【本編完結済み】二人は常に手を繋ぐ

もも野はち助

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【番外編:二人の友人達の話】

第三王子の婚約者(中編)

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 エクトルとティアディーゼの出会いは、魔法学園へ入学した日である。

 当時7歳だったエクトルが魔法学園に入学した際、同年代の貴族子女達は第三王子との繋がりを作る駒として、親に強制的に魔法学園に入学させられていた。その為、中には魔力が入学基準に満たない子供もおり、学園への寄付などで無理矢理入学してきた生徒も多かった。

 そんな背景もあり、王族のエクトルは入学初日から多くの生徒達に囲まれ、何処へ移動するのにも彼らに付きまとわれ、入学式の会場から教室までの移動中も同じ新入生達に群がられていた。
 そんな鬱陶しい状況を打破する為、エクトルは上流階級特有の社交術でやんわりと躱していた。

 しかしこの状況は今後の自身の学園生活がとても憂鬱なものになるであろうと察してしまったエクトルは、心の中で盛大なため息をつく。しかし、それでもエクトルは表面上での穏やかな笑みだけは維持していた。
 僅か7歳でそんな芸当が出来たのは、エクトルが王子として受けてきた教育の中で感情を表に出し過ぎる事は、あまりよろしくないと叩きこまれてきたからだ。3歳からその英才教育を受けてきたエクトルにとって、それは当たり前の事だった。

 そんな社交術を身に付けていたエクトルは、自分に群がる集団の人数を少しずつ減らしながら教室の入り口へと差し掛かる。だが、教室からは何故かピリピリとした空気が伝わってきた。
 その事を怪訝に思いながらも中に入れば、そこには見事なまでの金髪巻き毛の少女が、手を繋ぎ合っている黒髪の少年と薄茶色の髪の少女に何かを説き伏せていた。

 金髪の少女は後に自分の婚約者筆頭となる侯爵令嬢のティアディーゼ。
 手を繋いでいた男女は、後にエクトルの最有力側近候補となるリュカスと、その婚約者のロナリアだった。
 現状でも似たようなやり取りをしているこの三人だが、実は初対面の頃から常にこんな感じだったのだ。
 この時もティアディーゼが、あまりにも仲睦まじく過剰なスキンシップをする二人を窘めていた。

「あなた方! 先程の入学式の間から、ずっと手を繋いでいますわよね!? まだ幼いとは言え、男女が無駄に手を繋ぎ続けるなど、はしたない事です! そろそろお放しになった方が、よろしいですわよ!?」
「で、でも……。私が手を繋いであげないと、リュカの魔力がどんどん無くなっちゃうから……」
「魔力が無くなる?」
「あのね、リュカは生まれつき魔力が漏れちゃっているの。だから、こうやって手を繋いで、いつも私がリュカに魔力を分けているの」

 その事を聞かされたティアディーゼと一部の生徒達の顔色がサッと青くなる。
 もちろん、その一人にエクトルも入っていた。
 このロナリアの説明だと、二人は常に魔力譲渡を行っているという事になる。この教室内の殆どの生徒は、魔法の知識はこれから学ぶ為、その危険性を知らない子供達ばかりだが、一部の……特に爵位が高い家柄の子供達は、入学前から魔法学の勉強をしている事が多い。

 その中で最初に教わるのが、この魔力譲渡の危険性なのだ。
 その事に気付き、反応出来た生徒は将来的に見込みがある。エクトルは、この一瞬の反応で自身の側近候補になれそうな人間に目星を軽く付ける。
 だが、手を繋いでいる二人は、それが危険行為だとあまり感じていないらしい。

「そ、それは魔力譲渡ではありませんか!! 何て危険な事を!!」
「ま、魔力を誰かにあげるのって、そんなに危険なの!?」

 その行為が危険を伴うと知っていたティアディーゼが青い顔で叫ぶように二人に訴えたが、当時のロナリアは何故注意されているのか、全く理解出来なかった。それは隣にいたリュカスも同じで、二人は一瞬顔を見合わせた後、同時に首を傾げる。

「でも魔法研究所の所長さんは、私がリュカに魔力をあげてもいいって……」
「グ……グレイバム所長が!?」

 今年の新入生の殆どが魔力鑑定の結果を魔法研究所の所長グレイバムが立ち合いの元で、自身の魔力体質の説明を親と一緒に受けている。その際に彼らの中でこのグレイバムという男性は、『魔法関係に詳しい凄い人物』として記憶されたのだ。

 その人物が、何故か危険行為とされている魔力譲渡をこの二人に率先して勧めたという事に教室中がざわめき出す。だが、そんな状況になっている事に気付かないロナリアは、何故か得意げな表情である事を語り始めた。

「あのね、リュカはすぐに魔力がなくなっちゃうけれど私が魔力をあげると、すっごく強力な魔法が使えるの! 前にフェイクドラゴンに襲われた時は、私の魔力を使って一瞬でドラゴンを凍らせちゃったんだよ! だからね。リュカが使える魔法はものすっっっごく、強力なの!」
「「「「「フェイクドラゴンを凍らせた!?」」」」」

 魔力譲渡の知識はなくとも、フェイクドラゴンの危険性は殆どの生徒が理解しているようで、その少女の力説で黒髪の少年は一気に注目の的となる。

「お前、フェイクドラゴン倒したのか!?」
「倒したというか……凍らせた?」
「フェイクドラゴンって、凄く大きいのでしょ? それを凍らせたの!?」
「うん! こーんなにおっきいドラゴンを……一瞬でピキンって凍らせちゃったの! リュカ、凄いでしょ!」
「ロナはその時、目をつぶっていて見てなかったよね?」
「み、見ていないけれど……何となく分かるもん!」
「スゲーな! もしかしてお前んち、魔獣討伐で有名な家?」
「えっと……僕はエルトメニア家の三男で……」
「エルトメニア家!? そこ魔獣討伐で王様からいっぱい褒められてる家だろ!? お前の父上、凄く強い魔道士じゃないか!」
「えーっと……」
「エルトメニア伯爵はね、強いだけじゃなくて。すっごくカッコいい人なの! もうね、王子様みたいな人なの!」
「ロナ……。父上の事、そういう風に言うのはやめてって前に言ったよね?」
「だって本当の事でしょ?」
「そもそも本物の王子様なら、同じ教室にいるよ?」
「「「「「えっ……?」」」」」

 そうサラリと口にしたリュカスが、エクトルの方へと皆の視線を誘導する。その瞬間、エクトルは自分が新たに好奇の対象として生贄にされたと悟った。

「わぁ~! 目の前に第三王子殿下がいる!」
「王子様! 本物の王子様よ!」
「エクトル殿下! お城って毎日分厚いステーキが出るって本当!?」
「ええ~!? 私は毎日三段重ねのケーキが出るって聞いたよ!?」
「あの! 王子様のお馬は、やっぱり白いお馬なのですか!?」

 クラスメイト達に一瞬で群がられてしまったエクトルは困惑気味の笑みを浮かべながら、その状況を招いた黒髪の少年リュカスにそっと視線を向ける。
 するとリュカスが、やっと解放されたという安堵の表情をしながら、さっさと自分の席に腰を下ろしていた。
 その様子から、リュカスがかなりしたたかな性格だとエクトルは気付く。
 反対に彼と手を繋いでいたロナリアの方は純粋な性格なのか、この集団の一員と化していた。最後の乗っている馬の毛色を質問してきたのは彼女である。

 先程まで付きまとわれていた打算的な目的を持った令息令嬢達とは違い、今自分に群がってきているクラスメイト達は、初めて出会った『王族』という存在への純粋な好奇心でエクトルに群がって来ている。
 その為、社交界特有の微笑みながら冷遇するという対応が非常にしづらい……。
 彼らはキラキラとした瞳を向け、純粋な好奇心から王族のエクトルに子供らしい無邪気な質問をしてきたのだ。
そんな裏表のない今後共に過ごすクラスメイト達の様子に苦笑しながら、エクトルがその質問に一つずつ答えようとした。
 しかし、それは一人の少女によって遮られる。

「皆様! そのように一斉に質問を投げかけては、エクトル殿下がお困りになります! それにそろそろこちらのクラスの担当の教員の方が来られる時間です! 速やかにご自身のお席にお戻りになるべきです!」

 まるで興奮気味の民衆を静めるかのような威圧的な少女の声で、教室内が一瞬で静まり返る。
 しかし、その静寂はすぐに不満の声でざわめき始めた。

「ええ~!? 折角、王子様とお話出来ると思ったのに~!」
「殿下とのお話なら同じクラスなのだから、この先たくさん出来ます!」
「お前、ちょっと偉そうじゃないか?」
「わたくしは侯爵令嬢です! 将来的に皆様の上に立つ人間となる可能性があるので、その手本となる行動を心がけているだけです!」
「学園内では身分は関係ないって、さっき学園長がお話していたよ?」
「いくら身分は関係ないとは言え、最低限の礼儀や配慮は必要です!」
「君の話し方、難しい言葉が多くてよく分からないんだけど……」
「慣れてください!」

 まるで「私がここのルールブックです!」と主張しているようなティアディーゼの態度に段々とクラスの雰囲気が、不穏な空気へと変化し始める。
 もちろん、彼女は間違った事は言っていないのだが……その言い方はやや強引すぎた。
 そんな不穏な空気になりつつある現状を察したエクトルは、皆を宥めるようとして口を開きかけた。
 しかし、それよりも先に一人の少女の声が教室内に響き渡る。

「か……かっこいい!!」
「「「「「えっ?」」」」」

 その状況を傍観していたロナリアが、いきなり叫んだのだ。

「ねぇねぇ! リュカ、あの子すっごくかっこいいよ!? 皆がわぁーって王子様の所に集まっちゃったのに一人だけ王子様の事を心配して、一声で皆の事を静かにさせちゃった!」
「そうだね。でもロナも王子様に群がる一人だったけどね」
「だって王子様だよ!? 王族の人だよ!? リュカは珍しくないの?」
「うーん。あんまり」
「ええ~!! リュカ、つまんない!」
「ロナが興奮し過ぎなんだよ……」
「私、興奮してないもん!」
「あっ。『もん』って言った。またレナリアさんに怒られるよ?」
「お母様、今はここにいないもん!」
「あと『あの子』なんて言ったら失礼だよ? 彼女は侯爵令嬢なのだから。学園内でなければ、彼女だって王家に近い身分なんだよ?」
「あっ……。そ、そうだね」

 再び教室に静寂を招いたロナリアは、少し照れた表情をしながらススーッとティアディーゼに近づく。その行動に一瞬だけティアディーゼが身構えた。

「な、何かしら?」
「あの……失礼な呼び方をしてしまって、ごめんなさい……。でも何て呼んだらいいのか分からないので、お名前を教えてくれますか? 私はロナリア・アーバントと言います!」

 元気よく自己紹介をしながら、ニコニコ顔でティアディーゼと交流を図り出したロナリアにクラス一同が唖然とする。もちろん、声を掛けられたティアディーゼも目を丸くしていた。

「あっ……そ、その、わたくしは……」
「あなたのお名前、教えてください!」
「ティ……わたくしは、ティアディーゼ・オークリーフと申します。オークリーフ侯爵家の長女です」
「もしかして兄妹がいるの?」
「い、いえ……。わたくしは一人娘でして……」
「わぁ~! もしかして次期女侯爵様!? 凄いねー!」
「い、いえ……。恐らく家督を継ぐのは、わたくしの夫となる方が……」
「どうして? 子供はティアディーゼ様しかいないのでしょう? ならばお家を継ぐのは跡継ぎであるティアディーゼ様ではないの?」
「わ、わたくしの名前……。初めて呼ば……コホン!」

 ロナリアに質問責めにされ始めたティアディーゼは、何故か真っ赤な顔をしながら口ごもり、それを取り繕うように咳払いをした。恐らく今まで彼女の周りには、ここまで砕けた感じで接してくれる年の近い同性の友人がいなかったのだろう。
 第三者から見れば今のティアディーゼの反応は、初めて出来た距離感の近い同性の友人との交流を喜んでいるようにしか見えない。対してロナリアは、対人スキルが高い為、無意識にティアディーゼの心を鷲掴みにしている。

 だが、エクトルが注目したところはそこではなかった。その視線は、茹で上がったロブスターのように真っ赤な顔をしているティアディーゼの反応に釘付けになる。

 これは、侯爵令嬢にしては、かなり面白い反応だ……と。

 幼少期から常に周りから干渉され過ぎる事が多いエクトルは、まず他人にそこまで興味を持たない。
 だが、ティアディーゼのように高位貴族でありながら、ここまで感情を表に出す令嬢は初めてだった。その反応は、エクトルの好奇心を大きく揺さぶった。
 しかし、ここでまたしてもリュカスが余計な一言を発する。

「ロナ。多分、ティアディーゼ様の家は婿養子を取られるのではないかな?」
「それって……リュカがうちにお婿に来るのと一緒?」
「そうだね」

 その瞬間、野心的な子供達の瞳がギラリと輝き、それとは対照的に一部の令嬢達の瞳から光が消えた。リュカスのその発言で一部の令息達は、一斉にティアディーゼの婚約者候補の座を狙おうと瞳をギラつかせ始めたのだ。

 それとは対照的にリュカスに好意を抱きかけていた令嬢達は、一瞬だけ落胆の色を見せる。だがすぐに復活し、今度は第三王子であるエクトルにターゲットを変更し始めた。

 先程から自分にとって不都合な発言を繰り返すリュカスにエクトルが苛立ちを覚え始める。そのリュカスの発言が、故意なのか偶然なのかは分からない。
 だが、もし故意で発言しているとしたら、相当したたかな性格だ。
 どちらにしろ、これだけ能天気なロナリアの手綱を上手くコントロール出来ている部分は、側近候補としてはかなりの高評価である。
 ここでエクトルは、将来的にリュカスを自身の側近候補の一人と決めた。

 同時にロナリアに手を繋がれ、真っ赤な顔をして必死に抵抗しているティアディーゼにも視線を向ける。
 ニコニコとティアディーゼの手を取っているロナリアとは対照的に「もうお放しください!」と必死で手を振りほどこうとしているが、その様子はどう見ても嬉しそうなのだ。
 その様子にとても興味を惹かれたエクトルが声を掛ける。

「ティアディーゼ嬢、すでにご婚約相手はいらっしゃるのですか?」
「えっ……?」
「実は来月に王家主催のお茶会がありまして。そのお茶会は伯爵家以上の令息令嬢を中心にご招待しているのですが、もし未だに婚約者候補が決まっていないのであれば、是非そのお茶会を利用されてはどうでしょうか?」
「で、ですが……。王家主催のお茶会にわたくしの一存で参加など……」
「では、とりあえず招待状だけでもお父上であるオークリーフ侯爵宛に送らせて頂きます。参加の意志表明はお父上とご相談の上、お決めください」

 ふわりとした笑みを浮かべながらエクトルがそう告げると、先程まで野心をギラつかせていた令息令嬢達の瞳から光が消えた。エクトルの言う『来月のお茶会』とは、暗黙の了解で第三王子の側近候補及び婚約者候補を査定する目的が濃厚なお茶会なのだ。

 すなわち、そのお茶会に第三王子自ら招待されたティアディーゼは、この瞬間かなりエクトルに気に入られたという事になる。しかも侯爵家の一人娘である彼女ならば、王族が臣籍降下する際の婿養子先としては理想的なのだ。

 その事に気付いた野心的な令息達は、この一瞬でティアディーゼの伴侶の座よりもエクトルの側近候補を狙う事に考えを変えた。同時に令嬢達の方も第三王子の婚約者の座を狙うのをやめ、ティアディーゼの取り巻きとしての道を見出し始める。
 将来的な部分を瞬時に見極める事を叩きこまれた爵位の高い子供達は、すでにこの年齢でそこまでの立ち回りが出来てしまうのだ。

 だが渦中のティアディーゼは、別の部分で自身が評価されたと感じていた。
 先程、ロナリアが称賛してくれた部分……。
 第三王子に群がるクラスメイト達を窘めた部分から、自身のリーダーシップ力を評価され、お茶会への誘いを受ける事が出来たのだと。

「どうかお父上と共にこのお茶会への参加を前向きに検討してくださいね?」

 再び、念を押すようにそう告げてきたエクトルのその言葉の本当の意味をティアディーゼは、この時はまだ全く理解していなかった。
 そしてその後、ティアディーゼはいつの間にか第三王子エクトルの婚約者候補の筆頭令嬢となっていた。
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