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本当の悪 後日談
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「それで? 話って何?」
津雲浩彦逮捕から1週間後。仕事場に2人だけになった時を見計らって、玲央は龍に尋ねた。仕事をしていた龍は手を止め、玲央に向き直る。
その瞳は、真っ直ぐ玲央を見ていた。
「3年前のあの日のことだ」
「・・・・その話はもうやめにしようよ。思い出したくないんでしょ?」
玲央は目を逸らしながら立ち上がり、部屋を出て行こうとした。龍はすかさず呼び止める。
「兄貴」
その言葉が響いた瞬間、玲央は自分の息を呑む音を聞いた。龍が玲央を“兄貴”と呼ぶのは、3年前の事件以来、初めてだったからだ。
龍は部屋の外に聞こえないよう、小さな声で続ける。
「頼む、聞いてくれ。
俺は・・・あんたを恨んでいないし、嫌っているわけでもない。あの時の、あんたの言葉を・・・・その通りだと思ったんだ」
「・・・は? その通り・・・・? 何言ってるの、それじゃあ結局・・・!」
玲央は勢いよく振り向いた。龍はゆっくりと首を横に振る。椅子に預けていた体を起こし、改めて玲央の瞳を見た。
「勘違いだって言っただろ。俺は・・・あの言葉を受け入れて、変わろうと思っただけなんだ。
“家族を守る”、“警察官として立派になる”・・・口先だけで何も守れなかった自分が、心底嫌になった。後悔した。
変わるしかないと思ったんだ」
初めて明かされる龍の本心に、玲央は愕然とした。龍は俯き、言葉を続ける。
「あんたが捜査一課から離れている間、ずっと考えていた。どうしたら、警察官としての責務が果たせるのか、人を守れるのか。
どうしたら・・・・死んで行った家族に顔向けができるか。ずっと、ずっと、考えて・・・考え続けて・・・・答えを探した」
「・・・・答えは見つかったの?」
間を開け、掠れる声で玲央が尋ねた。龍は静かに首を横に振る。
「いや、見つからなかった。というより・・・・“守れない命もある”ってことに、気づいてしまったんだ」
龍の言葉は的を射ていた。玲央も、優秀な警察官と言われていたが、全てを救えたわけではない。起こったことは不明瞭だが、死なせてしまった雫のことを、ずっと後悔していた。彼女以外の、失った人々のことも。
龍は何かを考えるように沈黙してから、言葉を続ける。
「仕事をやるうちに江本と出会って、価値観が変わっていくのを感じたよ。
江本は、自分のためだけに小説を書き、人の死を利用しているだけだと思っていた。人の死を見ても表情1つ変えず、涙も流さなかったから、余計にな」
「人間性が欠けているように思ったの?」
「ああ。でも、自分の家族の話をして、あいつの妹の話を聞いて・・・・自分の視野が酷く狭かったんだと分かった」
龍は息を吐いた。脱力するように椅子に深く腰掛け、天井を見上げる。
「探偵は事件の結果しか見られない。江本は、それをよく分かってる。それでも、妹のために、事件を解き続けて、本を書き続けている。その姿勢に、敬意を示すべきだと分かった」
「だから彼を遠ざけたのか。自分たちのいざこざに巻き込めば、彼の大切な存在まで失わせてしまうと思って」
「ああ」
龍の返事に、玲央は安堵の笑みを浮かべた。しかし、すぐさま「話戻すぞ」という声が飛ぶ。
「俺はずっとあんたを尊敬してる。だから、逃げて欲しくないんだ。過去からも、俺からも。
何もかも昔のようにいかないことは分かってる。でも、せめて“兄弟”でいて欲しい。俺の願いは、それだけだ。
兄貴、あんたは・・・どうだ?」
龍は真剣な瞳で玲央を見た。玲央は軽く目を瞑る。
俺は、人生で2度も失敗を犯した。愛する人を守れず、弟を突き放し、自分の役目や責任から逃げた。龍はずっと1人で戦っていたのに、逃げ続けた。
龍を1人にしても、大丈夫だと思っていた。江本君がいると聞いたから、余計にそう思った。でも、信頼できる協力者を得ても、君は後悔を抱き続け、全てを背負おうとする。そんな君を、これ以上見ていられない。
玲央は目を開けて龍を見た。泣きそうになる自分を抑えながら、ゆっくりと口を開く。
「ありがとう、龍。あと、ごめん」
玲央は笑った。優しい笑顔だった。玲央が何か言おうとすると、龍は静かにそれを制した。
「いい。それだけ聞ければ満足なんだ。“兄弟”に戻ってくれるなら、他は何も要らない」
海里の言葉が玲央の頭にこだました。昔の関係に、兄弟に戻りたいーー同じ願いを抱いていたと分かり、目尻が熱くなるのを感じた。
玲央は何とか涙をこらえ、優しい笑顔を浮かべたまま、言った。
「・・・・うん。俺も同じだよ。本当にありがとう、龍」
津雲浩彦逮捕から1週間後。仕事場に2人だけになった時を見計らって、玲央は龍に尋ねた。仕事をしていた龍は手を止め、玲央に向き直る。
その瞳は、真っ直ぐ玲央を見ていた。
「3年前のあの日のことだ」
「・・・・その話はもうやめにしようよ。思い出したくないんでしょ?」
玲央は目を逸らしながら立ち上がり、部屋を出て行こうとした。龍はすかさず呼び止める。
「兄貴」
その言葉が響いた瞬間、玲央は自分の息を呑む音を聞いた。龍が玲央を“兄貴”と呼ぶのは、3年前の事件以来、初めてだったからだ。
龍は部屋の外に聞こえないよう、小さな声で続ける。
「頼む、聞いてくれ。
俺は・・・あんたを恨んでいないし、嫌っているわけでもない。あの時の、あんたの言葉を・・・・その通りだと思ったんだ」
「・・・は? その通り・・・・? 何言ってるの、それじゃあ結局・・・!」
玲央は勢いよく振り向いた。龍はゆっくりと首を横に振る。椅子に預けていた体を起こし、改めて玲央の瞳を見た。
「勘違いだって言っただろ。俺は・・・あの言葉を受け入れて、変わろうと思っただけなんだ。
“家族を守る”、“警察官として立派になる”・・・口先だけで何も守れなかった自分が、心底嫌になった。後悔した。
変わるしかないと思ったんだ」
初めて明かされる龍の本心に、玲央は愕然とした。龍は俯き、言葉を続ける。
「あんたが捜査一課から離れている間、ずっと考えていた。どうしたら、警察官としての責務が果たせるのか、人を守れるのか。
どうしたら・・・・死んで行った家族に顔向けができるか。ずっと、ずっと、考えて・・・考え続けて・・・・答えを探した」
「・・・・答えは見つかったの?」
間を開け、掠れる声で玲央が尋ねた。龍は静かに首を横に振る。
「いや、見つからなかった。というより・・・・“守れない命もある”ってことに、気づいてしまったんだ」
龍の言葉は的を射ていた。玲央も、優秀な警察官と言われていたが、全てを救えたわけではない。起こったことは不明瞭だが、死なせてしまった雫のことを、ずっと後悔していた。彼女以外の、失った人々のことも。
龍は何かを考えるように沈黙してから、言葉を続ける。
「仕事をやるうちに江本と出会って、価値観が変わっていくのを感じたよ。
江本は、自分のためだけに小説を書き、人の死を利用しているだけだと思っていた。人の死を見ても表情1つ変えず、涙も流さなかったから、余計にな」
「人間性が欠けているように思ったの?」
「ああ。でも、自分の家族の話をして、あいつの妹の話を聞いて・・・・自分の視野が酷く狭かったんだと分かった」
龍は息を吐いた。脱力するように椅子に深く腰掛け、天井を見上げる。
「探偵は事件の結果しか見られない。江本は、それをよく分かってる。それでも、妹のために、事件を解き続けて、本を書き続けている。その姿勢に、敬意を示すべきだと分かった」
「だから彼を遠ざけたのか。自分たちのいざこざに巻き込めば、彼の大切な存在まで失わせてしまうと思って」
「ああ」
龍の返事に、玲央は安堵の笑みを浮かべた。しかし、すぐさま「話戻すぞ」という声が飛ぶ。
「俺はずっとあんたを尊敬してる。だから、逃げて欲しくないんだ。過去からも、俺からも。
何もかも昔のようにいかないことは分かってる。でも、せめて“兄弟”でいて欲しい。俺の願いは、それだけだ。
兄貴、あんたは・・・どうだ?」
龍は真剣な瞳で玲央を見た。玲央は軽く目を瞑る。
俺は、人生で2度も失敗を犯した。愛する人を守れず、弟を突き放し、自分の役目や責任から逃げた。龍はずっと1人で戦っていたのに、逃げ続けた。
龍を1人にしても、大丈夫だと思っていた。江本君がいると聞いたから、余計にそう思った。でも、信頼できる協力者を得ても、君は後悔を抱き続け、全てを背負おうとする。そんな君を、これ以上見ていられない。
玲央は目を開けて龍を見た。泣きそうになる自分を抑えながら、ゆっくりと口を開く。
「ありがとう、龍。あと、ごめん」
玲央は笑った。優しい笑顔だった。玲央が何か言おうとすると、龍は静かにそれを制した。
「いい。それだけ聞ければ満足なんだ。“兄弟”に戻ってくれるなら、他は何も要らない」
海里の言葉が玲央の頭にこだました。昔の関係に、兄弟に戻りたいーー同じ願いを抱いていたと分かり、目尻が熱くなるのを感じた。
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「・・・・うん。俺も同じだよ。本当にありがとう、龍」
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