氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

文字の大きさ
88 / 193
第二章 闇魔法と魔族、そして『魔女』

3-9 南の丘教会 ★ヒース視点

しおりを挟む


 ヒース視点です。

――*――

 オレは、焦っていた。
 聖女マリィに依頼し、エヴァンズ子爵邸内を調査してもらったのだが――それにも関わらず、呪いにかかった者どころか、呪いのストール自体も出てこなかったのだ。

「どこかへ移動してしまったのか? 誰かに贈ってしまったとか……」

 オスカーの怪我と、ミアが呪いに冒されている可能性を『南の丘教会』の聖女マリィに伝えたのは、オレだった。
 それは、ガードナー侯爵家や『紅い目の男』の意向とは関係ない。
 ただ、自分がオスカーやミアを『紅い目の男』やデイジーの暴走に巻き込んでしまったという罪悪感から、詳細は告げず、「さる筋からの情報」として依頼を出したのだ。

 思ったより傷が深くなかったのか、それともセバスチャンか誰かが治療したのだろうか――オスカーはどうやら無事だったようだ。
 だが、ミアは……呪いは進行していないだろうか。


 オレは、エヴァンズ子爵家に何の不満も持っていなかった。
 マーガレットのお守りという大変な仕事はあったが、『紅い目の男』の命令でデイジーの下につき続けているよりはずっと楽だった。
 エヴァンズ子爵家には、むしろ恩を感じているほどだ。

 ……ミアがいるとしたら、やはりオースティン伯爵家だろうか。
 もしかしたら、ストールもミアが持って行ったのかもしれない。
 だとしたら、状況はあまり良くない――オースティン伯爵家がミアを囲っているとしたら、ウィリアムは絶対に彼女も、彼女の持ち物も差し出さないだろう。

「ヒースさん。その情報、本当に信頼できる人からの情報なんですかぁ?」

 聖女マリィは、間延びした声で尋ねた。

「ああ。なぜなら、オレ自身が……」

 オレは、自分がオスカーの怪我とミアの呪いの原因だと言えずに、口ごもった。

「ヒースさん自身が、どうしたんですかぁ?」

 マリィは、オレをじっと見て、首をかしげている。

「……なんでもない」

「……うーん。言いたくなったら、いつでも言って下さいねぇ。皆さんのお悩みを解決するのが、私の仕事ですからぁ」

 マリィは、聖女らしく、純粋な顔で笑う。それを見てオレは、しばらく会っていない、リリーのことを思い出した。
 彼女は元気だろうか。誰かに保護されたのだろうか、それともまだガードナー侯爵家のあの納屋にいるのだろうか――。

「あ、そういえば。子爵のお子さんたちお留守だったから、あの子と話せなかったなぁ。ステラさんにすごく似ていたから、少しお話してみたかったんだけどなぁー」

「ステラ?」

「ヒースさんは来たばかりだから、会ったことないですよねぇ。何年か前までここにいたんですけど、ある日突然、いなくなっちゃったんですぅ。優しい聖女様だったんですよぉ」

「ステラ……その聖女と、エヴァンズ子爵家の誰かが似ているのか?」

「はい! うり二つだったんですよぉ、年齢は親子ぐらい離れてるけど。銀色の髪と青い瞳の、とっても綺麗な方でしたぁ」

「……!」

 エヴァンズ子爵家で銀髪といえば、該当する人物は一人しかいない。

 ――ミア・ステラ・エヴァンズ。
 
 まさか……ミアは聖女の血を引いているのか? なら、もしかしたら――。

「……マリィ。もう、調査は打ち切って大丈夫だ」

「え? いいんですかぁ? だって、呪いとか怪我とかは」

「おそらく、エヴァンズ子爵家からはもう何も出てこないはずだ。無駄足を踏ませて、悪かった」

「そうですかぁ? うーん……なんかモヤッとしますけど、ヒースさんがそう言うんだったら……」

 マリィは納得がいっていない様子だったが、ひとまず引き下がることにしたようだ。彼女は困り顔を引っ込めて、話題を変えた。

「ヒースさん、他には困ってることとか、悩んでることとか、ないですかぁ? 他の聖女さんや神殿騎士さんとはうまくやれてますかぁ?」

「……オレ自身のことは問題ない。それより、マリィ」

「なんですかぁ?」

「浄化の結界は、まだ張っているよな」

「はい。言われた通り、ヒースさんと内緒のお話をする時には、ちゃんと弱い結界を張ってますよぉ」

「そうか。なら、そのまま維持してくれ」

「わかりましたぁ」

 マリィは、理由も聞かずに、律儀に約束を守ってくれているようだ。浄化の結界が張られているなら、奴の目を気にせず、話ができるだろう。

「お前は、魔族を知っているか?」

「はい、もちろんですぅ。お勉強しましたからぁ」

 マリィは、即答した。

「……それだけか?」

「どういう意味ですかぁ? もしかして、私がちゃんとお勉強してないとでも思ってたんですか? 心外ですぅ!」

「いや、そういう訳じゃないんだが」

 彼女の反応を見るに、どうやらマリィは『紅い目の男』と面識がないか、奴と『魔族』を結びつけていないか、そのどちらかだろう。

「――マリィ。これはもしもの話なんだが……、もしも、魔族がまだ滅びておらず、人の世に紛れ込んでいたら――お前なら、どうする?」

「どうって……うーん、想像もつかないですぅ。でも、魔族が人に危害を加えようとしているなら、止めなきゃって思うんじゃないかなぁ」

「他の聖女も同じように考えると思うか?」

「……うーん。他の教会のことはわからないですけどぉ、少なくとも南の丘教会の地下にいる聖女さんたちはみんな、最前線で魔族の呪いや毒と戦うことを選ぶんじゃないかなぁ」

「……そうか」

「でもぉ、ここの聖女さんたちはそうですけどぉ、他の教会の聖女さんたちは、非常時には当てにならないかもしれません。きっと、緊急要請があっても、自分たちの安全が確保されるまではなかなか動かないかも。……あっ、理由は聞かないでくださいねぇ、お悩み相談の守秘義務がありますからぁ」

 マリィは言い過ぎたとでも思ったのか、顔の前で両手をパタパタと横に振っている。

「理由は聞かなくても想像がつくさ。……とにかく、参考になった。感謝するよ」

「わっ、ヒースさんにお礼を言ってもらえるなんて……! 嬉しいですぅ!」

「大袈裟だな、オレも礼ぐらい言うさ」


 その後はマリィが一方的に他愛もない話をして、満足したら部屋から出て行った。


「……さて。どうするかな」

 もしも予想が正しかったとしたら、エヴァンズ子爵家に関して、オレの打った手は悪手だった。
 ミアが隠された聖女だったと仮定すると、エヴァンズ子爵もウィリアムも――下手をすると魔法騎士団も、すでに動いているだろう。 

 だが一方で、マリィが『紅い目の男』と強い繋がりを持っていないということがわかったのは、大きなアドバンテージだ。
 ならば、魔法騎士団と無理に接触をはかるのは諦めて、自由に外を行き来できるマリィに賭けてみるのも一つの手だろう。

「……リリー。もう少し、待っていてくれ。必ず、オレが――」

 オレは目を瞑り、魔力と記憶を失う前――オレと同じ緑色の髪をしていた、思い出の中の彼女に誓う。

 ――オレが……兄さんが、必ずお前を助け出す。
 そうしたら、一緒に帰ろう。オレたちの祖国へ。
 いのちの期限が来る、その前に――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【書籍化決定】アシュリーの願いごと

ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」 もしかして。そう思うことはありました。 でも、まさか本当だっただなんて。 「…それならもう我慢する必要は無いわね?」 嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。 すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。 愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。 「でも、もう変わらなくてはね」 この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。 だって。私には願いがあるのだから。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻1/19、タグを2つ追加しました ✻1/27、短編から長編に変更しました ✻2/2、タグを変更しました

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

処理中です...