君がたとえあいつの秘書でも離さない

花里 美佐

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出会い

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 世の中にはジングルベルが鳴り響くこの季節、女ふたりで今年はホテル泊。
 
 「遙、この料理ちょっと味濃くない?」
 
 茶色のセミロングの髪を綺麗に裾カールして首をかしげる皐月。
 可愛いいな……彼女は私と過ごすクリスマスでいいのかしら?
 
 営業の田村さんも、名取さんもあんなにアプローチしてたのに、結局彼女のクリスマスを勝ち取ったのは私。皆さんすみません。皐月は私の同期であり、愛すべき親友。

 「そうね。ちょっと濃いというか煮詰まり気味というか」
 
 「噂のイタリアンもこの程度だったか……」
 
 「止めなよー、今日はクリスマス、予約も多いし、色々大変なんではないでしょうか」
 
 「遙、なんでここの味方なのさ。訳わかんない。女同士で来てるんだから、店の判定はマストです。今後のためにも」

 そうねえ。今後のため。それはつまり……。
 
 「しかし、遙も異動と同時に忙しくなって、春樹と別れて良かったかもよ。あの新人の女の子が付き合いだしたの得意げにしてるのを止めもしないでさ」
 
 「……いいよ、もう。どうせ会うこともなくなったし。営業事務でなくなった段階で、縁が切れたのも運命だったような気がする。社内だし、ある意味助かったわ」

 先月、私は営業事務から担当秘書も兼任していた石井取締役の秘書業務に専念するよう言われて、秘書室勤務となった。
 
 石井取締役は、私のいた営業第二部一課の担当部長だった。

 皐月は営業一部時代に原田取締役の担当秘書となって、昨年すでに秘書室勤務になっていた。
 
 私は彼女を追いかける形で石井取締役に付いて秘書室へきたのだ。

 私は営業事務の入社二年目のころから、同期で担当だった春樹と交際していた。
 
 ところが、付き合い始めて一年が経とうとしていた去年、新人の営業事務が彼の担当となり、雲行きが怪しくなってきた。
 
 春樹が言うにはどうも彼女の押しに負けたらしい。いや、皐月曰く、正確に言えば春樹に浮気された。彼からしつこく話を聞いてくれと謝られたが、私は一顧だにしなかった。
 
 社外ならいざ知らず、私の目の前にも関わらず、平気でそういうことができる人とはもう付き合っていられなかった。
 
 二ヶ月前の十月頃にはフリーとなった。
 
 すでに一年前フリーとなっていた皐月と私はクリスマスだというのにここに来た。皐月は、失恋した私を元気づけるためと言って、わざわざここを選んで連れて来てくれたのだ。
 
 前向きな皐月といっしょにいると、春樹のことなどすぐに忘れられそう。秘書室勤務は願ったり叶ったり。変な噂からも解放される。

 デザートのティラミスは皐月によりかろうじて合格点が出た。皐月はご機嫌で勢いよく立ち上がり、お店を後にした。
 
 「さあ、繰り出すよ、最上階のバー、『エデン』へレッツゴー!」
 
 化粧室でバッチリメイクを変えてきた皐月は意気揚々と私に向き直った。

 「ねえ、ホントに行くの?」
 
 「モチのロン。バトルしてイケメンゲットだぜ!」
 
 いやいや、イケメンはポケモンじゃありません。

 絶対、クリスマスイブの夜のバーなんて、カップルだらけだ。
 そんなところに、何も好き好んで行くこともない。

「冷やかしに行こうよ。そして、たいしたことない女が相手だったら……」
 
 まさか……。
 
「そう、バトルして、イケメンゲットだぜ!」
 
 だから……はあ。
 
 私の声は聞こえてないらしい。
 エレベーターホールへまっしぐら。
 
 すると……私達と同じようにイタリアンから出てきた背の高いふたり組の男性がいる。
 
 ひとりは3つ揃えのチェックの上質な茶色ウールのスーツ。見るからにオーダー。
 
 もうひとりも濃紺のスーツ。ピカピカの靴がまぶしい。

 エレベーターホールで一緒になり、こちらを濃紺のスーツの人がじっと見ている。
 見ているのは、皐月?

 こちらに近寄ってくると、皐月に向かって話しかけた。
 
 「失礼ですが、石井コーポレーションの原田取締役の秘書の方ではないですか?」

 皐月はびっくりして、その人を見ている。
 
 「……そうですが。あの?」
 
 「失礼。一度原田取締役にお目にかかったことがありまして。秘書の方がご一緒で、とてもお綺麗な方だったので覚えてまして」

 ひゃー、歯の浮くような台詞をサラッと言うし……。
 皐月もにっこりと笑い、赤くなることもなく返事してる。
 
 「それは、失礼致しました。お話していて忘れていたりしたら恥ずかしいです。ですが、貴方もとてもイケメンですから、私も忘れることはなかったと思いますけど……」
 
 相手の彼はこちらを見てにっこり。
 そして、話し出した。

 「今日は、クリスマスですがお二人はこれからご予定ですか?」
 
 「いえ。今日は二人でクリスマスです。そちらは?」

 「私達は、会社関係のクリスマスパーティがこのホテルの上でありましたね。先ほどまでそちらで挨拶回りして、お腹がすいたのでイタリアンで食事をしたところ。これからバーで飲み直すんですが、ご一緒にいかがですか?」
 
 「おい、直也」
 
 一緒にいた3つ揃えスーツのイケメンが彼を遮った。

 「匠。いいだろ、プライベートなんだからさ。今日くらい。クリスマスだぜ。お前とデートも飽きたよ」
 
 匠と呼ばれた彼は、呆れた顔をしてため息をついた。
 
 「じゃあ、俺は先に帰るよ」

 皐月が言う。
 
 「出来ればご一緒されませんか?私も友達と二人ですし、飲むくらいなら。その後はご一緒いたしませんから」
 
 ハッキリ言う。
 
 「ね?遙もいいでしょ?」
 
 今更、何。
 ここでイヤって言って、直也さんという人、原田取締役の取引先だったら無下にも出来ないでしょう。
 
 私もため息。小さく頷いて、返事する。

 「では、どうぞ」
 
 止まったエレベーターに率先して入っていく直也さんは扉を押さえて待っている。
 皐月と一緒にエレベーターへ乗り込む。
 
 男性用のすっきりした香水の香りがする。
 後から、匠さんも入ってきた。

 二人とも背が高い。180センチくらい?私の担当石井取締役より背が高い。
 私は160位だけど、皐月は165くらいはある。
 並んで丁度いいくらい、ヒールのある靴を履いてる。

 チンという音と共に、扉が開いた。
 毛足の長いジュータンにヒールが取られそうになった。

 すると、すっと横から手が伸びてきて、私の腕をつかんだ。
 
 「失礼」
 
 低い声で匠さんがそう言うと、私の腕をすぐに放した。

 顔を見上げて匠さんと目が合う。
 
 鼻筋のすっと通った顔に一重の目が私を見る。
 
 「……ありがとうございます」
 
 私の顔をじっと見つめている。
 
 「あの?」
 
 「いや、友人が無理矢理お誘いしてすみませんでした。少しだけ付き合ってやって下さい。目的はどうやら貴女のご友人のようですから。私達は少し同席すれば大丈夫でしょう」

 摩天楼のきらめく最上階のエデン。名前の通り、夜はキラキラしてまるで天国みたいだ。
 着飾ったカップルが窓際に座っている。
 
 肩を抱いている男性。腰に手を回している男性。
 あっちなんて……顔を寄せ合っている。

 今日はクリスマスイブ。
 男性連れでないと入る勇気はなかったけど、形ばかりは整った私達。
 ボーイに案内されて四人で座れる席に腰を下ろす。

 座って始めて、お互いの顔を見る。
 直也さんは、私の方をちらっと見た。
 
 そして、皐月へと視線は戻る。
 わかりやすい人だな。まあ、いいけど。

 匠さんは、携帯を見てる。
 要は、私に興味はない。どうでもいいのね。

 皐月は……うん?私を見てる?

 「今夜はクリスマスイブですし、楽しく飲みましょう。ただし、仕事の話はなしってことでいかがですか?」
 
 皐月が直也さんと巧さんを交互に見ながら言う。

 「もちろん、いいんじゃないでしょうかね。なあ、匠」
 
 「……そうしてもらえるとかえって助かる。その提案でここに居やすくなった」

 「……遙?」
 
 「うん。私も構いません。それで……」

 お酒をオーダーし、適当なつまみをいくつかお任せでお願いする。にこにこと当たり障りなく話を進めていく。
 直也さんという人は、こういう場に慣れているのだとよく分かった。

 「名前で呼んでもいいですか?それとも、名字を聞いた方がいいかな?」
 
 「いいえ、名前はこの段階で聞こえているからそれでいいんじゃないでしょうか」

 直也さんと皐月のふたりがどんどん話を進めていく。匠さんと私はだんまり。私は、化粧室へ中座した。

 すると、ホテルの化粧室を出たところで、男性から声をかけられた。
 
 独りではないと言ったが、お酒が入っているのか、聞こえていない。
 
 アップにした首筋に息がかかって、気持ち悪い。

 逃げようとしたら、またジュータンにひっかかり、腕を引かれてその人の胸の中へ。
 
 びっくりして、胸を押そうとしたら、横から腕を引っ張られた。

 驚いてみると、むっとした匠さんが私を背の後ろに隠した。
 
 「……彼女は俺の連れだが……」

 低い声で彼が言う。
 
 すると、その男性は彼を見てすぐにきびすを返していなくなってしまった。

 「俺もトイレに来たが、戻ったら君がいないと言われてね。遅いから見に来たら……間に合って良かったな」
 
 「……ありがとうございます。助かりました」

 「その服、背中からうなじが丸見えだ。気をつけた方がいい」
 
 バックにレース素材が使われているこのドレスは、別に肌をむき出しにしているわけではないが、私は後れ毛を直してくれる匠さんの手を見つめるしかできなかった。
 
 そのうち、席に戻ると匠さんと話すことが多くなった。

 「こういうところには、良く来るんですか?」
 
 「そうだな。仕事終わりなどに来ることが多い。女性連れはほとんどない」
 
 「本当ですか?なんか、意外です」
 
 「そういう君こそ、良く来るのか?」
 
 「私は今日で二回目です。ホテルのバーなんて、普段来られる身分ではないので」
 
 「ほう。でも秘書なんだろ、君の友達。君もそうじゃないのか?」
 
 「……そうですね。いえ、仕事の話はしない約束でしたよ」
 
 「そうだったな。すまない」

 「今日はクリスマスイブなのにお仕事とか、本当にお気の毒ですね。彼女さんは平気なんですか?」
 
 「そうだな。彼女がいたら、今頃ここにはいないだろう」
 
 「そういえばそうですね。え?お二人ともフリー?すごく意外」
 
 直也さんは誘い慣れてるのにフリー?
 ま、皐月も同じくらい不思議だろうけど。
 
 「匠さんは趣味とかあるんですか?」
 
 「ふ。お見合いか?」
 
 「いいじゃないですか、雑談ですよ」
 
 「そうだな。音楽が好きだな。聞くのも弾くのも好きだよ」
 
 「え?私も大好きです。何を弾くんですか?」
 
 「バイオリン。なんだ、その驚いた目。だから言いたくなかったんだ。大抵女性陣には退かれる」
 
 「とんでもない。私、大好きです。クラシック大好きなんです」
 
 「え?」
 
 「私もピアノやっていたので、オーケストラも好きです。ピアノコンチェルトも聴きますし……」
 
 「そうなのか?ピアノはあまり弾けないが、俺もピアノの音が好きだよ」
 
 「そうなんですね。……一度、聞いてみたいな。匠さんのバイオリン」
 
 「それはどうだろう。よく言うだろ、ギーコギーコと実はのこぎり音だったりしてね」
 
 「なるほど。それは、一度是非のこぎりかどうかを確認させてもらいたいわ。前世は木こりだったりして……」
 
 二人で顔を見合わせると声を出して笑ってしまった。

 直也さんと皐月さんは私達を見て、驚いた。
 
 「匠、盛り上がってるじゃないか。遙さんと気が合ったのか?」
 
 「遙、良かったね」

 「皐月ったら。そういうわけではないから……」 
 
 「……じゃ、どういうわけだ?」
 
 匠さんに睨まれる。え?どういうことよ?

 直也さんと、皐月はふたりで目を見合わせて私を見て笑っている。
 
 その後も匠さんと二人で話すことが多かった。
 好きな食べ物や好きな映画。
 まるで本当にお見合いみたいな雑談。
 
 でも、驚くほど気が合う。
 好きなモノが似通っているのだ。
 こんな偶然ってあるのね。
 
 でも、今日は仕事や名前も聞かない約束。
 とはいえ、ところどころ知られているところはあるのかな?
 直也さんは皐月のことを知っていたようだった。
 
 結局、携帯番号を交換することもなく、別れた。
 
 皐月たちも交換していないと聞いて驚いた。直也さん、あんなに乗り気だったのに不思議だ。

 「皐月、良かったの?」
 
 「何が?」
 
 「直也さんといい雰囲気だったでしょ。携帯アプリ交換しないで」
 
 「いいのよ。ちょっと軽い人だから私はパス。そういう遙こそ、結構いい感じだったでしょ」
 
 「そうね。とても気が合ったけど、見るからにハイスペックな感じで、ちょっと身分違い感満載」
 
 「確かに。身分違いとは思わないけど、匠さんは少しお金持ちそうね。直也さんがウチの取締役と知り合いということは、そういう役職だということよね、おそらく二人とも。ここに来る前の仕事のパーティーもそういう人達のパーティーだったんじゃないかしら」
 
 「皐月の目的は達したでしょ。とりあえずイケメンゲットして、美味しいお酒をただで飲んだし」
 
 「ふふふ。そういえばそうだった。想像以上だったわね」
 
 美味しいお酒とおつまみとイケメン。
 そして、すべて彼らが支払ってくれたので私達の懐はあたたかいままだった。
 
 直也さんが皐月をこのままにするとは思えなかったけど、私も匠さんとのお話は面白かったし、有意義な夜といえるだろう。

 エレベーター前で別れて、私達は客室へ、彼らはどこへいったのやら……。
 とにかく、忘れがたいクリスマスにはなったと思う。
 

 
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