淡色に揺れる

かなめ

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前章

帰り道(彩里目線)

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電車がホームを出たとき、車内はふっと静かになった。
心地よく揺れるリズムの中、彩里は立ったまま隣の蓮の様子を何気なく見ていた。

「よいっ、と」

自分より頭一つ分小さい蓮は、真上にぶら下がる吊革にぐんっと腕を伸ばし、掴んだ。
揺れる車体に転ばされないように掴まる吊革なのに、蓮が掴んでもこけてしまいそうで愛おしい。

掴めたことに、蓮が満足そうな笑みを浮かべたころ、列車はゆっくりと発車した。

彩里はそんな蓮の表情を見るのが、わりと好きだった。

しかし、

ふいに、蓮の目が止まる。視線の先を、彩里も追う。

ちょうど駅に入ってくる歩道の上を、見覚えのある面影が歩いてくるのが見えた。

(詩弦……)

その瞬間、蓮の体がピンと張ったのがわかった。目の奥が、はっきりと何かを捉えていた。

(ああ――)

目が、合ったんだ。あいつと。

蓮からこぼれ出た声は聞こえなかったけど、何かが一気に心まで駆け抜けたのが伝わってきた。

彩里は、その視線をまっすぐに見ていた。
ふーっと、誰にも気づかれない、小さく長い吐息が漏れた。

この子はきっと、詩弦のことが憧れなんだろうな。
強くて、きれいで、ちょっと怖いけど、
でも、まっすぐで、ずるくないから。

彩里はほんの一瞬、心の奥が冷えた気がした。
彼氏には抱いたことのない、まだ名前のない小さな感情。
それは嫉妬というには未熟すぎて、所有欲というには軽すぎる。
でも確かに、胸の中でちくりと刺さった。

(なんで、“あいつ”ばっか見てんの?)

ほんの数秒。
けれどその一瞬が、どうしようもなく長く感じた。

やがて蓮は、視線をふっと落とした。
何事もなかったみたいに小さくため息をついて、姿勢を戻す。

「どしたの?」

彩里は何気ないふりで声をかけた。
蓮は少しだけ遅れて、首を振る。

「別に、なんでもないです」

「そっか」

彩里は軽く笑って、もうそれ以上は追及しなかった。

だけど。

車窓に映る自分の目が、少しだけ鋭くなっていることに、彩里は気づいていた。

(あーあ。これ、ちょっとめんどくさくなるかもね)

車両がカーブに差しかかり、詩弦の姿はもうとっくに見えない。

彩里は視線を窓の外から蓮へと戻した。
まるで確認するみたいに、そっと目を細めて。
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