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第一部 無能聖女編
5. 失敗ポーションは苦いです
しおりを挟むその後私たちは、そのまま離れの掃除をすることになった。まずは自分が住むことになる場所を整えなくてはならない。
ジェーンさんは、後でまた様子を見に来ると言い残して、母屋へと戻っていった。
「さて、じゃあ時間がかかることからやっていこっか。まずは、寝具の洗濯からね」
「おう。洗剤類はこっちか。水も、魔道具で出せるみたいだな」
「洗濯物は、庭の裏手に干していいって言ってたね。よく晴れてるから、今洗えば夜寝るまでには乾きそう」
アンディに手伝ってもらいながら、シーツを洗って干し、洗えない物は外に持って行って埃を払う。
使うことにした部屋は、一階にある小部屋だ。
一階には、その部屋の他にも大部屋が一つあるので、小部屋の掃除が終わり次第そちらも綺麗にしたい。
そして、いずれ全ての部屋を使えるようにしたいと思っている。
寝具を干している間に、室内を掃除していく。
動かせる家具は大部屋の方へ一度移動させ、動かせない家具や窓の埃を払い、床を掃き、換気が済んだら濡れ拭きをして磨き上げていく。
換気の合間には、家具やトイレ、バスルームの清掃だ。
やることがたくさんあるので、休んでいる暇もないように感じるが、椅子とテーブルだけは先に綺麗にしておく必要がある。
疲れたときに一休みしたり、食事をとれるようにするためだ。休みたくなってから椅子を掃除するとなると、へとへとになってしまって効率が悪い。
「ふぅ……疲れたぜ……。なあ、ティーナ、少し休憩しないか?」
「あ、休憩する?」
先に音を上げたのは、アンディの方だった。ちょうど椅子とテーブルの拭き上げが終わったところだ。
アンディは力仕事を率先してやってくれていたから、重労働だっただろう。
「それなら、いい物があるの。手を洗ってくるから、ちょっと待ってて」
私は洗濯のときに使った石鹸と、水を出す魔道具で手を洗うと、自分の持ってきた鞄から、瓶を二本取り出した。瓶の中には、非常に薄い褐色の液体が入っている。
「はい、どうぞ」
大部屋の椅子に座っているアンディに瓶を一本手渡すと、私も彼の向かい側に腰掛けた。
「ん? これ何?」
アンディは、不思議そうに液体を眺めている。
「これ、ポーションの瓶だよな。でも、透き通るほど薄い色……お茶みたいな色だ」
アンディは液体の観察をやめて、私の方へ向き直る。答え合わせをしたいらしい。
「なあ、ポーションの色が作った人の魔力色によって変わるってのは知ってるけど、普通はもっと濃い色だよな?」
「うん」
私は、頷いた。
アンディが言った通り、ポーションは作った聖女によって色が異なる。私は褐色だが、他の聖女のポーションは、青系や緑系が多い。
筆頭聖女のポーションは、月光を集めたような銀色に輝いていて、とても神秘的だったのを覚えている。
「これはね、初級ポーションになりそこねた、失敗ポーションなの。売り物にはならないんだけど、肌に塗れば虫刺されのかゆみを抑えたり、肩こり腰痛筋肉痛をちょっと軽くしたりしてくれるよ」
「へぇー。どうしてこんなもん、持ってるんだ?」
「私、元聖女なの。無能すぎて、出て行かなくちゃならなくなったんだけどね」
私が苦笑しながらそう言うと、アンディは、申し訳なさそうな顔をした。
「……悪い。変なこと聞いたな」
「ううん、いいの。行き場のない孤児だった私を拾って、成人まで育ててくれた神殿には、本当に感謝してるから」
私は手に持っていた瓶の蓋を開けて、縁に直に口をつけ、瓶を傾けた。薄褐色の液体は、苦いけれど独特な香りがあって、慣れたら不思議と美味しく感じられる。
「えっ、それ、飲んで平気なのか?」
「うん。苦いけど、慣れたら癖になるよ」
通常、ポーションは傷口にかけて使う物だ。だから、迷いなく飲み始めた私を見て、アンディが目を丸くするのもわかる。
「飲むと口内炎とかの痛みを抑えてくれるほか、胃腸の調子も少し良くなるの。それにね……ふふ、とにかく飲んでみて」
「あ、ああ……ティーナが飲んでも平気なんだから、大丈夫なんだよな……よし」
アンディは瓶の蓋を開けて、おそるおそる顔に近づける。そして、ひと口含むと――。
「にがっ!」
アンディは思い切り顔をしかめた。慣れていないと、確かにびっくりするかもしれない。
「でも、耐えられないことはないでしょ?」
「あ、ああ。まあ、渋いお茶よりちょっと苦いぐらいだな」
「それより、どう? ちょっぴり、身体が軽くなってこない?」
「え? あ……言われてみれば、だるさが減ってるかも」
驚いたように自分の身体を確認しているアンディを見て、私は微笑んだ。
市場に出せない失敗ポーションでも、経口摂取すれば、軽い治癒の効果――体力をごくわずかに回復することができるのだ。
私がこのことに気づいたのは、何年前だったか……きっかけは、やけになったか何かだったと思う。けれど、初級ポーション以下で何の価値もないと思っていた失敗ポーションが、少しは役に立つと知って、ちょっとだけ救われたのである。
ちゃんとしたポーションを精製できる他の聖女たちにはさすがに言い出せなかったので、失敗ポーションは自分で飲んで消費していた。
「私ね、この失敗ポーションがあったおかげで、広い神殿のお掃除も、大量のお洗濯も、疲れ知らずでやってこれたの。売り物になるポーションは作れなかったけど、結果的に、これも少しは神殿の役に立ったかなって思ってるよ」
「そっか……ティーナは、すごいんだな」
「ううん、全然だよ。私には、たくさんの人を治療できる力がなかったから」
「でも、縁の下の力持ちだったってことだろ? なら、ティーナは、たくさんの人を間接的に救ったんだ」
「間接的に……?」
これまで、そんなこと、考えてもみなかった。
私は何の利益も生み出さないのに、ただで神殿に置いてもらっている身で、だから掃除や洗濯や炊事を頑張ってきただけで――それが間接的に人を救うだなんて、ちょっと大袈裟だ。
――けれど、悪い気はしなかった。
私は、ふふ、と声を出して笑う。
「ありがと、アンディ。元気出た」
「おっ、ティーナもポーション効いてきたか? じゃあ掃除の続き、するか!」
耳を赤くしたアンディは、残っていたポーションを飲み干し、椅子から立ち上がった。私も同じように立ち上がる。
「……ん?」
「どうした?」
――ふと、どこからか視線を感じたような気がしたのだ。
だが、辺りを見回しても、何の変わりもない。気のせいだったのだろう。
「何でもないよ。さ、次はバスルームのお掃除ね!」
「なら、オレは窓拭きと、床の仕上げをやっとくよ」
「助かる! ありがと!」
そうして、私たちはまたそれぞれ持ち場に戻って掃除を再開したのだった。
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