52 / 92
第肆話──壺
【捌】理由
しおりを挟む
零は黙って話を聞いていた。
話が終わってからも、内容を頭の中で反芻しながらハルアキを眺めていると、彼は居心地悪そうに顔を逸らす。
「何かおかしいか?」
「まぁ、色々と突っ込みたいところはありますが、それは置いておいて……。つまり、あなたが転生を繰り返している理由というのは、その名無しという人物を探すため、という事ですか?」
「左様」
「何のために?」
零が聞くと、ハルアキはしばらく返答に悩んでいたようだが、やがてボソリと答えた。
「殺さねばならぬ」
「あなたを生き返らせた恩人をですか?」
「そうじゃ。……禁忌を犯した者は生かしてはおけぬ。これは、弟子の不始末に対する師匠としての責務じゃ」
「しかし……」
と、零は腕組みする。
「その人は不死なのでしょう? どうやって?」
「分からぬ」
「それに、不死であっても不老でないとあなたは仰った。ならば、容姿も大きく変わっているはずです。それをどうやって見付けるのですか?」
ハルアキは口を尖らせて膝を抱える。
「――余は、その者が不老をも得たのではないかと考えておる」
「どうして?」
すると、ハルアキは再び思案を挟んでから答えた。
「その秘術というのが、ある者を呼び出すものなのじゃ」
「ある者とは?」
「――太乙」
「…………」
「そなたも陰陽師であれば知っているじゃろう。『この世とあの世の番人』じゃ」
「えぇ、知っています」
「その者に魂と死を差し出し蘇生を願うのじゃが、魂は願う者とは別に用意せねばならぬ。魂を差し出した瞬間に死ねば、死を渡せないからの。ところが、余が生き返った後、その者以外に姿を消した者はなかった」
「……それはつまり、どういう意味ですか?」
零が眉根を寄せると、最後のひとつの団子を食みながらハルアキは答える。
「考えられる可能性はふたつ。……ひとつは、名無しが元々人間でなかった場合。人間より長命の妖の類であったのならば、魂を半分渡しても死は残る」
「…………」
「じゃが、その可能性は低い。あれほど身近に居りながら、余が妖の気配に気付かぬとは考えられぬからの。となると、もうひとつの場合――魂よりも重い代償を支払った」
「魂よりも、重い代償?」
ハルアキは串を空の皿に置き、長椅子に胡座をかく。
「それが何なのかは分からぬ。じゃが、その内容によっては、不老不死となっている可能性もなくはないと思うておる」
零は静かに組んだ腕を解いた。
そして膝に手を置きこう言った。
「それは、あなたの希望でしょう」
「…………」
「あなたがそうであって欲しいと願っているのでしょう」
ハルアキは靴下に包まれた爪先を眺めて動かない。
「あなたがその人物を探している理由は、殺すためだけではありませんね」
すると、ハルアキはボソリと呟いた。
「聞きたいのじゃ……何故、そうまでして余を生き返らせたのか、その理由を」
◇
団子を食べ、腹が膨れたら眠うなったと、ハルアキは長椅子にゴロンと横になるや否や、スヤスヤと寝息を立てだした。
東京に来てから、雨風を凌げる場所で休めなかったのだろう。安堵した穏やかな寝顔を見ていると、庇護欲をくすぐられるから、子供というのは厄介だ。
その小さな体に毛布を掛けてやり、さて……と零は事務椅子に腰を預けて思案に耽る。
――もし、この少年の言う事が真であるならば、己の正体がようやく判明したのかもしれない。
突如得られたその可能性に、零は少なからず動揺していた。顔に垂れる長い前髪をそのままに、窓の外を睨む。
平安より千年の時を生きている不死など、人違いするほど存在するはずがない。
――かつて安倍晴明の弟子であった名無し――それが彼の正体である可能性が高い。
だが、それが真であったとしても、認める訳にはいかない理由が、彼にはあった。
太乙。
彼の「主」たるその存在――あの世とこの世の番人が、禁忌を侵し、転生を繰り返して千年を生きているハルアキ少年を許す訳がないからだ。
零は、長い前髪がはらりと掛かる右目を軽く押さえる。……この目は、太乙の右目。自身の領域から出られない太乙が、この世の怪異を監視するために、彼に与えたもの。
幸い、まだ彼女はハルアキの話を「怪異」とは受け取っていないようだ。彼女もあれでいて多忙なのだ。話半分に、子供の戯言とでも思っているのだろう。
……ならばこのまま、ハルアキの話を「全て嘘」だという認識をすれば、彼を守れるのではないか。
それに零も、ハルアキにその身上が知られる訳にはいかなかった。太乙は、零の正体が他人に知られる事を許さない。万一ハルアキが見抜けば、零自身、あの暴君にどんな目に遭わされるか分からない。
いや、それだけではない。
万一、そうなった時には、零がその手で、ハルアキを殺さねばならないだろう。
かといって、この少年を放り出す訳にもいかない。この危険な少年を野放しにしたら、またどこでどんな事件を起こすか知れたものではない。
……それに、「安倍晴明」という存在に興味はある。これでも陰陽師である。彼の持つ知識と技に興味が湧かないはずがない。
それから……。
「……ん――」
寝返りをしようと身を揺らすハルアキを見て、零は慌てた。長椅子から落ちてしまう。
椅子を蹴倒す勢いで彼に駆け寄り、転がり落ちる寸前の少年を受け止める。そして起こさぬようそっと抱き上げた。
「やれやれ……」
小さく溜息を吐き、零は居室としている部屋へ彼を運ぶべく、事務所を後にした。
話が終わってからも、内容を頭の中で反芻しながらハルアキを眺めていると、彼は居心地悪そうに顔を逸らす。
「何かおかしいか?」
「まぁ、色々と突っ込みたいところはありますが、それは置いておいて……。つまり、あなたが転生を繰り返している理由というのは、その名無しという人物を探すため、という事ですか?」
「左様」
「何のために?」
零が聞くと、ハルアキはしばらく返答に悩んでいたようだが、やがてボソリと答えた。
「殺さねばならぬ」
「あなたを生き返らせた恩人をですか?」
「そうじゃ。……禁忌を犯した者は生かしてはおけぬ。これは、弟子の不始末に対する師匠としての責務じゃ」
「しかし……」
と、零は腕組みする。
「その人は不死なのでしょう? どうやって?」
「分からぬ」
「それに、不死であっても不老でないとあなたは仰った。ならば、容姿も大きく変わっているはずです。それをどうやって見付けるのですか?」
ハルアキは口を尖らせて膝を抱える。
「――余は、その者が不老をも得たのではないかと考えておる」
「どうして?」
すると、ハルアキは再び思案を挟んでから答えた。
「その秘術というのが、ある者を呼び出すものなのじゃ」
「ある者とは?」
「――太乙」
「…………」
「そなたも陰陽師であれば知っているじゃろう。『この世とあの世の番人』じゃ」
「えぇ、知っています」
「その者に魂と死を差し出し蘇生を願うのじゃが、魂は願う者とは別に用意せねばならぬ。魂を差し出した瞬間に死ねば、死を渡せないからの。ところが、余が生き返った後、その者以外に姿を消した者はなかった」
「……それはつまり、どういう意味ですか?」
零が眉根を寄せると、最後のひとつの団子を食みながらハルアキは答える。
「考えられる可能性はふたつ。……ひとつは、名無しが元々人間でなかった場合。人間より長命の妖の類であったのならば、魂を半分渡しても死は残る」
「…………」
「じゃが、その可能性は低い。あれほど身近に居りながら、余が妖の気配に気付かぬとは考えられぬからの。となると、もうひとつの場合――魂よりも重い代償を支払った」
「魂よりも、重い代償?」
ハルアキは串を空の皿に置き、長椅子に胡座をかく。
「それが何なのかは分からぬ。じゃが、その内容によっては、不老不死となっている可能性もなくはないと思うておる」
零は静かに組んだ腕を解いた。
そして膝に手を置きこう言った。
「それは、あなたの希望でしょう」
「…………」
「あなたがそうであって欲しいと願っているのでしょう」
ハルアキは靴下に包まれた爪先を眺めて動かない。
「あなたがその人物を探している理由は、殺すためだけではありませんね」
すると、ハルアキはボソリと呟いた。
「聞きたいのじゃ……何故、そうまでして余を生き返らせたのか、その理由を」
◇
団子を食べ、腹が膨れたら眠うなったと、ハルアキは長椅子にゴロンと横になるや否や、スヤスヤと寝息を立てだした。
東京に来てから、雨風を凌げる場所で休めなかったのだろう。安堵した穏やかな寝顔を見ていると、庇護欲をくすぐられるから、子供というのは厄介だ。
その小さな体に毛布を掛けてやり、さて……と零は事務椅子に腰を預けて思案に耽る。
――もし、この少年の言う事が真であるならば、己の正体がようやく判明したのかもしれない。
突如得られたその可能性に、零は少なからず動揺していた。顔に垂れる長い前髪をそのままに、窓の外を睨む。
平安より千年の時を生きている不死など、人違いするほど存在するはずがない。
――かつて安倍晴明の弟子であった名無し――それが彼の正体である可能性が高い。
だが、それが真であったとしても、認める訳にはいかない理由が、彼にはあった。
太乙。
彼の「主」たるその存在――あの世とこの世の番人が、禁忌を侵し、転生を繰り返して千年を生きているハルアキ少年を許す訳がないからだ。
零は、長い前髪がはらりと掛かる右目を軽く押さえる。……この目は、太乙の右目。自身の領域から出られない太乙が、この世の怪異を監視するために、彼に与えたもの。
幸い、まだ彼女はハルアキの話を「怪異」とは受け取っていないようだ。彼女もあれでいて多忙なのだ。話半分に、子供の戯言とでも思っているのだろう。
……ならばこのまま、ハルアキの話を「全て嘘」だという認識をすれば、彼を守れるのではないか。
それに零も、ハルアキにその身上が知られる訳にはいかなかった。太乙は、零の正体が他人に知られる事を許さない。万一ハルアキが見抜けば、零自身、あの暴君にどんな目に遭わされるか分からない。
いや、それだけではない。
万一、そうなった時には、零がその手で、ハルアキを殺さねばならないだろう。
かといって、この少年を放り出す訳にもいかない。この危険な少年を野放しにしたら、またどこでどんな事件を起こすか知れたものではない。
……それに、「安倍晴明」という存在に興味はある。これでも陰陽師である。彼の持つ知識と技に興味が湧かないはずがない。
それから……。
「……ん――」
寝返りをしようと身を揺らすハルアキを見て、零は慌てた。長椅子から落ちてしまう。
椅子を蹴倒す勢いで彼に駆け寄り、転がり落ちる寸前の少年を受け止める。そして起こさぬようそっと抱き上げた。
「やれやれ……」
小さく溜息を吐き、零は居室としている部屋へ彼を運ぶべく、事務所を後にした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
月弥総合病院
御月様(旧名 僕君☽☽︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。