君がたとえあいつの秘書でも離さない

花里 美佐

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雲隠れ

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 仕事を辞めて、三日後。

 彼から連絡があった。
 逢いたいという。

 来週、正式に副社長を解任されて、海外支社へ転勤という形になるそうだ。

 体調が良くないと伝えたら、匠さんがマンションに来てしまった。

 「遙。会社を休職しているのか?」

 「どうしてそれを?」

 「もちろん、調べればわかることだが、嫌みたらしく弘君が連絡をよこしてね。転勤のことを栄転といって連絡してきたよ。その時に君が体調を崩して休職していると言っていた。俺が知らないのを嬉しそうにしてたな」

 信じられない。相変わらずやり方が最低。

 「痩せたからな……病院は行ったのか?身体、大丈夫か?」

 「うん、休めば大丈夫。心因性もあるから。あの人から離れれば良くなるわ」

 匠さんは、私をぎゅっと抱きしめた。

 「遙。俺はアメリカ支社へ異動になる。結婚しよう。アメリカへ一緒に行ってくれ」
 
 そう言うと、ポケットから指輪ケースを出して、開けて見せた。
 すごい、ダイヤモンドが見える。
 キラキラしてる。

 私の返事もきかないで、左手をつかむと薬指に指輪を入れてしまう。

 「良く似合う。ピッタリだ」

 「匠さん。ありがとう。気持ちは嬉しい。でも、ついて行けない。それに、すぐには結婚できないわ」

 「遙。何も気にするな。大丈夫だ」

 「ねえ、どうしてこういうことになったと思う?私のことが遠因にあるのも貴方の会社では知られているはず。降格されて海外に左遷されるあなたが、そんな私を連れて行ったり、結婚するなんて……反省していないのかと皆思うわよ」

 匠さんは、何も言わずまた私を抱き寄せた。

 「気にするなと言っただろ、遙。仕事は別になんとでもなる。会社は俺がいなくてもなんとでもなる。でも、お前はひとりしかいなくて、心配で置いていくなんて絶対にできない」

 彼の腕の中から出て、じっと目を見て真剣に話した。

 「しばらく時間をおきましょう。私も貴方以外の人は考えていない。先にアメリカへ行ってちょうだい。私も会社を辞めて、体調が良くなり次第追いかけるから。待っていて欲しいの」

 「遙。婚約してくれるな?この指輪をずっとしていると約束しろ」

 彼に抱きついて返事した。

 「ええ。婚約します。いずれ、貴方の元に行きます。でも、うちの両親には何も言わないで。私はあなたと付き合っていることも言っていないの。信用してないからじゃない。何があるか分からないと付き合い始めたときから思っていて、両親には心配かけたくなかったから。今の状態で婚約なんて、絶対反対される。わかるでしょ?」

 「遙なしで海外に行くのか?いつ、追いかけてくる?心配で仕事が手に付かない」

 「馬鹿ね。大丈夫よ。私のこと知ってるでしょ」

 「柿崎を残して行くから、何かあればあいつに連絡しろ。いいな」

 「はいはい。身体に気をつけてね」

 「それは、遙だろ。もう、会社には行くなよ」

 「もう、どうしちゃったの?過保護なお父さんみたい」

 「うるさいぞ。お父さんでも何でもいい。あー、心配だ」

 「よく言うわよ。最近まで連絡絶ってた人が何を言うのかしらね?」

 「……すまない。遙。本当にすまない」

 「だから、今度は貴方の番よ。しばらく、連絡がなくても我慢して、私を信じて待っていてね。そうやって私も貴方を待っていたんだから」

 「わかったよ。君にはかなわないな」

 ポンポンと彼の頭を母親のように撫でてあげる。
 私の肩に顔を乗せて、じっとしている。

 とりあえず、ごまかせたみたい。
 普段なら、絶対無理。察知されそうだけど。
 
 今日はプロポーズしに来てくれたんだから、匠さんなりに色々考えていたんだろう。
 いつもと違う緊張感が彼を包んでいるのに気づいていた。
 
 私も本当はこんな気持ちでプロポーズを受けたくなかった。
 でも、お父様の話からなんとなくこうなるのは予測していた。

 そして、私の返事も前もって考え抜いた結果。
 どうしてこんなふうになってしまったの。

 妊娠したところで、それも知らせずにプロポーズを受ける。
 婚約はすると口約束。そして、距離を置く。

 こんなはずじゃなかったよね。
 ごめんね、赤ちゃん。

 そして、ごめんなさい。匠さん。
 
 とりあえず、彼が離日するまではここにいる。
 
 匠さんは翌週、アメリカへ発った。
 そう、その前にお母様から連絡が来て、気にしないで匠について行けと言われた。
 
 嬉しかったけど、しばらく休みたいと伝えたら、わかって頂けた。
 気持ちも身体も元通りになったら一度遊びに来てちょうだいと言われた。

 
 退職の手続に関する書類が会社から送られてきた。
 記入をして親展で人事部長へ送る。
 
 それから専務の奥様、さくらさんへ連絡した。

 事情を説明し、体調不良ですぐには転職はできないこと、できるなら弘さんから身を隠したいこと。
 いずれ、清水物流でお世話になるかも知れないので、関東のどこかの支社の近くに住まいを移したいこと。
 身を隠すので口裏を合わせて欲しいことなどわがままだがお願いしてみた。

 すると、すぐに心配しないで任せてくれと連絡が来た。
 どうやら、清水物流のお父様が力になって下さるとのこと。

 お父様は自殺未遂したときに、匠さんが誠心誠意謝ってくれたことや堂本社長にも恩があるという。
 また、隆専務や石井社長のことを今回のことで見限っていて、場合によっては離婚しろと言っているらしい。

 私は一応、さくらさんのいとこという扱いになった。
 名前も、お父様のご実家の清水を名乗る。会社での名前は清水遙香。
 
 そして、マンションも清水遙香の表札だが、契約者は清水物流の社長。
 今すんでいるところは、住所転居届けを出すことでどうだろうと提案された。

 場所は茨城の水戸はどうかと言われた。
 水戸に支社があるらしい。

 引っ越しを迷っていたら、試験前に望が来た。
 ここから試験に行く。

 弟を信頼して、とりあえず事情を全部話して、相談した。
 望は割と冷静に聞いてくれたが、妊娠しているとわかると豹変した。

 「姉さん。正直名義を他人にするとか法律に触れそうなことやめなよ。俺、これでも弁護士目指してるんだから」
 
 「……確かに。ごめん」
 
 「それから、妊娠はリスクありすぎる」
 
 「え?」
 
 「俺と同居しよう」
 
 「は?」
 
 「その、水戸のマンションとりあえず俺と同居しよう。こっちに越してくるから。名義は俺でいいよ」
 
 「ちょ、ちょっと待ってよ、望。あんた自分の学校やバイトは?」
 
 「それはどうとでもなる。今、パソコンさえあれば予備校の授業はどこでも受けられる。バイトも試験入ると休むこと伝えてたし」
 
 「望!」
 
 「姉さんの出産までは俺の合格が決まったとしても司法修習まで時間があるから大丈夫。だいたいさ、その匠さんの秘書とか堂本社長とかも鋭そうだから、すぐにばれると思うよ。石井取締役にもね。その時姉さんを守るヤツが必要だよ。まあ、弁護士目指すくらいだから口は結構達者な方だと思う。あと、バイトでパラリーガルしてるから、そこの弁護士も頼りになるよ。任せてよ」
 
 「……気持ちは嬉しいけど、父さん達はどうやって説得するの?」
 
 「そうだな。とりあえず、姉さんが転職してこっちに越してくるから家賃を浮かせるためにも同居すると言う。親は安心する。姉さん、異性関係隠してるの親は気づいてるからな。帰るたび綺麗になってるから父さん気づいてる」
 
 「……」
 
 望。おまえは……。
 確かに口も達者だし、頭も回ることは認めよう。
 
 「しかし、姉さんやるねー。まるでドラマみたいじゃん。いやいや、勉強になるねー」
 
 「何なのよ、望」
 
 ニヤニヤしていたと思うと、真面目な顔をしていった。
 
 「姉さん。俺が匠さんだったとして、いつまでも内緒にされたらきっとキレるよ。出産前には連絡すべきだよ。そのなんたら物流で働く必要ないだろ。大体、子供がいるってわかったら、堂本社長だって考え変えるよ。とりあえず、その前のボスが大人しくなったらすぐに連絡した方がいい」
 
 「わかった。いつになるかは今はわからないけど。確かにそうだね」
 
 「そうそう。出産は既婚者かどうかも重要なんだからね」
 
 「……わかってます」
 
 「どうだか?姉さん、妊娠して色々ありすぎて、頭の中飽和状態だろ。いつものキレがない」
 
 「……」

 褒められてるのか、けなされているのかわからない。
 あっという間に望はうちに越してきて、一緒に引っ越しを手伝った。

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