氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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第五章 癒しの白光

1-25 『ミーちゃん』と『ルゥ君』 中編 ★ウィリアム視点

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 ウィリアム視点です。

――*――

 突然現れた魔獣から逃げるため、俺と『ミーちゃん』は手を取って走り出した。
 俺たちがあと数メートルで近くの建物にたどり着くというところで、はぐれ魔狼ストレーウルフは俺たちに気付いたようだ。
 魔狼は、しなやかな体躯を震わせると、俺たちの方へ向かって走り出した。

「ル、ルゥ君! 追ってくる!」

「大丈夫、建物の中に入れば凌げるはず!」

 俺たちは魔狼に追いつかれるよりだいぶ早く住居の前にたどり着き、激しく扉をノックする。

「開けてください! 魔獣が出たんです! 開けてください!」

 俺は大声で叫ぶが、中から反応はなかった。

「くそっ!」

「ねえ、窓も閉まってるよ! どうしよう……!」

 その時俺は、失念していたのだ。
 別荘のある村の大人たちは、現在、村長の家に招集をかけられていたということを。
 つまり、ほとんどの家が留守だったのである。

「とにかく、どうにかしてアイツを撒くしかない……ッ!?」

 その時。
 タイミング悪く、俺は持病の発作を起こしてしまった。
 苦しい。息が詰まる。視界が歪む――。

「ルゥ君!? どうしたの!?」

 『ミーちゃん』の声が、遠くに聞こえる。耳が、わんわん鳴っている。
 胸から下げた癒しの護符アミュレットを握りしめると、少し、症状が治まった。

「ルゥ君……!」

「……っ、はぁ、大丈夫。それより、俺が時間を稼ぐから、ミーちゃんは安全なところまで逃げ――」

「やだっ! 一緒に逃げる!」

 『ミーちゃん』は泣きべそをかきながら、俺の手を一生懸命引っ張っている。一人で逃げる気はないようだ。

 ならば、俺のやることは一つ。
 金色に近い茶髪――少ない俺の魔力で、どこまで戦えるかはわからないが、魔法でどうにか魔狼の足止めをするしかない。

「……ミーちゃん、魔法で足止めしたら、俺も逃げる。必ず行くから、先に――」

「だめ! ルゥ君と一緒にいる!」

「……わかった」

 俺は覚悟を決めて、詠唱を始めた。
 唱えるのは、水と風の複合魔法。今まで試してみたことはないが、魔狼を足止めできそうな魔法は、これしかない。いちかばちか――。

「――『凍結フリーズ』!」

 魔法は、発動した。
 魔狼の足元を狙って、草花を這うように、氷の導線がギザギザに走っていく。

「走るんだ!」

 俺は魔法が成功したか否か見届けることなく、『ミーちゃん』の手を引き走り出した。
 きゅう、と胸が締め付けられるように痛み出す。
 ――だが、今倒れるわけにはいかない。

「ル、ルゥ君、追ってきてる」

 魔法は、魔狼に当たらなかったようだ。
 俺はそれを見越して、走りながら、意識を飛ばしそうになりながらも、俺はもう一度詠唱を始めていた。

 だが。
 もう少しで魔法が完成するというところで、俺たちは魔狼に追いつかれた。
 魔狼は鋭い爪を振りかぶる。

 ドンッ!

 『ミーちゃん』が俺を突き飛ばしたのと、俺の魔法が完成したのは同時だった。

「『凍結フリーズ』!」

 至近距離から放たれた『凍結フリーズ』の魔法は、魔狼に命中した。
 魔法が当たった部分から、魔狼は氷に覆われ、全身を厚い氷塊に閉ざされたのだった。

「な、何だ? この威力」

 俺は、自分で放った魔法の威力に驚いていた。
 本来、初級魔法である『凍結フリーズ』の魔法に、魔物の全身を凍らせるほどの威力はない。
 魔力がそこそこ高い人が使う中級魔法『氷獄アイスプリズン』や、魔力が低くても『絶対零度アブソリュート・ゼロ』のような上級魔法を使えば凍らせることも可能だろう。
 魔力の低い俺が、初級魔法でできる芸当ではない。

「ル、ルゥ君、氷にヒビが……」

「くそ、甘かったか……! この魔法じゃ、少ししか足止めできない。急いで逃げるよ、ミーちゃん!」

 魔狼を覆う氷には、ピシピシと細かいヒビが入り始めていた。
 俺たちは急いでその場を離れる。

「きゃっ!?」

「どうしたの、ミーちゃん」

「ルゥ君、血、血が」

 『ミーちゃん』は、俺の口元を見て、顔を青ざめさせている。指摘されて初めて、俺は、口の中に鉄の味が広がっていることに気が付いたのだった。

「……大丈夫」

 袖口で乱暴に口元を拭うと、俺は再び魔法の詠唱を開始したのだった。
 背後で、大きな音を立てて、氷が割れる。

 それから一拍置いて、俺は背中に大きな衝撃を受けた。
 口の中に、さらに血の味が広がる。
 俺は力を振り絞って、振り返り、魔法を完成させた。

「『凍結フリーズ』……!」

 俺の目の前で、赤い目を爛々と光らせながら、魔狼は再び凍りついた。
 どこか遠くで『ミーちゃん』が叫んでいるのを感じながら、俺は意識を失った。
 誰かに抱きしめられるぬくもりと、眩い光を瞼の裏に感じながら。


 次に俺が目を覚ました時、近くに魔狼の姿はなかった。
 近くで増水した川の音が、ごうごうと鳴っている。

「ミーちゃん……?」

「ふぁ……ル、ルゥ君……?」

「良かった……無事、逃げ切れたんだね」

「ううん……まだ、探してるみたい。ほら」

 俺は、身体を起こした。
 崖の近く、せり出した岩の向こう側で、魔狼が血の匂いをたどりながら少しずつ近づいてきていた。

 そこで俺は、違和感に気付く。

 ――身体が、動く? 傷が癒えている?

 これも癒しの護符アミュレットのおかげだろうか。
 それに、息苦しさや胸の痛みまで消えているようだった。俺が気を失っている間に、いったい何があったのだろう。

 俺が口を開こうとしたところで、魔狼はついに、俺たちの居場所を探り当てたようだった。

「こ、こっちに来る! ……きゃあ!?」

「ミーちゃん!」

 俺はとっさに手を伸ばし、『ミーちゃん』を抱きしめる。魔狼から逃げるように後ずさり、足を踏み外してしまったのだ。
 俺たちは抱き合ったまま、崖を落ちていく――ところで、すぐ真下にあった木に引っかかった。

「た、助かった?」

 だが、木はみしりと嫌な音を立てて折れてしまう。
 折れたのは、俺の乗っている枝だ。『ミーちゃん』の枝は丈夫そうで、彼女一人分の体重なら余裕で支えられるだろう。しかし――。

「もういいよ、手を離して! このままじゃ、君も落ちちゃう」

「はあっ、そ、そんなことっ、言わないで。私は、助けが来るまで、諦めないよっ」

 俺の体は、完全に投げ出されてしまっている。
 『ミーちゃん』は、その細腕で、俺の腕をつかみ、一生懸命引き上げようとしてくれていた。
 みし、と彼女の乗っている枝が、軋む音がする。

「俺は、大丈夫。もう、いいんだ。俺なら落ちても助かるから」

 もう、大丈夫だ。
 魔法の威力が増大した理由は、恐らく何らかの理由で魔力が上昇したためだろう。
 これが一時的なのか永続的なのかは不明だが、今の魔力量だったら、俺は川に落ちても水の魔法を駆使して生き残ることができる。
 魔狼も、崖にまで降りてくることはないだろう。俺が風の魔法で合図を送れば、誰かが『ミーちゃん』を探しに来てくれるはずだ。

「本当に大丈夫だから、ミーちゃん、手を離して」

「だめだってば!」

 必死になっている彼女に俺の言葉は届かない。
 何を言っても手を離してくれそうにない彼女の指を、一本一本、自分の手首から剥がしていく。
 彼女が安心してくれるように、笑顔を浮かべながら。

「なに、してるの……!?」

 彼女は焦って、取り乱している。
 いつかまた、無事で会えることを祈ろう。
 その時には、俺たちと同じような思いをする人がいなくなるように――俺は、強い魔法騎士になって、魔獣を駆逐するんだと、そう、心に誓った。

「ミーちゃん――ありがとう」

 そうして、俺は崖下へと落ちていった。
 急いで詠唱を開始し、周囲の水を味方につける。

「『守護水膜アクアベール』!」

 荒ぶる水から自身を守る、清らかな水のベールを纏うと、俺は急流に身を任せた。砂礫も障害物も、落下の衝撃すらも、全て水のベールが弾いてくれる。
 広く安全な河原に降り立つと、風の魔法を唱え、二人分の救難信号を送った。


 救難信号を送ってしばらくすると、オースティン伯爵家の私兵が俺を助けに来た。

「ウィリアム様! ご無事ですか!?」

「ああ、俺は大丈夫。それより、もう一つの救難信号は……」

「女の子でしたら、別の貴族家の私兵と協力し、もうすでに救出されています。崖上にはぐれ魔狼ストレーウルフがうろついていたとのことですが、そちらも当家の私兵が討伐済みです」

「そうか……良かった……」

 たくさん血を失ってしまったこともあって、安心した途端に、俺は眠くなってしまった。
 次に気付いた時には、俺は王都にあるタウンハウスの自室に寝かされていたのだった。
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