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第四章 決戦
5-26 禁術
しおりを挟むシナモン様から離れた漆黒の呪力は、鋭い殺意をもって、ウィル様にまっすぐ向かってきた。
ウィル様は、『加護』を目いっぱい込めた聖剣で、それを迎え撃とうと構える。
しかし、その瞬間――。
「なっ!? どうして!?」
ウィル様の声がなぜか私よりも後方から聞こえ、私は慌ててウィル様が立っていたはずの、斜め前方を見る。
そこに立っていたのは――、
「魔女様!?」
――先程まで石のスツールに座っていたはずの、魔女だった。
魔女は、先程ウィル様に向かってきた漆黒の靄を両手でむんずと鷲掴みにし、自らの身体に引き寄せ、腹の中に押し込もうとしている。
「ぐううっ! 賢者よ、またしても我らの邪魔をするか!」
黒い靄は不定形だが、両目と口……だろうか。細長く光る紅い切れ込みが三箇所に入っていて、低く耳障りな声で喚いている。
「ふん、死に損ないの魔族めが! わらわの中で、永遠に尽きぬ命に蝕まれるが良い!」
「ぐうう、あああ! 取り込まれ……っ」
魔族は魔女の身体の中に、どんどん吸い込まれていく。
「ぐうあああ! このまま、このまま終わるとは思うな……よ……」
最期に不穏な言葉を言い残して、魔族は魔女の身体に、完全に吸い込まれて消えてしまった。
「……せいぜい魔王と仲良くするのじゃ。……いや、魔王に取り込まれておしまい、か、のう……」
魔女は不快そうにお腹をさすると、糸が切れたかのように、その場に倒れてしまった。
その顔色は、先程の青白い色を通り越して、土気色になっている。
「もしかして……時を止める禁術を使って、自分の中に魔族を取り込んだのか?」
ウィル様は私の隣まで進み出ると、魔女の様子を確認する。
「勇者様のときと同じように……? 最初からそれを狙って……?」
「――魔族最後の生き残りを自身に取り込めば、これ以上、人の世が魔に脅かされることはないからね。もしかしたら、ずっと前から、こうしようと決めていたのかもしれない」
「そんな無茶を……」
こんなことをしたら、自分に大きな負担がかかることも、彼女ならわかっていたはずだ。
魔族を封印する方法や、滅する方法が、他にもあったかもしれないのに。
「ミア、魔女殿に『浄化』をかけてみてくれる?」
「ええ、やってみます」
「任せたよ。俺は、あっちを何とかしないとね」
ウィル様はリビングでいまだ蠢いている、不定形の『闇』たちを見据え、マントを翻した。
伯爵やオルたちも、復活し続ける『闇』との戦闘に疲労し始めている。
ウィル様の『加護』はまだ充分残っているから、聖剣技で『闇』を消し去れるだろう。
シナモン様は、ただ呆然と座り込んでいて、少しも動かない。
瞳の色は紫色に戻っているが、その心が無事なのか……心配ではあるが、今は魔女の回復が優先である。
「魔女様……今、癒やして差し上げますからね」
返事はないけれど、私は魔女にそう前置きして、『浄化』の聖魔法を唱え始めた。
*
しばらくの間、『浄化』の聖魔法をかけ続けていると、魔女の顔色に朱が差し始めた。
あとは、彼女の身体を守る聖力が尽きる前に聖魔法を重ねがけすれば、問題ないだろう。
後ろを振り返ると、『闇』との戦いも終わりつつあるようだった。
噴火も一段落したらしく、三人の騎士たちの表情も和らいでいる。
先程はオレンジ色の光が外から漏れていたが、それもなくなり、かわりに朝の訪れを告げる柔らかな白い光が差し始めていた。
シナモン様は、相変わらず座り込んだまま、微動だにしない。
手から離れて転がっている魔剣だけが、いまだにわずかな呪力を発している。
「……ふう」
魔女の治療を終えた私は、ひと息ついて、その場に立ち上がる。
さすがに聖力を使いすぎたようで、立ち上がった瞬間にふらついてしまった。
『おかーさん、大丈夫?』
『あたしたちにつかまって』
すぐに私の足下に駆け寄って支えてくれたのは、大型犬サイズのまま、また二匹に分かれたオルとルトだった。
「ええ、ありがとう。オル、ルト」
「大丈夫か、ミア嬢」
オル、ルトに続いて、私のそばに歩み寄ってきたのは、結界を維持していた三人の騎士たちだ。
ウィル様と伯爵は、最後の二体となった『闇』と戦っていて、ブランはそれを見守っている。
「ええ、お気遣いありがとうございます。皆様は?」
「団長とウィリアムのおかげで、この通りさ」
騎士の一人が片腕を持ち上げて、力こぶを作ってみせる。
私が「ふふ、良かった」と笑うと、騎士たちも穏やかに笑い返した。
「魔女の容体は?」
「だいぶ落ち着いたようですわ。ベッドで休んでいただいた方がいいかもしれません」
「わかった。俺がベッドに運ぼう」
クロム様はそう言うと魔女を抱き上げ、ちょうど最後の『闇』が靄となって掻き消えたリビングを抜け、奥の部屋へと向かっていった。
ウィル様も剣に込めていた聖力をおさめ、鞘に戻して大きく息をつく。
そばにいたオースティン伯爵が彼の肩を優しく叩くと、ウィル様は嬉しそうに顔を綻ばせた。伯爵が、ウィル様に労いの言葉をかけているのだろう。
「それで……こいつは、どうなるんだ?」
「さあな。そもそも、俺たちの声、聞こえてるのか? おーい?」
私がウィル様たちの方を見ている間に、二人の騎士はシナモン様の近くに歩み寄っていた。
騎士の一人が、シナモン様の目の前で手を左右に振って声をかけているが、シナモン様は何の反応も返さない。
「……心が壊れちまったのか?」
「うーん。シナモン、聞こえてるか? おーい」
「仕方ない。このままベッドに運ぶか。手伝ってくれ」
「おう」
シナモン様は、そのまま二人の騎士に左右から肩で担がれるようにして、客室の方へと運ばれていった。
「ミア」
「ウィル様……伯爵……」
伯爵とウィル様も、話を終えたらしい。
「ミア嬢、よく頑張ってくれた。しばらく、あちらで座って休むといい。私は魔女殿とシナモンの様子を見てくる。ウィル、ミア嬢と一緒にいてあげなさい」
「はい」
伯爵が奥の部屋へと姿を消すと、広いリビングには、私とウィル様、オル、ルト、ブランだけになる。
ウィル様は、すかさず私を腕の中に閉じ込めた。
いつもより高い体温。
汗と、血のにおい。
けれど、いつもと変わらない優しい抱擁に、私はようやく心からホッとしたのだった。
「ミア」
優しく名前を呼ばれて顔を上げる。
私だけを映す、大好きな新緑色の瞳に、すぐさま囚われ――そのまま、自然と唇が触れ合った。
「ウィル様……」
甘い笑みを浮かべる彼の顔は、すぐに離れていったが、かわりに頭を優しく撫でられる。
「ミア……頑張ってくれてありがとう」
「いいえ。それを言うのは、私の方ですわ」
「俺が頑張れたのは、ミアのおかげだから。だって――」
「――私たちは、二人で一人、ですものね」
ウィル様は、私のその言葉に、満足そうに頷いた。
「さあ、しばらくあちらで休もうか」
「ええ」
私はオルとルトに支えられ、ウィル様に手を引かれながら、リビング中央まで歩き、石のスツールに腰を下ろす。
安心したからだろうか、聖力をたくさん使ったからだろうか。
なんだか眠くなってきた私は、石のテーブルに肘をついて、うつらうつらとし始める。
眠りに落ちるまで、優しく大きな手のひらが、私の頭をずっと撫で続けてくれていた。
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