美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐

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第一章

美しい彼

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 つぼみがふくらんだ桜並木。もうすぐこの有名な地域に本格的な春が来る。

 由緒ある高級住宅街が広がるノースエリアの入り口には門があり、24時間守衛が常駐している。そのチェックを受けないとこのエリアには入れない。皆の憧れるセレブリティが多く住みたがるのもそういったプライバシーや安全への配慮があるからに他ならない。

 その門を抜けると南側へ向かって櫻並木の大通りがある。通称櫻坂。うちの店は櫻坂を少し下り、東へ通りを一本入ったところにある。もう少し奥まで行くと有名なレストラン兼宿泊施設のあるオーベルージュがある。近くには有名な呉服屋さんや美容院、宝石店なども軒を連ねる。それらの店の多くは大抵ノースエリアのお客様が常連だ。古くからの有名店が軒を連ねる。

 その中に埋もれるように小さな花屋『ブラッサムフラワー』がある。私、清水さくらの叔父夫妻が経営する店だ。叔父のお母さまの代からある二代目の花屋だ。特に有名店ではないが、昔からここにある。正直、ここには合わないかもしれないといつも思う。

 サウスエリアにはビジネス街が広がっている。海に面したサウスエリアには船も停泊している。都内からは二時間くらいのこの地域は憧れの場所で、元からの富裕層はもちろん、ビジネスで成功した人が住みたい地域でもある。

 私の家族は両親と五つ違いの弟だ。父の仕事の関係で皆海外に住んでいる。私だけ、高校入学時に日本へひとり帰国した。母の妹である叔母の家でお世話になっている。その頃から店番をしながら、叔父夫妻に花のことを教えてもらってきた。

 高校からこの店で育ち、花を使った仕事をすることに迷いは全くなかった。専門学校卒業したころ、作ったアレンジを認めてもらったことがきっかけで、名取フラワーズという、国内でも三本の指に入る大きなフラワーアレンジの会社に就職した。

 叔父は一年前から身体を壊し、東地区の総合病院へ入院中だ。叔母は具合の悪い伯父のため病院に行くことが多くなった。

 叔母がひとりで店と看病を両立できなくなり、私は叔母を助けるため、名取社長に頼んで半年前から会社を休職扱いにしてもらった。それ以降、店番は私が中心だ。

 小さなトラックが入ってきた。叔母が運転している車だ。サウスエリアの港に入る船はたくさんあるが、週に一度たくさんの園芸用品や花を仕入れてくれる船がある。

 船から降りた港の倉庫で花たちはセリにかけられ、この地域の花屋のほとんどがそのセリに参加する。

 叔母が今日はそこにでかけているのだ。叔母には古くからなじみの店の友達も来るので、看病で疲れている叔母にとっては気を紛らわす楽しい時間でもあるのだ。

「さくら、今日はミモザにチューリップ。それにあなたの好きなフリージアも入っていたわ。もう春ね。櫻坂の桜のつぼみも大きくなってきたわ」

「おばさん、お疲れ様。花を店に入れるのは私がするから少し休んでちょうだい」

「そう?じゃあ、お願いしようかしら。春はなんだか眠いわねえ」

 あくびをした叔母は生花だけ先に冷蔵室へ運ぶと、鉢花や土、園芸用品や薬、土などを残して母屋へ入った。

 さくらはチューリップの球根が3つずつ植わった6号鉢を持ち上げるとカートに乗せずそのまま運んだ。

「咲いたー咲いたーチューリップの花があ、なーらんだー、なーらんだー、赤、桃、紫ー♪」

 すると、クスッと笑う声がする。後ろを見ると薄いブルーのサングラスをかけた背の高い若い男性が立っていた。

「あ、いらっしゃいませ……」

「綺麗な色だな。そうか、この花色が『赤、白、黄色』じゃなかったわけだな」

 恥ずかしい、歌を聞かれた?そう、この鉢の三色は今つぼみで赤、桃、紫色なのだ。私はエプロンの前についた土を後を向いてたたき落とすと、彼に言った。

「はい……そうです。下手な歌をお聞かせしてお恥ずかしい……」

「いや、何とも言えない味のある歌だったよ。楽しそうな仕事ぶりで見ていてすがすがしいよ」

 うーん、さすがに恥ずかしすぎる。彼は真っ赤になった私を笑いながら見ている。

 サングラスをかけていても絵になる人っているのね。俳優さんかしら?さすが高級住宅地であるノースエリアも近いので、会社の重役や芸能界の方もおられるのだ。

「……あの?何かお探しでした?」

 少しためらうような表情で彼は言った。

「楽屋におけるようなアレンジの花を頼みたいんだが……」

「はい。ご予算とご希望のお花があればお作り致しますが……」

「うん……そうだな。あの、少し相談したいんだ」

「はい」

 彼は周りをキョロキョロと見渡して、店へ入っていく。そして、アレンジの目安にしてもらうために作っている花かごなどを見ている。

「実は昨日母から聞いたんだが、赤いカーネーションを母の日に贈るのは『母への愛』などの意味があるそうだね。色が違うともダメらしいと初めて知ったよ」

「はい、そうですね。黄色はあまりよくないと思います」

「つまりだな……そういう花言葉を使いたいんだ。相手にこれからも友人でいたいという気持ちを入れることが出来る花ってある?」

「バラは十三本で『永遠の友達』という意味があります。そして、色はオレンジなら『絆、信頼』という意味が強くなります。あとはそうですね、ここにある季節の花でフリージア。これは命名した人が友人の名前をモチーフにしたくらいで『親愛の情、友情』という花言葉です」

「そういう友情という意味を入れた花言葉のものを集めてアレンジしてもらえる?」

「いいですけど、お相手がその意味をわからないと何の効力もないと思いますよ。お花をもらうと嬉しくて、意味など考えず、逆の意味に取る女性も結構いると思います」

「その人は舞台女優なんだ。花ならきっともらい慣れてるから花言葉とか知っているような気がするんだ」

「直接、お気持ちを伝えづらいのですか?」

「伝えたよ」

「は?」

「断ったんだ。それでも、仕事上やその他もろもろで付き合いを断つことができない。そうすると……困ったことにあちらは諦められないと言うんだ。でも、何度顔をあわせても求められる関係にはなれない。だからね、困っているわけだ」

 サングラスを外して目尻をもんだ。そしてさくらを見た。さくらは驚いた。俳優さんみたいに整った顔。もしかして俳優?

「何?」

「あ、お客様って俳優さんでしたか?私そういうの詳しくなくて……お店にもノースエリアにお住まいのそういったお客様が結構いらっしゃるのに、私ったらそういうのに疎くて、全然気がつかないからご機嫌悪くされるお客様が結構いらっしゃるので……すみません」

「いや、違うけどなんで?」

「それはその、なんかそう思ったんですよ。そういう雰囲気があるとか言われません?」

 ため息をついている。さくらは思った。この人こういうこともしかして言われ慣れてる?

「俳優ではないけど、まあ、人前に立つこともあるからかな?えっと、注文は大丈夫かな。夕方までに欲しいんだ」

「では、オレンジのバラと黄色のフリージアを中心に入れましょうか。あと、ミモザも『友情』のほかに『エレガンス』という意味もあるので女優さんにはいいです。多めに周囲はグリーンや白を取り入れて、清楚に仕上げます」

「このチューリップは?今たくさんあるだろ?そこに切り花もあるじゃないか」

「正反対になりますよ。『愛の告白』になっちゃう。赤いバラもそうですよ」

「そ、そうだったのか。いや、まずいな。色々知らずに今まで椎名が全部気をつけてやってくれていたのか……」

「……は?」

「いや、こっちのことだ。それでお任せするよ」

「金額は?」

「かごの大きさは、あれくらいで。イメージ通りにやってくれれば、花の値段によっては金額があがっても構わない。そちらにお任せするよ」

「メッセージカードやリボンの色は?」

「カードはいらない。リボンの色はそちらに任せるよ。花色などとのバランスでなんとでもしてほしい」

「わかりました。では、こちらの予約表をご記載くださいませ」

 彼は綺麗な字で『神崎 蓮』と書いた。ん?もしかして……。私は帳簿をめくり、見つけた。

「神崎様って、もしかしてあの……」

 すると、微笑みを浮かべた彼が答えた。

「もしかすると、俺の名前や会社名で椎名が注文していたことがあったかもしれない。うちはここで花は必ず頼むと教えられたからね」

「神崎造船の神崎佑様と、神崎蓮様のお名前でいつもご注文をちょうだいしておりました。毎度当店を御贔屓頂きありがとうございます」

 さくらは勢いよく頭を下げた。毎回数万円の注文をしてくださるお客様で大口の取引先だ。眼鏡をかけたスーツを着た男性がいつもご注文にいらっしゃる。確か椎名様という方だ。予約に名前が書かれている。

「父の名前での注文が多いかもしれないな。椎名は家の方の仕事が多いからね。そうだ、母にもせっかくだから花束を今作ってもらえるかな?」

「もちろんです。どのような感じに致しますか?」

「バラが好きなんだ。バラでお願いしようかな」

「ピンクの感謝、ホワイトは尊敬、紫は気品など意味します。赤は愛を意味しますが、どうしましょう?」

「じゃあ、赤以外でお願いしようか」

「かすみ草は幸福と感謝を意味します。それでまとめましょうか?あと周りはサービスで私がいいと思うものを入れておつくりしますね」

 高貴なイメージのあるパープルとピンクを主体にして雰囲気のいい花束をお作りした。

「なかなかいいね。これなら母は喜びそうだよ。そういえば、ここは君の店なの?」

「いえ、叔父の店です」

「そうだったんだ。じゃあ、ふたりでやってるの?」

「はい。今は叔父身体を壊していて、叔母とふたりでやってます」

「それは大変だろう。重たいものもあるだろうし、男性の力がないとなかなか……」

「そうですね。だから、あまり大きいものは扱わないようにしています」

「無理しないで頑張って。じゃあ、夕方四時くらいまでに頼むよ」

「はい……必ずお作りしておきます。ありがとうございました」

 綺麗な笑顔を残して彼は去って行った。

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