君がたとえあいつの秘書でも離さない

花里 美佐

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覚悟

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 その日。
 結局忙しくしていて、あれ以上私のことについて話す時間はなかった。
 
 営業一課の担当として春樹から電話があった。
 取締役から言われたとおりに伝えて、電話を切った。
 
 春樹に気をつけてと言いたかった。
 メールで伝えようかと思ったけど、彼も勘がいいから私に何かあったとすぐに気づくだろう。
 
 私のために何かして彼が大変になったらそれこそ本末転倒。
 昼も食欲がなく、下のコンビニでプリンや菓子を買ってくる。
 
 空いた時間、無理矢理口に詰め込んだ。
 秘書業務は思った以上に体力を使う。
 
 そのせいで、食事をおろそかにするとハイヒールで走ったり出来なくなる。
 想像以上の肉体労働なのだ。
 
 ある程度のカロリーは取らないと倒れてしまう。
 そのうえ、神経を常にとがらせているから心労も半端ない。
 
 華やかな職種と思っている人には本当に勧めない。
 挙げ句の果てには、プライベートも縛りがあるということだ。
 
 私にしろ、皐月にしろ。相手を知られて調べられる。
 信用していないとかではない。恐らく危機管理。
 
 考えれば分かることなのだが、心が追いつかない。

 夜には匠さんからメールが来た。
 今度いつ会えるかという話。
 
 彼のスケジュールが詰まってきていて、なかなか時間がとれない。
 そんなことを言っていると会えないからと言われ、隙間時間にマンションへ来てくれと言う。
 
 夜なら家に帰るから会える、と。

 秘書仲間で彼がいる人は、相手が役員だとこういう付き合いになる人が多い。
 土日関係なく、夜も接待が多い。
 
 出張も多く、スケジュール変更も日常茶飯事。
 約束なんて、普通の人と同じ感覚でいると、破棄され続けて疲弊して別れる。
 
 結局、同棲するしかなくなったりして、自分を相手に捧げるしかなくなる。
 対等の付き合いなんて難しい。

 それでも……。愛していれば、その選択を辛いとは思わない。
 それしか方法がないなら、自分はそれを選択する。

 匠さんは、人柄もそうだが趣味も合うことがわかり、私はますます惹かれていくのが分かっていた。
 私が彼を想うのと同じくらい、彼も私を愛してくれていると思う。
 
 だからこそ、無理でもマンションへ行ってしまうのだ。
 誰かに見られないように。気をつけながら行く。

 仕事終わりに彼のマンションへ行った。
 しばらく土日も出張で会えない。
 
 平日はあまり来たくなかったが、会いたいという気持ちに蓋をできなかった。

 駅から彼のマンションへ歩いて行く。
 真っ直ぐ見通しのいい道だが、歩道を歩く私の横を車が後ろから来てライトがまぶしい。

 マンションのエントランスに止まった。
 すると、匠さんが降りてきた。
 その後、秘書の女性も一緒に降りた。

 私は、驚いて歩みが止まった。
 先に、匠さんがエントランスに入り、彼女は車の運転手に何事か言い、車がバックしてから方向を変えてこちらに向かってきた。

 車のライトがこちらに向いた。車を後ろから見ている秘書の彼女がこちらを見ている。
 
 じっと私を見ているような気がした。
 気のせいかも知れないが……。

 そして、きびすを返して、マンションへ入っていく。

 まさか、彼の部屋へ行ったの?

 私は彼の所に行くときは、部屋に着くまでその日に行くとは言わないようにしている。
 この仕事柄スケジュール変更が多いことも知っている。
 
 私が行くと分かっていると、優先順位を私にしてしまう。
 何か会社に迷惑をかけるようなことをしたくないからだ。

 一週間の予定をあらかじめ彼からもらい、大体予定が夜にないときに自分の予定と会えば行くようにしているのだ。
 そのほうが私も気が楽だ。

 今日は予定がないようだったから来たのだ。
 でも、彼女を連れて帰ってきたとしたら仕事のことかもしれないから、部屋へ行くのはやめようと駅に向かって歩き出した。

 五分くらい戻ったとき、携帯の着信音がした。
 見ると、匠さんだ。

 「……はい」
 
 「遙。今どこ?……うん?外の音がする。帰る途中?」
 
 「そうですね」
 ピーポーピーポー♪

 救急車が入ってきて、車が一旦止まっている。
 
 「……遙。うちの近くにいるだろ?うちへ向かってる?」
 
 「え?」

 「俺、今ベランダから外見ながら電話してた。俺が聞いてる音と同じ音が電話からしてる」
 
 「……」
 
 鋭い。
 でも、秘書の人はどうしたのかしら?

 「遙。なんで黙ってる?」
 
 「あ、あの。そうです。そちらに行こうかと思ったんですけど、秘書の方と一緒にマンション入るのが見えて、遠慮しようかと」

 「帰ってきたの、見てたのか?なんで電話してこない。勝手に想像するなよ。彼女はもう帰った」
 
 「え?同じマンションに入りましたよ」

 「ああ、書類を渡しただけだ。心配させてすまない。でも聞かないで帰るとかやめてくれよ」
 
 「そうですか。でも、見られない方がいいですよね」

 ガチャンと音がして、エレベーターホールの音が今度は電話口から聞こえた。
 
 「迎えに行く。動くなよ。わかったな。どの辺だ?」
 
 何を言っても無駄なような気がしてきた。
 
 「坂を下った辺りです。私、戻りますから……」

 電話から返事がない。え?切れちゃったの?
 すると、坂の上から手を振る匠さんの姿が見えた。
 どれだけ走ったの?早っ!

 「ハアハア……遙。見つけた。ここ下るから上ってこい」
 
 電話口から息せき切った彼の声。
 
 「……分かりました」
 
 そう言うと、電話を切って元の道をまた歩き出した。

 彼とマンションに戻ると、すぐにケイタリングのピザの案内を見せられた。
 食べたいものを言うと、すぐにオーダーし出した。

 先にシャワールームを借りて、さっぱりする。
 その間にピザが届いたようで、部屋に入るといい匂いがした。

 交代でシャワールームへ行く彼の代わりに、冷蔵庫にある残り物で簡単なスープを作る。
 ベーコン、タマネギ、ニンジン、インゲンなど入れてコンソメで味付ける。

 この間、私が持ってきたパセリの苗がキッチンになるので、それを少し収穫して切って入れた。
 いい香り。ドライのものより、生のほうがいい。

 テーブルに並べ終わった頃、彼が出てきた。

 「遙、また何か作ったのか?相変わらず器用だな。嫁さんにもらえたら最高だ」
 
 「そうですか?こんなもので最高なんて、匠さん食生活大丈夫?」
 
 「そうだな。大丈夫とは言いがたい。俺の健康のためにも一緒に暮らしたい。どう?」
 
 茶目っ気のあるウインクで私を誘惑する。
 
 「まだ、無理です。お付き合いをしていることを疑われて……」

 まずい。
 言わないようにしていたのに、誘導尋問に引っかかった。
 
 彼の髪の毛を拭く手が止まり、光る目が私を射貫いた。

 「やはりな。さっき、君を抱きしめたらうっすらと弘君の香水の匂いがした。前はこんなに強くなかった。何かあっただろ?だから今日来た?」

 どうしてこんなに鋭いの?
 私の周りにいる男性ってこんな人が多くて、本当に疲れる。
 
 「……」

 彼はすばやく服を着て、私をテーブルの前に座らせると、ワインを開けて私のグラスに入れた。

 そして、私にグラスを渡す。
 飲めというの?

 「とりあえず、一口入れろ。そんな、青い顔みたくもない」
 
 匠さんの吐き捨てるような声に驚いて、一口飲む。
 お腹がすいていたので、お酒が喉からお腹に染み渡るよう。
 もう一口飲んだ。
 
 「はあ」

 「遙。我慢はいい加減にするんだ。何でも言えって付き合ったときに言ったはずだ。何があった?」
 
 「今度の大きなお仕事。堂本コーポレーションと一騎打ちになるって。当社は弘取締役が担当するそうです。そして、こちらの担当は匠さんですよね?」
 
 匠さんは返事をしない。
 でも、否定もしない。

 「仕事の話はしないと約束したはずだが。それに言えば心配するだろ?」
 
 「この間、カフェで匠さんを見ていたのを知られて、秘書の方に助けられてから、匠さんとお付き合いしていると確信しているようでした。そして、自分の秘書が匠さんと付き合うなんて許せないと言われました。それに……」

 「それに、何だ。好きだと言われたのか?」
 
 「……え?どうして……」

 「抱きしめられたんだろ。だから、あんなに香水の匂いがするんだ。この間、君には俺のモノだと首の後ろにマークをつけて帰したのも、さては見破られたか。こんなことになるだろうと思ってマークをつけてやった。君のことを監視して、自分のものにしようとしているのに、俺が出てきて焦ったんだな。彼が俺を強敵だと認めた、と言うことだ。喜ぶべきかな」

 ワイングラスを回しながらつぶやいている。
 匠さん……こんな顔をすることがあるの……怖い。

 顔を上げてこちらを見た。
 光る目が相変わらず私を射貫く。

 「遙。心配するな。弘君の考えそうなことは先回りしている。仕事に関しては、まだ彼に負けるとは思えない。新参者の彼に遅れを取るようだったらこの会社も先がない。申し訳ないが、今回の入札もうちがもらう」

 すごい。オーラが出てきている。
 この人、こういう人だったのね。
 
 私、仕事の彼を知らなすぎた。
 私のボスも落ち着いていて、戦略家だけど、匠さんのオーラは自信からくる絶対的な何か。
 
 副社長だから?
 それだけではない気がする。

 だからといって、自分の会社が負けると言われるのもいい気がしない。
 私なんなんだろう。自分がよくわからない。

 すると、彼の手がピザを持ち上げて私の口の前にもってくる。
 
 「あーん」
 
 え?笑顔に戻った彼が優しい目で私を見てる。
 
 「早く口開けて、ほら」

 しょうがいないから、おずおずと口を開けると、餌付けする親鶏のようにうれしそうな顔をしてピザを私の口に入れた。
 
 「美味しいだろ?」
 
 「ふぁい。おいひいれす」
 
 口にいれたまま、話す。

 プッと笑って、食べ終わる私を見て、さらにピザを私の前に持ってくる。
 
 「早く開けて。入れたい」
 
 何なの、この人。
 口を開けて食べると、嬉しそうに私を見てる。

 悔しいから、彼の口にもピザを持って行く。

 あ、パカッと口が開いた。ピザを食べた。
 もぐもぐしてる。可愛い。
 
 彼の気持ちが少し分かった。
 また、ピザを上げようとしたら怒られた。

 「ダメだぞ、次は俺の番だからな」

 そうやって、バカップルのようにピザを食べっこして、スープを飲む。
 さっきの怖い雰囲気はどこかへ行ってしまった。
 
 「何を考えてる?俺以外を考える余裕がある?まだ足りないのか?」

 二週間ぶりの彼は、ソファで私にキスしながら抱きしめている。
 クラクラする。だけど、不安なの。
 彼の手が背中をさすっていたが、その手が今度はブラウスの下にはいりそう。
 せわしなく動き出した。

 彼の顔をじっと見る。
 夢中になっている彼は気づかない。

 私は彼の顔を両手で挟んで囲った。
 彼は、私をじっと見つめ返した。
 そしてキスをする。
 
 「大丈夫だ。何も心配いらない。遙の考えていることはなんとなくわかる。公私は別。今は完全なプライベート。そうだろ?」
 
 そう言うと、私を倒して覆い被さる。

 もう、だめだ。彼の術中にはまった。
 「さあ、遙。違う匂いはシャワーで落としたな。これから綺麗になるまで消毒しよう。二度と他の奴が触れないようにきちんともう一度印をつけてやる。俺の匂いだけにして帰るんだぞ」
 
 これで、今日も明け方帰ることになるだろう。

 
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