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6話 決断
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「……このまま、二人で逃げるか?」
真剣な斎賀さんの言葉に、一瞬呼吸が止まった。
少しの静寂が覆う。真っ直ぐ見つめ合ったまま、時間が止まったように動かない。
(斎賀さんと……?)
一瞬、それでもいいかと思った。
叶うなら、このまま逃げてしまいたい。
けれど――。
「冗談はやめてください。斎賀さんらしくないですよ」
斎賀さんから距離を取ってフッと微笑みを浮かべる。
(いけない。また甘えてしまうところだった)
斎賀さんはこの会社に必要な人だ。私なんかのために人生を壊して欲しくない。
「珍しく酔ってるんじゃないですか?」
きっと落ち込む私のために、励まそうとしてくれているんだろう。
自暴自棄になっている場合じゃない。これは私だけの問題じゃないのだ。斎賀さんにそんな気遣いをさせてしまっているのが申し訳なかった。
「ああ……そうかもしれないな」
優しい声色で、斎賀さんが苦笑いを浮かべる。
「さあ、戻りましょ。山岸が心配してますよ」
コツコツとヒールを鳴らして斎賀さんの横をすり抜ける。店を出てから結構な時間が経ってしまっていた。山岸のことだ。一人で酔っぱらってそれこそ他の人に迷惑をかけているかもしれない。
「朝倉」
ふと斎賀さんに呼び止められた。
振り返ると、穏やかに微笑む斎賀さんと目が合った。
「今度、食事に行かないか」
「ええ、もちろんです。山岸が行ってしまう前に」
「いや、二人でだ」
「二人で……?」
「俺と二人きりはイヤか?」
斎賀さんが困ったように笑う。
「そ、そんなことありません! い、いつでも!」
慌てて顔を左右に振る。斎賀さんに誘われて断れるはずなんかない。
むしろ光栄すぎておこがましいぐらいだ。
「なら良かった」
急にどうしたのだろうか。今日の斎賀さんはやっぱり酔っているのだろうか。
心臓がばくばくと鳴って騒がしくなる。私も酔っているのかもしれない。
斎賀さんと目を合わせるのが恥ずかしくなって、顔を背けてしまう。
「朝倉、俺も諦めないよ」
「なにをですか?」
「内緒だ」
斎賀さんが隣に並ぶと、優しい手がさらりと髪を撫でてくれる。
照れくさくなりつつもその心地よさに浸りながら、少しずつ荒れ心も落ち着きを取り戻していった。
⇔
翌朝。
こんなにも憂鬱な朝は他にない。
楽しい時間が過ぎた後ほど、辛いものはない。
昨夜の送別会は、幻だったのかもしれないと思うほど容赦なく現実は襲い掛かる。
行きたくない気持ちが勝るのに、結局いつもと同じ時間に目が覚めた。
一日で、人の人生は大きく変わる。
嫌だと思っていても自然と動いてしまう体が悲しい。
頭では受け入れられなくても、体は理解してしまっているのだ。悠には逆らえないことを。
(行きたくない……)
テレビをつけると、昨日に続き有澤ロイヤルのニュースが飛び込んできた。
会議の通り、有澤ロイヤルは相模ロイヤルへと社名を変えて再出発となる。
そうして私は、本社出向ではなく雇用形態を完全に相模リゾートへ移し、マーケティング部から秘書への配属となった。
(秘書って、やったこともないんだけど……)
経験どころか興味を抱いたことすらない。
学生時代、クラスの子が玉の輿を夢見て秘書検定を猛勉強していたが、自分には一生縁のない話だと思っていた。
思わずピッとテレビを消す。これ以上、見ていられなかった。
とりあえず洗面台へ向かって顔を洗う。鏡を見ると目元が少し腫れていて苦笑する。
昨日は、帰ってからも少し泣いてしまったのだ。
あれだけ斎賀さんに励ましてもらったというのに、どうやら涙というのは尽きないらしい。
(今はやるしかない、か……)
気を取り直してリビングへ戻り、クローゼットを開ける。
そういえばスーツもヨレヨレだ。アルバイトで貯めたお金でいいスーツを買ったつもりだが、とてもじゃないが社長室に着ていける服ではない。
(ていうか、スーツでいいんだよね?)
最近ではオフィスカジュアルの会社も多い。
出社してから、悠に聞こうと思ったそのとき――。
ピンポーン
朝からインターホンが鳴り響いた。
(誰よ、こんな朝から……!)
こっちは一分一秒争う時間なのだ。
慌ただしくモニターをチェックすると、映し出された人物にあっと声を漏らす。
「ゆ、悠……!?」
「おはよう、ちーちゃん。迎えにきたよ」
「ちょっと待って! どうして私の家……!」
上京してから一度も会ってないのだ。もちろん住所なんて教えていない。
ぽかんと口を開いて、体が硬直してしまう。
「とりあえず開けてほしいな」
語尾にハートマークがつきそうなほど甘ったるい声で、悠がエントランスの扉を指さした。
「どういうことなの……」
真剣な斎賀さんの言葉に、一瞬呼吸が止まった。
少しの静寂が覆う。真っ直ぐ見つめ合ったまま、時間が止まったように動かない。
(斎賀さんと……?)
一瞬、それでもいいかと思った。
叶うなら、このまま逃げてしまいたい。
けれど――。
「冗談はやめてください。斎賀さんらしくないですよ」
斎賀さんから距離を取ってフッと微笑みを浮かべる。
(いけない。また甘えてしまうところだった)
斎賀さんはこの会社に必要な人だ。私なんかのために人生を壊して欲しくない。
「珍しく酔ってるんじゃないですか?」
きっと落ち込む私のために、励まそうとしてくれているんだろう。
自暴自棄になっている場合じゃない。これは私だけの問題じゃないのだ。斎賀さんにそんな気遣いをさせてしまっているのが申し訳なかった。
「ああ……そうかもしれないな」
優しい声色で、斎賀さんが苦笑いを浮かべる。
「さあ、戻りましょ。山岸が心配してますよ」
コツコツとヒールを鳴らして斎賀さんの横をすり抜ける。店を出てから結構な時間が経ってしまっていた。山岸のことだ。一人で酔っぱらってそれこそ他の人に迷惑をかけているかもしれない。
「朝倉」
ふと斎賀さんに呼び止められた。
振り返ると、穏やかに微笑む斎賀さんと目が合った。
「今度、食事に行かないか」
「ええ、もちろんです。山岸が行ってしまう前に」
「いや、二人でだ」
「二人で……?」
「俺と二人きりはイヤか?」
斎賀さんが困ったように笑う。
「そ、そんなことありません! い、いつでも!」
慌てて顔を左右に振る。斎賀さんに誘われて断れるはずなんかない。
むしろ光栄すぎておこがましいぐらいだ。
「なら良かった」
急にどうしたのだろうか。今日の斎賀さんはやっぱり酔っているのだろうか。
心臓がばくばくと鳴って騒がしくなる。私も酔っているのかもしれない。
斎賀さんと目を合わせるのが恥ずかしくなって、顔を背けてしまう。
「朝倉、俺も諦めないよ」
「なにをですか?」
「内緒だ」
斎賀さんが隣に並ぶと、優しい手がさらりと髪を撫でてくれる。
照れくさくなりつつもその心地よさに浸りながら、少しずつ荒れ心も落ち着きを取り戻していった。
⇔
翌朝。
こんなにも憂鬱な朝は他にない。
楽しい時間が過ぎた後ほど、辛いものはない。
昨夜の送別会は、幻だったのかもしれないと思うほど容赦なく現実は襲い掛かる。
行きたくない気持ちが勝るのに、結局いつもと同じ時間に目が覚めた。
一日で、人の人生は大きく変わる。
嫌だと思っていても自然と動いてしまう体が悲しい。
頭では受け入れられなくても、体は理解してしまっているのだ。悠には逆らえないことを。
(行きたくない……)
テレビをつけると、昨日に続き有澤ロイヤルのニュースが飛び込んできた。
会議の通り、有澤ロイヤルは相模ロイヤルへと社名を変えて再出発となる。
そうして私は、本社出向ではなく雇用形態を完全に相模リゾートへ移し、マーケティング部から秘書への配属となった。
(秘書って、やったこともないんだけど……)
経験どころか興味を抱いたことすらない。
学生時代、クラスの子が玉の輿を夢見て秘書検定を猛勉強していたが、自分には一生縁のない話だと思っていた。
思わずピッとテレビを消す。これ以上、見ていられなかった。
とりあえず洗面台へ向かって顔を洗う。鏡を見ると目元が少し腫れていて苦笑する。
昨日は、帰ってからも少し泣いてしまったのだ。
あれだけ斎賀さんに励ましてもらったというのに、どうやら涙というのは尽きないらしい。
(今はやるしかない、か……)
気を取り直してリビングへ戻り、クローゼットを開ける。
そういえばスーツもヨレヨレだ。アルバイトで貯めたお金でいいスーツを買ったつもりだが、とてもじゃないが社長室に着ていける服ではない。
(ていうか、スーツでいいんだよね?)
最近ではオフィスカジュアルの会社も多い。
出社してから、悠に聞こうと思ったそのとき――。
ピンポーン
朝からインターホンが鳴り響いた。
(誰よ、こんな朝から……!)
こっちは一分一秒争う時間なのだ。
慌ただしくモニターをチェックすると、映し出された人物にあっと声を漏らす。
「ゆ、悠……!?」
「おはよう、ちーちゃん。迎えにきたよ」
「ちょっと待って! どうして私の家……!」
上京してから一度も会ってないのだ。もちろん住所なんて教えていない。
ぽかんと口を開いて、体が硬直してしまう。
「とりあえず開けてほしいな」
語尾にハートマークがつきそうなほど甘ったるい声で、悠がエントランスの扉を指さした。
「どういうことなの……」
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