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9話 新しい上司
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だが、そのときだった。
ピンポーン
この空気を打ち壊す、なんとも間抜けなインターホンが鳴り響いた。
(いまだ!)
その一瞬の隙を見逃さず、咄嗟に悠の腕を退かす。
そこから先は無我夢中だった。全力で走り出して玄関へと向かう。
「ちーちゃん待って!」
待てと言われて待つ奴がいるものか。
宅配業者だろうとキャッチセールスだろうと、この状況から助けてくれるなら誰でもいい。
乱れたシャツを調えて玄関のドアを開けると、そこにいたのはーー。
「失礼いたします」
仕立てのいいスーツに包まれた、なんとも頭の固そうな男性が立っていた。
「……どちら様でしょうか」
思わず気の抜けた声が漏れてしまう。どう見ても宅配業者でもキャッチセールスでもない。
呆然と立ち尽くしていると、男性はクイッと眼鏡の端を持ち上げて私を見下ろす。
(な、なに……?)
じろじろとまるで評価するような目つきだった。男性が一歩玄関に入ってくると、こちらも一歩引き下がる。
決して派手な身なりではないはずなのに、無言の威圧がひしひしと突き刺さる。明らかに自分に対して好意的な感じではない。
歳は自分より少し上だろうか。髪はきっちり七三に分かれていていまどき珍しいほど馬鹿真面目そうだ。
「笹桐! 車で待ってろと言っただろ」
背後から悠の声が聞こえると同時に腕を引かれる。
「社長、お戯れは朝倉宅到着から七分二秒しかないと事前にお伝えしていたはずです。この後、会社に戻り九時より全体朝礼、九時七分より新人の指導、九時四七分より取引先ーー」
「ああもう分かってるよ!」
悠の叫び声が響き渡る。
だが笹桐と呼ばれた男性は表情ひとつ変えず、胸ポケットから名刺ケースを取り出して、こう言った。
(な、なに……この人……)
「申し遅れました。私、社長の秘書、笹切泰志と申します。本日から貴方の上司となります」
⇔
相模リゾート 社長室
全体朝礼で挨拶を終えたあと、そのまま慌ただしく社長室へと向かった。一応拍手で出迎えられたものの、どちらかというと困惑の色の方が強かった気がする。
それもそのはずだ。今朝から有澤ロイヤル買収のニュースが一面を飾りそこから来た社員が秘書ともなれば、社員も何が起こっているのか分からないだろう。
「では改めてご挨拶致します。私が相模社長の秘書ーー」
「もうそれいいから。覚えてるよね、ちーちゃん」
呆れた様子でため息をついたあと、ころっと表情を変えて私を見る。
「え、えぇ……笹桐さんですよね。よろしくお願い致します」
ぺこりとお辞儀すると、笹桐さんが険しい表情で鋭い視線を送る。
「角度が甘い。きちんとした作法は習いましたか。それとも有澤ロイヤルでは最低限のマナー講習も行っていないのでしょうか」
「へ?」
「正しいお辞儀とは三つの段階に分かれています。まずこの場合、敬礼と呼ばれる30度上体を折り敬意を持ってーー」
「笹桐、今そういうのはいいから」
「しかし社長、相模リゾートの秘書を務めるものが挨拶ひとつまともにできないようではいけません」
「分かったよ。でもそれは後でいいからさ、先に何か飲みたいな」
悠が椅子に腰掛けると、ちらと私を見た。すると、笹桐さんが渋そうな表情で社長室から出て行く。
「あ、私が!」
すかさず笹桐さんの後に続くが、返事はない。
結局、無言のまま隣の給湯室から冷たいお茶とガラスのコップを取り出して一人で全部すませてしまった。
「……ちーちゃんに用意してほしかったんだけど」
「私の仕事です」
ギロリと睨みつけるように笹桐さんが私を見た。
ここまでわかりやすい敵対心は見たことがない。悠は仕方なくグラスに口をつけると、真っ直ぐ私を見た。
「じゃあ改めて、今日からよろしくね。ちーちゃん」
「はい……」
「朝倉さん! 声が小さい!」
「は、はい!」
笹桐さんの厳しい一言に思わず背筋が伸びる。
本当にやっていけるのかとますます不安になりながら、こうして新しい生活が始まった。
ピンポーン
この空気を打ち壊す、なんとも間抜けなインターホンが鳴り響いた。
(いまだ!)
その一瞬の隙を見逃さず、咄嗟に悠の腕を退かす。
そこから先は無我夢中だった。全力で走り出して玄関へと向かう。
「ちーちゃん待って!」
待てと言われて待つ奴がいるものか。
宅配業者だろうとキャッチセールスだろうと、この状況から助けてくれるなら誰でもいい。
乱れたシャツを調えて玄関のドアを開けると、そこにいたのはーー。
「失礼いたします」
仕立てのいいスーツに包まれた、なんとも頭の固そうな男性が立っていた。
「……どちら様でしょうか」
思わず気の抜けた声が漏れてしまう。どう見ても宅配業者でもキャッチセールスでもない。
呆然と立ち尽くしていると、男性はクイッと眼鏡の端を持ち上げて私を見下ろす。
(な、なに……?)
じろじろとまるで評価するような目つきだった。男性が一歩玄関に入ってくると、こちらも一歩引き下がる。
決して派手な身なりではないはずなのに、無言の威圧がひしひしと突き刺さる。明らかに自分に対して好意的な感じではない。
歳は自分より少し上だろうか。髪はきっちり七三に分かれていていまどき珍しいほど馬鹿真面目そうだ。
「笹桐! 車で待ってろと言っただろ」
背後から悠の声が聞こえると同時に腕を引かれる。
「社長、お戯れは朝倉宅到着から七分二秒しかないと事前にお伝えしていたはずです。この後、会社に戻り九時より全体朝礼、九時七分より新人の指導、九時四七分より取引先ーー」
「ああもう分かってるよ!」
悠の叫び声が響き渡る。
だが笹桐と呼ばれた男性は表情ひとつ変えず、胸ポケットから名刺ケースを取り出して、こう言った。
(な、なに……この人……)
「申し遅れました。私、社長の秘書、笹切泰志と申します。本日から貴方の上司となります」
⇔
相模リゾート 社長室
全体朝礼で挨拶を終えたあと、そのまま慌ただしく社長室へと向かった。一応拍手で出迎えられたものの、どちらかというと困惑の色の方が強かった気がする。
それもそのはずだ。今朝から有澤ロイヤル買収のニュースが一面を飾りそこから来た社員が秘書ともなれば、社員も何が起こっているのか分からないだろう。
「では改めてご挨拶致します。私が相模社長の秘書ーー」
「もうそれいいから。覚えてるよね、ちーちゃん」
呆れた様子でため息をついたあと、ころっと表情を変えて私を見る。
「え、えぇ……笹桐さんですよね。よろしくお願い致します」
ぺこりとお辞儀すると、笹桐さんが険しい表情で鋭い視線を送る。
「角度が甘い。きちんとした作法は習いましたか。それとも有澤ロイヤルでは最低限のマナー講習も行っていないのでしょうか」
「へ?」
「正しいお辞儀とは三つの段階に分かれています。まずこの場合、敬礼と呼ばれる30度上体を折り敬意を持ってーー」
「笹桐、今そういうのはいいから」
「しかし社長、相模リゾートの秘書を務めるものが挨拶ひとつまともにできないようではいけません」
「分かったよ。でもそれは後でいいからさ、先に何か飲みたいな」
悠が椅子に腰掛けると、ちらと私を見た。すると、笹桐さんが渋そうな表情で社長室から出て行く。
「あ、私が!」
すかさず笹桐さんの後に続くが、返事はない。
結局、無言のまま隣の給湯室から冷たいお茶とガラスのコップを取り出して一人で全部すませてしまった。
「……ちーちゃんに用意してほしかったんだけど」
「私の仕事です」
ギロリと睨みつけるように笹桐さんが私を見た。
ここまでわかりやすい敵対心は見たことがない。悠は仕方なくグラスに口をつけると、真っ直ぐ私を見た。
「じゃあ改めて、今日からよろしくね。ちーちゃん」
「はい……」
「朝倉さん! 声が小さい!」
「は、はい!」
笹桐さんの厳しい一言に思わず背筋が伸びる。
本当にやっていけるのかとますます不安になりながら、こうして新しい生活が始まった。
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