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【番外編:二人の過去とその後の話】
『妖精さん探し』の代償(前編)
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―――――【★時間軸★】―――――
挙式二カ月前のロナリアとリュカスのある一日の出来事のお話です。
(全二話)
―――――――――――――――――
アーバント子爵家が所有するタウンハウスのとある一室――――。
そのクローゼットの中で何故こんな事になってしまったのかと、ロナリアは息を潜ませながら考え込む。
クローゼットの中に身を隠す事は、幼少期以来であるロナリアの現在の年齢は19歳。
しかも半年後には二十歳となり、その時にはもう立派な人妻となっている。
では何故、すでに成人しているロナリアが幼子のようにクローゼットに身を隠しているかというと……。
それは今から一時間程前に婚約者のリュカスとのやり取りまで遡る。
まずこの状況を招いてしまった切っ掛けだが……。
それはこの日、ロナリアが昼食後に出されるデザートを珍しく辞退した事から始まった。
だが、甘い物が大好きなロナリアのその行動は、リュカスの目にはかなり不自然な行動に映ってしまう。
「ロナ? どうして今日はデザートを食べないの? もしかして具合が悪い?」
「そ、そんな事ないよ? ただ今日はちょっと気分じゃないというか……」
明らかに何らかの理由があるようだが、それをひた隠しにしようとするロナリアの態度にリュカスの悪戯心が刺激される。
「そっか、なら仕方ないね……。でも折角、パティシエのゴードンが今用意してくれたデザートを残してしまうのは勿体ないから、ロナの代わりに僕がそのデザートを貰おうかな?」
そう言って、リュカスは近くに控えていた給仕係にそのデザートを運んでくるように指示を出す。そんなリュカスの様子にロナリアが、驚きの声をあげた。
「ええ!? で、でも……リュカは成長してからは甘い物が苦手になったって言ってたよね?」
「うん。でもたまーに甘い物が食べたくなるんだよね。もしかしたら今、少し疲れているのかも……。ほら、疲れていると甘い物が欲しくなるでしょ?」
「そ、そうだね……」
ロナリアがぎこちない様子で相槌をうつと、先程の給仕係がリュカスの前にベリーと生クリームが添えられ、粉砂糖がまぶされたチョコレートの焼き菓子風ケーキの載った皿を静かに置いた。
その光景を目にした途端、ロナリアが物欲しげな視線をケーキ皿に注ぐ。
「へぇ~。今日はチョコレートの焼き菓子風なケーキだね。生クリームが添えられているという事は……ビターチョコレートを使っているのかな? これなら僕も食べられそうだ!」
そう言ってリュカスが、フォークをケーキに押し当てる。すると、そのケーキは見た目に反してチョコレートがしっかりとしみこんでいる様で、断面がしっとりしているように見えた。
それをリュカスが美しい所作で、ゆっくりと自分の口元へと運ぶ。
その様子を食い入るように凝視していたロナリアは、リュカスがケーキを口に入れようとした瞬間、同じように口をゆっくり開いてしまった。
そんなロナリアの無意識な行動を目にしたリュカスは、ケーキを口に入れる直線でピタリと動きを止め、ゆっくりとフォークを持った手を下ろす。
「もしかして……ロナも本当は、このケーキを食べたいの?」
リュカスの図星とも言えるその質問にロナリアが両肩をビクリとさせた後、盛大に首を振る。
「そ、そんな事ないよ!? 今日は本当にお腹がいっぱいというか……」
「でも……口の端から涎が出ているよ?」
リュカスのその指摘に慌ててロナリアが、口元に手を当てる。しかし、ロナリアは涎など垂らしてはいなかった……。
すると、リュカスが笑いを堪えるように左手で口元を覆う。
「リュ、リュカ~!!」
「や、やっぱりこのケーキ、食べたいんじゃないか……。それなのに何で食べるのを我慢しているの?」
「べ、別に我慢なんてしていな……あぁーっ!!」
ロナリアが強がろうとした瞬間、先程フォークに乗せたままだったケーキの塊をリュカスが、パクリと口に運んだ。
「うん。上品な甘味と濃厚なチョコレートの程よい苦味が、とてもバランスよく感じられて、美味しい!」
「あぁ……」
「ロナも食べてみる? はい、あーん」
再度ケーキを一口分取り、添えられた生クリームまでトッピングされた一塊を乗せたフォークをリュカスが、ロナリアの眼前に差し出す。
その何故か楽しそうな婚約者の様子をロナリアが、恨めしそうな表情をしながら脱力気味に呟く。
「リュカ……」
「ほら、ロナの大好きな生クリーム付きだよ?」
「そ、そういう事じゃなくてね?」
「食べないなら、もう一口僕が食べちゃおうかなー」
満面の笑みで、生クリームが添えられた魅惑的な一口分のチョコレートケーキを目の前にチラつかせてくる婚約者にロナリアが涙目になりながら、抗議の視線を送る。
すると、リュカスがやや呆れ気味に苦笑を浮かべた。
「どうして大好きなケーキを我慢しているの? 僕は目の前でロナが美味しそうにケーキを食べる姿が見たかったのに……」
「べ、別に我慢なんてしてな……」
「大人しく白状しないと、このケーキ全部、僕が食べちゃうよ?」
「リュ、リュカ、最近意地悪すぎるよ!!」
「ロナが僕に隠し事をしようとするからだろう?」
「うぅ……」
ケーキを人質にして、自白を強要してきたリュカスにロナリアが折れる。
「だってこの間、ドレスを試着したら……きつかったんだもん……」
やや俯いたロナリアが、蚊の鳴くような小さな声でボソリと呟く。
その自白にリュカスが、ある事を思い出す。
つい最近、ロナリアは二ヶ月後の挙式の際に着るウエディングドレスのサイズの最終調整の為、試着をした。だがその際、前回試着した時よりもきついと感じてしまったようだ……。
その事を気にして現在、甘味断ちをしているのだろう。
「でも挙式間近に体型が少し変わってしまう事は、よくある事じゃないのかな? 確かドレスの下に付けるコルセット……だっけ? あれである程度、当日でもサイズ調整は出来るんじゃないの?」
「確かに多少は、それで対応は出来ると思うけれど……」
「だったら、そこまで体型の変化を気にしなくてもいいと思うよ?」
やや言い聞かす様にリュカスが説得にかかるが、ロナリアは静かに首を横に振る。
「でも……一生に一度しか着られないドレスだから、出来るだけ皆には綺麗に見られるような状態で着こなしたいの……。そ、それに……」
「それに?」
「ただでさえ見た目がいいリュカが花婿衣裳を着たら、もっとカッコよくなってしまうから、少しでも私の見劣りする要素は減らしたいの!」
両手で握りこぶしを作り、力説してきたロナリアの言い分を聞いたリュカスが、一瞬ポカンとした表情を浮かべる。だが、すぐにブフッと吹き出した。
「お、お褒めに預かり大変光栄だけれど……。でも今までずっと僕の隣にいたのにロナは、そんな事を一度も周囲から言われた事がないのだから、それは心配しなくてもいいのでは?」
「でも……着飾ったリュカの隣に並ぶのだから、少しでも引けを取らないように綺麗に見て貰える状態で式を迎えたいの……」
そう訴えたロナリアは、自信が無さそうな表情を浮かべ、俯いてしまう。
そんなロナリアに手を伸ばしたリュカスは、優しくその頭を撫でながら苦笑する。
「ロナは今のままでも充分可愛いから、そんな事は気にしなくてもいいと思うよ?」
「だからそういう恥ずかしくなる事をさらりと言わないで! そもそもそれはリュカが私に対して評価が甘いから、そう見えるだけでしょ!?」
「そんな事はないよ」
そう言ってリュカスは、頭を撫でていた手をロナリアの左頬に滑らせ、俯き気味になってしまったロナリアの顎を軽く持ち上げて顔を少しあげさせる。
だが、ロナリアは視線をテーブルに落とし、そのまま黙り込んでしまう。
そんな頑なな態度を見せるロナリアにリュカスが困った様に笑みを浮かべ、小さく息を吐く。
「まぁ、ロナ自身が納得出来ないというのであれば、仕方がないよね……。でも大好きなケーキをしばらく食べられない事は、かなり辛いよ? だったら食べた後にそのエネルギーを適度に消費させればいいと思うのだけれど」
「消費って……。どうやって?」
「うーん、一番手っ取り早いのは、食後に体を動かす事かな? でも激しくやり過ぎてしまうと、逆に筋肉が付き過ぎて骨太みたいになってしまうから……。とりあえず室内で出来る軽い運動をしてみるとか?」
「室内で出来る軽い運動……。例えばどんな?」
「そうだな……。あっ! 久しぶりに『妖精さん探し』をやってみるとか、どうかな?」
「『妖精さん探し』って……初等部の頃、皆で夢中になっていたあの遊びの!?」
「そう」
リュカスのその斬新な提案にロナリアが目を丸くする。
『妖精さん探し』というのは、魔法学園の初等部時代に二人が夢中になっていた遊びである。
二人以上から可能なこの遊びは、まず『妖精』と『ハンター』の二組に分かれ、制限時間内に妖精組がひたすらハンター組に見つからないように逃げ切れたら勝ち。逆にハンター組は時間内に妖精組を全員捕まえられたら勝ち、という遊びだ。
当時、魔法学園ではこの遊びを魔力探知訓練として授業に導入しており、妖精組は魔力を出来るだけ抑えて逃げ回り、逆にハンター組は身を隠している妖精組が発する微かな魔力を探知して捕まえるという遊び方をさせ、楽しみながら魔力探知訓練をさせるという授業方針を取っていた。
ちなみに魔力放出口が小さいロナリアは魔力を抑える事に特化していた為、当時妖精側になった時は、ほぼ負け知らず状態だった。
だが、この遊びで子供達が一番楽しんでいたのは、妖精組がハンター組に見つかった場合に発生する追いかけっこだった。これが室内で遊んでいても、かなりの運動にはなる為、リュカスはその部分がケーキで摂取したカロリーを大きく消費出来るのではないかと言いたいのだろう。
しかし、すでに成人済みの自分が、今更その遊びを行う事にロナリアは抵抗を感じてしまう。
そもそも今のリュカスとその遊びを行ったら、魔力探知だけでなく魔法騎士として人の気配を察知出来る現在のリュカス相手では、ロナリアの方が確実に不利である……。
その部分をロナリアが指摘し始める。
「『妖精さん探し』は、とても懐かしいけれど、流石にこの年齢でそれを行うのは、ちょっと……。それに魔力探知だけでなく、気配察知も出来るリュカスが相手じゃ私、すぐに捕まっちゃうよ……」
「確かにそれだとロナには不利だよね……、だったら、僕がハンターの時は、魔道具の耳栓を使うよ。そうすれば。気配察知の能力はある程度抑え込めるから」
「でも……そこまでして『妖精さん探し』をする意味はあるかな?」
「だってロナはケーキを食べたいけど、体重が増えてしまう事を気にしているのだろう? だったら室内でもそれなりの運動量を得られる『妖精さん探し』は、かなり良いカロリー消費方法だと思うよ?」
「そうかなぁ……」
幼少期の頃あれば、すぐにその提案に乗っかったロナリアだが……今現在のロナリアは、どうも腑に落ちないという思いが強すぎて、なかなか賛同出来ないでいた。
しかしリュカスの方は何故か乗り気のようで、やけに熱心に『妖精さん探し』を押してくる。
「折角だから、やってみよう? 確かロナは『妖精さん探し』は得意だったよね? これならケーキも安心して食べられるし、久しぶりに懐かしい遊びをした事で独身最後の良い思い出になると思うよ?」
「確かに少しだけ惹かれはする提案だけれど……」
「でしょ? あっ! どうせやるなら何か賭けたら面白いかも。例えば……勝った方が負けた方に何か一つお願いが出来るとか……」
かなり『妖精さん探し』に前向きなリュカスは、更に遊びが盛り上がるような提案を追加してくる。
しかし、その提案はロナリアの心にはあまり響かなかった。
「でも私、今は特にリュカにお願いしたい事がないから、あまりメリットがないのだけれど……」
「それじゃあ、もしロナが僕に勝ったら、以前『王子様みたいな格好をして白馬に乗って欲しい』と言っていたお願いを聞いてあげるよ」
すると、リュカスが出して来たその賭けの戦利品にロナリアが勢いよく食いつく。
「だったら、王子様みたいな格好だけじゃなくて騎士服とか女装もして欲しい!」
そんなロナリアの要望に半目になったリュカスが、怪訝そうな表情を返す。
「騎士はともかく……なんで女装?」
「だってリュカ、女装したら絶対に物凄い美人さんになるもの! それを見たい!」
「あー……うん。ロナの趣味はよく分からないけれど、もしロナが勝ったら、王子様でも女装でも何でもしてあげるよ……」
「やったー!」
「ちなみに僕が勝ったら、次の休日に一日中僕と手を繋いで貰うからね?」
「えっ? でも、それっていつもと変わらないよね? そんなお願い事でいいの?」
「うん。それがいい」
「わ、分かった。 じゃあリュカが勝ったら一日中手を繋いであげるね!」
「ロナ、絶対約束だよ?」
「うん」
こうして二人は、年甲斐もなく邸内で『妖精さん探し』という名の隠れ追いかけっこは始めたのだが……。まさか自分が苦戦を強いられるとは、この時のロナリアには全く予想出来なかった。
挙式二カ月前のロナリアとリュカスのある一日の出来事のお話です。
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アーバント子爵家が所有するタウンハウスのとある一室――――。
そのクローゼットの中で何故こんな事になってしまったのかと、ロナリアは息を潜ませながら考え込む。
クローゼットの中に身を隠す事は、幼少期以来であるロナリアの現在の年齢は19歳。
しかも半年後には二十歳となり、その時にはもう立派な人妻となっている。
では何故、すでに成人しているロナリアが幼子のようにクローゼットに身を隠しているかというと……。
それは今から一時間程前に婚約者のリュカスとのやり取りまで遡る。
まずこの状況を招いてしまった切っ掛けだが……。
それはこの日、ロナリアが昼食後に出されるデザートを珍しく辞退した事から始まった。
だが、甘い物が大好きなロナリアのその行動は、リュカスの目にはかなり不自然な行動に映ってしまう。
「ロナ? どうして今日はデザートを食べないの? もしかして具合が悪い?」
「そ、そんな事ないよ? ただ今日はちょっと気分じゃないというか……」
明らかに何らかの理由があるようだが、それをひた隠しにしようとするロナリアの態度にリュカスの悪戯心が刺激される。
「そっか、なら仕方ないね……。でも折角、パティシエのゴードンが今用意してくれたデザートを残してしまうのは勿体ないから、ロナの代わりに僕がそのデザートを貰おうかな?」
そう言って、リュカスは近くに控えていた給仕係にそのデザートを運んでくるように指示を出す。そんなリュカスの様子にロナリアが、驚きの声をあげた。
「ええ!? で、でも……リュカは成長してからは甘い物が苦手になったって言ってたよね?」
「うん。でもたまーに甘い物が食べたくなるんだよね。もしかしたら今、少し疲れているのかも……。ほら、疲れていると甘い物が欲しくなるでしょ?」
「そ、そうだね……」
ロナリアがぎこちない様子で相槌をうつと、先程の給仕係がリュカスの前にベリーと生クリームが添えられ、粉砂糖がまぶされたチョコレートの焼き菓子風ケーキの載った皿を静かに置いた。
その光景を目にした途端、ロナリアが物欲しげな視線をケーキ皿に注ぐ。
「へぇ~。今日はチョコレートの焼き菓子風なケーキだね。生クリームが添えられているという事は……ビターチョコレートを使っているのかな? これなら僕も食べられそうだ!」
そう言ってリュカスが、フォークをケーキに押し当てる。すると、そのケーキは見た目に反してチョコレートがしっかりとしみこんでいる様で、断面がしっとりしているように見えた。
それをリュカスが美しい所作で、ゆっくりと自分の口元へと運ぶ。
その様子を食い入るように凝視していたロナリアは、リュカスがケーキを口に入れようとした瞬間、同じように口をゆっくり開いてしまった。
そんなロナリアの無意識な行動を目にしたリュカスは、ケーキを口に入れる直線でピタリと動きを止め、ゆっくりとフォークを持った手を下ろす。
「もしかして……ロナも本当は、このケーキを食べたいの?」
リュカスの図星とも言えるその質問にロナリアが両肩をビクリとさせた後、盛大に首を振る。
「そ、そんな事ないよ!? 今日は本当にお腹がいっぱいというか……」
「でも……口の端から涎が出ているよ?」
リュカスのその指摘に慌ててロナリアが、口元に手を当てる。しかし、ロナリアは涎など垂らしてはいなかった……。
すると、リュカスが笑いを堪えるように左手で口元を覆う。
「リュ、リュカ~!!」
「や、やっぱりこのケーキ、食べたいんじゃないか……。それなのに何で食べるのを我慢しているの?」
「べ、別に我慢なんてしていな……あぁーっ!!」
ロナリアが強がろうとした瞬間、先程フォークに乗せたままだったケーキの塊をリュカスが、パクリと口に運んだ。
「うん。上品な甘味と濃厚なチョコレートの程よい苦味が、とてもバランスよく感じられて、美味しい!」
「あぁ……」
「ロナも食べてみる? はい、あーん」
再度ケーキを一口分取り、添えられた生クリームまでトッピングされた一塊を乗せたフォークをリュカスが、ロナリアの眼前に差し出す。
その何故か楽しそうな婚約者の様子をロナリアが、恨めしそうな表情をしながら脱力気味に呟く。
「リュカ……」
「ほら、ロナの大好きな生クリーム付きだよ?」
「そ、そういう事じゃなくてね?」
「食べないなら、もう一口僕が食べちゃおうかなー」
満面の笑みで、生クリームが添えられた魅惑的な一口分のチョコレートケーキを目の前にチラつかせてくる婚約者にロナリアが涙目になりながら、抗議の視線を送る。
すると、リュカスがやや呆れ気味に苦笑を浮かべた。
「どうして大好きなケーキを我慢しているの? 僕は目の前でロナが美味しそうにケーキを食べる姿が見たかったのに……」
「べ、別に我慢なんてしてな……」
「大人しく白状しないと、このケーキ全部、僕が食べちゃうよ?」
「リュ、リュカ、最近意地悪すぎるよ!!」
「ロナが僕に隠し事をしようとするからだろう?」
「うぅ……」
ケーキを人質にして、自白を強要してきたリュカスにロナリアが折れる。
「だってこの間、ドレスを試着したら……きつかったんだもん……」
やや俯いたロナリアが、蚊の鳴くような小さな声でボソリと呟く。
その自白にリュカスが、ある事を思い出す。
つい最近、ロナリアは二ヶ月後の挙式の際に着るウエディングドレスのサイズの最終調整の為、試着をした。だがその際、前回試着した時よりもきついと感じてしまったようだ……。
その事を気にして現在、甘味断ちをしているのだろう。
「でも挙式間近に体型が少し変わってしまう事は、よくある事じゃないのかな? 確かドレスの下に付けるコルセット……だっけ? あれである程度、当日でもサイズ調整は出来るんじゃないの?」
「確かに多少は、それで対応は出来ると思うけれど……」
「だったら、そこまで体型の変化を気にしなくてもいいと思うよ?」
やや言い聞かす様にリュカスが説得にかかるが、ロナリアは静かに首を横に振る。
「でも……一生に一度しか着られないドレスだから、出来るだけ皆には綺麗に見られるような状態で着こなしたいの……。そ、それに……」
「それに?」
「ただでさえ見た目がいいリュカが花婿衣裳を着たら、もっとカッコよくなってしまうから、少しでも私の見劣りする要素は減らしたいの!」
両手で握りこぶしを作り、力説してきたロナリアの言い分を聞いたリュカスが、一瞬ポカンとした表情を浮かべる。だが、すぐにブフッと吹き出した。
「お、お褒めに預かり大変光栄だけれど……。でも今までずっと僕の隣にいたのにロナは、そんな事を一度も周囲から言われた事がないのだから、それは心配しなくてもいいのでは?」
「でも……着飾ったリュカの隣に並ぶのだから、少しでも引けを取らないように綺麗に見て貰える状態で式を迎えたいの……」
そう訴えたロナリアは、自信が無さそうな表情を浮かべ、俯いてしまう。
そんなロナリアに手を伸ばしたリュカスは、優しくその頭を撫でながら苦笑する。
「ロナは今のままでも充分可愛いから、そんな事は気にしなくてもいいと思うよ?」
「だからそういう恥ずかしくなる事をさらりと言わないで! そもそもそれはリュカが私に対して評価が甘いから、そう見えるだけでしょ!?」
「そんな事はないよ」
そう言ってリュカスは、頭を撫でていた手をロナリアの左頬に滑らせ、俯き気味になってしまったロナリアの顎を軽く持ち上げて顔を少しあげさせる。
だが、ロナリアは視線をテーブルに落とし、そのまま黙り込んでしまう。
そんな頑なな態度を見せるロナリアにリュカスが困った様に笑みを浮かべ、小さく息を吐く。
「まぁ、ロナ自身が納得出来ないというのであれば、仕方がないよね……。でも大好きなケーキをしばらく食べられない事は、かなり辛いよ? だったら食べた後にそのエネルギーを適度に消費させればいいと思うのだけれど」
「消費って……。どうやって?」
「うーん、一番手っ取り早いのは、食後に体を動かす事かな? でも激しくやり過ぎてしまうと、逆に筋肉が付き過ぎて骨太みたいになってしまうから……。とりあえず室内で出来る軽い運動をしてみるとか?」
「室内で出来る軽い運動……。例えばどんな?」
「そうだな……。あっ! 久しぶりに『妖精さん探し』をやってみるとか、どうかな?」
「『妖精さん探し』って……初等部の頃、皆で夢中になっていたあの遊びの!?」
「そう」
リュカスのその斬新な提案にロナリアが目を丸くする。
『妖精さん探し』というのは、魔法学園の初等部時代に二人が夢中になっていた遊びである。
二人以上から可能なこの遊びは、まず『妖精』と『ハンター』の二組に分かれ、制限時間内に妖精組がひたすらハンター組に見つからないように逃げ切れたら勝ち。逆にハンター組は時間内に妖精組を全員捕まえられたら勝ち、という遊びだ。
当時、魔法学園ではこの遊びを魔力探知訓練として授業に導入しており、妖精組は魔力を出来るだけ抑えて逃げ回り、逆にハンター組は身を隠している妖精組が発する微かな魔力を探知して捕まえるという遊び方をさせ、楽しみながら魔力探知訓練をさせるという授業方針を取っていた。
ちなみに魔力放出口が小さいロナリアは魔力を抑える事に特化していた為、当時妖精側になった時は、ほぼ負け知らず状態だった。
だが、この遊びで子供達が一番楽しんでいたのは、妖精組がハンター組に見つかった場合に発生する追いかけっこだった。これが室内で遊んでいても、かなりの運動にはなる為、リュカスはその部分がケーキで摂取したカロリーを大きく消費出来るのではないかと言いたいのだろう。
しかし、すでに成人済みの自分が、今更その遊びを行う事にロナリアは抵抗を感じてしまう。
そもそも今のリュカスとその遊びを行ったら、魔力探知だけでなく魔法騎士として人の気配を察知出来る現在のリュカス相手では、ロナリアの方が確実に不利である……。
その部分をロナリアが指摘し始める。
「『妖精さん探し』は、とても懐かしいけれど、流石にこの年齢でそれを行うのは、ちょっと……。それに魔力探知だけでなく、気配察知も出来るリュカスが相手じゃ私、すぐに捕まっちゃうよ……」
「確かにそれだとロナには不利だよね……、だったら、僕がハンターの時は、魔道具の耳栓を使うよ。そうすれば。気配察知の能力はある程度抑え込めるから」
「でも……そこまでして『妖精さん探し』をする意味はあるかな?」
「だってロナはケーキを食べたいけど、体重が増えてしまう事を気にしているのだろう? だったら室内でもそれなりの運動量を得られる『妖精さん探し』は、かなり良いカロリー消費方法だと思うよ?」
「そうかなぁ……」
幼少期の頃あれば、すぐにその提案に乗っかったロナリアだが……今現在のロナリアは、どうも腑に落ちないという思いが強すぎて、なかなか賛同出来ないでいた。
しかしリュカスの方は何故か乗り気のようで、やけに熱心に『妖精さん探し』を押してくる。
「折角だから、やってみよう? 確かロナは『妖精さん探し』は得意だったよね? これならケーキも安心して食べられるし、久しぶりに懐かしい遊びをした事で独身最後の良い思い出になると思うよ?」
「確かに少しだけ惹かれはする提案だけれど……」
「でしょ? あっ! どうせやるなら何か賭けたら面白いかも。例えば……勝った方が負けた方に何か一つお願いが出来るとか……」
かなり『妖精さん探し』に前向きなリュカスは、更に遊びが盛り上がるような提案を追加してくる。
しかし、その提案はロナリアの心にはあまり響かなかった。
「でも私、今は特にリュカにお願いしたい事がないから、あまりメリットがないのだけれど……」
「それじゃあ、もしロナが僕に勝ったら、以前『王子様みたいな格好をして白馬に乗って欲しい』と言っていたお願いを聞いてあげるよ」
すると、リュカスが出して来たその賭けの戦利品にロナリアが勢いよく食いつく。
「だったら、王子様みたいな格好だけじゃなくて騎士服とか女装もして欲しい!」
そんなロナリアの要望に半目になったリュカスが、怪訝そうな表情を返す。
「騎士はともかく……なんで女装?」
「だってリュカ、女装したら絶対に物凄い美人さんになるもの! それを見たい!」
「あー……うん。ロナの趣味はよく分からないけれど、もしロナが勝ったら、王子様でも女装でも何でもしてあげるよ……」
「やったー!」
「ちなみに僕が勝ったら、次の休日に一日中僕と手を繋いで貰うからね?」
「えっ? でも、それっていつもと変わらないよね? そんなお願い事でいいの?」
「うん。それがいい」
「わ、分かった。 じゃあリュカが勝ったら一日中手を繋いであげるね!」
「ロナ、絶対約束だよ?」
「うん」
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