傲慢な神様の巫女

きたじまともみ

文字の大きさ
16 / 45
愛の歌

16 170年前の恋の話

しおりを挟む
 次の日の放課後、家に着いて善の耳に耳栓を詰める。

「聞こえる?」

 結衣が聞くと、善は首を横に振った。

「善のバカ」

 本人を前にして悪口を言っても聞こえないのだから、結衣はここぞとばかりに不満をぶつけようと思う。

「聞こえないが、言っていることはわかるからな」

 結衣はヒュッと喉を鳴らす。

「なんでわかるの?」
「口の動きを見ていればわかる」

 結衣は慌てて両手で口を隠した。
 ヒヤヒヤしながら善に目を向けると、大きな手で頭を鷲掴みにされた。指に力が入って肩を跳ねさせる。

「今はなにを言った?」
「なにも言ってない」

 口から手を離して首を目一杯振る。
 善は興味を失ったように結衣から手を離した。

「時間を無駄にした。行くぞ」

 結衣は善の後ろ姿に向かって舌を突き出す。
 善が振り返り、すぐに引っ込めた。

「早くしろ」

 結衣は家を出ていく善を追いかける。
 鳥居の前で手を繋いで、階段を下った。
 善は口の動きを見ないと会話ができないから、無言で目的地まで歩く。

 ローレライの探している人は、どんな人なんだろう。
 会わせてあげたい。結衣は心の底から願った。

 善がふっと笑う。結衣が善に目を向けると、柔らかい表情をしていて、不覚にもドキリと胸が騒いだ。

「力が流れてくるような、いい祈りだった」

 結衣は祈ったつもりではなかったけれど、善に届いたらしい。もしかして、結衣の心の中は、常に善に知られているのだろうか。
 結衣は眉間に皺を寄せて口を尖らす。

「褒めているのに不機嫌になるなんて、変なやつだな」

 善は興味をなくしたように、無表情になって正面に向き直った。
 普段思っていることは聞こえていないようでホッと息を吐く。無意識にでも、祈ったことは善に筒抜けになるようだけれど。

 昨日ローレライのいた場所に着くと、すでに歌が聞こえた。
 やっぱり悲しい気持ちがこもっていて、結衣は今日も涙を流した。

 善が親指で結衣の涙を拭う。結衣は驚きすぎて、涙が引っ込んだ。胸が早鐘を打ち、落ち着け、と込めて手で胸元を押さえた。

「泣き止んだか? ローレライがいなくなる前に話しかけろ」

 ローレライは男性が話しかけると「あなたじゃない」と言って、どこかに行ってしまう。
 結衣と善はローレライの元まで走った。
 幸いなことに、今日は近くに人がおらず、ローレライに話しかけている人はいなかった。
 近くで見ると、儚げな美人で、結衣は思わず見惚れる。

「おい!」

 繋いでいる手を善に引かれて、結衣はハッとした。
 歌に魅了されたわけではないのに、惹きつけられる魅力がある。
 こんなに綺麗なローレライの探している人は、誰なんだろう。

 結衣は大きく息を吸い込んで「あのー……」と声をかけた。
 歌うのをやめたローレライは結衣に目を向けて「あなたじゃない」と眉を下げて切なく嘆く。

「だれを探しているの?」

 ローレライは口を閉じて俯いた。

「私と隣にいる善で、探すお手伝いができないかな?」

 ローレライは口元を両手で覆い、青い瞳に涙を携えた。

「探してくれるの?」
「うん、探している時は歌うのやめてもらえる? 善が魅了されちゃうから」

 ローレライが目を細めて微笑むと、綺麗な涙が頬を伝った。
 結衣は善の肩を叩いて、こちらに視線を向けさせる。

「善、耳栓とってもいいよ」

 善は耳栓を抜くと、違和感があるのか耳を弄る。

「あっ、それでね、誰を探しているの?」

 結衣が聞くと、ローレライは白い肌を赤く染める。

「かっちゃん」

 ローレライは愛おしそうに名前を呼んだ。

「かっちゃん? 探す手掛かりが欲しいから、些細なことでも教えて欲しいな」

 ローレライは力強く頷いた。

「私とかっちゃんが出会ったのは、170年前」
「待って! 170年前?」

 結衣はローレライの言葉を遮った。ローレライは不思議そうに目を瞬かせる。

「ええ、30年間一緒にここで暮らしていたの」

 この町で一緒に暮らしていたってこと? そんなに前ならもう亡くなっている。人間はローレライと違って、そこまで長く生きられない。

「私は見聞を広げるために、いろんな国で過ごしていたの。生活費は歌を歌って船を沈めて得ていたわ」

 善の眉がピクリと跳ね上がる。

「落ち着いて。最後まで聞こ」

 結衣が止めていなかったら、善はローレライに掴みかかっていたかもしれない。

「それで?」

 続きを促す善に、結衣はホッと胸を撫で下ろした。

「日本に着いて、海からこの川に辿り着いたの。船がないから人を魅了しようと思った。私が歌っていると、手拍子が聞こえたの。私の前でニコニコと手を叩いていたのが、かっちゃんだった」
「かっちゃんは魅了されなかったの?」
「ええ、なぜかわからないけれど、かっちゃんには私の歌が効かなかった。でもあまりにも楽しそうに聞いてくれるから、私も嬉しくなって時間を忘れて歌ったわ」

 ローレライは昔を懐かしむみたいに、斜め上に目を向けて優しい表情を見せる。

「楽しく歌った後、住む場所がないと言ったら、かっちゃんは家に連れて行ってくれたの。それから30年、ずっと一緒にいたわ。私が歌うとかっちゃんは喜んでくれるし、その顔を見るのが私は幸せだった」
「素敵! 私もそんな恋がしてみたい」

 結衣はローレライの話を聞いて、胸がキューっと疼いた。
 ローレライは不思議そうに口を開く。

「隣の人が彼なんじゃないの?」
「違うよ!」

 結衣は真っ赤な顔で否定する。

「そうなの? ずっと仲良さそうに手を繋いでいるから」
「繋ぎたくて繋いでいるわけじゃない」

 善がそっぽを向いて口を開いた。

「それでも手を離さないなんて、二人とも照れているの? 私もかっちゃんと手を繋いでお出かけしたいな」

 千代のように誤解をするローレライだったが、結衣と善の繋がった手をジッと見つめて羨ましがる。

「私たちのことはどうでもいいんだって! ローレライとかっちゃんのことを教えてよ」

 結衣は熱くなった顔を手であおいだ。
 ローレライは「わかったわ」と頷いて話を再開する。

「私には親が決めた婚約者がいたの。いろんな国を見たいと出かけたけれど、期限は決まっていた。でも私はずっとかっちゃんと一緒にいたくて帰らなかったの」

 ローレライが俯く。
 幸せな恋の話が、切ないものに変化しそうで、結衣はゴクリと喉を鳴らした。

「婚約者が、帰らない私を追いかけてきたの。一人でいる時に無理矢理連れ出されてしまったわ。私はかっちゃんにサヨナラすら言えなかった」

 ローレライが涙を流し、結衣も鼻の奥がツンと痛くなる。

「連れ戻されてからは、外に出ることを禁じられた」
「閉じ込められていたの?」

 結衣がおずおずと訊ねれば、ローレライは小さく頷いた。

「ずっと監禁されていたけれど、私がずっとかっちゃんを忘れられないから、婚約者だった男は自分だけを見てくれる人に出会って、私のことを捨てたわ。だから私はかっちゃんと過ごしたここに戻ってきた。歌っていれば、かっちゃんがまた手拍子をして、私の前に現れてくれるんじゃないかって思って」

 結衣の目頭が熱くなる。
 長い間離れていても、そんなに思える人がいるなんて、素晴らしいことだと結衣は感動した。でもだからこそ、ローレライに話さなければいけないと思う。人間の寿命のことを。

 胸がキリキリと痛むが、ぎゅっと押さえつけて意気込む。

「あ、あのね、かっちゃんのことなんだけど……」

 結衣は話そうとしても、声が出てこなかった。口を開閉していると、善が結衣の後を引き継ぐ。

「人間は170年も生きられない。思い人はもうここにはいない」

 善は淡々とした口調だけれど、繋いだ手が少し震えていたように思えた。
 傍若無人で辛辣な善だけど、優しいところがあったりもする。結衣に対してはごく稀にだが。
 言いにくいことを善に言わせてしまって、結衣は気持ちが沈んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。

紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜

高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀! 片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。 貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。 しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。 利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。 二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー? 曄琳の運命やいかに!

【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔
キャラ文芸
​【平凡な高校生 × 妖従者たちが紡ぐ、絆と成長の主従現代和風ファンタジー!】 ★第9回キャラ文芸大賞エントリー中! 「選ぶのはお前だ」 ――そう言われても、もう引き返せない。 ​ごく普通の高校生・奏太(そうた)は、夏休みのある日、本家から奇妙な呼び出しを受ける。 そこで待っていたのは、人の言葉を話す蝶・汐(うしお)と、大鷲・亘(わたり)。 彼らに告げられたのは、人界と異界を隔てる結界を修復する「守り手」という、一族に伝わる秘密の役目だった。 ​「嫌なら断ってもいい」と言われたものの、放置すれば友人が、家族が、町が危険に晒される。 なし崩し的に役目を引き受けた奏太は、夜な夜な大鷲の背に乗り、廃校や心霊スポットへ「出勤」することに! ​小生意気な妖たちに絡まれ、毒を吐く蛙と戦い、ついには異世界「妖界」での政変にまで巻き込まれていく奏太。 その過程で彼は、一族が隠し続けてきた「残酷な真実」と、従姉・結(ゆい)の悲しい運命を知ることになる―― ​これは、後に「秩序の神」と呼ばれる青年が、まだ「ただの人間」だった頃の、始まりの物語。 ​★新作『蜻蛉商会のヒトガミ様』 この物語から300年後……神様になった奏太の物語も公開中! https://www.alphapolis.co.jp/novel/174241108/158016858

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

『後宮薬師は名を持たない』

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。 帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。 救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。 後宮が燃え、名を失ってもなお―― 彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

処理中です...