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第五章 癒しの白光

1-26 『ミーちゃん』と『ルゥ君』 後編 ★ウィリアム視点

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 ウィリアム視点です。

――*――

 魔獣に襲われたその日を境に、俺の身体を長年蝕んでいた病は、消え去ってしまったようだった。

 それに伴って、俺の身体には変化が起こっていた。
 金に近い茶髪だった俺の髪。それが、茶色になり、焦茶色になり――少しずつ黒に近づいていったのだ。
 魔力量が増えたためである。

 それまで、俺の病気は心臓に関わる病だと思われていた。
 のちのちわかったのだが、俺の病は、正確には心臓のすぐ隣にある臓器、『魔核』に関わる病だったようだ。

 魔核とは、魔力を生成する臓器である。
 どうやら俺は、魔核から全身に巡っている魔力回路が生まれつき詰まってしまっていて、魔力の排出がうまくいかない体質だったらしい。そのため、魔力が溜まりすぎて身体に負担がかかり、それが発作として現れていたようだ。

 普通の人間ならここまでの症状にはならないが、俺の場合、普通よりも魔核が大きいために発症してしまったらしい。かなり珍しい症例のため、これまで気付くことができなかったのだとか。

 魔獣と戦った時に、俺は発作を起こしていた。魔力が体内で暴れている時に無理やり魔法を使用し、魔力を体外に放出したことで、詰まっていた魔力回路が開かれたのだという。魔法を放った後に発作が落ち着いたのは、暴れていた魔力を解放する回路が出来上がったためらしい。

 傷が癒えた理由はわからないが、護符アミュレットの聖力が完全に消え去っていたことから、癒しの護符アミュレットが文字通り傷も癒してくれたのではないかとの見立てだった。

 だが、俺が喰らった一撃はかなりの深手だったはず。
 聖女が直接癒したとしても苦労するほどの傷だったはずなのに、護符アミュレットの力だけで癒えたなんて、到底信じられなかった。

 私兵たちは、「初めて魔獣の攻撃を受けたから深手を負ったように感じただけで、本当は爪がかすっただけなのでは」と言っていた。
 俺もだんだん自信がなくなってきて、そうだったのかもしれないと考えるようになった。


 あの時、あの場所に魔獣が現れたのは、ただの偶然だったのかもしれない。
 だが、俺たちが魔獣から逃げ切れたのも、ただの偶然だった。

 俺は覚えている。
 あの時に背中に負った傷の痛みを、熱さを。
 絶望に染まった、『ミーちゃん』の海色の瞳を。
 楽しかったひとときが、粉々に打ち砕かれた瞬間を。

 あの事件から、幸か不幸か、俺は魔獣を倒す力を手に入れた。
 ――父上のような魔法騎士になって魔獣を駆逐する。
 物心つく前に母上が魔獣に殺されたと聞いてから、そんな未来をぼんやりと夢見ていた。だが、俺にはそれまで、それを成す力がなかったのだ。

 俺の魔力回路が解放され、『ルゥ』が『ミーちゃん』の手を離した時――それこそが、俺の誓いが完成した瞬間だった。

 俺は、聖力を失った護符アミュレットを握りしめる。
 もう二度と、あんな思いをする人を出してはならないのだ。


◇◆◇


「あの時、俺の傷を癒してくれたのは――護符アミュレットじゃなく、ミアだったのか? だとしたら、俺の記憶との辻褄も合う」
 
「……あの、ウィリアム様……」

「あ、ああ、すまない。考え込んでしまったようだ」

 何かを深く考え始めると止まらなくなるのは、悪い癖だな。
 ミアが困った顔をしている。

「なあ、ミア。先ほど、治癒の光が発動した時……何か普段と違うことはなかったか?」

「え? えっと、その……」

 ミアは、なぜか顔を赤くして、もじもじしている。何か言いづらいことだろうか?

「ミア、言いにくいのであれば……」

「い、いえ、その、大丈夫です! えっと……さっきは」

 やはり、言いにくそうにしている。頬だけではなく、耳まで真っ赤だ。
 だが、ミアは何かを決心したようで、ひとつ頷いて、俺を真っ直ぐ見上げた。

「……ウィリアム様に抱きしめられて、大切に思ってくれてるんだなって感じられて……心満たされるような気持ちになりました。やはり噂は噂にしか過ぎなかったと、安心しました。それに……くち……いえ、やっぱりなんでもないです」

「――っ」

 予想外の言葉に、俺の顔にもじわじわと熱がのぼっていく。
 俺が許可もなくミアを抱きしめ、更に衝動に流されるままにキスをしようとしていたことを思い出して、今更のように恥ずかしくなった。
 それを、ミアは……勘違いでなければ、受け入れようとしてくれていなかったか。

「それから……ウィリアム様が何か悩んでいらっしゃるようだったので、その心を、傷を、癒して差し上げたいって。そう、強く思ったんです」

「ミア……」

 癒してあげたい。
 もしかしたら、そう強く思うことが、無詠唱で『治癒ヒール』を発動する引き金となったのだろうか。

「でも……もっと小さな頃から、聖魔法を学べていたらよかったのに。そうしたら、命を落とさずに済んだかもしれない人がいたのに……」

「ミア。それって、もしかして――」

 俺が尋ねようとしたところで、部屋にノックの音が響く。
 ミアが許可を出すと、入ってきたのは、エヴァンズ子爵とミアの侍女シェリーだった。

「ミア、どうだい。解呪は、成功したか」

「エヴァンズ子爵!?」

 突然堂々と呪いのことを口にしたエヴァンズ子爵に、俺は抗議の視線を送った。
 この場には、部外者のシェリーがいるではないか。

「ウィリアム君、大丈夫だ。シェリーは信用できる。それに、今回のようなことがまた起きないとも限らない……ミアの侍女である彼女には、知っておいてもらった方がいい」

「ええ。シェリーは口が堅いですし、ウィリアム様と婚約するよりずっと前から、私の側にいてくれました。手紙の件にも関わっていないと断言できますわ」

「そう……ですか。お二人がそうおっしゃるなら」

 俺が頷くと、シェリーは深く頭を下げた。

「ところで、解呪は?」

「ええ、うまくいきましたわ。ウィリアム様のおかげです」

「いや、私ではなく、ミアの努力によるものだよ。今まで練習を頑張ってきたから、『解呪アンチカース』も一度で成功したんだ」

「まあ、そんな……ありがとうございます」

 ミアは、嬉しそうに頬を染めて、微笑む。可愛らしい笑顔に、俺もつられて笑顔になる。

「ミア、良かったな。ウィリアム君、ありがとう。――それで、本題に入ってもいいかな」

 エヴァンズ子爵の表情が引き締まった。俺もすぐさま、頭を切り替える。
 ソファを勧められ、俺とミアはエヴァンズ子爵の向かい側に腰掛けた。すぐにシェリーが、温かい紅茶を用意してくれる。

「今回、ミアに送られてきた呪物の件だ。オースティン伯爵に、この書状を渡してくれるか」

 エヴァンズ子爵は、そう言って、一通の書状をテーブルの上に置いた。封筒はそう厚くもないが、しっかりと封蝋が施されている。
 だが、俺に席を勧め、紅茶まで用意させたのだ。俺に全く話す気がない、というわけではないのだろう。

「――承知しました。一体何があったのです?」

「ウィリアム君は、ブティック・ル・ブランという商店は、聞いたことがあるかな?」

 俺が簡潔に問いかけると、エヴァンズ子爵はひとつ頷き、俺に質問を返した。

「いえ……存じませんが」

「今回の呪物は、そのブティックから送られてきたものだ。私も、家内も、もちろんミアも利用したことのないブティックでね。だが、私は別口でその店名を聞いたことがあったんだ」

 エヴァンズ子爵が何を言わんとしているのかわからず、俺は続く言葉を待った。ミアも、首を傾げている。

「――ベイカー男爵が付けていた指輪。街の骨董品店で買ったものなのだそうだが、それに刻印されていたのが、ブティック・ル・ブラン王都本店という店名だったそうだ」

「――え?」

「男爵はブティック・ル・ブランのデザインが大層気に入ったらしくてね。しかし、王都中のどこを探してもそのブティックは見当たらない。それで、私に知らないかと聞いてきたんだよ」

 ベイカー男爵――呪いの靄が纏わりついているのを、ミアが発見した男爵だ。
 俺の脳裏に、嫌な想像が浮かび上がる。俺は声を低く小さくして、エヴァンズ子爵に問うた。

「つまり、男爵は……ベイカー男爵の呪いには、そのブティック・ル・ブランという謎のブティックが関わっていたと?」

「ああ、その可能性がある。魔法騎士団が動く案件として、充分な情報だろう?」

「――はい。王都の街中でのことであれば、神殿騎士団ではなく、魔法騎士団の管轄になるので」

 俺は、テーブルに置かれている書状を受け取り、懐にしまった。

「必ず父に渡します」

「ああ、頼んだよ」

 思っていた以上に、ことは重大だ。
 もしかしたら、現在貴族の間で流行り始めた病とも、関係があるかもしれない――。

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