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【番外編:二人の過去とその後の話】

『妖精さん探し』の代償(後編)

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 結局、リュカスにまんまと乗せられるように幼少期に夢中になって遊んだ『妖精さん探し』を始めたロナリア達だが……。現状、この『妖精さん探し』は子供の頃とは、比べものにならない程、高度な遊びになってしまっていた。

 そんな二人は、まずコイン投げでどちらが妖精をやるかを決める。結果、妖精はロナリア、リュカスがハンターで開始する事になった。

 尚この遊びは、開始直後二分間はハンターのリュカスはその場から動いてはならないので、その間に妖精のロナリアが身を隠すのだが……。

 幼少期の頃と比べ、魔力探知能力が上がっていた二人でこのゲームを行ってしまうと、かなり緊迫した雰囲気になってしまい、もはや遊びではなく潜入捜査前の諜報部員の実践訓練のような状態になってしまったのだ……。

 そもそも何故そのような状況になってしまったのか……。
 それは今回リュカスが、全力でロナリアから勝利をもぎ取りに来ているからだ。

 リュカスはゲーム開始から10分間、全く動きを見せなかったのだが、その間ギリギリになるまで何処かで魔力を放出したらしい。その為、ロナリアでもかなり神経を研ぎ澄まして魔力探知を行わなければ、リュカスの居場所が把握しづらい状況を強いられてしまったのだ……。

 だが、幸いな事にリュカスは全ての魔力を放出する事はしなかったらしい。確かに現状のリュカスの魔力量であれば、魔力探知が得意な魔導士でもなかなかその居場所は確認出来ないだろう。

 だが、初級魔法しか使えないロナリアは、学生時代この魔力探知をかなり訓練した為、大得意である。僅かに残ったリュカスの魔力でその居場所を探知し、先程からハンターリュカスの追撃を首の皮一枚で繋ぎ止めるという感じで、何とか躱していた。

 そんな二人が現在行っている事は、『妖精さん探し』という可愛い響きのものではなく、もはや『妖精狩り』という緊迫したものと化している……。

 だが、幼少期からこの遊びが得意だったロナリアには、必勝法があった。
 それはこの小柄な体格を活かした身の隠し方である。
 幼少期の頃からロナリアは、クローゼットに身を隠した後、更にその中に設置されているアクセサリーや靴などを収納する戸棚や、衣装箱の中に隠れるのだ。

 もちろん、それだけではすぐに見つかってしまう……。
 そこでロナリアは、その隠れられる戸棚や箱の中で最もコンパクトな造りの物に身を隠すのだ。
 クローゼットの中に存在しているそれらの身を隠せる物は、必ず一つではない。サイズが大きい物と小さい物が同時に存在しているのだ。

 この場合、人間の心理的にまずは身を隠せそうな大きいサイズの所から探していくだろう。その所為か、小さいサイズの物には『こんな小さいサイズでは身を隠す事など出来ないだろう』という先入観が働くらしい。
 だが小柄なだけでなく体も柔軟なロナリアは、狭い戸棚や衣装箱にもスッポリと身を隠せてしまうのだ。

 現状、成人したとはいえ、一般的には小柄すぎ部類に入るロナリアは、通常では貴族淑女では隠れきれないだろうという狭く小さな場所にでも身を隠す事が出来るのだ。
 今回もその必勝法で、4回ほどリュカスにクローゼットを漁られても見事に回避している。

 しかし……何故かリュカスは、頻繁にロナリアが潜伏している邸内の部屋を的確に選び、探しにくる……。
 ロナリアは、魔力探知だけでなく、魔力を抑える事も得意な為、いくらリュカスが優秀だとしても、そう簡単には居場所は把握されないはずなのだが……。
 現在の状況から察すると、どうやらリュカスはなんらかの方法でロナリアの気配をうっすらと感じているようだ。

 耳には完全防音の魔道具の耳栓をし、ほぼ魔力を押さえ込んでいるロナリアの居場所をリュカスが、どうやって目星を付けているのかは不明だが、それでもギリギリのところでロナリアは、その追撃を交わし続けていた。

 その為、今回も同じ要領でリュカスの追撃を回避しようと、リュカスの微弱な魔力が近づいてきた事を察したロナリアは、慌ててクローゼットの中に設置されている三つの衣装箱の一番小さいサイズの中に体を曲げて、かなり無理な体勢で中に入り、身を隠す。

 すると案の定、リュカスらしき人物が靴音をコツコツと立てて、部屋に入ってきた。
 本日この靴音を聞くのは5回目となるロナリアは、大分その緊迫した状態にも慣れてきたので、慌てる事もなく冷静に息を潜めて身を隠し続ける。

 すると、カチャリとクローゼットを開ける音がした。
 それと同時に靴音を立てながら、クローゼットの中に人が入ってくる気配がする。

 その瞬間、ロナリアは極力息を殺す。
 対して中に入ってきた人物は、クローゼット内の衣装をかき分け、ロナリアが入っていない衣装箱の中身を確認しているような音を立て始める。

 ちなみにロナリアが身を潜めている一番小さい衣装箱だが、現在中身を物色されている二つの大きい衣装箱の影に隠れるように、ひっそりとクローゼットの中に存在していた。そんなサイズ感が無意識で比較されやすい状況も、この一番小さい箱が見逃されやすい状況を作っていた。

 そうやってロナリアは、先程からこの方法でリュカスの追及を見事に躱している。
その為、今回も同じようにやり過ごせるだろうと、やや高を括っていた。
 すると予想通り、リュカスが一番小さな衣装箱を見逃し、深くため息をついている気配を箱越しに感じとる。

「ここにもいないかぁ……。ロナは本当にこの遊びは得意だったからなぁー。あと10分以内に見つけないと、負けるかも……」

 箱越しでリュカスの呟きを耳にしたロナリアは、内心ニヤリとほくそ笑む。どうやらこの勝負は、自分の方に軍配が上がりそうだと。
 そしてそれを決定付けるようにクローゼットの扉を閉める音と、リュカスが遠ざかっていく足音、最後は部屋の扉が閉まる音まで確認出来た。

 すでにこの方法で、4回もリュカスから逃れているロナリアは今回の勝利を確信する。
 だが、相手はあの完璧人間と言われやすいリュカスである。
 一瞬の油断が命取りになる可能性がある為、ロナリアはリュカスが部屋を出てから2分間は、その狭い衣装箱の中で縮こまっていた。

 だが、リュカスは本当にこの部屋を後にしたようで、気配どころか魔力すら感じられない。
 その事に安堵したロナリアは、身を隠していた衣装箱の蓋をそっと持ち上げ、箱に無理矢理押し込んだ自分の体を解放し始める。
 そして、やっと箱から抜け出たロナリアは静かに立ち上がり、かなり控えめに伸びをした。

 だが、次の瞬間――――。
 ロナリアは、後ろからガバリと何者かに力強く抱きしめられる。

「キャァァァァー!!」
「捕まえた!」

 一瞬、賊などの襲撃を受けたと勘違いしてしまったロナリアは、悲鳴を上げてしまった。しかし、すぐにその相手が自身の婚約者だと認識した瞬間、ピタリと動きを止める。
 同時にリュカスが片手で魔道具の耳栓を外した。

「リュ、リュカ!? ど、どうして!?」
「ロナがここに隠れている事は分かっていたから部屋を出るふりをして、自分から出てきて貰おうと思って、クローゼットの中で待っていたんだよ」

 そう言って楽しそうに更に深く抱きしめてくるリュカスにロナリアが、必死で抵抗する。

「で、でも! さっき部屋の扉が閉まる音が……」
「ああ。これを使ったんだよ」

 そう言って、リュカスは左手に巻き付いている天蚕糸てぐすをロナリアに披露する。

「犯罪者を追跡している時によく使う手なのだけれど、これをドアノブに結びつけた後、部屋を探しまわって出ていくふりをすると、やりすごせたと油断した敵が自ら姿を現してくれるんだよね。そこを捕まえるんだ」
「ずるい! そんな実践的な方法を子どもの遊びである『妖精さん探し』で使うなんて!」
「勝負にずるいも何もないよ? 遊びは全力でやるから楽しいんじゃないか」

 そう言ってロナリアの温もりを堪能するかのようにリュカスが、その首筋に顔を埋めてくる。

「げ、現役の魔法騎士のリュカだと、遊びのレベルじゃなくなるでしょう!? そ、そんな事より……もう離して!」
「えー? 何で? 『妖精さん探し』は捕まえてからスタート地点に戻るまでは、完全な捕獲にはならないじゃないか。その間に逃げられでもしたら大変だよ」
「こんな見事な捕まえ方をされたら、もう逃げられないよ!! これじゃ、何度やっても私、リュカには絶対に勝てないもの!! 大体……リュカは、今まで私が色々な部屋のクローゼットに隠れている事に気付いていた癖にわざと見逃していたでしょう!!」
「あっ、気づいていたんだ」
「今気がついたよ!! なんですぐに捕まえなかったの!?」

 ロナリアが抗議しながら、リュカスの胸の辺りを押しのけるようにして、体を引き離す。
 すると二人は、薄暗いクローゼットの中で自然と向き合うような状態となった。

「いや、だって……すぐに捕まえちゃったら、ロナの運動にならないかと思って……」
「まさか……私を運動させる為にわざと4回も見逃していたって事……?」
「うん」

 そのリュカスの返答にロナリアが脱力して、深くため息をつく。

「そもそも何ですぐに私の居場所が分かったの……? 私、これでも魔力制御には、かなり自信があったのだけれど……。だからと言って、私の気配を察知する事は魔道具の耳栓をしていたリュカスには無理だよね?」
「うーん、強いて言うのであれば『愛の力』でロナの居場所が分かったという感じかな?」
「リュカ~? ふざけないで種明かしをして!」

 ロナリアが腰に手を当てて再び抗議をすると、苦笑したリュカスが仕方ないという様子で説明を始める。

「僕にとってはよくある現象なのだけれど……。譲渡して貰ったロナの魔力が体内で少なくなると、自然と僕の体がロナの魔力を求めるような反応をするんだ。以前エレインさんに会う機会があったから、その現象の事を相談した事があるのだけれど……。それは長年ロナの魔力を体内に取り込んでいた影響で、僕はそういう体質になったんじゃないかって言われた。だから僕は、体内の魔力が少ない時にロナが近くにいると、大体の居場所が分かるんだよね。ほら、カオスドラゴンに襲われた時もすぐに僕はロナを見つけられただろう?」
「そ、そういえば……」

 そこで一度は納得したロナリアだったが、今のリュカスの説明であることに気づく。

「待って。それってリュカスにとっては、この『妖精さん探し』は、初めから勝てる要素しかなかったって事!?」
「そんな事はないよ? だってロナがもっと完璧な魔力制御をしていたら、流石に僕の特殊体質でもロナの魔力は感知出来なかったと思うから」
「私……かなりしっかり目で魔力制御をしていたのだけれど……。これ以上って、後どのくらい精度を高めればいいの?」
「そうだなー……。魔法研究所のグレイバム所長ぐらい?」
「そんなの宮廷魔道士でも無理だよ!!」

 あまりにも理不尽な状況で勝負をさせられたロナリアが、声を大にして抗議する。だが、リュカスは全く反省していないようで、ロナリアを宥めようと左頬に手を伸ばしてきた。

「なんにせよ、ロナは負けてしまったのだから僕のお願いはきいてもらうからね?」
「ずるいよ……」
「でも普段と同じように休日に一日中手を繋いで貰うだけなのだから、そこまでロナの負担にはならないはずだよ?」
「うぅー……。分かったよ……。約束は約束だし、今度の一緒のお休みの時に一日中手を繋ぐ……」
「ありがとう、ロナ。ちなみに再確認だけれど、約束は一日中だからね?」
「うん……」

 渋々返事をしたロナリアの様子に満足そうに笑みを浮かべたリュカスだったが……。次の瞬間,当たり前のようにロナリアに顔を近づけ,口を半開きにしてきた。
 そんなリュカスの大胆な行動にロナリアが,慌ててリュカスの口を両手で塞ぐ。

「ちょ、ちょっと! 急に何をする気!?」
「何って……。僕、この『妖精さん探し』で魔力をほぼ空っぽ状態にしてしまったから、早急に補充しようとしたのだけれど……」
「何で!? そもそもそんなすぐに魔力補充って必要!?」
「明日、エクトル殿下と一緒に不正の疑いがある伯爵領に乗り込むから、それなりに必要かな?」
「どうしてそういう重要な任務がある前日に魔力を空っぽ状態にしてしまうの……?」
「やるからには全力でやった方が、遊びは楽しいかと思って」
「嘘だよ!! リュカは初めからこういう事をしようと目論んでいたでしょ!?」
「それはロナの考えすぎだなー」
「大体、今回私は全く走り回っていないから、運動になっていないのだけれど!?」
「でも適度な緊張感と普段取らない体勢をしたのだから、それなりにエネルギー消費はしたと思うよ?」
「無駄に気疲れしただけのような気がする……」

 そう愚痴をこぼしながらロナリアが項垂れると、先程から左頬に手を添えていたリュカスが、その手をロナリアの顎まで滑らせ、顔を持ち上げる。

「それよりもロナ、早く魔力の補充をさせて?」

 満面の笑みで当然のごとく魔力の供給を要望してきた婚約者に盛大に呆れたロナリアは、もうこの日は抗議する事を諦めた……。


 結局、この日はリュカスにいいように堪能されてしまったロナリアだが……。
 この一週間後、ロナリアは更にリュカスに満喫されてしまう事になる。
 実はこの『妖精さん探し』で得たリュカスの戦利品である『一日中ロナリアと手を繋ぐ』という要望には、更なる甘い罠が仕掛けられていたのだ……。

 そうと知らず、起床後に身支度を済ませたロナリアは、この日は律儀にその約束を守り、何の疑問も持たずにどうしても手を離さなければならない状況以外は、いつものようにリュカスと手を繋ぎ続けていた。

 だが、夕食を済ませた後あたりから、リュカスが戦利品にこっそり仕込んだ甘い罠の気配に気づき始める。そしてロナリアは、入浴後にその甘い罠の存在が仕掛けられていた事をはっきりと確信した。

 リュカスの要望は『一日中手を繋いで欲しい』である。
 すなわち、それは……『日付が変わる0時まで、ずっと手を繋ぎ続ける』というものだったのだ……。
 その為、この日のロナリアは寝台の横に張り付くように居座る上機嫌のリュカスに手を握られ、顔を覗き込まれながら眠りにつく羽目になる。

 そんな顔から火が出そうな程の甘く、恥ずかし過ぎる状況に追い込まれたロナリアは、二ヶ月後から始まるリュカスとの新婚生活が、かなり甘いものになるのでは……と贅沢過ぎる不安を思わず抱いてしまった。



――――――【★次回のご案内★】――――――
以上で番外編『【『妖精さん探し』の代償】は終了となります。
尚、次の話が丁度良い区切り目になるので、この作品を一度完結処理をさせて頂きます。
引き続き、『二人は常に手を繋ぐ』をお楽しみください。
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