離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ

文字の大きさ
7 / 23

7話

しおりを挟む
 リゼッタとの対決から数日後、セシルとアークライトの関係はさらに深まっていた。

 アークライトは、セシルが自分の不器用な愛を理解し、受け入れてくれたことに狂喜し、城から一歩も出したくないとばかりにセシルを溺愛していた。彼の周囲は常に暖かな「愛の金」に包まれており、時に「独占の赤」が混じることはあったが、以前のような「焦燥の青」や「疲労の黒」は格段に少なくなっていた。

 セシルは、アークライトが自分に対してどれほど精神的に依存しているかを、彼の感情の色で明確に理解していた。

 ある夜、侯爵城の庭園で、セシルはアークライトに静かに尋ねた。

「アークライト様。貴方が、感情を表に出すことを極端に嫌う理由を、私に教えていただけませんか?」

 セシルの言葉に、アークライトは息を飲んだ。彼の全身から、一瞬にして「深い悲しみの紫」と「強い警戒の黒」が噴き出し、セシルの視界を覆った。

「セシル、それは……」

 アークライトは視線を逸らした。彼は、セシルに自分の弱さを知られることを極度に恐れているようだった。

 セシルはそっと彼の手を握り、真摯な眼差しで彼を見つめた。

「前世の私は、貴方のその態度を冷酷さだと誤解し、貴方を孤独にしてしまいました。今世、私は貴方の全てを受け入れたいのです。貴方の弱さも、過去の痛みも、すべて」

 セシルからの揺るぎない愛情と受け入れの意思を感じたアークライトは、抵抗を止めた。彼の「警戒の黒」が薄れ、「信頼の金」が優勢になった。

 アークライトは、重い口を開いた。

「私の母は、感情豊かな女性だった。だが、父に愛されず、侯爵家に馴染めず、最終的に『感情の激しすぎる自分』を責めて、若くして亡くなった」

 彼の声は苦しそうだった。

「私は幼い頃、母の悲しみの色を見て育った。その時、父から『侯爵家の人間は感情を出すな。感情は弱さだ。その感情が、母を殺したのだ』と教え込まれた。以来、私は感情を絶対的な壁の中に閉じ込めた。それが、最も愛するものを守る方法だと信じていた」

(なんて悲しいトラウマ……!)

 セシルは胸を締め付けられた。アークライトの冷徹な鉄仮面は、彼が愛する者(母、そしてセシル)を失うことを恐れて築いた、自己防衛の檻だったのだ。

「大丈夫よ、アークライト様。貴方の感情は、弱さなんかじゃありません。貴方の愛は、貴方の情熱は、私の知る誰よりも強く、温かいものだわ」

 セシルはアークライトを抱きしめた。彼の「悲しみの紫」は、セシルの「愛の金」にゆっくりと溶け、「安堵のオレンジ」へと変わっていった。

「セシル。君は私の全てだ。君がいなければ、私は再び冷たい檻に戻ってしまう」

 アークライトは、初めて自分の弱さをセシルに晒し、精神的な依存を告白した。

 セシルは頷き、彼の愛を受け止める。そして、表情を引き締めた。

「アークライト様。貴方を苦しめるものは、私たちが二人で排除しましょう。前世、私を陥れ、私たちの関係にヒビを入れようとした者は、他にもいました」

 セシルは、前世の記憶を頼りに、リゼッタの背後にいる公爵家内の権力者の存在を明かした。

「彼らは、貴方の結界騎士としての功績と、侯爵家の権力を奪おうと画策しています。リゼッタはその手先に過ぎません」

 アークライトの瞳に、冷たい炎が灯った。彼の全身から、「敵意の赤」が立ち上る。

「私の愛する妻を傷つけ、私の義務を邪魔する者たちか。容赦はしない」

「ええ。ですが、貴方は公的な仕事に集中してください。彼らの社交界での動き、そして家族内での陰謀は、私が全て潰します」

 セシルは、「冷徹な侯爵の、たった一人の妻」として、アークライトと共同戦線を張ることを誓った。

 二人は、愛と復讐、そして守護という目的のために、最強の夫婦として立ち上がった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『完璧すぎる令嬢は婚約破棄を歓迎します ~白い結婚のはずが、冷徹公爵に溺愛されるなんて聞いてません~』

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎる」 その一言で、王太子アルトゥーラから婚約を破棄された令嬢エミーラ。 有能であるがゆえに疎まれ、努力も忠誠も正当に評価されなかった彼女は、 王都を離れ、辺境アンクレイブ公爵領へと向かう。 冷静沈着で冷徹と噂される公爵ゼファーとの関係は、 利害一致による“白い契約結婚”から始まったはずだった。 しかし―― 役割を果たし、淡々と成果を積み重ねるエミーラは、 いつしか領政の中枢を支え、領民からも絶大な信頼を得ていく。 一方、 「可愛げ」を求めて彼女を切り捨てた元婚約者と、 癒しだけを与えられた王太子妃候補は、 王宮という現実の中で静かに行き詰まっていき……。 ざまぁは声高に叫ばれない。 復讐も、断罪もない。 あるのは、選ばなかった者が取り残され、 選び続けた者が自然と選ばれていく現実。 これは、 誰かに選ばれることで価値を証明する物語ではない。 自分の居場所を自分で選び、 その先で静かに幸福を掴んだ令嬢の物語。 「完璧すぎる」と捨てられた彼女は、 やがて―― “選ばれ続ける存在”になる。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。

朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。 ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さくら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

婚約破棄されたけれど、どうぞ勝手に没落してくださいませ。私は辺境で第二の人生を満喫しますわ

鍛高譚
恋愛
「白い結婚でいい。 平凡で、静かな生活が送れれば――それだけで幸せでしたのに。」 婚約破棄され、行き場を失った伯爵令嬢アナスタシア。 彼女を救ったのは“冷徹”と噂される公爵・ルキウスだった。 二人の結婚は、互いに干渉しない 『白い結婚』――ただの契約のはずだった。 ……はずなのに。 邸内で起きる不可解な襲撃。 操られた侍女が放つ言葉。 浮かび上がる“白の一族”の血――そしてアナスタシアの身体に眠る 浄化の魔力。 「白の娘よ。いずれ迎えに行く」 影の王から届いた脅迫状が、運命の刻を告げる。 守るために剣を握る公爵。 守られるだけで終わらせないと誓う令嬢。 契約から始まったはずの二人の関係は、 いつしか互いに手放せない 真実の愛 へと変わってゆく。 「君を奪わせはしない」 「わたくしも……あなたを守りたいのです」 これは―― 白い結婚から始まり、影の王を巡る大いなる戦いへ踏み出す、 覚醒令嬢と冷徹公爵の“運命の恋と陰謀”の物語。 ---

『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、 結婚初日から気づいていた。 夫は優しい。 礼儀正しく、決して冷たくはない。 けれど──どこか遠い。 夜会で向けられる微笑みの奥には、 亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。 社交界は囁く。 「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」 「後妻は所詮、影の夫人よ」 その言葉に胸が痛む。 けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。 ──これは政略婚。 愛を求めてはいけない、と。 そんなある日、彼女はカルロスの書斎で “あり得ない手紙”を見つけてしまう。 『愛しいカルロスへ。  私は必ずあなたのもとへ戻るわ。          エリザベラ』 ……前妻は、本当に死んだのだろうか? 噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。 揺れ動く心のまま、シャルロットは “ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。 しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、 カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。 「影なんて、最初からいない。  見ていたのは……ずっと君だけだった」 消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫── すべての謎が解けたとき、 影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。 切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。 愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる

処理中です...