淡色に揺れる

かなめ

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前章

帰り道(詩弦目線)

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「──でさ、そん時の顧問の顔、マジで見てほしかったって! あれたぶん、人生で3回目の“ガチ呆れ”だったわ」

「え、なにそれヤバい! 顔真似してよ!」

「ちょ、やめなって! 本人歩いてきたらどうすんの!」

三年の女テニたちの笑い声が、駅前に響いていた。詩弦はその輪の中にいた。
笑い声には混ざらなかったけど、口元だけはふっと緩んでいる。
慣れた景色。慣れた仲間。にぎやかな彼女たちとの放課後は、案外嫌いじゃない。

(合宿前だからねー)

頭の中には、今日の練習メニューの残像と、みんなの仕上がり具合がざっと並ぶ。
彩里のスマッシュは好調。自分のストロークも、まあ悪くない。
白川の動きかって悪くなかった。

(……白川?)

一瞬だけ、脳裏に浮かんだ名前に自分で気づいて、眉がわずかに動く。

「──ん? なに? 詩弦、今ニヤッとした?」

「してない」

「えー? 絶対してたし!」

「してないし」

そんな軽口を交わしていると、いつのまにか最寄り駅のすぐそばまで着いていた。

高架の上に、出発の合図とともに動き出す電車が見えた。
そのとき

「…っ!」

電車が動き始める音とともに、詩弦の足がふと止まる。

窓。

発車しかけの車両のその中。
誰かと目が合った気がした。

視線がぶつかる。

小柄な体。短い髪。
驚いたような、でも、どこか名残惜しそうな表情。

(白川……)

瞬間、思考がノイズのように飛ぶ。

ほんの数秒。
車両は滑らかに加速し、窓越しの蓮は列車とともに遠ざかっていく。
そしてその隣。吊り革につかまっていたのは、
まぎれもない、自身のダブルスのペアの彩里だった。

(なんで、アイツと…)

心のどこかが、ちり、と音を立てた。

「おーい、詩弦? どした、固まってんぞ?」

「……いや、なんでもない」

振り返った仲間の声に、何気ない風を装って返す。
でも心の中では、今のシーンをリプレイするみたいに繰り返していた。

白川の目。
まっすぐな光と、揺らぐ戸惑い。
そして、彩里の横に立つ姿。

(……白川、彩里と一緒に帰ってたんだ)

なんでもないはずだった。
練習を見てるときも、後輩と話してるときも、特別に気にしてたわけじゃない。

けど。

いま確かに、胸の奥がざわついた。
その理由が何かなんて、まだ分からない。
分かりたくないだけかもしれない。

「はいはい、詩弦も早く入って! 次の電車乗り遅れるど~」

「……うるさい」

急かす仲間に返す口調はいつも通り。
でも、歩き出した足取りが少しだけ硬いことに、自分だけが気づいていた。
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