君がたとえあいつの秘書でも離さない

花里 美佐

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新たな出会い

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 久しぶりに皐月と待ち合わせて、会社の帰りに食事をした。

 その時に、お互いいろんな心配事や気になることを話した。

 「ねえ、この焼き鳥香ばしくて美味しいね。つくねはどう?」
 
 相変わらず、食べ物にうるさい。

 「皐月。直也さんといるときもそんななの?」
 
 「そうね。最近はばれてきてるかな。大分猫かぶってたことは認める」

 「ふふふ。大丈夫なの?」
 
 「大丈夫なんじゃない。そうだ、堂本との取引に迷惑かけたんじゃないかと心配してたんだけど、どうやら別な取引で補填するらしい」

 小声で皐月が言う。
 「直也さんにはめられて、お父様にお会いしたの。私を紹介したかったんだろうけど、牽制されたの。私の実家と取引しないと付き合えないような関係なら別れてやってくれとか言われちゃった。そんなことお願いしてないし、正直にお話ししたらお父様が直也さんを叱ってた。堂本社長と蓮見社長との関係もあるから、息子が勝手なことすると色々問題なんでしょうね」

 「直也さんも皐月を手に入れることで頭がいっぱいだったのかもしれないけど、原田取締役とのこともあるし、責めるのはむずかしいわね」
 
 「そう。私のボスとは元々知り合いだったわけだしね。でも、蓮見社長はなんとかするって言ってた。堂本社長とは親しいだけじゃない関係だって」
 
 「そう。そうよね。現社長同士が今はトップなんだし」
 
 「そういうこと。遙のとこは、弘取締役が何を言おうと、石井にはまだ専務と社長もいるからね」
 
 「実はね、皐月。弘さんに告白されて、彼と別れろと脅迫された」
 
 「……そうなんだ、やっぱりね」
 
 「どういうこと?」
 
 「原田取締役も言ってたけど、弘取締役が遙のこと絶対好きなんじゃないかって。大切とかいう度合いを超えてるって。役員の間では噂になることもあったらしいよ。弟が秘書の遙に執着してるって言うようなことを兄の専務がぽろっと役員会議の後に雑談で残った人に話したらしくて」
 
 ……嘘でしょ。
 
 「ねえ、遙。気をつけた方がいい。距離感。手込めにするような人ではないと思うけど、どうしたって近くにいないといけないし」
 
 「わかってる。気をつけてはいるんだけど。普段はそういう素振り見せないで、突然変わったりするから、わからないの」
 
 「匠さんには言ったの?」
 
 「うん。なんか、気づいてた。恐ろしいことに」
 
 「え?」
 
 「抱きしめられてしまった日に会ったら、すぐに匂いでわかったって。弘取締役と高校時代から知り合いで、専務は同級生。よく知る仲らしくて」
 
 「匠さんらしいね。直也さんは素直だけど、匠さんは策士って感じ。遙はそんな匠さんでいいの?」
 
 「もう、彼以外は考えられないかな。趣味も合うし、いろいろと……」

 皐月はこちらを見ながら笑い出した。
 
 「遙。真っ赤になって可愛い。そうね、色々と合うならいいんじゃない?とにかく、会社同士はライバルだし、そこが問題よね」
 
 そう。知れたら会社で立場はなくなるだろう。
 でも、退社覚悟とまでは言えないけど、匠さんを取ると言う気持ちは決めてる。
 
 彼と一緒にいたい。できることなら、この先ずっと。
 彼もそう思ってるはず。なんとなくわかる。
 
 付き合うときからお互いリスクは承知の上。
 それでいて、相性がいいとわかったのに、別れられない。

 「そうだ。春樹と仲直りした」
 
 「あの子と別れたらしいね。結構噂になってた。あの子遙から略奪して大騒ぎしてたからね。馬鹿だよね」

 「……付き合ってるとき弘取締役に挑発されてたらしくて」
 
 「なんですって?ホントなのそれ?まさか、それが理由なの?」
 
 「そうらしいわ。彼の策略にはまったって言ってた。私、浮気されたとき春樹の言い訳全く聞かなかったから。彼も私のために今まで黙っていたって。でも危ないから気をつけろって言ってくれた。何かあれば助けるって」
 
 「……やばいよ、遙。想像以上にやばい人なんじゃないの?弘取締役って。裏側真っ黒だったりして」
 
 「やめてよ。私怖くて考えないようにしてるのに」

 皐月はじっと考え込むと、こちらを真面目な顔をしてみた。
 
 「遙。これはかなり気をつけた方がいいかもしれない。私も出来るだけのことはしてあげる。危ないときに私へ知らせる方法を考えよう。サインでもいい。目を三回続けてつぶるとか。すれ違ったときに教えてくれるか、内線連絡くれるか。防犯ブザーを持つとかさ。身を守る方法を考えるべきだよ。それと、匠さんにキチンと相談して、対処すべき。いつまでも取締役の秘書してたらだめだよ。やめた方がいい。秘書室長に相談したら?」
 
 「……今の大きな案件が終わらないとどうにもできない。堂本も関わってるし。刺激すると怖いし」
 
 「もっと早く相談してよ。どうして、こんなになってから、もう。これは、直也さんも味方につけてなんとかするしかない。原田取締役はどうしようかな。でも、あの兄弟には手も足も出ないか」
 
 「大丈夫。とにかく、気をつける」
 
 「気をつけるだけじゃなくて、何かあったとき連絡取れるようにしないとだめ。よし、とにかくサインを決めよう」

 そう言うと、例の瞬きサインやら、内線サインやら色々決められた。
 そして、弘取締役のやっていることは、セクハラだよと言われた。
 
 そうだね。同意のないそういう行為はセクハラだ。
 訴えていいレベル。証拠があればのことだ。

 ありがとう皐月。気が滅入ってたけど、救われた。
 春樹と言い、皐月といい、私は良い友人に恵まれている。
 

 今日は、午後から来る得意先のお客様へお持たせの贈り物を買うために日本橋へ。

 粕漬けが好物だという方なのだ。日本酒に合うから好きだとおっしゃる。

 早く行かないと、特定のものは売り切れる可能性があるので、開店から間がないうちに行く。
 暖簾の中は人だかり。
 
 ああ、今日も並んでいる。

 冷凍で取り寄せもあるが、やはり冷蔵で今日できたてを買えば賞味期限も長く、そしてすぐに食べられる。
 この、粕の香りもいい。好きな人にはたまらないだろう。

 やっと順番が巡ってきて、店員さんにお願いしようとショーケースを見た。

 え?ない?

 「あの。真鯛はないですか?」
 
 「ああ、真鯛でしたら、たった今最後の一切れが出ました。すみませんが、今日はもうありません。冷凍もないので申し訳ございません」
 店員が私の顔を見て、申し訳なさそうにする。常連なので、気を遣っているのだろう。

 見ると、横でその真鯛が包まれている。
 横の美しい女性が小さな声で答えた。

 「悪いわね。恐らく私が最後だわ」

 どこかでお会いしただろうか?そんな予感がするが、思い出せない。
 こんな美しい女性、忘れることはないだろうから気のせいかも知れない。

 「どちらかにお持たせで必要なのかしら?お渡ししないとまずいことになるの?」
 
 「いえ。早い者勝ちですからしょうがないです。お客様にもそのようにお伝えしますので。では、サワラと銀ダラを二匹ずつとホタテふたつをお願いします」
 
 「かしこまりました」

 その美しい女性は、白魚のような手で商品を受け取ると、私に向かって言った。
 
 「ごめんなさいね。私も真鯛が好きだと言う人の誕生日なので特別にお昼に焼いてあげようと思って。今日じゃなければお譲りしたんですけど」
 
 「いいえ。お気遣いありがとうございます。誕生日ですか。それは絶対購入されたほうがいいです」
 
 「いつもはね、予約しておくんだけど。喧嘩してたからすっかり忘れて当日購入。こんなに人気商品だとは知らなかった。一口もらおうかしら」
 
 「ええ、お酒のお供にもいいそうですよ。その方はどうやって召し上がっておられるのか分かりませんが」
 
 「主人は、ご飯のお供にしているわ。夜は外のことも多いから、昼はしっかり食べているの。息子も家にいたときは、二匹買っていてふたりで食べてたわね」
 
 「そうだったんですか」
 
 「あらやだ、ごめんなさい。すっかり立ち話してしまって」
 
 そう言うと、会釈をして暖簾を上げて出て行こうとする。
 
 「奥様、お持ち致します」
 
 暖簾のさきで、彼女の袋を手に取る男性。
 すると、そこには運転手の柿崎さんの姿が。

 「あ!」
 
 「……古川様」
 
 私達の声に驚いた彼女は再度私の方を振り向いた。
 
 「え?柿崎と知り合いなの?」

 私はどういうべきなのか、瞬時に判断できず、困った顔をしてしまったようだ。
 
 「柿崎。何か悪いことしているんじゃないでしょうね?こんな若いお嬢さん相手に」
 
 まずい、矛先が違う方へ向いてしまった。

 お店の人から声をかけられ、とりあえず会計をして、暖簾を出ると二人が待っていた。
 
 ふたりとも、にこにこ私を見ている。

 「すみません。知らなかったとはいえ、失礼を致しました」
 
 一応、頭を下げる。

 「匠の大切な人は貴女だったのね。嬉しいわ。会わせてちょうだいと頼んでいたのになかなか会わせてくれなかったのよ。匠に内緒で先に会えるなんて、ツイてるわ」
 
 え?どういうこと?
 
 「奥様、古川様が驚かれてますよ」
 
 柿崎さんが私を見ながら苦笑い。
 
 「ごめんなさい。ピアノ弾いているでしょ?あの子のところにこの間行ったら、珍しくバイオリンを練習してたの。びっくりしたわ。忙しいのに新しい曲を練習していて。私、どういうことかと問い詰めたら、どうやら貴女と連弾したかったのね。可愛いところがあるわ」
 
 「奥様、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。古川遙と申します。匠さんとは親しくさせて頂いています。たまに奥様のピアノもお借りしています。それと、私小さい頃奥様のリサイタル行ったことありました。ファンなんです。今度是非ピアノ聞かせて下さい」
 
 そうだ、見たことあると思ったのは、昔の記憶。そして、匠さんに似ているからだ。

 「ふふふ。まあ、可愛らしい方ね。是非うちにいらっしゃいな。いつでも聞かせてあげるわよ。今日は時間ないわよね?今度お約束しましょう。柿崎、連絡先お聞きしている?」
 
 「いいえ。でもお住まいは存じております」
 
 「柿崎さん、私の電話番号お知らせします」
 
 そう言って、名刺の裏に書く。
 
 それを柿崎さんにお渡しした。
 会社名が入っているのにうっかりしていた。
 そのことに後で気づいたが遅かった。

 「いつでも、ご連絡ください奥様。すみません、今日はこれで時間がないので失礼します」
 
 そう言うと、会社へ急いでもどった。

 
 二週間後の週末、マンションに呼ばれていったときは、お母様が待っていて驚いた。

 あの粕漬けの店でお会いして以来だった。
 楽しみにしていたのよと満面の笑みで迎えられ、彼はあっけにとられている。

 それから、お母様の珠玉のピアノを聞かせて頂き、お昼を頂くと今度は連弾。
 
 最後は彼とお母様のベートーヴェンのバイオリンソナタを聴かせて頂く。
 本当に楽しかったのだが、全く彼とふたりになれなかったので、消化不良になった。

 
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