君がたとえあいつの秘書でも離さない

花里 美佐

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 年明けて、私のボス石井取締役が新年の挨拶回りと一緒に就任の挨拶にあちこち行きだした。普段ならついて行かないのだが、就任後の挨拶もあることから、取引先秘書と顔合わせもありついて行った。
 その日、一緒に回っていて驚くことがあった。
 
 蓮見直也さんに会ったのだ。あの、バーで出会った、直也さんである。

 なんと、蓮見商事の御曹司だった。偶然、挨拶に行った蓮見商事でお目にかかった。
 
 秘書の方もご一緒にどうぞ、と先方の秘書の方から専務室へ案内された。普通秘書は秘書同士、ボスはボス同士で話し合うのがセオリーだ。
 
 石井取締役は私が一緒に案内されたことをなぜだろうといぶかしがっていたようだが、私はもっと不思議だった。

 部屋に入り、あんなに驚いたことはない。にっこりと笑い、こちらを見る直也さん。私は固まってしまった。息をのんだ。そんな私を尻目に、ボスはいつも同様挨拶を始めた。

 「石井さん、お久しぶりでございます。昇進おめでとうございます」
 「蓮見さん、ご無沙汰しています。これからはどうぞよろしくお願いします」

 私は、蓮見専務の秘書に持ってきたお土産をお渡ししたところだった。
 「石井さん、ウチの秘書の花田です」
 綺麗なショートカットにダイヤのピアスが美しい女性。彼女が綺麗にお辞儀をした。

 「では、私の秘書もご紹介致します。古川です」
 「古川です。よろしくお願いします」

 「古川さんっていうんだ?遙さん……」
 ウインクする直也さん。やめてよ、恥ずかしい。赤くなっている私を見て、ボスは目を見開いた。
 
 「おや、お知り合いでしたか?」
 「いや、知り合いというほどではないですよ。何しろ名字は知りませんでしたしね。原田取締役の秘書の方のご友人ということで一度お目にかかったことがありました」
 
 「そうですか。原田は先に役員就任しておりましたので、ご挨拶済みでしたね」
 「古川さん、これからはご連絡することも多くなるかも知れない。ウチの花田と仲良く頼むよ」

 私は深々と頭を下げた。ボスを見ると笑っている。
 
 直也さんは花田さんという美しい秘書に目配せをした。そして私を彼女と共に退出させて、石井取締役と話し始めた。

 私は花田さんに秘書室の横の応接へ案内された。
 彼女は私にコーヒーを出すと正面に座り、にっこり笑った。

 「古川さんがウチのボスのお熱を上げている女性のお友達でしたか」
 「ええ!?」

 まさか……それって皐月のこと知ってるの?
 一体、あの二人あれからどうなってるんだろう……。でも花田さんが口に出すぐらいだから何かあったんだ。
 そういえば、皐月とはあれ以降その話はしていなかった。
 
 「石井コーポレーションの原田取締役秘書は川口さんですよね?」
 「そうです。同期です。同じ秘書室勤務となりましたが」
 
 「彼女とお食事に行く時なんて、大変ですよ。色々お店リサーチするのでお手伝いさせられてるんです」

 なんですって?私は顔色が変わるほど驚いた。しょうがないから少し話した。
 
 「本人に聞いていなかったのですが、はじめてお目にかかったとき一緒にいまして、その頃から蓮見専務は川口を気に入っておられたようにお見受けはしておりました」
 
 「ふふふ、おかしいでしょ。うちのボスは全力なんですよ、いつも。今回はうまくいくといいんですけど」

 面白い、花田さん。あけすけすぎる。
 
 「私もまさかそんなことになっているとは知りませんでしたし、川口の気持ちは聞いておりません。ただ、彼女は友人ですがとても美人で仕事も出来るので、蓮見専務の気持ちはわかります」

 花田さんは、口元を抑えて笑っている。
 
 「そうですか。まあ、古川さんを巻き込んで何かするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」

 私もついおかしくて、笑ってしまった。花田さんに言った。
 
 「秘書業務が多岐にわたっていらっしゃるようで大変ですね」
 
 「そうですね、蓮見専務は御曹司なので割とおおらかで真っ直ぐなんです。憎めないというか。頼まれるとやってしまう私もしょうがないんでしょうけど。石井取締役もそうですよね?」
 
 「はい。そうですね。元社長の御曹司です。次男でいらっしゃいます。長男は現専務です。今のところ私はボスから、プライベートのことを頼まれたことはありません」
 
 「それが普通といえないところが秘書という職務の悲しいところですね。まあ、今回はお話したほうが専務のためになるかもと思ってお話ししましたので、内密にお願いします」
 
 「もちろんです」
 
 美味しいコーヒーを頂きながら、一応携帯アプリや番号も交換した。
 そういうことになる可能性があるからと頼まれたのだ。

 ボスふたりの仕事を含めた話し合いはその後三十分で終わりとなった。

 取締役と地下駐車場まで一緒に下りた。私は最寄り駅でハイヤーを降りて、先に電車で帰社予定。仕事をする。今後は私も知っている秘書の方のところへ回られるのでついていかない。
 取締役はおひとりでまだあと二件の挨拶回りをこのハイヤーで回り、今日は終わりだ。

 「先ほど、蓮見専務から聞いたが、川口さんと一緒に会ったことがあったんだって?」

 「はい、たまたま川口さんは原田取締役と挨拶回り中に一度蓮見専務と会っていて、彼女は忘れていたようですが、蓮見専務が覚えておられたようで……私と彼女がふたりで外にいたとき、彼女が声をかけられまして……」
 
 「なるほど。蓮見専務はあの通りのイケメンで口がうまい。君も気をつけて。こんなこと言う立場ではないかも知れないが……」
 「それでしたら大丈夫です。ターゲットは私ではないようですし……」
 
 「いや、そうかもしれないが、気をつけるに越したことはないからね。一応、僕の大切な秘書なんだからさ」

 「ありがとうございます」

 いい人だな、石井取締役。こういうところはこの人の担当秘書で良かったと思うところ。私をとても大切にしてくれていると行動や言葉の端々に感じることがあるのだ。
 
 先ほど言ったとおり、公私の区別はきっちりつける方だし、私としては付き合いやすい。オンとオフがハッキリしている。ちょっと細かいけれど、いい加減な人よりはずっといい。

 電車で戻りながら、携帯のメールアプリで皐月に事の真相を聞こうとメールをしておくことにした。
 返事は夜でいいよと付け加えることも忘れない。
 秘書は忙しいと、頭の中はボスのスケジュールの段取りで頭がいっぱいになってしまう。夜は疲れて連絡しそびれることが多いから、思いついたときに必ずメールを入れておくようにしているのだ。

 そういえば、匠さんはどこの会社の人なんだろう?同じ会社なのかな、やっぱり……。私達も同じ会社だったし。でも彼は直也さんより少し役職も上なのではないかと思った。落ち着き方やあの服装。言葉の選び方。ただものではないと秘書の私でさえ感じたのだ。
 他の会社の人だとすると、いつか今回のように会えることもあるのかしら。
 
 できるなら、直也さんではなく匠さんに会いたかったな。絡まれた時もスマートに助けてくれたし、割と寡黙。
 
 目立たずそれでいてキチンとしている。ハッキリ言って私のタイプ。ルックスはもちろんだけど。少しクールな印象だけど、かっこいい。

 そんなことをぼんやり考えていたら、乗り越しそうになり、急いで電車を降りた。

 夕方、戻ってきた石井取締役が、石井専務と打ち合わせすると言って専務の部屋へ。石井隆専務というのは実兄だから、直接お兄さんに連絡して秘書を通さないで行ってしまうこともある。

 戻ってきた石井取締役が残っていた私に話しかけた。
 
 「今日行った蓮見商事は堂本コーポレーションが大口の取引先だ。まあ、簡単に言うとそちらの傘下に近い。ウチは、堂本とはライバルだから、蓮見商事がうちと取引のはなしをしてくれたのは驚きなんだ。兄さんにも先ほど報告してきたが、上のほうでさらに話し合いがあるだろう。どうやら、原田取締役は大学が蓮見専務と一緒でサークルか何かで前から知り合いだったようなんだ」
 
 どういうこと?つまり、学生時代からの知り合いだったということなのね。
 
 「そうでしたか。だから、原田取締役のお話をされていたんですね」
 
 「原田取締役にも言って、こちらの傘下に入ってもらえないか働きかけていくチャンスだ。どうやら原田君のところの川口君に興味がありそうだしね」
 
 まさかプライベートをお仕事に関係させてしまうの?それって……どうなの。
 
 「どうして、うちと急に取引する気になったのか、原田取締役に電話で先ほどそれとなく聞いたんだよ。そしたら川口君のはなしを聞いてね。まあ、公私混同は嫌いだからそれは最終的な切り札にしかしないつもりだけど。チャンスは大事にしないとな」
 
 「……」
 
 「君も、川口君と同期らしいし、複雑だろうが、このことは君を信じて耳に入れたんだ。他言無用で頼むよ」
 
 「……わかりました。川口を悲しませるようなことだけは避けてあげて下さい。お願いします」
 
 「もちろんだよ。だから言っただろ」

 思いもよらない展開だった。
 皐月から連絡をもらう前にこんな話を聞こうとは……。
 
 それに、匠さん。
 彼も蓮見商事だったらどうしよう。怖くなってしまった。こうやって仕事に利用されるなんてまっぴらだ。これぞ公私混同。

 二十時過ぎ。皐月からメールがはいってきた。
 直接電話で話したいが、今いいかという。珍しいし、だからこそ何か嫌な予感がした。
 OKのスタンプをすると、すぐに電話がかかってきた。

 「遙。報告が遅くなってごめんね」

 やっぱり。つまり、付き合いはじめたとか……そういうことか。
 
 「蓮見さんとお付き合いはじめたの?」

 返事がない。
 
 「遙。直也さんのこと、知ったんだね?」
 
 「今日、蓮見商事へ挨拶に行ったの。直也さんが私を部屋へ入るように言って、石井取締役と一緒に入った」
 
 「そうか。ごめんね、ホントに。でもお付き合いはじめたのはまだ先週なんだよ。連絡先交換してなかったけど、彼は原田取締役ともともと知り合いで、そっち経由で私に接触してきたの」
 
 「ねえ、原田専務の手前断れなかったとかじゃないでしょうね?」
 
 「それはない、さすがに。あの後、翌日には電話が原田取締役秘書宛でかかってきて、夕飯に誘われたの。その後二回ほど一緒に食事へ行った。告白されたのは先週なの。休日にはじめて会った」
 
 「皐月が会うくらいだから、好きになったのね」
 
 「うん。最初は軽い人かと思ってたんだけど、誠実というか隠し事しない人なの。御曹司だし、私はやめようと思ってたんだけど、会うたびに楽しくて。本当に悩んだよ」
 
 「そう。幸せなのね?」
 
 「うん。今は幸せ。まめに連絡くれるし」
 
 そうか。取引のことは伏せておこう。
 皐月のことだから原田取締役から聞いているかも知れないけど。

 「ねえ、皐月。匠さんも蓮見商事なの?」
 
 「……」
 
 「皐月?」
 
 「……ううん。違うみたいよ。同じ会社ではないって言ってた」
 
 「じゃあ、どこの会社なの?」
 
 「それは、ごめん、私も知らない」
 
 「え?」
 
 「それより、遙仕事忙しいんじゃない?大丈夫?」
 
 何か変。話をそらそうとしてる?
 
 「……ううん。なんとかやってるから大丈夫」
 
 「大変なことや、わかんないことは何でも聞いてね。前からいるから私の方が相談に乗れると思うの」
 
 「ありがとう。疲れてるとこ電話ありがと。またね」
 
 「……うん。じゃあ」
 
 そう言うと、電話が切れた。

 
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