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第五章 戦いのあと
5-27 それでも朝は来る
しおりを挟む眠っていたのは、ほんの少しの間だったらしい。
奥の部屋からは、相変わらず朝の優しい光が差し込んでいる。
私は突っ伏していた石のテーブルから顔を上げ、目をこすりながら身を起こした。
『あっ、起きた』
『おはよ、おかーさん』
「おはよう……オル、ルト」
子犬姿に戻ってテーブルの上にのぼっていた二匹の従魔が、競うように私の膝上に乗って、鼻先を押し付けてくる。
「きゅう」
小さな鳴き声が私の足元から聞こえ、私はそちらへ目を向けた。
「あら……ブランも。あなたもずっと一緒にいてくれたのね、ありがとう。こっちへおいで」
「きゅっ……ぷうう」
「ふふ、まだこの子たちが怖いの?」
ブランは嬉しそうに鼻をひくひくさせたが、膝上に陣取るオルとルトを一瞥して、嫌そうに顔をそむけた。
私はそれを無視してブランを持ち上げると、テーブルの上に乗せ、指先で頭を撫でてやる。
「きゅう~」
そうしてひとしきり触れ合っていると、三匹は満足そうな顔をした。
改めて、私はあたりを見回す。
近くには、三匹の従魔以外、誰もいない。
眠るまで私の頭を撫でてくれていたはずのウィル様の姿も、見えなかった。
「ウィル様は?」
『おじさんに呼ばれて、魔女さんの部屋に行ったよ』
『ぼくたちは、おかーさんの護衛を任されたんだっ』
「きゅうう、きゅ」
『ブランにーさんが、おかーさんが起きたこと伝えてくれたから、お話が終わったら戻って来ると思うよ』
「そっか、ありがとう」
手持ち無沙汰になった私は、テーブルに置かれたままの、布袋に手を伸ばす。
魔女が、禁術を詠唱しながら、ずっと握りしめていたものだ。
「これ……開けてみてもいいかしら」
誰に尋ねるともなく独りごちると、私は、袋の口を縛っている紐に手をかけた。指で引っ張ると、紐は簡単にほどける。
布袋の中身は、予想通り、大量の魔法石だった。
しかし、その中に込められていた魔力は全て使い果たされているようだ。袋をじゃらじゃらと揺らしても、口から見えるのは透明な石ばかり。
「魔女様は、この魔法石に込められていた魔力を使って、時を止める禁術を使ったのね」
『それで、おとーさんをあの場所から動かして、騎士のおねーさんから出てきた呪力を受け止めたんだ』
『魔王と勇者の戦いの時と、同じだね』
私は布袋の口を閉じ、紐で縛り直す。
時を操る魔法は、普通の魔法とは異なる原理のもとにある。すなわち、魔女は、何らかの代償を自ら支払って、禁術を行使していると考えられる。
だから、詠唱開始時点から、彼女は具合が悪そうだったのかもしれない。
「魔族は、もう、シナモン様の中にはいないのかしら?」
『どうだろ?』
『ぼくたちには、わからないな』
『でも、おかーさんなら、わかるんじゃない?』
「ええ……それもそうね。後でお会いしてみましょう」
私は、オルとルト、ブランをそっと床に下ろすと、ふぅと息を吐いて立ち上がる。
少し眠ったためか、幾分聖力が回復したようで、身体は重いが、ふらつくほどではない。
『おかーさん、どこ行くの? だめだよ』
『ちゃんと回復してからじゃなきゃ』
「大丈夫よ。もう歩けそうだし」
「――シナモンの所に行くつもりなら、まだ許可できないよ」
立ち上がった私は、いきなり背後から声をかけられ、驚いて肩を揺らした。
「……ウィル様?」
「まったく。少し目を離すと、すぐ無茶をしようとするんだから」
そのまま近づいてきたウィル様に、後ろから、ぎゅう、と抱きしめられる。
うたた寝をする前と違って、もう、体温も心音もいつも通りだ。
胸元に回された彼の腕に触れると、ウィル様が私を抱く力が、さらに強くなった。
「無茶だなんて……」
「だって、あれからまだ三十分ぐらいしか経っていないよ? 回復していないんじゃない?」
「ええ……まあ。でも、少し確認したいことがあって。シナモン様に会うつもりも、聖魔法を使うつもりも、ありませんわ」
「そうなの?」
ウィル様は、信じていない様子だ。
私がウィル様の腕に添えていた手をどけると、彼も私から腕をほどいてくれる。
「じゃあ聞くけど――」
ゆっくり振り返った私の目を覗き込んで、ウィル様は尋ねた。
「――今、どこへ行こうとしてたの?」
「えっと……噴火が落ち着いたようなので、外の様子を知りたくて……」
シナモン様と戦っていた最中に、大きな噴火音が聞こえたのだが、戦いが終わる頃には、轟音も大地の揺れも収まっていた。最大の噴火は、もう終わったのだろう。
窓のある奥の部屋には魔女、その隣室にはシナモン様が寝ているので、玄関扉の隙間から、少しでも状況が確認できないだろうかと思ったのだ。
「……なんだ、そっか。疑ってごめん。じゃあ、一緒に見に行こうか」
「いいのですか?」
「ああ。今、父上にも頼まれたんだ。外の様子……特に、白銀の地竜の状態を確認してほしいって」
「白銀の地竜……もしかして、永遠の輪に何かあったのですか? 魔女様は?」
「かなり激しい噴火だったからね、念のためだよ。魔女殿はまだ眠っているけど、特に問題はなさそうだから、心配ない」
「そうですか……」
結界を張っていたとはいえ、いくら頑丈なドラゴンでも、火砕流を受け止めたら大火傷してしまうのではないだろうか。
今の私の聖力で治癒できる程度で済んでいれば良いのだが。
「ミア、防ガスの魔道具を起動しておいてね。ブランは留守番だな。オル、ルトは……」
『ぼくたちも、ここで待ってるよ』
『ブランおにーちゃん、あーそぼっ』
「きゅっ!?」
「えっと……ブランと遊んで待っていたいそうですけど……」
ブランが耳をピンと立てて、潤んだ瞳でウィル様を見上げる。だが。
「そうか。じゃあ、行こうか」
「きゅ、きゅうう!?」
ウィル様は、無情にも、ブランの主張を退けた。
腰をかがめて、瞳を潤ませたブランの頭を、ひと撫でする。
「ブラン、悪いな。少し我慢してくれ。オルとルトも、ほどほどにな」
『はーいっ』
『わーいっ』
嫌がるブランが全力でリビングの奥へと逃げ出し、オルとルトは、嬉しそうに尻尾を振って追いかけていく。
「さ、ミア」
「はい」
私はウィル様に手を引かれて、ゆっくりと玄関へ歩みを進めた。
途中、ウィル様とシナモン様が戦っていた場所に、まだ魔剣がそのまま転がっているのが見える。
変化は解けていないが、呪力は少しずつ空気に溶けて霧散しているようだ。黒い靄は薄くなり、もうほとんど湧出していなかった。
私は、ウィル様と繋いでいる手を見下ろす。
彼の大きな手はあたたかくて、優しくて、改めてウィル様が無事だったことへの喜びと感謝と安心と――、もし何か一つでも間違えていたらという、ひやりとする恐ろしさを覚えたのだった。
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