君がたとえあいつの秘書でも離さない

花里 美佐

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転機

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 椿姫を見た翌日くらいから、食欲がなくなった。
 吐き気もある。

 別れを覚悟したことで、身体が耐えきれなくなったのかもしれないと思った。
 それでも、ここ二ヶ月で彼に会えなくて大分痩せたのだ。

 月のものも止まっていた。体調が悪い日も多くて痩せたりしたので来ていないのだろうと軽く考えていたが、気づけば二ヶ月来てない。
 嫌な予感がした。

 急いで昼休み検査キットを購入し、会社で検査すると、陽性反応が出ている。
 ひとりで抱えきれず、皐月を頼った。

 「……遙。病院一緒に行こうか?」
 
 「ううん。ひとりで行く。人目に付きたくないし」

 「ねえ、匠さんに言うべきだよ。どんなに大変でも、これが本当なら別れるなんてダメだよ」
 
 「……あのね、いずれ言う。今じゃない。会社を辞めてとりあえず姿を隠すわ」

 「どうして?匠さんと一緒にいればいいじゃない。結婚すればいいんだよ」
 
 「副社長解任は周りを納得させるため。それに、海外に行くらしいから私はついていかない。反省しているという姿を堂本の他の役員に見せて、取引先にわかってもらうためにも、私が行ったらダメなの。私は元凶の秘書だったんだよ」

 「ねえ、遙は悪くないじゃん。おかしいよ?悪いのは取締役だよ。私が言ってあげる。社長に直談判してあげるよ」
 
 「実は、石井専務の奥様が私のことを心配してくれてる。退社したら実家の会社に入れてあげると言ってくれたの。でも、こんな身体だし、お断りするけどその代わり私を隠してもらう場所を紹介いただくつもりなの」

 「そんなことなら、うちの実家の会社を紹介するし、私がどこか探してあげるよ」
 
 「だめだよ。皐月の実家は直也さんとも親しいからすぐにばれちゃう」

 「わかった。どこに行ってもいいけど、私と連絡は必ずとってね。私に内緒でいなくならないで」
 
 「馬鹿ね、皐月。このことだって、誰より先に貴女に相談してるでしょ。それだけはこっちがお願いしたいくらいよ。何かあったらお願いね」

 「わかった。ご両親にはどうするの?」
 
 「弟が司法試験で近々上京してくるの。あの子になら話せるから、味方になってもらう。弁護士目指すくらいだから多分大丈夫」

 「あー、私、直也さんに黙っていられるかな。自信ないよ」
 
 「皐月なら大丈夫。秘書でしょ。守秘義務はお得意のはず」

 「……遙。ごめんね。もっと相談に乗れれば良かったのに。こんなに痩せるまで。病気じゃなくて良かったけど実は心配だった」
 
 「ううん。皐月も立場上板挟みでつらかったでしょ。皐月の気持ちはわかってる」

 翌日。
 具合が悪いと言って休みをもらい、早速病院へ行った。
 
 もう、妊娠三ヶ月になろうというところだった。

 避妊はしていた。
 お互いこの妊娠は予定外だ。
 しかもこんな時に……。
 でも、いい方へ考えれば匠さんとの関係はもはや切っても切れないところまで来たということだ。
 赤ちゃん。きっと私のために来てくれたんだね。
 今すぐはだめだけど。
 時間をおいて、必ず……。
 
 いずれ、必ずお父さんに逢わせてあげる。
 でも、少しだけ待っててね。
 お腹を撫でながらそうつぶやいた。

 その日の夜、退職願をしたためた。
 
 翌日、弘取締役に渡した。
 体調不良を理由として。

 デスクを叩く大きな音。立ち上がって大声を出した。
 
 「何を言ってるんだ。辞めるなんて許さないよ。具合が悪いなら、療養休暇を認めるから休みたまえ」

 「取締役。社長からお話しいってますよね?」

 「……」

 「社長には異動願を先に出してあります。もし、受け入れて頂けないなら退職するとお伝えしています」

 「勝手なことをするな。君は俺の秘書だ。父には君をどうこうする権利はない」

 やっぱりこうなった。
 
 私はデスクの目の前で、めまいを起こした。
 目の前のデスクにとっさに手をついて、しゃがむ。

 「あっ」

 「どうした?」

 彼はデスクから出て、私の横に来ると、肩を抱いてソファへ誘導した。

 「病院には行ったんだろ?何だったんだ?」

 「まだ、検査中です。でも痩せすぎで、心因性も疑われて、環境を変えることも勧められました」

 「……しばらく休めばいい。そうすれば落ち着く。匠さんも、君の前から近々消えるだろう」

 信じられない。
 そんなこと、軽く私の前で口にする。
 
 この人の神経どうかしてる。
 絶対一緒にいられないと決心できた。

 「わかりました。とにかくしばらく休ませて下さい。今日からお願いします」

 そう言うと、片づけて退社するふりをして、社長室へ。

 「どうしたね、古川さん」
 
 社長は私をソファに案内し、人払いをすると話すようにすすめてくれた。
 
 結局、社長も弘取締役には手を焼いているのだ。
 
 「社長、お願いがあります。今、弘取締役には退職願を出してきましたが、療養で休職するように言われました。実は昨日具合が悪く病院に行ってきましたが、あまり状態が良くないのと、環境を変えるべきと言われました。ご存じかと思いますが、公私ともに色々あり、心身共に限界です。弘取締役には内緒で退職とさせて下さい」

 「君の希望は弘に伝えた。だが、案の定聞く耳を持たなかった。時間が必要だな……特に匠君が失脚することがわかったので、君を囲い込むつもりのようだ。私はこんなやり方で君の心を得るのは無理だと最初からあの子に言っていたのだがね。実は、堂本社長とは長い付き合いだ。同じ業種で今回のことは正直噂が想像以上に広まっていて、この業種へのイメージも一緒に悪くなってしまった。後悔しても遅いが、弘を止められなかった私が悪い。君の退職は認めるよ。身体に気をつけてくれ。退職金もきちんと支払うから、依願退職として処理するよ。あいつには内緒でね」

 「ありがとうございます。取締役に内緒で姿を消したいので引っ越しもするつもりです。新しい連絡先は決まり次第お伝えしますが、振り込みなどは今まで通りでお願いします」

 「わかった……古川さん、すまなかったね。こんなことになるとは……。君が素晴らしい秘書なのは隆も知っている。あいつも申し訳ないと言っていた。嫁までを巻き込んでしまって、今になって遅いがね」

 良かった。分かって頂けた。
 社長の気持ちも嬉しかった。
 
 長い間この会社のために頑張ってきたつもり。
 ご褒美をもらえて、すっきり辞められそうだ。

 深々と頭を下げて、その場を後にした。

 
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