卒業した姉とこれから入学するのではしゃぐ妹

月輝晃

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座道部

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 放課後、私はひとりで校舎を歩いていた。

 というのも、心の中に一つ決めていたことがあったから。

 ──座道部。

 それは、しおりんが高校時代に立ち上げたちょっと変わった部活だった。
「座ることを極めるなんて、変だけど、すごく奥が深いの」
 そう語っていたしおりんの横顔が、今でも印象に残っている。

 正座、胡座、椅子の座り方、姿勢、所作。礼儀作法や表情の作り方まで、すべてを「美しく座る」という一点に注ぐ部活。

 でも、その座道部は去年で活動停止になった。しおりんの卒業とともに、部員がいなくなったから。

 ……という話だけれど……本当にあった部なのかな?

「誰もやらなくなっちゃうの、もったいないよね……」
 そう話した私に、しおりんは言った。
「じゃあ、かおりんがやればいいじゃん」

 ……やっぱり、あのときの言葉、冗談じゃなかったんだな。

 私は、奈々を誘って旧部室があるという棟へ足を運んだ。
 ドアの前で深呼吸。緊張で足が少し震えたけど、ノックしてからドアを開けると、そこにはひんやりとした空気と、畳の匂いが漂っていた。

 きれいに片付いた和室。
 窓から差し込む午後の陽射しが、畳の縁をやさしく照らしている。

 ──ここで、しおりんも毎日練習?してたんだ。

 そう思うと、自然と背筋が伸びた。

 奈々が怪訝な顔をしていたが、気にせず足を踏み入れる。
そして部屋の真ん中に正座して、静かに手を膝に置いた。

  目を閉じて、耳を澄ます。春の風の音。遠くから聞こえる吹奏楽部の練習。

 ──そして、自分の呼吸。

「私もやる」

 奈々も同じように部屋の真ん中に座る。

「……ここから、また始めるんだ」

  小さくつぶやく。

 やってみせる。
 新入生勧誘ポスターも、しおりんが使ってた資料も、ぜんぶ引き継いで、伝統として続ける。

 その先に、どんな仲間と出会えるのか、どんな経験が待っているのか、わからない。
 でも、きっとそのすべてが、高校生活を彩る色になる。

 *

 もう一度立ち上げり、空いていた部室のドアを閉める。
ドアが静かに閉まると、外の喧騒が嘘みたいに遠のいて、部室の中にぽっかりと空間が生まれた。

 畳の香り、ほんのりと湿った春の空気。そして、窓の隙間から入り込んでくる柔らかな陽の光。

 私は畳の真ん中に、もう一度ゆっくりと正座した。

 静かに、深く、呼吸をひとつ。

「──これが、“座る”ってことなのかもね」

 思わず、そんな言葉が口から漏れた。

「んー……よくわかんないけど、なんか落ち着くかも」

 横に座っている奈々が、ちょっと照れくさそうに笑う。その表情を見て、私は少し安心した。

 誰かといっしょに“無言の時間”を過ごすって、案外すごいことだ。言葉がなくても、気持ちが通じてるような気がする。

 しばらくそうしていると、奈々がちょっと膝を崩しながら、こちらをちらりと見た。

「かおりってさ、意外とこういうの、真面目にやるよね」

「なにそれ、失礼だなあ……」

「だって、最初は“座道部”って聞いて、正直笑いそうだったもん。“座る”ってなに、って」

「わかるけどさ……でも、お姉ちゃん、ほんとにこれに真剣だったんだよ」

 そう言って、部室の奥にある木製の棚に目をやる。そこには、しおりんが使っていたという資料や、座り方の基本を書いたプリント、活動記録みたいなノートがきちんと整って残されていた。

 ──本当に活動してたんだ

 私はそっと立ち上がって、そのノートを手に取る。ページをめくると、丁寧な文字でこう書かれていた。

「座り方は、心の形を写す」

 その言葉に、ぐっと胸が締めつけられる。

 ──やっぱり、しおりんはかっこいいな。

「ねぇ、かおり。お姉さんって、どんな人だったの?」

 不意に、奈々がぽつりとつぶやいた。

 私は少し驚いたけど、口元に微笑みを浮かべながら、ゆっくりと答える。

「優しくて、厳しくて……ちょっとだけ意地悪。あと、すごく綺麗で、真っ直ぐな人」

「ふーん……なんか、“憧れの先輩”って感じする」

「うん、たぶん……わたし、お姉ちゃんにずっと憧れてたんだと思う」

 そう言って、思わず口を閉じた。

 本当は、「憧れ」だけじゃなかった。

 しおりんの隣にいると、どきどきして、変に胸が苦しくなって……
 同じ制服を着ていた頃は、その理由がよくわからなかったけれど、今はなんとなく、わかる。

 あれは、きっと「好き」だったんだ。

 そんな私の心を読んだように、奈々がそっと身体を寄せてきた。

「……ねぇ、かおり。なんかさ、あたし、ちょっとだけ嫉妬してるかも」

「嫉妬?」

「だって……かおり、お姉さんのこと、すごく想ってる感じがする」

 その言葉に、私はびっくりして奈々の方を見た。

 でも奈々は、目を逸らさずにじっと私を見つめていた。いつもみたいな冗談っぽさはなくて、ちょっとだけ泣きそうな目だった。

「……ごめん、変なこと言って」

「変じゃないよ。でも、奈々がそんなふうに言ってくれるの、嬉しい」

 私も奈々を見返す。

 彼女の髪の間からのぞく白い首筋。制服の襟元から少し見える鎖骨。その全部が、いつもより近くに感じた。

「……じゃあ、さ」

 奈々が、小さな声で言った。

「かおりが、あたしのことも、ちょっと……」

「奈々……」

 わたしの言葉は、そこで止まった。奈々の手が、そっとわたしの指に触れてきたから。

 その指先はすごくやさしくて、少しだけ震えていた。

 私たちは、畳の上で向かい合って座ったまま、しばらく無言だった。だけど、その沈黙は不安じゃなくて、あたたかかった。

「かおり……目、閉じて?」

「え……?」

「お願い、ちょっとだけ」

 奈々の声が、ほんのり掠れている。

 私は、ゆっくりと目を閉じた。
息が止まりそうになった。心臓の音が、耳の奥でバクバク鳴ってる。

「……さあ、帰ろう。おいてきぼりー」

「ああっ、ひどい」

 春の風が、窓を揺らした。遠くで吹奏楽部の音が聞こえる。まるで映画のワンシーンみたいな、ゆったりとした時間。

 畳の上、和室の静けさの中で、ふたりの気持ちはゆっくりと溶け合っていく。

 しおりんが遺してくれた“座道”の場所で──

 私たちは今、少しずつ“自分”を知っていく。
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