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【番外編:二人の友人達の話】
第三王子の婚約者(後編)
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「殿下……。いい加減にティアディーゼ様で遊ばれるのは控えられた方がよろしいのでは? あまりにも悪ふざけが過ぎますと嫌われますよ?」
昨日、7人の令嬢達に囲まれたエクトルにティアディーゼを向かわせてくれたリュカスだが、現在はエクトルに白い目を向けている。
今の二人は学園内の食堂で他の生徒達と同じように昼食を取っていた。王族とは言え、特別扱いされる事を嫌うエクトルは、こうしてよくリュカスと一緒に学食を利用する。
「人聞きが悪い言い方をしないで欲しいな。僕がいつティアで遊んだと言うんだい?」
「殿下は毎回、溢れんばかりの下心を抱いたご令嬢方に囲まれると、必ずと言っていい程、ティアディーゼ様に救いを求めるような視線を送られますよね? 本来ならば、ご自身でその状況から余裕で抜け出せるというのに……。幼少期の頃から、敢えてティアディーゼ様に撃退をさせている事を僕が気付かないとでもお思いですか?」
「リュカ……もしかして昨日、ロナリア嬢に何か吹き込まれたのかい?」
「吹きこまれてはおりません。ですが、昨日の殿下の状況を見たロナが、かなりティアディーゼ様に同情めいた感情を抱いていたのは事実です」
「君さ、ちょっとロナリア嬢から影響を受けやすくないかい? どうせ彼女にティアが僕の事で苦労してそうとか言い出されて、それを君が鵜呑みにして何とかしようと動き出したようにしか思えないのだけれど……」
「半分は正解ですが、残り半分は殿下のその特殊な愛情確認の方法に呆れているだけです」
バッサリと切り捨てるように言い放ったリュカスは、そのままフイっと目線を逸らす。その態度にエクトルが片眉を上げて怪訝な表情を浮かべた。
「特殊な愛情確認? 僕はそんな事はしていないよ?」
そう返したエクトルにリュカスは不敬と見なされそうな程、顔を顰めて大きく息を吐いた。その反応にエクトルは、目を細めながら笑みを返す。
「殿下は敢えて、野心的なご令嬢方に囲まれる事に甘んじていらっしゃいますよね? 毎回必死にそれを追い返しに来てくださるティアディーゼ様のご様子を見たいが為に!」
リュカスが呆れたような口調で言い放つと、エクトルが更に笑みを深めた。
「だって仕方がないじゃないか。僕の為に一生懸命になってくれるティアは、本当に愛らしいのだから」
「その影響でティアディーゼ様が、陰で何と囁かれているかご存知ですか?」
「『第三王子の婚約者気取りの傲慢な侯爵令嬢』……かな?」
エクトルの返答を聞いたリュカスは、今度は苛立つように声をあげる。
「その事をご存知なのに何故、ティアディーゼ様にあのような役割を担わせていらっしゃるのですか!? その事でロナが心を痛める事があるので今後は野心的なご令嬢の撃退は、ご自身でなさってください!!」
「えー? 嫌だよ……。そうしたら僕の為に一生懸命になってくれるティアの姿を見る機会が減ってしまうじゃないか……」
「その姿が見たいが為にティアディーゼ様が周りの者達より、陰口を叩かれてもよろしいのですか!?」
リュカスにとっては、大切な幼馴染のロナリアが一番親しいティアディーゼを悪く言われる事に心を痛め、必死にティアディーゼの弁明に奮闘している様子は、あまり気分の良い状況ではない。
しかもその状況を故意に作っているのが、この第三王子なのだ……。
その為、どうしてもエクトルを非難するような言葉が出てしまう。
しかし当のエクトルの方は、更に笑みを深めるように口角を上げる。
「ティアが陰口を叩く低俗な人間に屈するとでも? 彼女は誇り高き侯爵令嬢だ。降りかかった火の粉は自分でしっかりと振り払える。だけど、そうでなくなった場合は、すぐに僕が彼女の支えとなる。それでも今の彼女には、僕の為に一生懸命奮闘する姿を周りに印象付ける必要があるんだ。なんせ彼女は未来の第三王子妃なのだから」
その言葉を聞いたリュカスが瞳を大きく見開いた。
「えっと……。ティアディーゼ様とのご婚約がついに確定されたのですか?」
「うーん、正確にはまだだけど……やっと兄上達が頷きかけている感じかな」
そう答えたエクトルは、やや苦笑気味に答える。
そもそもエクトルの婿入り先は国内の有力貴族ではなく、西側の隣国の王家かその有力貴族にと王太子と第二王子が押していたのだ。
その理由が、西側との交易関係の絆を強める事が目的な政略結婚だ。
しかし、エクトルは魔法学園に入学した際、自国の侯爵令嬢であるティアディーゼに興味を抱いてしまった。以降、ずっと兄達にティアディーゼとの婚約を望んでいる事を訴え続けていた。
自国の有力貴族との繋がりは王太子である長兄の婚約者で築けており、東の隣国との繋がりは、第二王子がその国の第三王女と婚約した事で強固となりつつある。その為、兄達は末の弟であるエクトルに西側との繋がりの架け橋を担わせたかったのだ。
しかし、当のエクトルはその政略的な婚約を突っぱね続けていた。
自分達と同様に合理的な考えが強かったはずの末の弟のその予想外の主張に王太子と第二王子は驚く。同時に何故弟が、そこまでティアディーゼとの婚約を望むのかも理解出来ないでいた。
エクトルがティアディーゼと出会ってから早7年。
その間、『第三王子の有力な婚約者候補筆頭』と言われ続けてきたティアディーゼが、何故すぐにエクトルとの婚約が成されなかったのか……。
その背景には、エクトルが兄二人にティアディーゼとの婚約を認めさせようと、陰で奔走していた経緯がある。
それがここ最近になって、やっと兄達が折れ始めた。
そしてその兄達の考えが変わり始めた切っ掛けはエクトル自身が作っていた。この7年間、オークリーフ家の管理する領地と西側の隣国との交易が盛んになるよう働きかけていたのだ。その甲斐もあり、現在のオークリーフ家は西側との窓口的立場となっている。
これならばエクトルが西側の隣国へ婿入りするような政略的な婚約をしなくても、十分交流が深められるだろう。
「正直、ここまで準備するのにこんなにも時間が掛かるとは思ってもみなかったのだけれど……。オークリーフ家は侯爵家の中でもかなり表舞台に出て来ない控え目な家柄だからね。その代わり領内での慈善活動には、かなり力を入れているので領民達からの支持率は高い。そこをもっと世間的に注目をして貰えるようにしたかったのだけれど、あそこの家系は自分達の事よりも周りの人間の事ばかりを優先する血筋のようでね……」
苦笑気味にエクトルが語ると、リュカスの方も思わず苦笑してしまう。
正直リュカスにとってティアディーゼは、ロナリアを取り合う仲なので邪魔な存在でもある。しかし、彼女は常にそのロナリアの事を気遣ってくれる。
ティアディーゼにとってロナリアは初めて出来た友人という事もあるが、口うるさくなりつつも彼女が困っている時は、たとえ周りを敵に回してでも真っ先に助けに出てくれるのだ。
そんな思いきりのよい行動力を発揮するティアディーゼに対して、悔しい事に同じようにロナリアが大切であるリュカスは、彼女をなかなか邪険には出来ない。
「それでもティアディーゼ様のあのロナに対する過保護ぶりは、少々お控えいただきたいのですが」
「無理だろうね。そもそもその道理で言えば、君だって同類じゃないか。もしかして君達って同族嫌悪という関係なのかな?」
「エクトル殿下が、しっかりとティアディーゼ様を確保してくだされば、ロナへの執着や興味も少しは薄れると思いますが?」
「嫌だよ。そんな事をしたら、ティアがロナリア嬢の為に懸命に奮闘している姿が見られないじゃないか。何かに必死で取り組んで、しかも空回りしてしまい、落ち込んでいるのにそれを僕の前で必死に隠そうと気丈に振る舞っているティアのあの意地らしい様子が、僕にとってたまらない程、愛しくて愛らしいんだよ?」
「エクトル殿下のそのティアディーゼ様に対する愛情は少々……いえ、かなり歪んでいらっしゃると思います」
リュカスのその言葉にエクトルが白い目を向ける。
「君が……それを言うの?」
「何故、僕が言ってはいけないのです?」
「うーん、無自覚なのか……。君もなかなか厄介な愛情の抱き方をする人間のようだね」
「殿下と一緒になさらないでください。そもそも僕達の間にあるのは友愛です!」
「友愛ね……。そういえばリュカ、最近僕に対して不敬ギリギリな態度が目立ってきているよね?」
「そうでしょうか?」
サラリと流すように答えたリュカスにエクトルが責める様な視線を向ける。
「大体、君は初等部の頃に初めて顔を会わせた時から僕に対して、かなり迷惑な会話展開をしてくれていたよね?」
「迷惑……? 僕はそのような動きをしておりましたか?」
「自分に令嬢達の興味が向かないように僕を生贄にしていたじゃないか!」
「第三王子殿下という尊き身分の方がいらっしゃるのに一介の伯爵令息の僕に話題が集まる等、おこがましいと思い、幼いながらも配慮したのですが」
「やっぱり! 君あの時、ワザと僕を生贄にして逃げたね!?」
「さぁ……。殿下が何の事をおっしゃっているのか、理解しかねますが……。それは殿下の誤解では?」
「いいや! 絶対に僕をご令嬢避けに使ったよね!?」
「現状、ティアディーゼ様をご令嬢避けにされている殿下に責められるいわれはございません」
「君のその毒舌な口ぶりをロナリア嬢に聞かせたくて仕方ないよ……」
「僕はロナの前でもこのような口調ですが?」
「いいや! ロナリア嬢の前では完璧な令息の化けの皮をしっかり被っているだろ!? それ無意識なのかい!? 物凄くタチが悪いよ!」
「ティアディーゼ様の前では、押しに弱そうな気弱な王子像を演じられている殿下にだけは言われたくないです」
「…………」
口の減らない未来の側近候補の態度に遂にエクトルが閉口する。
自身で最有力側近候補に選んではみたものの、将来的にリュカスが公務の補佐をするようになれば、確実に遠慮のない言葉を頻繁にエクトルに放ってくるであろう……。
そんな可愛げのないリュカスが学園卒業間近に正式に側近になる事が決まった際、エクトルは盛大な嫌がらせを仕掛ける。
「何故、殿下のご婚礼が公務の関係で先延ばしにされた事に僕まで巻き添えにされなければならないのですか!?」
「えー……。だって僕も早くティアと夫婦になりたいのに先延ばしにされたのだよ? それなのに側近の君が新婚特有の甘い空気を醸し出していたら、僕の精神面に悪影響を及ぼすじゃないか……」
「殿下は、いつからそのような繊細なお心になられたのですか?」
「僕は昔からとても繊細な心の持ち主だよ?」
「真顔でご冗談をおっしゃらないでください……」
卒業後は、早々にアーバント家に婿入りすると意気込んでいたリュカスにとって、このエクトルの仕打ちはかなり腹立たしいものだろう。
しかし、幼少期に令嬢達の生贄にされた恨みをエクトルは未だに根に持っている。
だがそれが切っ掛けでティアディーゼという令嬢を発掘出来たのだが……。
「それにしても……ティアは僕にこれ程までに溺愛されている事に全く気付けない部分は、西側の国と交渉する機会が多い侯爵夫人として、いささか問題視しなければならないよね……」
「殿下のその行動は溺愛なのですか? 執着愛のお間違いでは? そもそもそのような分かりづらい愛情表現の仕方では、いつまで経ってもティアディーゼ様はお気づきにはなってくださらないと思いますよ?」
「相手を追いつめる程、無自覚に溺愛をダダ洩れさせていた君にだけは、言われたくないよ!!」
二年後――――。
やっと最愛の婚約者と挙式し、臣籍に下るという形でオークリーフ家に婿入りしたエクトルだが……。
その後も一生懸命を絵の描いたような日々を元気いっぱいに過ごす新妻は、なかなか夫の溺愛ぶりに気付く気配がなかったそうだ……。
その事でリュカスに愚痴をこぼしに度々アーバント子爵家を訪れる若きオークリーフ侯爵の姿がその後、頻繁に目撃されたそうな……。
――――――【★ご案内★】――――――
以上で番外編『第三王子の婚約者』は終了です。
次話は友人ライアンが学園在学中に綴った日記になります。
(ライアンの一人称で綴られたコメディー色強めの内容の日記です。笑)
引き続き『二人は常に手を繋ぐ』の番外編をお楽しみください。
―――――――――――――――――――
昨日、7人の令嬢達に囲まれたエクトルにティアディーゼを向かわせてくれたリュカスだが、現在はエクトルに白い目を向けている。
今の二人は学園内の食堂で他の生徒達と同じように昼食を取っていた。王族とは言え、特別扱いされる事を嫌うエクトルは、こうしてよくリュカスと一緒に学食を利用する。
「人聞きが悪い言い方をしないで欲しいな。僕がいつティアで遊んだと言うんだい?」
「殿下は毎回、溢れんばかりの下心を抱いたご令嬢方に囲まれると、必ずと言っていい程、ティアディーゼ様に救いを求めるような視線を送られますよね? 本来ならば、ご自身でその状況から余裕で抜け出せるというのに……。幼少期の頃から、敢えてティアディーゼ様に撃退をさせている事を僕が気付かないとでもお思いですか?」
「リュカ……もしかして昨日、ロナリア嬢に何か吹き込まれたのかい?」
「吹きこまれてはおりません。ですが、昨日の殿下の状況を見たロナが、かなりティアディーゼ様に同情めいた感情を抱いていたのは事実です」
「君さ、ちょっとロナリア嬢から影響を受けやすくないかい? どうせ彼女にティアが僕の事で苦労してそうとか言い出されて、それを君が鵜呑みにして何とかしようと動き出したようにしか思えないのだけれど……」
「半分は正解ですが、残り半分は殿下のその特殊な愛情確認の方法に呆れているだけです」
バッサリと切り捨てるように言い放ったリュカスは、そのままフイっと目線を逸らす。その態度にエクトルが片眉を上げて怪訝な表情を浮かべた。
「特殊な愛情確認? 僕はそんな事はしていないよ?」
そう返したエクトルにリュカスは不敬と見なされそうな程、顔を顰めて大きく息を吐いた。その反応にエクトルは、目を細めながら笑みを返す。
「殿下は敢えて、野心的なご令嬢方に囲まれる事に甘んじていらっしゃいますよね? 毎回必死にそれを追い返しに来てくださるティアディーゼ様のご様子を見たいが為に!」
リュカスが呆れたような口調で言い放つと、エクトルが更に笑みを深めた。
「だって仕方がないじゃないか。僕の為に一生懸命になってくれるティアは、本当に愛らしいのだから」
「その影響でティアディーゼ様が、陰で何と囁かれているかご存知ですか?」
「『第三王子の婚約者気取りの傲慢な侯爵令嬢』……かな?」
エクトルの返答を聞いたリュカスは、今度は苛立つように声をあげる。
「その事をご存知なのに何故、ティアディーゼ様にあのような役割を担わせていらっしゃるのですか!? その事でロナが心を痛める事があるので今後は野心的なご令嬢の撃退は、ご自身でなさってください!!」
「えー? 嫌だよ……。そうしたら僕の為に一生懸命になってくれるティアの姿を見る機会が減ってしまうじゃないか……」
「その姿が見たいが為にティアディーゼ様が周りの者達より、陰口を叩かれてもよろしいのですか!?」
リュカスにとっては、大切な幼馴染のロナリアが一番親しいティアディーゼを悪く言われる事に心を痛め、必死にティアディーゼの弁明に奮闘している様子は、あまり気分の良い状況ではない。
しかもその状況を故意に作っているのが、この第三王子なのだ……。
その為、どうしてもエクトルを非難するような言葉が出てしまう。
しかし当のエクトルの方は、更に笑みを深めるように口角を上げる。
「ティアが陰口を叩く低俗な人間に屈するとでも? 彼女は誇り高き侯爵令嬢だ。降りかかった火の粉は自分でしっかりと振り払える。だけど、そうでなくなった場合は、すぐに僕が彼女の支えとなる。それでも今の彼女には、僕の為に一生懸命奮闘する姿を周りに印象付ける必要があるんだ。なんせ彼女は未来の第三王子妃なのだから」
その言葉を聞いたリュカスが瞳を大きく見開いた。
「えっと……。ティアディーゼ様とのご婚約がついに確定されたのですか?」
「うーん、正確にはまだだけど……やっと兄上達が頷きかけている感じかな」
そう答えたエクトルは、やや苦笑気味に答える。
そもそもエクトルの婿入り先は国内の有力貴族ではなく、西側の隣国の王家かその有力貴族にと王太子と第二王子が押していたのだ。
その理由が、西側との交易関係の絆を強める事が目的な政略結婚だ。
しかし、エクトルは魔法学園に入学した際、自国の侯爵令嬢であるティアディーゼに興味を抱いてしまった。以降、ずっと兄達にティアディーゼとの婚約を望んでいる事を訴え続けていた。
自国の有力貴族との繋がりは王太子である長兄の婚約者で築けており、東の隣国との繋がりは、第二王子がその国の第三王女と婚約した事で強固となりつつある。その為、兄達は末の弟であるエクトルに西側との繋がりの架け橋を担わせたかったのだ。
しかし、当のエクトルはその政略的な婚約を突っぱね続けていた。
自分達と同様に合理的な考えが強かったはずの末の弟のその予想外の主張に王太子と第二王子は驚く。同時に何故弟が、そこまでティアディーゼとの婚約を望むのかも理解出来ないでいた。
エクトルがティアディーゼと出会ってから早7年。
その間、『第三王子の有力な婚約者候補筆頭』と言われ続けてきたティアディーゼが、何故すぐにエクトルとの婚約が成されなかったのか……。
その背景には、エクトルが兄二人にティアディーゼとの婚約を認めさせようと、陰で奔走していた経緯がある。
それがここ最近になって、やっと兄達が折れ始めた。
そしてその兄達の考えが変わり始めた切っ掛けはエクトル自身が作っていた。この7年間、オークリーフ家の管理する領地と西側の隣国との交易が盛んになるよう働きかけていたのだ。その甲斐もあり、現在のオークリーフ家は西側との窓口的立場となっている。
これならばエクトルが西側の隣国へ婿入りするような政略的な婚約をしなくても、十分交流が深められるだろう。
「正直、ここまで準備するのにこんなにも時間が掛かるとは思ってもみなかったのだけれど……。オークリーフ家は侯爵家の中でもかなり表舞台に出て来ない控え目な家柄だからね。その代わり領内での慈善活動には、かなり力を入れているので領民達からの支持率は高い。そこをもっと世間的に注目をして貰えるようにしたかったのだけれど、あそこの家系は自分達の事よりも周りの人間の事ばかりを優先する血筋のようでね……」
苦笑気味にエクトルが語ると、リュカスの方も思わず苦笑してしまう。
正直リュカスにとってティアディーゼは、ロナリアを取り合う仲なので邪魔な存在でもある。しかし、彼女は常にそのロナリアの事を気遣ってくれる。
ティアディーゼにとってロナリアは初めて出来た友人という事もあるが、口うるさくなりつつも彼女が困っている時は、たとえ周りを敵に回してでも真っ先に助けに出てくれるのだ。
そんな思いきりのよい行動力を発揮するティアディーゼに対して、悔しい事に同じようにロナリアが大切であるリュカスは、彼女をなかなか邪険には出来ない。
「それでもティアディーゼ様のあのロナに対する過保護ぶりは、少々お控えいただきたいのですが」
「無理だろうね。そもそもその道理で言えば、君だって同類じゃないか。もしかして君達って同族嫌悪という関係なのかな?」
「エクトル殿下が、しっかりとティアディーゼ様を確保してくだされば、ロナへの執着や興味も少しは薄れると思いますが?」
「嫌だよ。そんな事をしたら、ティアがロナリア嬢の為に懸命に奮闘している姿が見られないじゃないか。何かに必死で取り組んで、しかも空回りしてしまい、落ち込んでいるのにそれを僕の前で必死に隠そうと気丈に振る舞っているティアのあの意地らしい様子が、僕にとってたまらない程、愛しくて愛らしいんだよ?」
「エクトル殿下のそのティアディーゼ様に対する愛情は少々……いえ、かなり歪んでいらっしゃると思います」
リュカスのその言葉にエクトルが白い目を向ける。
「君が……それを言うの?」
「何故、僕が言ってはいけないのです?」
「うーん、無自覚なのか……。君もなかなか厄介な愛情の抱き方をする人間のようだね」
「殿下と一緒になさらないでください。そもそも僕達の間にあるのは友愛です!」
「友愛ね……。そういえばリュカ、最近僕に対して不敬ギリギリな態度が目立ってきているよね?」
「そうでしょうか?」
サラリと流すように答えたリュカスにエクトルが責める様な視線を向ける。
「大体、君は初等部の頃に初めて顔を会わせた時から僕に対して、かなり迷惑な会話展開をしてくれていたよね?」
「迷惑……? 僕はそのような動きをしておりましたか?」
「自分に令嬢達の興味が向かないように僕を生贄にしていたじゃないか!」
「第三王子殿下という尊き身分の方がいらっしゃるのに一介の伯爵令息の僕に話題が集まる等、おこがましいと思い、幼いながらも配慮したのですが」
「やっぱり! 君あの時、ワザと僕を生贄にして逃げたね!?」
「さぁ……。殿下が何の事をおっしゃっているのか、理解しかねますが……。それは殿下の誤解では?」
「いいや! 絶対に僕をご令嬢避けに使ったよね!?」
「現状、ティアディーゼ様をご令嬢避けにされている殿下に責められるいわれはございません」
「君のその毒舌な口ぶりをロナリア嬢に聞かせたくて仕方ないよ……」
「僕はロナの前でもこのような口調ですが?」
「いいや! ロナリア嬢の前では完璧な令息の化けの皮をしっかり被っているだろ!? それ無意識なのかい!? 物凄くタチが悪いよ!」
「ティアディーゼ様の前では、押しに弱そうな気弱な王子像を演じられている殿下にだけは言われたくないです」
「…………」
口の減らない未来の側近候補の態度に遂にエクトルが閉口する。
自身で最有力側近候補に選んではみたものの、将来的にリュカスが公務の補佐をするようになれば、確実に遠慮のない言葉を頻繁にエクトルに放ってくるであろう……。
そんな可愛げのないリュカスが学園卒業間近に正式に側近になる事が決まった際、エクトルは盛大な嫌がらせを仕掛ける。
「何故、殿下のご婚礼が公務の関係で先延ばしにされた事に僕まで巻き添えにされなければならないのですか!?」
「えー……。だって僕も早くティアと夫婦になりたいのに先延ばしにされたのだよ? それなのに側近の君が新婚特有の甘い空気を醸し出していたら、僕の精神面に悪影響を及ぼすじゃないか……」
「殿下は、いつからそのような繊細なお心になられたのですか?」
「僕は昔からとても繊細な心の持ち主だよ?」
「真顔でご冗談をおっしゃらないでください……」
卒業後は、早々にアーバント家に婿入りすると意気込んでいたリュカスにとって、このエクトルの仕打ちはかなり腹立たしいものだろう。
しかし、幼少期に令嬢達の生贄にされた恨みをエクトルは未だに根に持っている。
だがそれが切っ掛けでティアディーゼという令嬢を発掘出来たのだが……。
「それにしても……ティアは僕にこれ程までに溺愛されている事に全く気付けない部分は、西側の国と交渉する機会が多い侯爵夫人として、いささか問題視しなければならないよね……」
「殿下のその行動は溺愛なのですか? 執着愛のお間違いでは? そもそもそのような分かりづらい愛情表現の仕方では、いつまで経ってもティアディーゼ様はお気づきにはなってくださらないと思いますよ?」
「相手を追いつめる程、無自覚に溺愛をダダ洩れさせていた君にだけは、言われたくないよ!!」
二年後――――。
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その後も一生懸命を絵の描いたような日々を元気いっぱいに過ごす新妻は、なかなか夫の溺愛ぶりに気付く気配がなかったそうだ……。
その事でリュカスに愚痴をこぼしに度々アーバント子爵家を訪れる若きオークリーフ侯爵の姿がその後、頻繁に目撃されたそうな……。
――――――【★ご案内★】――――――
以上で番外編『第三王子の婚約者』は終了です。
次話は友人ライアンが学園在学中に綴った日記になります。
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