傲慢な神様の巫女

きたじまともみ

文字の大きさ
15 / 45
愛の歌

15 悲しい歌

しおりを挟む
 次の日の学校帰り、結衣は美咲に聞いた場所に着くと、自転車を降りる。
 耳を澄ませてみても、車の走る音ばかり聞こえる。

 毎日いるわけじゃないようだし、正確な時間もわからない。
 少し待ってみようと、自転車を端に停めた。

 三十分待ったが歌声は聞こえず、諦めて帰ろうと肩を落とすと、笛の音のようなものが聞こえた。
 耳を傾けると、歌声だと気付く。
 透き通った高音が綺麗だった。

「でも、すごく悲しそう」

 結衣の頬を涙が伝う。
 歌声に影響されて、自然と溢れてきた。
 結衣は辺りを見渡して、歌っている人を探す。

 河川敷に降りる階段に座る女性が見えた。20代前半くらいの、宝石のように輝く青い瞳と、プラチナブロンドのウェーブヘアが特徴の綺麗な人だった。

「やっぱり悲しそう」

 歌っている表情が切なくて、その顔を見ていると胸がキューっと締め付けられる。
 結衣が痛む胸を抑えて眺めていると、スーツを着た男性がゆっくりと近付いた。

 男性が声をかけると、女性は悲しい顔を引っ込めて、屈託ない笑顔でそちらを向く。でもすぐに表情は翳った。

「あなたじゃない」

 そう告げると、川下の方へ歩いて行った。
 女性はずっと見ていた結衣にも視線を向けるが、すぐに目を逸らした。

 そんな切ない表情をして、悲しい歌を歌いながら誰を待っているのだろう。
 結衣は待っている人を探して、会わせることはできないかと考えた。




 帰宅して夕飯を食べながら、結衣は話す。

「すっごく綺麗な歌声で、ものすっごく綺麗な外人さんだったよ」
「聞けてよかったわね」

 千代が穏やかに笑い、結衣は大きく頷いた。

「でもね、すごく悲しい歌声だったんだ。悲しい気持ちが入り込んできて、歌を聴いていると涙が止まらなかったの」

 善が「泣いたのか?」と顔を覗き込んできた。結衣は咄嗟に背を反らして離れる。

「私が泣いたかはどうでもいいんだけど、待っている人がいるみたいだし、探してあげられないかな?」
「結衣、明日そいつのところに、俺を連れて行け」

 昨日は興味なさそうだったのに、急に乗り気になったのはどういうことだろうか。人の恋愛にも関心はなさそうなのに。

「もしかして、すっごく美人だったから会ってみたくなったの?」

 善は侮蔑するような目を向け、鼻で笑うと食事を再開した。

「結衣ったらヤキモチ? 善様は結衣のことを大事に思っているから大丈夫よ」

 千代の勘違いに肩を落とす。今の表情で、どうしたらそんな解釈ができるのか。
 宗一郎は「仲良くするんだよ」と小さな子に言い聞かせるように結衣に聞かせた。




 次の日は学校が終わるとまっすぐ帰宅して、着替え終わるとリビングを覗く。善は相変わらず、カーペットの上で寝転がっていた。

「善、出かけるよ」
「ああ」

 気怠そうに立ち上がる。

「おばあちゃん、出かけてくるね。夕飯までには帰るから」
「いってらっしゃい」

 千代に見送られて家を出る。
 鳥居の前まで歩き、善に手を握られた。
 鳥居の外でも会話ができるように握られたのはわかっているが、急な接触には慣れない。

「どうした?」
「なんでもない」

 照れくささを隠すように、顔を背けた。
 神社の石階段を下ると、結衣はスマホを耳に当てる。
 他の人には善が見えないから、電話をしているふりをすれば、一人で話していても不審に思われないからだ。

「善は歌が好きなの?」
「嫌いではないが、それで連れて行けと言ったわけではない」
「じゃあやっぱり美人だから」
「違う」

 歌でも女性でもなければ、なにが目的なんだろう、と結衣は首を捻る。
 話しながら15分ほど歩くと、昨日女性を見かけた場所に着く。

 微かに笛の音のようなものが聞こえた。
 悲しい歌に涙が溢れる。目元を拭って、結衣はキョロキョロと辺りを見渡す。
 川上の方に女性を見つけた。

「昨日と少し場所がズレてるね。この笛の音みたいなのが声なんだよ。すごく綺麗でしょ?」

 結衣は善に向かってはしゃいだ声を上げるが、善は女性を焦点の合わない目で見つめる。
 フラフラと女性に近付くから、結衣は手を引っ張られる形でついていく。

「善? どうしたの?」

 結衣の声が聞こえていないようだ。虚な目に不安が膨らむ。

「ねえ、善ってば!」

 結衣は声を荒げるが、善にはやはり届かない。
 善は女性の前でピタリと止まる。

「おい」

 善が声をかけると歌声が止む。
 花が咲いたような表情でこちらを向いた女性は、近くで見るとうっとりと見惚れてしまうほど綺麗だ。
 でも女性はすぐに表情を曇らせる。

「あなたじゃない」

 視線を落として川下へ向かっていく。
 結衣は「ブッ」と吹き出して、慌てて片手で口を押さえた。
 善がフラれた。善の顔を覗き込むと、まだ瞳に生気が感じられない。

「善?」

 善の顔の前で手を振ると、ハッとして結衣と視線を合わす。
 善は大きく息を吐いて、その場にしゃがみ込んだ。「くそっ」と悪態をついて、頭を掻いた。

「残念だったね。フラれちゃって」
「違う」

 地を這うような声に、結衣はビクリと体が跳ねる。

「奴はローレライだ」
「ローレライって歌声で魅了して、船を座礁させる水の精だよね?」
「ああ、結衣はなんともなかったか?」

 結衣は頷く。善はローレライの歌声に魅了されていた? だから様子がおかしかったのだろうか。

「男にしか効かないのだろうな」
「でもあの人は悪い人じゃないよ。だってあなたじゃないって拒否してる。だれも水の中に連れ込まれてなんていないでしょ?」

 美咲の兄も昨日のサラリーマンも善も、結衣の知る限りは全員が同じ言葉で袖にされた。
 善は口元に手を添えて瞼を下ろす。

「理由を聞きたいが、俺はあの歌を聴いたらまた正気を失うだろう」
「私に任せて! 善は耳栓でもして、話を聞くときに外せばいいでしょ」
「……それしかないだろうな」

 善は大きく息を吐いた。

「帰るぞ」

 善が結衣の手をキュッと握る。
 結衣は照れ隠しで「善がフラれたとき笑っちゃった」といたずらっ子のように口角を上げた。

「忘れろ」

 ドスの効いた声と、射抜くような鋭い視線に結衣は小さく肩をすくめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜

高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀! 片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。 貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。 しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。 利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。 二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー? 曄琳の運命やいかに!

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。

後宮の隠れ薬師は闇夜を照らす

絹乃
キャラ文芸
12月26日よりコミカライズ開始。 旧題:後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~ 陸翠鈴(ルーツイリン)は年をごまかして、後宮の宮女となった。姉の仇を討つためだ。薬師なので薬草と毒の知識はある。だが翠鈴が後宮に潜りこんだことがばれては、仇が討てなくなる。翠鈴は目立たぬように司燈(しとう)の仕事をこなしていた。ある日、桃莉(タオリィ)公主に毒が盛られた。幼い公主を救うため、翠鈴は薬師として動く。力を貸してくれるのは、美貌の宦官である松光柳(ソンクアンリュウ)。翠鈴は苦しむ桃莉公主を助け、犯人を見つけ出す。※中国の複数の王朝を参考にしているので、制度などはオリジナル設定となります。 ※第7回キャラ文芸大賞、後宮賞を受賞しました。ありがとうございます。

処理中です...