暁の悪魔達の狂愛物語【完結】

ノノノ

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第2部

第11話:千年世界の引き籠り魔女③

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【side:ディア】
―――――――――



「特別な酒を持ってきてやったぞ。もう無くなる寸前だったわ。感謝せえ」

主が先付けを用意してくださった頃、イブリースは1つの徳利と2つのおちょこを持って私の前に置いた。イブリースが徳利を持って口をこちらに向けてくるのでおちょこを受け取り、そのまま中身を注いでもらった。
米から作られた濁りのない透明な酒だ。甘くふくよかな香りがする。

「まああれじゃ、再会を記念して乾杯といこうかの」

「ああ、有難う」

私はイブリースが持っているおちょこに、自分が持っているおちょこをコツンと合わせてクイっと一気に飲んだ。甘口のコクのある味わいが舌に広がる。

「おぬし、この酒のことを覚えておるか?」

イブリースは徳利を軽く揺らしながら聞いてくる。
正直味は全く覚えてはいない。だがこれがなんの酒なのかは予想がつく。

「私が封印された直後にくれたものか?」

「ほう、ちゃんと思い出しておったか」

「数ヵ月前にな。主と再会してしばらく経った後だ」

「なんじゃ、随分遅かったの」

イブリースは呆れたように串焼きをかじる。
私が過去の出来事を最後まで思い出さないようしていた事は想定外だったようだ。それならばあんな状態の時に来なければ良いものを。

「イブリース、何故私の意識が朦朧もうろうとしているときに来た? 何故主が生きていることを直接教えなかった?」

この時の出来事も本人の口から聞いておきたかったのだ。
イブリースは目を伏せて何かを考えているようだった。

「あの童を甘くみとったからかのう。記憶の引継ぎなんぞ出来ないと思っておった」

ああ、そういえばあの時見た夢の中でそんなことを言っていた気がする。
人間のことは信用できないと、余程の執着がないと記憶の引継ぎなんて出来ないと。

「意識がはっきりし始めた頃のおぬしに言えば、おぬしはすぐさま封印を破ってあの童を探しに行ったであろう?  それで童の方がおぬしの存在も契約とやらも全て忘れてしまっていたら? 覚えておっても他の人間に惹かれ、不老不死の悪魔であるおぬしを怖がり強く拒絶でもしてしまえば? 童のことを想い、苦痛の中封印されてやったおぬしは酷く傷つき、何をしでかすか分からないと思ったのじゃ」

正直これには反論が出来ないな。
今でこそ少しだけ落ち着いたが、あの時は私はとにかく主の存在に執着していた。だからこそ封印の苦痛に耐えることが出来た。もしあの大剣に主の魂は無く、外の世界で生きていると知れば、感情を抑えきれず血眼になって探していたと思う。
主は絶対会いに行くと約束してくださった。私は今でもそれを当然のように信じているが、そうか、忘れられていた場合の事は考えていなかった。
恋は盲目という言葉がある。自分がまさにそれなのだ。

「だから全てをゆっくり、少しずつ思い出し、気持ちの整理がついてから行動を起こしてほしいと思ったのじゃ。まさか本当に1000年封印されとるとは驚いたわ。一生会えぬかと思っておったぞ」

「それはすまない」

「まあ、またこうして酒をかわす事が出来たからええ」

イブリースはからになった私のおちょこに酒を注ぐ。
主が作ってくださったつまみも有難く頂きながら、しばらく談笑は続いた。

私が封印されていた間の魔界のこと、人間界のこともいろいろ伝えられた。イブリースはこの世界に引き籠っているはずなのに何故か外の世界の情報もいろいろ知っていた。
今頃魔界で大規模な人間オークションを開催しているとか…私が封印された時といい、一体どうやってこうも素早く情報を集められるのやら。

「お取込み中のところごめんね、夕飯の準備させて」

つまみを半分以上食べ終えたころ、主が大鍋を持ってこちらにやってきた。
鍋には半透明の茶色のスープと様々な野菜や肉が投入されている。切ったものを入れただけでまだ火は通っていないが、どうやら夕飯は寄せ鍋のようだ。

「せっかくだし囲炉裏使ってみたいんですよね。良いですか?」

「うむ、かまわんぞ」

イブリースがそう言うと囲炉裏の中央に組まれていた木炭が突然燃え始めた。
主は鍋を設置し、蓋を閉じた。しばらくすれば鍋の中からぐつぐつと沸騰し始める音が聞こえ、蓋の隙間から湯気と味噌の香りが漂い始める。

主は私に出会う前も長い間一人旅をしていたらしい。
その影響で料理のスキルはそれなりにある。有難いことに旅をしている最中の料理は、殆ど主が作ってくださっている。特に煮物系はかなり美味い。
イブリースも匂いを嗅いで少しだけ表情をほころばせていた。

「そういえばしばらく主と行動していたよな。お前にはどう見えた」

最後の串焼きに手を伸ばすイブリースに尋ねる。

「む? そうじゃの、なかなか度胸はあるみたいじゃが想像より普通の童じゃったな。おぬしが心酔しているくらいだしもっと変人かと思っておった」

「そうだな、確かにそう見える」

「なんじゃその自分だけが知っていれば良いみたいな態度は。キモいのう」

「ああ見えてかなり執着心が強い方だ。背筋が痺れる」

「それ以上惚気のろけるなら追い出すぞ」

食べ終えた串をやや乱暴に皿に戻すイブリースは、不機嫌そうな顔をしている。残念ながらあまり自慢は聞いてもらえないようだ。

「だがお前、主と戻ってきた頃から少しだけ様子が違う。何かあったか?」

イブリースは少しだけ目を見開いて一瞬固まっていた。
何か思う事があったのか、どこか遠くを見てしばらく何かを考えているようだった。

「…別に。まあ、引き籠っているのも飽きたし、新しい出会いも悪くないと思っただけじゃ」

最後の酒を注ぎ、口をつけながら小さな声で言った。
何があったのかは知らないが、イブリースの心にもわずかに変化が起きたらしい。そういった意味でも、主をこの世界に連れてきて良かったと思えた。

その後、主が作り立ての副菜と炊き立ての米をお盆に載せて持ってきてくださった。
鍋の蓋を開ければ、それまで蓋の隙間から漏れていた香りがフワっと部屋中に広がった。よく火が通っていて食べごろのようだ。灰汁をさっと慣れた手つきで掬い取り、小皿を並べる。

イブリースは追加の酒と主にもお茶を持ってきて近くに置いた。
3人で囲炉裏を囲い、鍋を食べ始める。美味い料理を食べながら、友と主が言い争っているのをぼんやり眺めていた。

たまにはこんな賑やかな食事も良いものだ。
幸せな食事は、マナの秘薬が出来上がるまでずっと続いた。


―――――――――


「うむ、もうしっかり乾いておるな」

食事を終えて主と皿洗いを終えたころ、イブリースは型に詰めた薬を持ってきた。
床にシートを敷いて型をひっくり返し、窪みの反対側を押し込むとマナの秘薬がポロポロとシートに落ちた。濃い緑色のその錠剤は、大昔に見たマナの秘薬そのものだった。

「容器も必要じゃろう? 煮沸消毒しておいた瓶じゃ、持ってけ」

「あ、有難うございます!」

「では半分貰っていくぞ」

主が瓶を受け取ったと同時にイブリースは何食わぬ顔でマナの秘薬を半分くらい掴み、持っていたもう1つの瓶に入れた。
主は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

「ディアボロスにもおぬしにも不要な物じゃろ? ルシファーには1錠あれば良い」

「それは流石にケチすぎません!? というかイブリースさんにも不要でしょう?」

「わらわには不要じゃが、これを求める悪魔は数え切れぬほど居るからの。何かに使えるかもしれん。感謝するぞ童」

主はどこか納得いかないという顔をしていたが、元々私たち用ではないので『まあいいか』とやや不機嫌そうに答えた。まあ、確かにルシファーの能力のことを考えれば極論1錠で良いはず。

これで私たちの仕事は完全に終わった。
食事も話したいことも話し終えたし、約束の時間までもうすぐだ。
そろそろ引き上げる頃だろう。

荷物をまとめ、マナの秘薬もしっかりリュックに入れたことを確認して玄関の扉を開けた。イブリースも玄関まで見送りについてきた。
私は玄関の外に、『グランコクマ帝国』近郊の森に繋がるを作った。この世界に着くときは入口は森の中で固定されているが、出ていくときはどこでも可能だ。

「えっと、お世話になりました」

主が深く頭を下げて礼をする前で、イブリースは軽く会釈をした。
私も一言礼を言い、を開いた。
その内また会いに来るつもりだったため、今更たいそれた挨拶をする必要もないと思った。イブリースはそんな私の顔を見ながら、少し目を細めて笑った。

「幸せにな」

珍しく優しい声色だった。

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