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第1部
第6話:微睡の中で①
しおりを挟む【side:ディア】
―――――――――
暗闇の中でふと目を開ける。
正面に光が見え、その光の先ではかつての私と主が言葉を交わしていた。
大昔の…私たちが出会った頃の記憶だ。
ああ、これは夢の中だとすぐ気付いた。
この大部屋の中、投影機に映し出された映像を眺めているかのような感覚には覚えがある。
封印されている間、どういうわけか私はずっと過去の記憶を夢に見ては物思いにふけっていた。この夢を飽きることもなく何度も見ていた。
不思議でならなかったが、困るものでもないしそれくらい執着していたのだろう。
『一目惚れです!!どうか僕のものになってください!!』
頬を赤らめて照れる主と、困惑した目でそんな主を見つめるかつての私。
再び主に会うことが出来てからは見なくなっていたが、今日は主との出会い話をしていたので久しぶりに夢を見ているのだろうか。
見なくなったということは、この時の日々に未練が無くなったからだろうか。
なんとなくこの夢を見るのは最後になるだろうと思い、私は目が覚めるまでこの夢の続きを見ようと決めた。
この夢の終着点が辛い記憶だと知っているから、今まで私は最後まで見られなかった。
でも今は主と再会し、理想の最後に向けてゆっくり歩み始めている。
今ならきっと全てを見ることが出来るだろう。
記憶の映像は、続きをゆっくりと流し始めた。
……
…
◆―――――――――◆
「言っちゃったっ…!」
突然意味の分からない告白をしてきた人間はまるで生娘のように照れながら落ち着きなく首を振っていた。言葉をうまく咀嚼できず呆然としていたが、次第に羞恥なのか怒りなのか分からない感情が迫り上がってきた。せりあがってきた。
「馬鹿にしているのか?」
鎖をつかんでいる人間の手を思いっきり振り払う。
バチンと大きな音が鳴り、痛そうに眉をしかめた人間は鎖を離した。首に巻きついている鎖を引きちぎろうと引っ張るが、うまく力が入らない。この鎖には強い封魔の力が込められている。
私を封印するために生まれただけはある、さすがに素手では破壊するのは難しそうだ。
まあいい、人間にしては確かに強い。
だがこいつには期待外れだ、私を封印することなど出来はしない。場合によっては様子見で済ます予定だったが、今ここで殺してしまってもかまわない。
素手で破壊は無理だが、魔力の制御を開放してしまえばこんな鎖この塔ごと…いや、小国ごと破壊できる。
制御を緩め、右手の親指と中指で輪を作り、人間の方に向ける。
『ビ―――ビ―――!!』
私の魔力に反応したのか、部屋中に危機を知らせる警報のような音が鳴り響く。
この部屋は孤立している塔とはいえ、じきに警備の人間たちが集まってくるだろう。でも関係ない、そいつらごと消滅させてしまえばいい。
力を放とうとした瞬間、人間は慌てたように声を張り上げる。
「待って! 今殺されたら君を愛する事だって出来ないじゃないか!? 僕にもうちょっと時間を頂戴!」
「は? 意味が分からん…」
命乞いでもされるかと思えば予想だにしない言葉に呆気に取られ、そのまま手をおろしてしまった。目の前の人間は殺されそうになっているにも関わらず、臆することなくこちらに近づいてきた。
咄嗟に一歩後ろに下がったが、人間は私の両手を手に取ってこちらに向けて笑顔を向けてきた。
「長くなるから今は詳細を語れないけど、僕はもうすぐ死ぬ。だから最後に…一生に一度の唯一の夢を叶えてほしい」
『誰かを愛し、愛される夢を』と、人間は告げた。
私がそんなものに付き合う必要はない。そう思っているのに、
「唯一の夢…」
その言葉が胸につっかえて咄嗟に手を振り払うことが出来なかった。
自分にも叶えたい夢があった。それがどうしても無理だろうと思いながらも、淡い期待を込めてここに来たくらいなのだ。
その時、出入り口の扉の奥から慌しく誰かが走ってくる音が聞こえた。
2、3人くらいは居るだろう。次第に大きくなっていき、数秒後には扉の前に着きそうだ。
「チッ…」
悠長に話をし過ぎた。目の前の人間の手を振り払って窓枠に手をかける。視界の端で人間が手を伸ばして引き留めようとしているが知ったことか。
悩んでいる暇もなく、消していた羽を出現させ空へと逃げた。
離れたところで一度だけ振り返ると、あの人間が部屋に入ってきた者たちと何か話をしている。
国ごと滅ぼしてやろうと思ったのに、そうすることも出来ず何故か逃げてしまった。今からでも戻って暴れることも出来たはずなのに、そうする気にもなれなかった。
あの人間が言った言葉が胸に突っかえて離れない。
その日は何かをすることもなく、そのまま住処へ帰った。
―――――――――
「こんばんは! 嬉しい! また来てくれるとは思わなかったよ!」
「お前もうすぐ死ぬんじゃなかったのか」
「そんな数日では死なないよ。あと半年くらい?」
「ずいぶんしぶといな…」
「そうでもないよ。半年なんてあっという間だ」
一週間後の夜、私はまたこの人間に会いに来ていた。
初めて出会ってから数日はいろいろと騒ぎが大きかったので、大人しく身を潜めていた。
今も警備兵が増えはしたが、この人間が大丈夫だからとある程度人払いをしたらしい。
一応、私に殺されかけたというのに本当にのんきな人間だ。
私は以前と同じように塔のベランダに降り立つと、待ってましたと言わんばかりにすぐさま窓が開けられた。
あまりの躊躇なさに罠かと疑ってしまうほどだったが、人間は窓から身を乗り出してこちらの顔を覗き込んでくる。落ち着きなく両手の人差し指をいじりながら何を言うべきか考えているようだ。
「えっと…沢山お話がしたいなぁと思っていろいろ考えていたのだけど、何から話そうかなぁ…。そうだ! とりあえず君の名前を教えてくれないかな?」
「…ディアボロスだ」
その名を言えばほぼ全ての悪魔は恐れおののく存在だ。
目の前の人間がそれで萎縮するとは期待もしていなかったが、
「うわ長い…じゃあディアで」
勝手に省略するな。それにそんなに長い名前でもないだろう。
文句を言っても『まあ良いじゃん』と笑いながら話を流してくる。こちらの気持ちを無視して一方的に話を続けようとするので、人間の言葉を遮るように低い声で話に割り込む。
「その前に、お前は立場というものを分かっていない。お前たち人間は私より遥かに格下の、悪魔の隷属だろう?」
そう言って革製の首輪を目の前に投げてやった。
魔界の店で買ったものだ。魔法が使える状況なら決して切れない強固な首輪でも作って縛り付けてやろうと考えたが、この場所では難しいので用意した。
正直こんな考えの読めない人間の奴隷なんていらない。
先週、突然私を縛ってきやがったので嫌がらせの兼仕返しの為に持ってきたものだ。
投げた首輪を手に取った人間は分かりやすいぐらい不服そうに革製の首輪を指でつついていた。
予想通りの反応で鼻で笑ってやろうとしたら、
「なんでこんな安そうでフニャフニャな革製なの、もっとこう…『お前は私のものだ、離さないぜー』と言いたげな気概を感じない。でも束縛したい気持ちは通じるという部分を加点して60点」
予想外の言葉を返された上に変な点数までつけられた。
嫌がらせの為に買った安物の首輪なので、この人間を束縛したい気持ちはない。不名誉である。
しかもその首輪を自分で首に着けはじめた。
『うわ…』と引いて一瞬視線をそらすと、首にジャラ…という小さな金属音がして肩に重みがかかる。
まさかと思い首元を見ると、また私の首に人間の魔法の鎖が巻き付いていた。しかも今度はちゃんと首輪付きだ。首輪の先には鎖が付いており、その先は勿論人間が握っている。鎖をぐいっと引っ張られ、顔を人間の首元に寄せられる。
「お揃いだねぇ…」
人間は嬉しそうに口をにやりと歪めながら笑った。
まただ、この目で見つめられると背筋が痺れるような感覚がする。心臓の鼓動が早くなり、目をそらすことが出来ない。見つめられていると支配されているかのような錯覚に陥る。
私は手を人間の顔にぐいっと押し当てて身体を離した。
「ぐえー」
「嬉々として首輪を付けるやつと一緒にするな」
そう言いつつも、何故かこの人間に無骨な首輪を繋がれている事に悪い気がしなかった。今まで、これほどまでに私は誰かに執着されたことがない。だがこの時は、自覚したくない心地よさを受け入れる余裕は持ち合わせていなかった。
外そうと首輪を引っ張るが、この人間の魔法には悪魔の力を抑える封魔の力が込められているせいで力が入らない。
こちらが魔法を使わない限りこの鎖を壊すことが出来そうにない。
不本意だが“お揃い”のまま、一晩を過ごした。
また次の日はこうだ。
窓から身を乗り出して顔を出す人間の首には昨日私が渡した首輪をつけていた。なんだか気持ち悪いので爪で引っ掻くようにして切ると残念そうに不貞腐れていた。
ベランダに落ちた革製の首輪は取られる前にサッと私のポケットにしまい込む。
「こんなもの不要だろう…そうだ、お前が欲しいものはなんだ? 気が向いたら代わりに持ってきてやってもいい」
この人間の部屋は殺風景でつまらない。最低限の家具が置いてあるくらいで個性も拘りも何も感じない。不自由な暮らしで買い与えられていないとかでなければ、物欲はあまりないのかもしれない。
仮にそうだった場合、数少ない欲しいものを持ってきて目の前で壊してやれば、少しは面白い反応を見せるだろうか。
人間はうーんと考えながら私の腕をじろじろと見ている。
なんだ? 今は何も持っていないはずなのだが…
「君の左腕とかちょっと欲しいかも」
意味が分からん。
思わず顔が引きつるが、対する人間は何故か恥ずかしそうに照れている。
「君が居ない時も手を繋げるかなって…でもやっぱり本人と手を繋いでみたいかも」
「…断る」
「まだちゃんと頼んでないじゃん!」
―――――――――
その後も何度も夜に会いに行った。
別にあの人間の夢をかなえるためではない。ただの暇つぶしだ。
実際この人間、予想外の反応の数々で暇つぶしには適していた。
今まで何人もの悪魔、人間と関わってきた。
殆どの人間は目の前に現れただけで私を恐れて命を乞い、みっともなく泣きわめいた。
どうか女子供だけはと叫ぶ男の前で、あえて女子供だけを殺してみた。勇敢なものは私に剣を向けるもののそれを振り下ろすことも出来ず、私の目の前にたどり着く前に塵となって消えた。
そんな私を格下の悪魔たちは尊敬のまなざしを向ける。
ある日は私の配下になり、他の者たちに対して優位に浸ろうとする男の悪魔の片目を握り潰した。
ある日は私にすり寄り、甘い汁を吸おうとするハイエナのような卑しい女悪魔の下半身を裂き、使い物にならなくしてやった。
長い長い時を生き過ぎて募った焦燥感を潤すため、思いつく悪事は一通りやった。
しかし楽しいのはその一時の間だけ。力尽きて倒れる亡骸の前で、溜息を吐く。
だからといって他者を助けようとする善良な心などもう持っていない。自分が何を求めているのか自分でもよく分からなかった。
だが、その答えをこの人間は持っているのではないかと期待していた。
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