小説探偵

夕凪ヨウ

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Case47.教授の遺した暗号①

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「殺人事件ですか?」

 退院した数日後、海里は龍からの電話を取るなり、そう尋ねた。
 龍は相変わらずの海里に思わず苦笑いを浮かべ、言葉を続ける。

『ああ。数年前にできた、水嶋大学が事件現場だ。名前を聞いたことは?』
「ありますし、場所も分かりますよ。すぐ向かいますので、少しお待ちください。」

            ※

 水嶋大学の正門に到着すると、赤色灯をつけたパトカーが数台、止まっていた。海里は野次馬を避けて傍へ移動し、他の刑事より頭一つ身長が高い、龍を見つける。

「こんにちは。今日も寒いですね。」

 海里も龍も、厚手のコートを羽織っていた。東京なので雪は降っていないが、寒気が収まるのは先である。龍は白い息を吐きながら頷いた。

「まったくだ。稀だが雪も降って、気温も低くなる一方。クリスマスも近・・・・」

 龍はそこで言葉を止めた。海里も何も言わず、揃って大学の正門を潜った。

「ねえ、あれ誰・・・?」
「パトカー止まってるし、警察じゃない?」
「え? 何で警察がうちの大学に来るの?」

 生徒たちは事件を知らないようだった。不思議に思いながら構内を進むと、大きな校舎の前で、1人の男が2人を出迎えた。

「ようこそいらしてくださいました。学長の水嶋智彦です。ああ、生徒たちは事件を知りませんので、どうかご内密に。」
「内密と言われても・・・難しいです。大学に傷を負って欲しいわけではありませんが、どのような結果であれ、世間の目には触れることは避けられません。皆さんの負担にならないよう、事件後も出来る限りのことはさせて頂きますが・・・・。」
「そんな・・・」

 龍は申し訳なさを含みつつ、どこか呆れの混じった声音だった。海里は龍の言葉に内心で納得しつつ、水嶋に尋ねる。

「現場はどこですか? 案内をお願いしても?」
「あ・・・ああ・・すみません。私はこれから仕事がありまして、別の教授に案内を頼んでいます。まだ日が浅い教授ですが、構内は把握しておりますので、問題ありません。」
「分かりました。その教授はどちらに?」
「別室にいます。ご案内しますので、着いて来てください。」

 2人は、そう言った水嶋学長の後を歩いた。目の前にある大きな校舎に入り、長い廊下を進む。
 構内はとても広く、新しいからか、目立った汚れも少なかった。講義を受けている生徒たちもおり、本当に何も話していないのだと理解した。龍は尋ねる。

「歩きながらの質問で申し訳ありませんが・・・・被害者が亡くなられたのは、いつ頃ですか?」
「恐らく・・・昨日の夜かと。今朝、私が1番早く大学に来まして、校舎の鍵を開け、軽い掃除を兼ねて見回りをしていました。そして、遺体を見つけたんです。初めは人形か、そうでなくとも見間違いかと思ったのですが・・・・」
「本物だったんですね。」

 先を言い淀む水嶋に対して、龍は何ともないような声を上げた。水嶋は真っ青な顔で頷く。

「はい・・・。」

 絞り出すような声だった。無理もない。民間人が、遺体を見慣れていることなどあり得ない。たった1度、または一瞬目にしただけでも、トラウマになり、健康を害することがあるのだ。
 無惨に殺害された遺体が原因で、現場を去った警察官を、龍は見て来た。

「捜査は自由にしてください。しかし、生徒たちは何も知らない。絶対に話を漏らさないよう、お願いしますよ。教授たちにも、不用意に話をしないでください。」
「・・・・善処します。」

 龍は絶対的な肯定も否定もしなかっんだ。水嶋は顔を曇らせたが、反論が見つからないのか、口を噤んだ。

 長い廊下を経て、講義室に辿り着いた。広い講義室で、数十人は授業が受けられそうだった。縦横に移動する黒板と、多くの座席があり、机と床は白、椅子は茶とシンプルな色合いをしている。左右には大きな窓があり、都会の景色を映し出すとと共に、換気と称して開いている隙間から風の音が聞こえた。

 水嶋は視線を教卓に移した。教卓には、窓の外を見つめる1人の女性が立っている。体も視線も斜めなので、はっきりと顔が見えなかった。

「泉龍寺教授、お連れしましたよ。」
「泉龍寺・・・⁉︎」

 2人は声を揃えて驚いた。珍しい名字なので、そう多くはないだろう。2人の頭を、猛暑日に起こった事件がよぎる。
 泉龍寺と呼ばれた女性は水嶋たちに気付き、返事をした。

「わざわざありがとうございます、水嶋学長。」
「その声・・・あなたは・・まさか・・・‼︎」

 海里が息を呑むと、女性はゆっくりと振り向いた。
 長い黒髪に、深海のような真っ青な瞳。1度見たら忘れるはずのない、美しい顔立ち。
 そう、彼女は・・・・

「天宮小夜さん⁉︎」
「今は、泉龍寺小夜ですよ。」

 小夜は美しい笑みを浮かべた。2人は唖然としている。彼女はゆっくりと階段を登り、2人の前に立った。

「またよろしくお願いします。江本さん、東堂さん。」
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