暁の悪魔達の狂愛物語【完結】

ノノノ

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第1部

第6話:微睡の中で②

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「ところでディアはなんで僕に会いにきてくれたの?」

ある日の晩、人間はそう聞いてきた。
この日もいつもと同じように夜遅くにおもむき、私は壁に背もたれながらベランダに立ち、人間は窓から身を乗り出して話していた。
まあ確かに、この人間にとっては少々疑問かもしれない。今更隠すことでもないので正直に話した。

「自分を封印する為に生まれた人間が居ると聞いたら興味も湧くだろう?」

「そうかな~、じゃあ僕に会った感想は?」

「正直期待外れだった」

「えっ!?」

「お前は強いが私には遠く及ばない」

元々、“不老不死の悪魔を封印する為の存在”がどれほどの者なのか確かめる為に来たのだ。
確かに強いことには違いないが、私を封印するのは無理だろう。
封印には少なくとも私を超えるほどの力が必要なのだから、私に及ばぬ時点で期待外れであることには変わりはない。
まあこんな性格の人間は初めてで、当初の予定とは違う意味で期待以上に面白いが。
こんなにフランクに会話してくる人間に最後に会ったのはいつであったか。

「ディアって暇なんだね」

拗ねたような顔でじとーと睨んでくる。
嫌味の程度が低くて不快より愉快の感情の方が勝る。

「なぜそう思う?」

「期待外れの人間にわざわざ会いに来ないよ。この場所に何度も来るなんて君にとってはリスクが高いし、この1ヶ月程君の悪い噂を全然聞かない。もしかして外で暴れ回ってるのも暇つぶしだったりする? 僕に会いに来てるから外で悪いことしなくなったなら、とっても嬉しいし誇らしいけど」

「「どうだろうな」」

適当にはぐらかそうと言葉を発すると、人間も全く同じ言葉を重ねてきた。
目を見開いていると人間は堪えきれずブッと息を噴き出して笑った。

「君はそうやってよく適当に話をはぐらかすよね。君のこと少しずつ理解できてきて嬉しいよ」

にこりと笑う顔に思わず目をらしてため息を吐くが、不快だったわけではない。どちらかと言えば照れ隠しに近い。
それに気付いているのか気付いていないのか、人間は相変わらず笑っている。
この人間と出会ってから自分の性格が丸くなっているように感じるのは多分気のせいではないだろう。
これがほだされるというやつだろうか、不思議と悪い気分ではなかった。

「ねぇディア、君って夢とか願い事とかある?」

そう聞かれてふと自分の願望が脳裏に浮かび、思わず眉間がぴくりと動いた。『初めて出会った時呟いていたから』と言われ、そんな事まだ覚えていたのかとまたため息を吐いた。
正直その件は忘れられていてほしかった。
ああ、望みはあるさ。我ながらくだらない願望だ。唯一無二の友にしか話したことがない。その友にすら呆れられた望みだ。

「…ある」

「あるの!? 適当にはぐらかされると思った…」

「数ヶ月後に死ぬ人間になら伝えてもいいかと思っただけだ」

人差し指を口元に添えて『内緒だぞ』と言うと、人間は目を見開いてブンブンと首を大きく縦に振った。
別に他者に言いふらされても誰も信じないし何も困らない、くだらない願望だ。

「誰かと永遠に眠ることだ」

そう言うと人間は見開いた目をそのままに首を傾げた。
そうだろう、普通に考えれば意味の分からない願いだ。だがそのままの意味だ。

「お前の言う通り、暇なんだ。私は人間が歴史を残す前からずっと生きてる。生まれた時に居た友人は一人を残して全員死んだ。数え切れないほど先立たれて、何度も一人きりになり、ゆっくり変わる歴史を見送った。十分過ぎるほど生きたさ」

誰かとは無理だろうから、もういっそ一人でもいい。毎朝目覚めてただ生きている日々にうんざりしていた。
この人間と抱いている気持ちはそう変わらない。私も毎日が退屈で仕方ないのだ。
違うのはこの人間と違い、私には終わりがないというだけ。

「信じられないだろうが、これでも人間を助けたことは何度もあった。暇つぶしに一通りの善行をした後、今は反対の事をしているだけ。悪事を行なっているのは退屈しのぎと、私を恨み、殺せる者が現れないかと期待しているから。
だからお前に興味を持った。私に永遠の眠りを与えてくれるかもしれないと。どうせ嘘だろうと思ったが、まあ暇だったしな」

「僕が君を封印するため生まれたのは嘘じゃないけど?」

「だが無理だろう? しかも数ヶ月後に死ぬなら成長の兆しもない」

そう言うと人間は妙案を思いついたかのように得意気に笑った。

「ディア、良い事を教えてあげる。僕はきっと君の望みを叶えられる。まあ今は無理だけど…やっぱり僕たちの出会いは運命だったと今強く感じているよ」

人間は先程の私のように人差し指を口元に添えて『内緒だよ』と言い、自身の魂に込められた魔法の話をした。

輪廻転生を利用した人間の所業とは思えない気の長い計画。
その人間を構成する全ての要素を魔法に変え、私を封印する存在だということ。
何故この人間が他の人間より遥かに強い魔力を有しているのか。
何故この人間が数ヶ月後に死ぬと分かっているのか。
そして最後に、数年かけてこっそり編み出した魔力と一緒に記憶を引き継ぐ魔法のこと。

全てを聞き終えた後、思わず口からヒュウと息が漏れた。
人間はなかなか面白いことを考える。自分より遥かに下の存在だと思っていたのに、思わず感心してしまった。

「僕の魂が君が眠るまで終わらないのだとしたら、僕に永遠の眠りを与えてくれるのは君だけだ。そして逆は僕だけ。君にとって最高の人間だよ」

その話が本当なら確かにこれ以上都合のいい人間は居ない。
それに私に遠く及ばない存在なのにこんな小国で大事に匿われている理由も納得だ。
他の者にとってはこの人間を途中で野垂れ死にさせるわけにはいかない。命を引き継ぐことが重要だからだ。

「ねぇディア、僕と契約しない?」

「契約?」

「ほら、よく聞く願いを叶える代わりに命を捧げる的なやつ。君の望みを叶えられるよう約束しよう。出来るだけ退屈させないよう頑張るから、代わりに僕の願いを叶えて。
だって君、僕のこと好きでしょ?」

そう自信満々に言ってきた。
好き? 私が人間のことが?
恥ずかしいことに、この時初めて自分の恋心を自覚した。
気が遠くなるほど長い年月を生きてきたが、個人にここまで惹かれたのは初めてだった。
自覚した瞬間、急に顔が火照るのを感じた。顔色も僅かに赤くなってるのか、人間も機嫌が良さそうに目を細めてクスクスと笑っている。熱のこもった瞳で見つめられると落ち着かない。こうも簡単に心を乱されてしまう。

「悪くない話だ」

「でしょ? 交渉成立だね」

こちらも首を縦に振ると、なんだか落ち着きがないかのようにソワソワし始める。
何が言いたいんだと黙って見ていると、言い辛そうに小さく呟いた。

「…あの、悪魔の契約さぁ、なんかないの? ヤバそうな魔法がブワーって出てとんでもない感じになるとか」

「現実にそんなものは無い。絵物語の見過ぎじゃないか?」

「えぇ…」

そもそも人間の言う、悪魔の契約の魔法云々は空想の物語の話だ。
確かに今まで個人の悪魔と人間が約束事をしたという話は聞いたことはある。基本的に利害が一致しているわけだから悪魔側も約束は守る。だがお互い破るやつは破る。
この人間、箱入り息子だからか絵物語と現実の区別がついていないこともあるようだ。

人間は『じゃあ…』と言って右手の小指をこちらに向けてきた。

「人間式の契約で」

「子供か」

呆れつつも私も右手の小指を絡めた。
まじないの言葉を言い、指を切ると人間は胸を張って堂々と宣言した。

「よし、今から僕が君の恋人兼ご主人だ」

「お前が主人の方なのか…」

「そうだよディア。ところでご主人には敬語で接するべきだよ。そう思わない?」

当然だろうと言わんばかりに普通に頷いてきた。
今更ながら肝が座りすぎている。

「はいはい、分かりましたよ我が主。…これで良いですか?」

「うん! それで良し!!」


利害の一致なのか、惚れた弱みなのか、流されるまま私たちは主従関係となった。
だからと言って私たちの関係が大きく変わることはない。ただ私は人間に敬語を使うようになり、くだらない願い事に付き合ってやった。

くだらない願い事というのは外で何か面白いことあったら話してほしいとか、ここに来る時はたまにお土産を持って来てほしいとかだ。
最低限の家具しか置いていない人間の部屋に物を持って行くのはリスクが大きいと思い、基本的にはその場ですぐ食べ終えれる果実を持って行った。

ある日適当に買った焼き菓子を持って行ったら、『ちょうど良いものがある』と言われ、その時初めて温かいコーヒーが入ったカップを渡された。
最近私との会話で夜更かしすることが多いから眠気覚ましを兼ねてたしなんでいると、たっぷりのミルクを入れてスプーンでかき混ぜながら言っていた。
コーヒーの存在は知っていた。当時は高級品で一部の上流階級の者しか手を出せない飲料だった。
独特な香りがすることと覚醒作用があるという程度の知識だけはあった。
カップを受け取った時、泥水のような見た目に初めは眉をひそめたが、嗅いだことのないかぐわしい香りにすぐに惹かれてしまった。
カップを受け取り恐る恐る口をつけた。

「苦いですね…」

「でも慣れるとクセになる味だよ」

見た目通り泥水みたいな味だと思ったが不思議とまた口をつけたくなる飲み物だった。
一口、二口と飲んでいくごとに苦味の奥にほのかな酸味も感じる。
受け取ったミルクを注げば控えめで優しい甘味がし、かなり飲みやすくなった。
そのうちブラックを好むようになってからは『よく飲めるね…』と言われたものだ。

こうして毎晩1、2時間程度の会話を楽しんでいた。
自分でも信じられないくらい穏やかな数ヶ月だった。
刻一刻と時が過ぎるたびに、人間の魂の鼓動が小さくなっているのを感じた。辺りが暗い為よく見えないが心なしか顔色も優れないように感じる。
本当に半年なんてすぐ過ぎ去ってしまうと強く感じた。

「大丈夫だよ。生まれ変わっても、どれだけ時間がかかっても、絶対に君に会いにいく」

なんの根拠もない慰めの言葉だ。
だがその言葉を信じること以外出来なかった。


―――――――――


そして人間と出会ってからもうすぐ半年が経とうとしていた。
人間の容態は見るからに悪そうだった。
人間が私がやってきたのに気が付くと、今日も笑顔で駆け寄ってくる。
窓枠から身を乗り出してくるが額にはうっすら汗が見え、呼吸も荒い。

今日の手土産のリンゴを渡すと嬉しそうに皮を向いていた。
手に持った果物ナイフが僅かに震えていて何故かこちらもハラハラしてしまった。
剥き終えたリンゴをかじるペースも落ちている気がする。
様態が良くないのなら無理に食べなくても良いというのに、この人間は渡したものは全て完食する。
…もう少し、小さいものを用意すれば良かったかもしれない。

目を凝らして魂の様子を見ると、ツギハギのような歪な魂の奥に人間の魔力が吸い込まれていくのが見えた。
外の結界も弱まってきており、死がそこまで近づいてきているのだと悟った。
私に出来ることなど何もない。
ただいつものように笑う人間の頭をポンと撫でてやったら『変なの…』と力なく笑われた。

「もう気付いているだろうけど、もうすぐ僕は一時的に深い眠りにつく。だから、もう当分ここに来なくていい。次に目覚めるのはいつになるか分からないけれど、君に絶対会いに行く」

返事をしようと口を開けるも、何も言葉を返すことが出来なかった。
出会った時から分かっていた運命を受け入れる事がこんなに難しいなど…こんなに人間に肩入れする事になるなんて思いもしなかった。
苦しそうに笑う顔を見ることしか出来ないのが辛かった。

人間が本気で言っていることは伝わるが、絶対会いに行くと言っても今みたいに軟禁されたらどうする気だ?
私はいつ目覚めるか分からないこの人間を探し当てることが出来るのか?
そもそも記憶の引き続きなど本当に可能なのだろうか。
魂は本来記憶を記録する器官ではない。通常、人間は別の者に転生すれば全ての記憶は消える。この死が本当に最後かもしれないと、急に不安が押し寄せてきた。
別れなど幾度となく経験したというのに、どうしてこんなに心を乱されるのだろう。

「こっちを向いて」

人間が呼ぶ声が聞こえて意識を引き戻される。
そう言われて振り向くと目の前に人間の顔があった。
こちらが言葉を発する前に、私の唇に柔らかい何かが触れた。

一瞬何が起きたか分からず困惑していると人間はすぐ唇を離した。
ベランダに出た人間は、精一杯背伸びして触れるだけの接吻をした。

「ディア、大好きだ」

立っているのも辛いだろうに、精一杯の笑顔を向けられた。自分が今されたこと、言われたことを一拍置いて理解して、急に胸が熱くなった。

ああ、本当に情けない。
そうだ、辛いのは私ではない。

目の前の人間…いや、“我が主”だ。

「主、信じていますから」

「うん、待っていて」

約束を交わし、私は羽を広げて塔から離れていった。主はずっとベランダに居てこちらを見送っていた。
もう目視では見えなくなるくらい離れる直前だろうか、主の部屋の扉が開かれ、誰かが入ってくるのが見えた。
最後の最後に見つかるわけにはいかないと思い、急いでその場から離れた。

もし戻っていれば、未来は変わっただろうか。
この選択を1000年も後悔する事になるとは、この時は思ってもみなかった。

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