。誰なのかわからないのに、2人が迷っていることだけがわかる。
男性が、私たちの頭を撫でた。優しい撫で方だった。
「お別れです、2人とも。もしもこの先・・そんなことがないと祈ってはいますが・・・・次に私たちと会うことがあっても、その時は、両親だと思わないでください。私たちも、あなたたちを自分の子供とは思わないから」
両親? 自分の子供? どういうことだ? 私たちの両親は、病気でーー
2人が遠ざかっていった。背後からは断末魔のような声が聞こえていた。消防隊員の声だった。でも、私たちは精一杯短い腕を前に伸ばした。だけど届かなかった。私たちは、子供だったから。
行かないで、という一言さえ、もう声にならなかった。息が苦しかった。涙が止まらなかった。
2人の姿が見えなくなると同時に、私たちは意識を失った。
「海里! 大丈夫か⁉︎」
目覚めた海里の顔を、圭介が心配げに覗き込んでいた。海里は夢の内容を朧げに覚えており、上体を起こすと、泣きそうな顔で圭介の方を見た。
「圭介さん・・・・教えてください。何か、ご存知なんでしょう? 私は何者で、あなたは私の何なんですか? 私の、私と真衣の、実の両親は・・・・」
その言葉に圭介は驚き、しかしすぐに申し訳なさそうに笑みを浮かべ、おもむろに口を開いた。
「・・・・悪い。今はまだ教えられない。その時が来たら・・全部話すよ」
『2人とも、聞こえてる?』
目が覚めるような声が届き、私たちは揃って顔を上げた。
「麻美か? 今どこにいるんだ?」
東さんの声に、麻美さんは間髪入れずに答えた。
『私たちが犯人に呼び出された場所よ。思った通り、仮想世界を作ったパソコンがあったから、世界そのものを壊しているところ。何か目立った反応はない?』
「空間の歪みや亀裂のこと? それならさっきから起こってるよ」
今度は零さんが答え、麻美さんはそれが反応だと応じた。
『それなら良かった。もう少し早く済ませたかったんだけど、プログラム自体を壊すのに時間がかかったのよ。今どこにいるか教えて。ゴールまでの距離を計るから』
世界が壊れ始めているからか、東さんが口を開く動作は、酷く緩慢に感じた。
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※
「準備は?」
「いつでも!」
圭介が笑うと、龍は少し屈み、自身の両手を重ねた。体勢が整ったと判断するなり、圭介は駆け出し、龍の両手に右足を乗せる。龍が腕を上げるに従って可能な限り全身の力を抜き、飛び上がって足場を掴んだ。そして、間髪入れずに懸垂をするように両腕に力を入れ、軽々と足場に着地した。その一連の動作を見て、人々は思わず感嘆の声を漏らす。
海里は安堵の息を吐き、少し声を大きく外尋ねる。
「どうですか?」
「予想通り、暗号があるぜ。取り敢えずやってみるから待っててくれ。わからなかったら聞いていいか?」
「もちろんです」
海里が答えると、龍と玲央は彼を含む人々を自分たちの背後に立たせ、改めてライオンと向き合った。
「こっちはどうしようか。暗号が解けたとしても、マグマとライオンのどちらの解除に当たるのかわからない以上、対応するしか無いよね」
「ああ。だが、拳銃も警棒も持ってないからな。ライターや煙草じゃ何の意味もないぞ、これ」
「素手でやり合うのは、ゲームとは言っても、ちょっと・・ねえ・・・・」
そんなことを話している間、圭介はパスワード画面とヒントらしき暗号の紙を交互に見て首を捻っていた。海里は正面のライオンと圭介を交互に見つめつつ、何か突破口はないかと考える。しかし、何も思い浮かばなかった。
その時、ライオンがけたたましい唸り声を上げ、龍と玲央に飛びかかった。2人は後ずさることができず、体をほとんど動かさずに、かろうじてライオンの爪を交わした。仮想世界である以上、怪我という過程が存在するかはわからなかったが、擬似的な死がある以上、ないとは思えなかった。
「こんなこと、いつまでも続けてられないぞ。いつかは当たる」
「そうだけど、だからと言って避ける以外に方法なくない?」
龍と玲央が顔を見合わせ、いっそ体当たりでもするかと考えた時だった。
突然、自分たちが立っている当たりを含む地面が揺れーー正確には、空間が歪みーー地面や壁、天井に亀裂が入った。そしてなぜか、ライオンの姿が薄れる。
ことなきを得たが、マグマはーーと考えた瞬間、圭介の声が飛んでくる。
「できた!」
声とほぼ同時に、海里たちの背後にあるマグマが消え、広々とした荒野が現れた。崖のように急な坂となだらかな坂が混在しており、草木はおろか、トラップも見当たらなかった。
歓声に応じて圭介は躊躇なく足場から飛び降りて地面に着地したが、空間の歪みや亀裂は止まっていなかった。その様子は、仮想世界が崩壊しているようにしか見えなかった。
「トラップが解除できたのはいいが、これは何だ? 犯人の仕業か?」
「恐らく違うと思います。犯人は自分が作り上げた世界を酷く愛しているように見えましたから、こんな乱暴なやり方で壊そうとするなんて考えられません。もしかするとーー」
海里の声に応えるように、今はもう、仮想世界にいない人間の声が飛んだ。
『龍! 玲央! 聞こえてる?』
それは紛れもなくアサヒの声だった。すぐさま龍が応じる。
「アサヒ! 無事だったのか? 今どこだ?」
『私たちが呼び出されたビルにいるわ。私が目覚めたと同時に、ゲームオーバーになった人は目を覚ましたから、あなたたちを含めた全員、取り敢えず病院に搬送した。
私は、他の鑑識課員と一緒にいるんだけど、犯人が作った仮想世界のプログラムを発見したから、壊している最中。そっちに何らかの反応はない?』
アサヒの問いに、今度は玲央が答えた。
「空間の歪みや地面の亀裂のこと? 犯人らしくない行動だとは思ったけど」
『ええ。色々と仕掛けを壊すのが面倒で、時間がかかったのよ。
取り敢えず、今どこにいて何が起こっているのか教えて』
龍は改めて前方を見つめた後、おもむろに口を開きた。
「目の前にあったマグマが暗号の入力で解除されて、今はマグマのあった場所に荒野が広がっている。草木のない、急な坂となだらかな坂が点在している荒野だ」
龍の言葉に、アサヒは決して明るくないトーンで「なるほど」とつぶやいた。
『ゴールはまだ先ね』
「そうなんですか?」
海里が不安げな声を上げたが、アサヒは打って変わって明るい調子で答えた。
『安心して。九重警視長たちが犯人確保に向かったから、私はこの世界を壊すだけ。すぐに現実世界に戻すから、取り敢えず進んで頂戴』
「わかった、後で会おう!」
そこで通信は途切れた。改めて荒野を見ると、本当に何もなく、進むしか選択肢が用意されていない道だった。玲央はなだらかな坂から他の人々を降ろし、自たちは急な坂から飛び降りた。
「先を急ぎましょう。恐らく、アサヒさんはここより前のプログラムを破壊している。巻き込まれないよう、走った方がいい」
「そうだな。行こう」
※
東京都内。とあるホテルの一室。
「警察だ! 動くな!」
部屋にいた1人の男は、突然現れた警察に驚き、慌てふためいた。
「な、何なんですか⁉︎ 僕が何をしたと・・・・!」
焦る男に対し、刑事は堂々とした声で答える。
「不正指令電磁的記録に関する罪及び、逮捕・監禁罪で逮捕令状が出ている。
佐倉昂。お前は本庁のパソコンを乗っ取って個人情報を奪い、特定の人間にメールを送った。そして、あろうことか警視総監のパソコンにまで同じことをした。ーーこれは重罪だ」
「ちっ・・違う! 僕は何も悪く・・・・」
佐倉が弁解しようとすると、刑事たちの中から進み出てきた小夜が声を上げる。
「言い逃れなんてできないわ、佐倉さん。もう証拠は出て裏取りも済んで、令状だって出ているんだから」
「あなたは・・・・!」
小夜の姿を見た佐倉は、一瞬驚いたものの、すぐに怒りの表情に変わった。両の拳を握りしめ、痙攣しているかのように体を震わせる。その様子を見た小夜は目を細め、つぶやくように言う。
「ごめんなさい。・・・・今更謝っても仕方がないけれど、あなたに会ったら、まず謝りたかった」
謝罪を聞いた佐倉は、顔を歪め、声を震わせた。
「・・・・どうして・・あの時、何も言ってくれなかったんですか? あなたが何も言ってくださらなかったから、僕たちは解雇された! あなたが力を貸してくれたら、何も起こらなかったかもしれないのに!」
「・・・・ええ、その通りね。私が間違えた。当時、父は何を思ったのか、私の我儘をある程度聞いてくれたから、もしかしたらーーがあったはず」
小夜は何の躊躇いもなく過去を悔いた。ため息にも似た息を吐き、真っ直ぐに佐倉を見据える。
「でも、今のあなたの行動が正しいとは思わない。あなた自身も、正しいと思っていないはずよ。・・・・違う?」
佐倉は何も言わなかったが、それは肯定を示していた。
「あなたは自分の作る世界がいかに素晴らしいものかを証明するために、今回の一件を企てた。元々、ゲームの“参加者”は天宮家だけだったはずだけれど、父たちが逮捕され、秋平たちが死んだことで、計画を変更せざるをえなくなった」
小夜の言葉は推測ではなく、確信だった。観念したのか、佐倉もおもむろに頷く。
「・・・・そうです。でも、あなた1人だけに何かしても、僕の心は静まらない。だから、あなたの人間関係を調べました」
頷きつつ、小夜は言葉を継いだ。
「そして調査の結果、あなたは江本さんたちに行き着いた。しかも、偶然にも彼らは探偵と警察で、突然いなくなれば困る人間。都合が良いと考えたあなたは、警視庁のパソコンを乗っ取って連絡先を含む個人情報を調べ、それぞれにメールを送りつけ、警視総監にも同じことをした。まあ、あなたが1番招待したいと思っていたはずの私は、携帯の買い替えと重なって、メールが届かなかったけれど」
小夜は苦笑いを浮かべ、言葉を続けた。
「私の不在を知り、あなたは計画が狂ったことを知った。すぐに戻そうとしたけれど、仮想世界から抜け出す方法はゲーム内でボタンを押すか、外からゲームを破壊するの2択。自分の作った世界を壊したくなかったあなたは、前者を選び、人々をゲームに導いたーーこんな感じで合ってる?」
佐倉は弱々しい笑みを浮かべ、口を開いた。
「流石ですね。でも、だから何だというんですか? 彼らは今も、僕が作り出した世界を彷徨っている。ボタンを押すか、ゲームを破壊するしか道はない。後者はまず無理だ」
「そうかしら? 本当にそう思っているなら、あなたは調査不足だわ」
小夜はそう言いながらスマートフォンを取り出し、開いていたアサヒの電話番号を押した。コール音が2度も鳴らないうちに、アサヒの声が響く。
『終わったわ、小夜さん』
「ありがとうございます。流石ですね」
『どうも。まあ、個人的には時間がかかりすぎたと思うけどね。あなたの方は、どう?』
「一応、上手く行ってます」
『良かった。じゃあまたね』
短い電話を切った後、小夜は緩慢な動作で振り返った。部屋の扉の側には、微かに息を切らした龍と玲央がいる。彼らは誰よりも早く目覚め、すぐさま部下に聞いたホテルへ駆け付けたのだった。
「佐倉さん。私は間違えた。自分の苦しみだけを考えて、他の人の気持ちを全く分かろうとしなかった。そして、そのせいで今回の事件が起こった。だからこそ、私は同じ失敗を繰り返したくないの」
「・・・・だから大人しく捕まれと?」
小夜は答える代わりに後ろに下がり、入れ替わるように龍と玲央が前に出た。
「僕も・・・・天宮家と同じです。多くの人を巻き込んで、消えない傷を残した。自分の復讐のために・・僕は・・・・」
そうつぶやくと、佐倉はポケットからナイフを出し、自分の首に突きつけた。刑事たちが顔色を変えるが、龍はすかさず声を上げる。
「勝手なことはするな。人はいつか死ぬが、自分でその命を絶つ権利も、他人に奪われる権利もない」
言い終わる前に龍は近づき、腕を掴んでナイフを叩き落とした。暴れようとする佐倉の足を払って床に捻じ伏せ、すぐさま手錠をかける。
一連の動作を見届けると、小夜は佐倉の前に屈み、泣きそうな顔で言った。
「生きてください、佐倉さん。私にはそれしか言えないけれど・・・・それだけが願いなんです。生きて、罪を償って、あなたの作る素晴らしい世界を、多くの人に見せてください」
一筋の涙が、佐倉の頬を伝った。沈みつつあ夕日が、小さな一室を赤く染めていた。
※
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一定の検査を終えた圭介は、どこか苦しげな顔をして眠る海里を見つめる。
「海里・・・・?」
暗い部屋には私と真衣がいた。声を上げて泣く真衣を宥めながら、私は息がしづらいことに遅れて気がつく。
おもむろに周囲を見渡すと、黒煙が立ち込めている。ーー火事だ、と思うのに、声は出ない。それどころか、真衣につられて涙が出て、自分たちの前に立っている誰かに、縋るような視線を向けた。でも、顔は見えない。どうやら、私たちは幼い子供のようだった。
「2人とも、本当にごめんなさい。私たちを許さなくていい。そんな必要はない。だから、せめて・・・・幸せになって」
女性の声は震えていて、涙が頬を伝っていた。
不思議だ。謝っている理由は何一つわからないのに、胸が潰れるほどに痛む。
「ーー・・・・、行きましょう。この先、私たちに“情”は不要。持っていてはいけないものなんですから」
男性の声は凛々しいように思ったけれど、女性と同様、どこか震えていた。誰なのかわからないのに、2人が迷っていることだけがわかる。
男性が、私たちの頭を撫でた。優しい撫で方だった。
「お別れです、2人とも。もしもこの先・・そんなことがないと祈ってはいますが・・・・次に私たちと会うことがあっても、その時は、両親だと思わないでください。私たちも、あなたたちを自分の子供とは思わないから」
両親? 自分の子供? どういうことだ? 私たちの両親は、病気でーー
2人が遠ざかっていった。背後からは断末魔のような声が聞こえていた。消防隊員の声だった。でも、私たちは精一杯短い腕を前に伸ばした。だけど届かなかった。私たちは、子供だったから。
行かないで、という一言さえ、もう声にならなかった。息が苦しかった。涙が止まらなかった。
2人の姿が見えなくなると同時に、私たちは意識を失った。
「海里! 大丈夫か⁉︎」
目覚めた海里の顔を、圭介が心配げに覗き込んでいた。海里は夢の内容を朧げに覚えており、上体を起こすと、泣きそうな顔で圭介の方を見た。
「圭介さん・・・・教えてください。何か、ご存知なんでしょう? 私は何者で、あなたは私の何なんですか? 私の、私と真衣の、実の両親は・・・・」
その言葉に圭介は驚き、しかしすぐに申し訳なさそうに笑みを浮かべ、おもむろに口を開いた。
「・・・・悪い。今はまだ教えられない。その時が来たら・・全部話すよ」
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