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第1章
第6話 高嶺の花 side:長谷川
しおりを挟む俺、長谷川拓也は1年A組の一般的な男子高校生だ。特別頭がいいわけでも、運動神経が抜群なわけでもない。ただ人付き合いは悪くない方だと思う。
でも、一人だけどうしても距離を縮められない相手がいた。
綾瀬遙真。
隣の席に座る、やたらと美形な同級生。
最初に彼を見た時の衝撃は今でも覚えている。まるで漫画から飛び出してきたような整った顔立ち、透き通るような白い肌、長い睫毛。正直、同性の俺から見てもため息が出るほど美しかった。
でも彼はいつも一人でいる。休み時間は読書、昼休みは他のクラスの友達と食堂へ。クラスの輪には入ろうとしない。
最初はプライドが高いのかと思っていた。これだけ容姿端麗なら、俺たち凡人を見下していても不思議じゃない。
だが、よく観察してみると違った。
綾瀬は俺たちを避けているんじゃない。俺たちに遠慮しているんだ。
クラスメイトが話しかけようとすると、慌てたような表情を見せる。まるで「俺なんかに話しかけて大丈夫?」とでも言いたげに。
なんて勿体ないことをしてるんだ、この美人は。
「なあ、綾瀬と話したことある?」
一度考え出すとなんとなく気になってきて、仲のいい友達の田中に聞いてみた。
「綾瀬?ああ…一度だけプリント見せてもらったことがあるよ」
「どうだった?」
「すげー優しかった。声も可愛いし」
田中が少し赤くなって言う。
「でもさ、あいつレベルが違いすぎるだろ。俺たちなんかが話しかけても迷惑なんじゃねーの?」
「そうか?」
「そうだよ。見ろよ、あの顔。アイドルでも通用するんじゃね?」
確かに、綾瀬の美貌は群を抜いている。でも、だからって最初から諦める必要はないだろう。
というより、俺は綾瀬ともっと話してみたかった。
あの大きな瞳で見つめられたら、どんな気持ちになるだろう。あの小さな口から俺の名前を呼んでもらったら、どんなに嬉しいだろう。
でも、きっかけがない。授業の連絡事項を伝えるくらいが関の山だった。
そんな時、体育の授業で二人組を作ることになった。
「二人組を作って準備体操しろー!」
クラスメイトたちがざわざわと動き出す中、綾瀬は列の端っこで取り残されていた。
チャンスだ。
でも、みんなも同じことを考えているようで、俺たち男子グループでじゃんけんが始まった。
「誰が綾瀬と組む?」
「うわー、緊張するな」
「でも話すチャンスじゃん」
みんな綾瀬と話したがっているのに、なぜか「罰ゲーム」みたいな空気になっている。
馬鹿だな、お前ら。
俺はわざと負けた。正確には、綾瀬と組めるように調整した。
「……よっしゃ、俺だな」
手をひらひらと振りながら綾瀬に近づく。
綾瀬の表情が少し暗く見えたのは気のせいだろうか。やっぱり面倒くさいと思われているのか?
「よろしくな」
そう言って手を差し出すと、綾瀬は恐る恐るといった感じで触れてきた。
その瞬間、驚いた。
綾瀬の手があまりにも柔らかくて、華奢で。まるで陶器でできた人形のようだった。
《うわ、綾瀬の肌、柔らか……! しかも細っ! めっちゃ華奢だな……》
思わず心の中でそう呟いてしまう。近くで見ると、本当に綺麗だった。女子でもこんなに美しい子はそういない。
綾瀬が俺の顔を見上げてきて、少し慌てて目を逸らした。まさか見とれていたのがバレたか?
ストレッチを始める。首を回し、肩を伸ばし、背中を反らす。動作のたびに綾瀬の体に触れることになるが、その度に俺の心拍数は上がっていく。
《なんか力抜けてるな。壊れそうなくらい細い……ほんと、人形みたい》
本当に華奢で、まるで守ってあげなければいけない存在のように感じられた。
《綾瀬って無口だから近寄りにくいと思ってたけど、こうしてみると普通に……いや、むしろ可愛いんじゃ》
間近で見る綾瀬は、想像していたよりもずっと人間らしかった。完璧すぎて近寄りがたいと思っていたが、実際は少し不安そうで、どこか儚げで。
「おい、ちゃんと伸ばせ。ほら」
綾瀬の動きがぎこちなかったので、軽く腕を引っ張って手伝う。
「わっ……」
バランスを崩しそうになった綾瀬を慌てて支えた。
《近っ……思ったより顔整ってんのな。睫毛なが…》
至近距離で見る綾瀬の顔に、思わず見とれてしまった。テレビで見る美人女優よりも綺麗かもしれない。
綾瀬は慌てて距離をとり、「だ、大丈夫」と言って背を向けてしまった。
やっぱり俺と組むのは嫌だったのか。少し落ち込む。
でも、体育の授業が終わる頃には、俺の考えは変わっていた。
綾瀬は俺が思っていたような高嶺の花じゃない。ただちょっと人見知りで、自信がないだけの普通の男子高校生だった。
「お前、思ったより走れてんじゃん」
試合後、隣に腰を下ろして声をかけた。
「……いや、全然」
綾瀬が肩で息をしながら顔をそむける。
《頑張ってんな。もっと自信持てばいいのに》
本当にそう思った。綾瀬はもっと堂々としていればいいのに。これだけ美しくて、性格も優しそうなのに、なぜ自信がないんだろう。
「お前さ、もっと堂々としてりゃいいのにな」
思わず本音を口にした。
「……俺には無理だよ」
綾瀬が苦笑いを浮かべる。
「そうか?」
俺は肩をすくめた。
全然そんなことないのに。綾瀬がもし堂々としていたら、きっと学年一のモテ男になるだろう。
でも、こうして控えめで少し不安そうな綾瀬も、俺は好きだった。
守ってあげたくなる。そんな感情が胸の奥で芽生えている。
明日からも、機会があったら綾瀬に話しかけてみよう。
きっと俺たちは友達になれる。そう確信していた。
綾瀬遙真という美しい同級生が、実はとても人間らしくて魅力的な男子だということを知った日だった。
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