氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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第二章 闇魔法と魔族、そして『魔女』

3-10 マーガレットの杞憂と王立貴族学園

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 アラザン様とビスケ様がオースティン伯爵家を訪れてから、さらに数日。
 こちらに滞在するようになってから初めて、妹マーガレットからの手紙が届いた。

 手紙によると、ここ数週間ほど、デイジー・ガードナー侯爵令嬢の姿が見えないそうだ。
 私の誕生日会の時に、ちらっとそんな話を聞いたが……あれから時間が経っているにも関わらず、学園に全く来ない。
 それどころか、大好きだったお茶会の招待にも応じないのだとか。
 心配した友人が家に魔法通信を入れても取り次いでくれず、手紙を送っても返事が来ないらしい。

 デイジー嬢は、王立貴族学園に通う学生であり、この春から四年生だ。
 ウィル様の通っていた三年制の王立魔法学園と異なり、王立貴族学園は六年制。十二歳から十八歳までの時間を学園で過ごすことになる。
 マーガレットはこの春から王立貴族学園の二年生、さらに、兄のオスカーも同学園の四年生だ。

 デイジー嬢とマーガレットは学年が違うとはいえ、共用のカフェテリアやサロンなどもあるそうだし、共通の友人もいる。それなのに、全く姿を見ないというのはおかしい気がする。
 デイジー嬢と同じ学年のオスカーお兄様は、合同授業もあるので、なおさらだ。

「うーん……どうしたのかしら。心配でしょうね……」

「マーガレットお嬢様からのお手紙でございますよね? 何かあったのですか?」

 私が手紙を眺めながら難しい顔をしていると、シェリーが温かい紅茶を用意してくれた。
 シェリーはエヴァンズ子爵家からついてきてくれた侍女だ。彼女も、マーガレットのことが心配なのだろう。

「うん。実は、マーガレットのご友人が、学園に来なくなってしまったらしいの」

「もしかして、デイジー・ガードナー様のことでしょうか?」

「ええ」

 シェリーは、誰の話なのかすぐに見当がついたらしい。彼女も、誕生会の席でその話を聞いていたためだろう。

「まだ謹慎が解けないのでしょうか。それは心配でございましょうね」

「謹慎? シェリー、何か知ってるの?」

「奥様が、学園に勤める教師の方に、抗議文を送られたと聞いております。ですから私めは、デイジー様は謹慎処分になったのではと愚考しておりました」

「抗議文? お母様が……侯爵令嬢に対して? 大丈夫なの?」

「ええ。お手紙のやりとりをした教師の方とは旧知の仲で、信頼できるお方だそうです。『問題ないわ』とおっしゃっていましたよ」

「そう、それなら良いのだけど……」

 お母様を信頼していない訳ではないのだが、私は少し不安になった。その抗議文が原因でデイジー嬢が謹慎処分になったとしたら、侯爵に逆恨みされて、何かされたりしないだろうか。

「その抗議文っていうのは、やっぱりデイジー嬢の学園での振る舞いに関してかしら」

「はい。学生同士の、家格による軋轢あつれきが目立っている、と。自分たちの時代は、そんなことは一切なかった。教師の怠慢ではないか、と」

「さ、さすがお母様ね。教師の方は、そんな風に言われてご気分を害されないのかしら……?」

「ええ。クララ奥様は、学生時代は生徒会のメンバーでいらっしゃったそうです。その教師は、奥様の後輩とのことですが、学生時代はちょっとした問題児だったそうで。色々あって奥様に頭が上がらないのだとか」

「なるほど……」

 お母様が生徒会のメンバーだったという話は、私も小耳に挟んだことがある。そのためにお母様は人脈を広げる機会に恵まれたようで、子爵夫人にしては交友関係がかなり広い。

「……マーガレットお嬢様もデイジー様のことは気になるかと存じますが、そのうち本当のご友人が見つかると思いますよ」

「そうよね。……それにしても、学園に通うのも大変ね」

 私は、王立貴族学園には通わず、家庭教師に来てもらって一通りの学習を済ませた。
 お父様が私を人目から隠したがっていたし、私自身、社交に出る気も、交友関係を広げる気もなかったからだ。

「ミアお嬢様の家庭教師が申しておりましたが、オースティン様の通われていた王立魔法学園のように、本来なら、学習自体は三年程度で完了するプログラムなのだそうです」

 ……まあ、ウィル様は、その三年分のプログラムを一年で修了してしまった鬼才であるのだが。
 彼のスペックは明らかに異常なので除外するとして、王立魔法学園の生徒は、王立貴族学園の生徒に比べて目標が明確で、勤勉な者が多いと聞く。

「王立魔法学園よりも就学期間が長いのは、外に出て実践的な経験を積むか、学園の庇護の下で経験を積むかの差です」

 王立魔法学園を卒業した生徒たちのほとんどは、すぐに魔法師団や魔法騎士団の試験を受ける。受験に失敗した場合は、市井で魔法に関係する仕事に就いたり、仕事をしながら次年度の再受験を目指す者が多いのだそうだ。

 一方、王立貴族学園の卒業は、社交界デビューと同時期……つまり、卒業したらすぐに一人の成年貴族として扱われる。社交がうまくいこうが、失敗しようが、もう大人なのだから自分で責任を取らなくてはならない。
 だからこそ、大人になるまでの六年間、学園の庇護下でみっちり社交の勉強をするのだろう。

「王立貴族学園は、学生の間は誰でも均等に教育を受けられるようにと平等を謳っておりますが、小さな社交界としての機能も確かに存在しております。ですので、教師や生徒会がうまくバランスをとって、舵取りしていかなくてはならないのだそうです。なかなか難しいでしょうね」

「聞いただけで目眩がしそうだわ……」

 私が思わず頭に手を当てると、手に持っていたマーガレットの手紙と封筒の間から、はらりと一枚の紙が落ちる。

「あら……? ミアお嬢様、封筒の間に何か挟まっていたようでございますよ」

「まあ、本当ね。気づかなかったわ」

 シェリーがその紙を拾い上げ、手渡してくれる。
 その紙に記された几帳面な文字は、エヴァンズ子爵家の家令、セバスチャンのものだ。

「セバスチャンの字ね……まあ、これは」

 文面は、至極簡潔なものだった。

『マリィと名乗る、南の丘教会所属の聖女様が、再訪されました。大怪我をした者と、呪いにかかった者、そしてブティック・ル・ブランのストールを探していたようです。その日は何も見つけられず教会に帰り、その後の連絡も、特にございません』

「大切な連絡じゃない! 気がついて良かったわ! ええと、ウィル様はお留守だから……アイザック様に報告しなくちゃ。シェリー」

「かしこまりました」

 シェリーは一言で私の意図を理解してくれたようで、当主代理への面会許可を取るため、すぐに部屋から出て行った。
 私はマーガレットへの返事を後回しにして、執務室へ向かう準備を始めたのだった。
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