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第1章
第7話
しおりを挟む放課後、俺は千隼と奏多に体育の出来事を報告した。
「へぇ~、長谷川が? 意外とやるね、アイツ」
千隼が楽しそうに話を聞いている。そんな面白いこと言ったか?
「うん。心の声を聞いたら、全然嫌われてなかった」
「だろうな。よかったな、遙真」
奏多が安心したように微笑む。
「あ!でも、変なことされたらすぐに言うんだよ!」
「えぇ……変なこと?」
俺は自分の思い込みがいかに激しかったのか、改めて実感していた。みんなが俺を避けていると思っていたのは、実は俺自身が壁を作っていたからかもしれない。
千隼が言っている『変なこと』はよくわかんないけど、いい変化が起こっているのは確かだ。
「そういえば、今日バイトだっけ?」
奏多が時計を見ながら聞いてくる。
「あ、そうだった」
俺は慌てて立ち上がる。伯母が経営しているカフェで週に三回ほど働いているのだ。
「じゃあ、また明日ね」
「頑張って」
二人に見送られて、俺はカフェへ向かった。
****
「遙真、お疲れ様」
カフェの扉を開けると、伯母の吉川 香織が笑顔で迎えてくれた。
「ただいま戻りました」
「今日はそんなに混んでないから、ゆっくりでいいわよ」
着替えを済ませて、エプロンを付ける。伯母のカフェは駅から少し離れた住宅街にあって、地元の常連客が多い落ち着いた雰囲気の店だ。
「いらっしゃいませ」
カウンターに立つと、数人の常連客が新聞を読んだり、本を開いたりしている。
「遙真くん、ブレンドコーヒー一つ」
「はい」
慣れた手つきでコーヒーを淹れる。豆を挽く音、お湯を注ぐ香り。この時間は心が落ち着く。
カップを運んでいくと、常連の老紳士が笑顔で受け取ってくれた。
「ありがとう。遙真くんが淹れるコーヒーは美味しいね」
「ありがとうございます」
手が軽く触れる。
《この子は本当に礼儀正しい。香織さんの自慢の甥っ子だ》
心の声が聞こえて、少し照れくさくなる。
カウンターに戻ると、伯母が心配そうに俺を見ていた。
「遙真、最近ちょっと痩せた?ちゃんと食べてる?」
「大丈夫だよ」
「うそ言わないの。昨日の残り物、冷蔵庫に入れておいたから持って帰りなさい」
「ふふっ、ありがとう」
伯母は母の姉で、俺が小さい頃からよく面倒を見てくれた。このカフェでバイトを始めたのも、伯母が「遙真なら安心して任せられる」と言ってくれたからだ。
「そういえば、最近何か楽しいことあった?」
伯母が洗い物をしながら聞いてくる。
「……少しだけ」
「あら、どんなこと?」
「友達が……増えたかもしれない」
「それは良かったわね。遙真はもっと人と関わった方がいいもの」
伯母は優しく微笑む。
「でも無理はしないでね。遙真のペースで」
「うん」
夕方になり、客足が少し増えてくる。仕事帰りのサラリーマンや、学生のグループ。
「遙真くん、テーブル4番のオーダーお願い」
「はい」
テーブルに向かうと、女子高生のグループが座っていた。
「あ、この子可愛い」
「店員さん?」
ひそひそと話す声が聞こえる。注文を聞いている間も、視線を感じた。
「ケーキセット三つと、アイスコーヒー一つお願いします」
「かしこまりました」
メモを取りながら、なるべく視線を合わせないようにする。
厨房に戻ると、伯母が少し笑っていた。
「相変わらずモテるわね、遙真」
「そんなことないよ」
「謙遜しなくていいのよ。でも、その奥手なところが可愛いわね」
頬が熱くなる。可愛いってなに?香織さんから見たら、男子高校生は可愛いのか?
ケーキを運んでいくと、女子高生たちが楽しそうに話していた。
「ありがとうございます」
「あの、名前聞いてもいいですか?」
「……綾瀬です」
「綾瀬くん!ありがとう!」
笑顔で言われて、俺も少し笑顔を返す。
バイトが終わる頃には、すっかり日が暮れていた。
「お疲れ様、遙真。はい、これ」
伯母が包みを渡してくれる。昨日の夕食の残りだ。
「ありがとう」
「ちゃんと温めて食べるのよ。あと、これも」
もう一つ、小さな紙袋を渡される。中を見ると、今日焼いたマドレーヌが入っていた。
「学校の友達にあげなさい」
「……うん」
千隼と奏多に、それから──橘先輩と不破先輩にも渡そうかな。
「それじゃ、気をつけて帰りなさい」
「うん。おやすみなさい」
カフェを出て、夜道を歩く。
スマホを見ると、橘先輩からメッセージが来ていた。
◇◇◇◇
【橘司】: 今日はバイト?お疲れ様
【綾瀬遙真】: はい、今終わりました
【橘司】: 遅くまで大変だね。気をつけて帰ってね
【綾瀬遙真】: ありがとうございます
◇◇◇◇
最後にお辞儀をしているうさぎのスタンプを送って、メッセージを終える。短いやり取りだけど、心が温かくなる。
家に着いて、伯母がくれた夕食を温める。一人暮らしの部屋は静かで、でも今日は少し寂しくない。
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