3 / 86
前章
帰り道
しおりを挟む
「えぇーまじか」
蓮は電光掲示板を見上げて、ひとりごとのようにぽつりと漏らした。
乗るはずだった電車は、無情にももう発車した後。
ふとスマホに視線を落とすと、「電車来たし先帰ってるわバイバイ👋」と広瀬からの屈辱メッセージ。
蓮がトイレに行っている間に帰ってしまったのだ。
(うわー、置いてかれた)
ホームに降りると、夕方の風が思ったより冷たくて、腕をさすりながらベンチに腰かけた。
「あれ?蓮ちゃんじゃん」
不意に明るい声がして、蓮が顔を上げると、彩里が小走りで近づいてきていた。
「電車逃した?」
「はい。トイレ行ってたら間に合わなくて」
「あららぁ、どんまい。まあ、次の来るまでぼーっとしとけばいーじゃん」
制服の上着を肩にかけて、彩里は隣に座って伸びをした。
「私もちょうど改札で彼氏とバイバイしてきたとこ。帰る方向違うから」
「え?!彩里先輩彼氏いるんですか?!」
「うわなにその失礼な質問」
隣に座る失礼な後輩の頭を、彩里はこつんとこぶしで突いた。
「いでっ!ちょ、冗談ですよ~」
「いやまあいいけど」
彩里はにやりと笑って、蓮の顔をちょっと覗き込むようにした。
「付き合ってるけどさー、別に特別好きってわけじゃないんだよね。なんとなく、って感じ。恋愛っていうより雰囲気ってやつ?」
「そうなんですか。でも、なんだかわかるかも、そういうの」
「まじ? なんだーレンレン、意外とわかってんじゃん」
「からかわないでください」
二人の間に、ふっと柔らかい空気が流れる。
やがてホームに電車が滑り込んできた。
「来たね。行こっか」
彩里が軽く肩をたたくと、蓮も立ち上がって電車に乗り込んだ。
車内はちょうど通勤ラッシュの合間で、空いている席もちらほらある。
蓮は向かいの扉の前に立ち、彩里はその隣で吊り革を握る。
電車の扉が閉まり、少しずつ動き始める──
そのとき。
駅に向かう歩道に、見覚えのある姿が歩いてきた。
華奢なシルエット。ゆっくりとした歩幅。
キリッとした表情のまま、髪を少し押さえながら駅に入ってくる──
「…詩弦先輩」
思わず出た声を隠すように、蓮は口元を抑える。
ちょうど発車し始めた車両の窓から、詩弦がこちらに視線を向けた。
目が合った。
ほんの、数秒。
でも、時が止まったみたいだった。
その瞳に吸い込まれそうなほど、深く、まっすぐに。
蓮は固まったまま、もう見えなくなった彼女のいる先を見つめた。
「どしたの?」
彩里の声が横から聞こえる。
でも蓮は答えず、視線を落とした。
「別になんでもないです」
「……そっか」
彩里はそれ以上何も言わず、窓の外を見るふりをしながら、ちらっと蓮の横顔を盗み見た。
電車は速度を増して行き、ガタン、ゴトンと穏やかに揺れた。
窓に映った蓮の表情は、少しだけ熱を持っていた。
蓮は電光掲示板を見上げて、ひとりごとのようにぽつりと漏らした。
乗るはずだった電車は、無情にももう発車した後。
ふとスマホに視線を落とすと、「電車来たし先帰ってるわバイバイ👋」と広瀬からの屈辱メッセージ。
蓮がトイレに行っている間に帰ってしまったのだ。
(うわー、置いてかれた)
ホームに降りると、夕方の風が思ったより冷たくて、腕をさすりながらベンチに腰かけた。
「あれ?蓮ちゃんじゃん」
不意に明るい声がして、蓮が顔を上げると、彩里が小走りで近づいてきていた。
「電車逃した?」
「はい。トイレ行ってたら間に合わなくて」
「あららぁ、どんまい。まあ、次の来るまでぼーっとしとけばいーじゃん」
制服の上着を肩にかけて、彩里は隣に座って伸びをした。
「私もちょうど改札で彼氏とバイバイしてきたとこ。帰る方向違うから」
「え?!彩里先輩彼氏いるんですか?!」
「うわなにその失礼な質問」
隣に座る失礼な後輩の頭を、彩里はこつんとこぶしで突いた。
「いでっ!ちょ、冗談ですよ~」
「いやまあいいけど」
彩里はにやりと笑って、蓮の顔をちょっと覗き込むようにした。
「付き合ってるけどさー、別に特別好きってわけじゃないんだよね。なんとなく、って感じ。恋愛っていうより雰囲気ってやつ?」
「そうなんですか。でも、なんだかわかるかも、そういうの」
「まじ? なんだーレンレン、意外とわかってんじゃん」
「からかわないでください」
二人の間に、ふっと柔らかい空気が流れる。
やがてホームに電車が滑り込んできた。
「来たね。行こっか」
彩里が軽く肩をたたくと、蓮も立ち上がって電車に乗り込んだ。
車内はちょうど通勤ラッシュの合間で、空いている席もちらほらある。
蓮は向かいの扉の前に立ち、彩里はその隣で吊り革を握る。
電車の扉が閉まり、少しずつ動き始める──
そのとき。
駅に向かう歩道に、見覚えのある姿が歩いてきた。
華奢なシルエット。ゆっくりとした歩幅。
キリッとした表情のまま、髪を少し押さえながら駅に入ってくる──
「…詩弦先輩」
思わず出た声を隠すように、蓮は口元を抑える。
ちょうど発車し始めた車両の窓から、詩弦がこちらに視線を向けた。
目が合った。
ほんの、数秒。
でも、時が止まったみたいだった。
その瞳に吸い込まれそうなほど、深く、まっすぐに。
蓮は固まったまま、もう見えなくなった彼女のいる先を見つめた。
「どしたの?」
彩里の声が横から聞こえる。
でも蓮は答えず、視線を落とした。
「別になんでもないです」
「……そっか」
彩里はそれ以上何も言わず、窓の外を見るふりをしながら、ちらっと蓮の横顔を盗み見た。
電車は速度を増して行き、ガタン、ゴトンと穏やかに揺れた。
窓に映った蓮の表情は、少しだけ熱を持っていた。
0
あなたにおすすめの小説
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる