18 / 22
転機
しおりを挟む
椿姫を見た翌日くらいから、食欲がなくなった。
吐き気もある。
別れを覚悟したことで、身体が耐えきれなくなったのかもしれないと思った。
それでも、ここ二ヶ月で彼に会えなくて大分痩せたのだ。
月のものも止まっていた。体調が悪い日も多くて痩せたりしたので来ていないのだろうと軽く考えていたが、気づけば二ヶ月来てない。
嫌な予感がした。
急いで昼休み検査キットを購入し、会社で検査すると、陽性反応が出ている。
ひとりで抱えきれず、皐月を頼った。
「……遙。病院一緒に行こうか?」
「ううん。ひとりで行く。人目に付きたくないし」
「ねえ、匠さんに言うべきだよ。どんなに大変でも、これが本当なら別れるなんてダメだよ」
「……あのね、いずれ言う。今じゃない。会社を辞めてとりあえず姿を隠すわ」
「どうして?匠さんと一緒にいればいいじゃない。結婚すればいいんだよ」
「副社長解任は周りを納得させるため。それに、海外に行くらしいから私はついていかない。反省しているという姿を堂本の他の役員に見せて、取引先にわかってもらうためにも、私が行ったらダメなの。私は元凶の秘書だったんだよ」
「ねえ、遙は悪くないじゃん。おかしいよ?悪いのは取締役だよ。私が言ってあげる。社長に直談判してあげるよ」
「実は、石井専務の奥様が私のことを心配してくれてる。退社したら実家の会社に入れてあげると言ってくれたの。でも、こんな身体だし、お断りするけどその代わり私を隠してもらう場所を紹介いただくつもりなの」
「そんなことなら、うちの実家の会社を紹介するし、私がどこか探してあげるよ」
「だめだよ。皐月の実家は直也さんとも親しいからすぐにばれちゃう」
「わかった。どこに行ってもいいけど、私と連絡は必ずとってね。私に内緒でいなくならないで」
「馬鹿ね、皐月。このことだって、誰より先に貴女に相談してるでしょ。それだけはこっちがお願いしたいくらいよ。何かあったらお願いね」
「わかった。ご両親にはどうするの?」
「弟が司法試験で近々上京してくるの。あの子になら話せるから、味方になってもらう。弁護士目指すくらいだから多分大丈夫」
「あー、私、直也さんに黙っていられるかな。自信ないよ」
「皐月なら大丈夫。秘書でしょ。守秘義務はお得意のはず」
「……遙。ごめんね。もっと相談に乗れれば良かったのに。こんなに痩せるまで。病気じゃなくて良かったけど実は心配だった」
「ううん。皐月も立場上板挟みでつらかったでしょ。皐月の気持ちはわかってる」
翌日。
具合が悪いと言って休みをもらい、早速病院へ行った。
もう、妊娠三ヶ月になろうというところだった。
避妊はしていた。
お互いこの妊娠は予定外だ。
しかもこんな時に……。
でも、いい方へ考えれば匠さんとの関係はもはや切っても切れないところまで来たということだ。
赤ちゃん。きっと私のために来てくれたんだね。
今すぐはだめだけど。
時間をおいて、必ず……。
いずれ、必ずお父さんに逢わせてあげる。
でも、少しだけ待っててね。
お腹を撫でながらそうつぶやいた。
その日の夜、退職願をしたためた。
翌日、弘取締役に渡した。
体調不良を理由として。
デスクを叩く大きな音。立ち上がって大声を出した。
「何を言ってるんだ。辞めるなんて許さないよ。具合が悪いなら、療養休暇を認めるから休みたまえ」
「取締役。社長からお話しいってますよね?」
「……」
「社長には異動願を先に出してあります。もし、受け入れて頂けないなら退職するとお伝えしています」
「勝手なことをするな。君は俺の秘書だ。父には君をどうこうする権利はない」
やっぱりこうなった。
私はデスクの目の前で、めまいを起こした。
目の前のデスクにとっさに手をついて、しゃがむ。
「あっ」
「どうした?」
彼はデスクから出て、私の横に来ると、肩を抱いてソファへ誘導した。
「病院には行ったんだろ?何だったんだ?」
「まだ、検査中です。でも痩せすぎで、心因性も疑われて、環境を変えることも勧められました」
「……しばらく休めばいい。そうすれば落ち着く。匠さんも、君の前から近々消えるだろう」
信じられない。
そんなこと、軽く私の前で口にする。
この人の神経どうかしてる。
絶対一緒にいられないと決心できた。
「わかりました。とにかくしばらく休ませて下さい。今日からお願いします」
そう言うと、片づけて退社するふりをして、社長室へ。
「どうしたね、古川さん」
社長は私をソファに案内し、人払いをすると話すようにすすめてくれた。
結局、社長も弘取締役には手を焼いているのだ。
「社長、お願いがあります。今、弘取締役には退職願を出してきましたが、療養で休職するように言われました。実は昨日具合が悪く病院に行ってきましたが、あまり状態が良くないのと、環境を変えるべきと言われました。ご存じかと思いますが、公私ともに色々あり、心身共に限界です。弘取締役には内緒で退職とさせて下さい」
「君の希望は弘に伝えた。だが、案の定聞く耳を持たなかった。時間が必要だな……特に匠君が失脚することがわかったので、君を囲い込むつもりのようだ。私はこんなやり方で君の心を得るのは無理だと最初からあの子に言っていたのだがね。実は、堂本社長とは長い付き合いだ。同じ業種で今回のことは正直噂が想像以上に広まっていて、この業種へのイメージも一緒に悪くなってしまった。後悔しても遅いが、弘を止められなかった私が悪い。君の退職は認めるよ。身体に気をつけてくれ。退職金もきちんと支払うから、依願退職として処理するよ。あいつには内緒でね」
「ありがとうございます。取締役に内緒で姿を消したいので引っ越しもするつもりです。新しい連絡先は決まり次第お伝えしますが、振り込みなどは今まで通りでお願いします」
「わかった……古川さん、すまなかったね。こんなことになるとは……。君が素晴らしい秘書なのは隆も知っている。あいつも申し訳ないと言っていた。嫁までを巻き込んでしまって、今になって遅いがね」
良かった。分かって頂けた。
社長の気持ちも嬉しかった。
長い間この会社のために頑張ってきたつもり。
ご褒美をもらえて、すっきり辞められそうだ。
深々と頭を下げて、その場を後にした。
吐き気もある。
別れを覚悟したことで、身体が耐えきれなくなったのかもしれないと思った。
それでも、ここ二ヶ月で彼に会えなくて大分痩せたのだ。
月のものも止まっていた。体調が悪い日も多くて痩せたりしたので来ていないのだろうと軽く考えていたが、気づけば二ヶ月来てない。
嫌な予感がした。
急いで昼休み検査キットを購入し、会社で検査すると、陽性反応が出ている。
ひとりで抱えきれず、皐月を頼った。
「……遙。病院一緒に行こうか?」
「ううん。ひとりで行く。人目に付きたくないし」
「ねえ、匠さんに言うべきだよ。どんなに大変でも、これが本当なら別れるなんてダメだよ」
「……あのね、いずれ言う。今じゃない。会社を辞めてとりあえず姿を隠すわ」
「どうして?匠さんと一緒にいればいいじゃない。結婚すればいいんだよ」
「副社長解任は周りを納得させるため。それに、海外に行くらしいから私はついていかない。反省しているという姿を堂本の他の役員に見せて、取引先にわかってもらうためにも、私が行ったらダメなの。私は元凶の秘書だったんだよ」
「ねえ、遙は悪くないじゃん。おかしいよ?悪いのは取締役だよ。私が言ってあげる。社長に直談判してあげるよ」
「実は、石井専務の奥様が私のことを心配してくれてる。退社したら実家の会社に入れてあげると言ってくれたの。でも、こんな身体だし、お断りするけどその代わり私を隠してもらう場所を紹介いただくつもりなの」
「そんなことなら、うちの実家の会社を紹介するし、私がどこか探してあげるよ」
「だめだよ。皐月の実家は直也さんとも親しいからすぐにばれちゃう」
「わかった。どこに行ってもいいけど、私と連絡は必ずとってね。私に内緒でいなくならないで」
「馬鹿ね、皐月。このことだって、誰より先に貴女に相談してるでしょ。それだけはこっちがお願いしたいくらいよ。何かあったらお願いね」
「わかった。ご両親にはどうするの?」
「弟が司法試験で近々上京してくるの。あの子になら話せるから、味方になってもらう。弁護士目指すくらいだから多分大丈夫」
「あー、私、直也さんに黙っていられるかな。自信ないよ」
「皐月なら大丈夫。秘書でしょ。守秘義務はお得意のはず」
「……遙。ごめんね。もっと相談に乗れれば良かったのに。こんなに痩せるまで。病気じゃなくて良かったけど実は心配だった」
「ううん。皐月も立場上板挟みでつらかったでしょ。皐月の気持ちはわかってる」
翌日。
具合が悪いと言って休みをもらい、早速病院へ行った。
もう、妊娠三ヶ月になろうというところだった。
避妊はしていた。
お互いこの妊娠は予定外だ。
しかもこんな時に……。
でも、いい方へ考えれば匠さんとの関係はもはや切っても切れないところまで来たということだ。
赤ちゃん。きっと私のために来てくれたんだね。
今すぐはだめだけど。
時間をおいて、必ず……。
いずれ、必ずお父さんに逢わせてあげる。
でも、少しだけ待っててね。
お腹を撫でながらそうつぶやいた。
その日の夜、退職願をしたためた。
翌日、弘取締役に渡した。
体調不良を理由として。
デスクを叩く大きな音。立ち上がって大声を出した。
「何を言ってるんだ。辞めるなんて許さないよ。具合が悪いなら、療養休暇を認めるから休みたまえ」
「取締役。社長からお話しいってますよね?」
「……」
「社長には異動願を先に出してあります。もし、受け入れて頂けないなら退職するとお伝えしています」
「勝手なことをするな。君は俺の秘書だ。父には君をどうこうする権利はない」
やっぱりこうなった。
私はデスクの目の前で、めまいを起こした。
目の前のデスクにとっさに手をついて、しゃがむ。
「あっ」
「どうした?」
彼はデスクから出て、私の横に来ると、肩を抱いてソファへ誘導した。
「病院には行ったんだろ?何だったんだ?」
「まだ、検査中です。でも痩せすぎで、心因性も疑われて、環境を変えることも勧められました」
「……しばらく休めばいい。そうすれば落ち着く。匠さんも、君の前から近々消えるだろう」
信じられない。
そんなこと、軽く私の前で口にする。
この人の神経どうかしてる。
絶対一緒にいられないと決心できた。
「わかりました。とにかくしばらく休ませて下さい。今日からお願いします」
そう言うと、片づけて退社するふりをして、社長室へ。
「どうしたね、古川さん」
社長は私をソファに案内し、人払いをすると話すようにすすめてくれた。
結局、社長も弘取締役には手を焼いているのだ。
「社長、お願いがあります。今、弘取締役には退職願を出してきましたが、療養で休職するように言われました。実は昨日具合が悪く病院に行ってきましたが、あまり状態が良くないのと、環境を変えるべきと言われました。ご存じかと思いますが、公私ともに色々あり、心身共に限界です。弘取締役には内緒で退職とさせて下さい」
「君の希望は弘に伝えた。だが、案の定聞く耳を持たなかった。時間が必要だな……特に匠君が失脚することがわかったので、君を囲い込むつもりのようだ。私はこんなやり方で君の心を得るのは無理だと最初からあの子に言っていたのだがね。実は、堂本社長とは長い付き合いだ。同じ業種で今回のことは正直噂が想像以上に広まっていて、この業種へのイメージも一緒に悪くなってしまった。後悔しても遅いが、弘を止められなかった私が悪い。君の退職は認めるよ。身体に気をつけてくれ。退職金もきちんと支払うから、依願退職として処理するよ。あいつには内緒でね」
「ありがとうございます。取締役に内緒で姿を消したいので引っ越しもするつもりです。新しい連絡先は決まり次第お伝えしますが、振り込みなどは今まで通りでお願いします」
「わかった……古川さん、すまなかったね。こんなことになるとは……。君が素晴らしい秘書なのは隆も知っている。あいつも申し訳ないと言っていた。嫁までを巻き込んでしまって、今になって遅いがね」
良かった。分かって頂けた。
社長の気持ちも嬉しかった。
長い間この会社のために頑張ってきたつもり。
ご褒美をもらえて、すっきり辞められそうだ。
深々と頭を下げて、その場を後にした。
22
あなたにおすすめの小説
妖狐の嫁入り
山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」
稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。
ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。
彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。
帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。
自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!
&
苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る!
明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。
可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ!
※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
腹黒外科医に唆された件~恋人(仮)のはずが迫られています~
有木珠乃
恋愛
両親を亡くし、二人だけの姉妹になった一ノ瀬栞と琴美。
ある日、栞は轢き逃げ事故に遭い、姉の琴美が務める病院に入院することになる。
そこで初めて知る、琴美の婚約者の存在。
彼らの逢引きを確保するために利用される栞と外科医の岡。
「二人で自由にならないか?」を囁かれて……。
花も実も
白井はやて
恋愛
町で道場を営む武家の三男朝陽には最近、会うと心が暖かくなり癒される女性がいる。
跡取り問題で自宅に滞在したくない彼は癒しの彼女に会いたくて、彼女が家族と営む団子屋へ彼は足しげく熱心に通っているのだが、男と接客している様子を見ると謎の苛立ちを抱えていた。
【完結】いくら溺愛されても、顔がいいから結婚したいと言う男は信用できません!
大森 樹
恋愛
天使の生まれ変わりと言われるほど可愛い子爵令嬢のアイラは、ある日突然騎士のオスカーに求婚される。
なぜアイラに求婚してくれたのか尋ねると「それはもちろん、君の顔がいいからだ!」と言われてしまった。
顔で女を選ぶ男が一番嫌いなアイラは、こっ酷くオスカーを振るがそれでもオスカーは諦める様子はなく毎日アイラに熱烈なラブコールを送るのだった。
それに加えて、美形で紳士な公爵令息ファビアンもアイラが好きなようで!?
しかし、アイラには結婚よりも叶えたい夢があった。
アイラはどちらと恋をする? もしくは恋は諦めて、夢を選ぶのか……最後までお楽しみください。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―
鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。
そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。
飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!?
晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!?
笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ!
○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる